《ゆづ、異界に立つ》3/ ゆづ、褒美を取りて敗北を知る
金じゃデレは買えないんです!─────『無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜』
どすえちゃん先輩と別れたトイレがあったのは、やっぱり何かしらの超高級店か、でなければそういった店をいくつも含む凝った大型施設か、でなければ洋館あるいは古城を改装したような超大型ホテルか何かの一角だった。────どすえちゃん先輩といたトイレから出た私の目の前に広がっていたその建物の内観は、それくらい優美で広大だった。トイレの内装と同じく全体的に木材・木目調で造られ絨毯や壁素材等はワインレッドのふかふかとした素材で統一されていて、その上で西洋風のクラシックな装飾が各所に施されていた。そんなフロアが七階か八階か……………それくらい分吹き抜けになって上まで続いていて、大きなシャンデリアのような照明がかろうじて見える天井は遠過ぎて詳細が知れなかった。
どすえちゃん先輩といたトイレがあったのは既にいくつか通ったそんなエリアのうちのいずれかの四階部分で、それは覚えてる。でも一周するだけでもそれなりに時間を食うフロアをぐるぐると回ったり階段を登ったり下りたり、コピペして作ったようにそっくりな七~八階の吹き抜けでワンセットなエリアを行ったり来たりしているうち、私は今自分がどこにいるのかが分からなくなっていた。
「(………………)」「(……………いや、)」「(そもそも……………)」
私は今何故ここに自分がいるのかを知らない。
バイオ2の洋館のあの、図書館があるような裏手のエリアそっくりだな、と思いながらぐるぐると回っているこの建物の正体が何なのかを知らない。
端的に言ってしまえば迷子になっているわけだけど、
そもそもどこに向かっていて誰と再会すればゴールなのかが分からない。
その問題の茫漠さに気が付いてどすえちゃん先輩を目指してももう遅かった。
もう見たのかも分からないし、見なかったのかも分からないあらゆるエリアのあらゆる四階の可能な限り全てのトイレを見て回っても、どすえちゃん先輩はどこにもいなかった。
「(………………)」「(………………)」「(……………え、)」「(辛……………)」
数十分か、あるいは数時間は経ったかも知れない探索の果てに、私の心は折れ始めていた。
「(………………)」「(……………徘徊老人の方って、)」「(こんな気持ちなんだ、)」「(きっと……………)」
疲れ果てていずれかのエリアの四~五階部分の階段に座ってどうも短尺のマントらしい肩にかかった布を指先で弾いたり挟んだりして弄ぶうち、同じ四階の向かいの回廊の右側の突き当たりのドアを開けて人が入って来るのが見えた。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(………………)」
色んなエリアをぐるぐると回るうち、人には何度か遭遇した。多分、三回か、四回ぐらい……………
でも私は人見知りだった。全然知らない建物の中で見知らぬ人に話しかけるには、もうあといくらか追い詰められる必要があった。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(……………?)」
ざすざすざす、とワインレッドの絨毯を踏みしめて速足で歩く人にはどことなく見覚えがあった。
「(………………)」「(……………!!!)」「(……………あ、)」「(……………あああ、)」
奴隷先輩だった。
タキシードに近いような西洋風の衣装に身を包み、薄暗い室内にも関わらず鼻~目までを横全体で覆うような極大のグラサンを謎にかけた奴隷先輩が今、疲労困憊で階段に座り込む私の向かいに当たる廊下を右から左に速足で通過して行こうとしていた。
「(……………!!!)」「(……………!!!)」「(……………!!!)」「(……………!!!)」
見知っていたところでやっぱり人見知りで声をかけられない私を余所に、奴隷先輩は出て来た側とは反対の扉に行き着き、その扉を開けて中にするりと入り込んで行った。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(………………)」
奴隷先輩が開けて中に入って行った扉は私がここに辿り着くまでに何度か行き当たったものとは違い、とても重くて恐らく防音効果のあるクッション素材がごっそりとはめ込んであるような分厚い扉で、かなり離れたここまで〝ゴファッ、〟という重々しい開閉音が聞こえた。
「(………………)」「(………………)」「(…………よし………!!!!!!)」
奴さんがその扉を開けた時、扉の中から薄暗いこちら側に向けて明々とした照明の光が差し込むと共に、人混みがザワザワ言う声と、恐らくバイオリンベースらしい何かしらのBGMが聞こえた。
「(行くっきゃ、)」「(ない…………!!!!!!)」
正装したどすえちゃん先輩と奴さんがいた(のに加えて薄暗くてよく分からないけど、私も明らかに正装している)ことから、まぼスタ関連のイベント会場にいるのはまず間違いなかった。
あの扉を開けた先でもうイベントが始まっていて、もしかしたら中に入ったと同時にステージ上におコンニチハする可能性もある。
もしかしたらそれによって何かしらの演目を邪魔してストップさせてしまう可能性も…………
でもここがどこで自分が何をしたいのかも分からない今、奴さんが通ったあの扉をくぐる以外に方法はなかった。
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恐る恐る開けた重量感たっぷりの扉の先は、さながら西洋の上流階級の社交会場のようだった。それもかなり古いタイプの…………クラシックなドレスやタキシードに近いような衣装を着た大量の老若男女が行き交い、シャンパングラスを片手に談笑したりしている。
「(ひぃぃ何々何…………)」「(何なんじゃ、)」「(こりゃあ……………)」
見渡す限り人、人、人…………人種も性別も年齢層も様々な正装姿の人々が広大な西洋風のパーティー会場のような場所を所狭しと埋め尽くしていた。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(………………)」
〝まぼスタも大きくなったなぁ、〟とは先輩方がこういうイベントの際によく言う台詞だけど、そういう次元を遥かに超えた規模だった。まぼスタは幕張で度々イベントを行うけど、それとはまるで比較にならない規模…………視線を巡らせてみても施設の形状や全容が掴めず、ゆるやかに曲がりくねって奥へと続いていくフロアは別の大会場へと続いているようだった。恐る恐る会場に踏み出すと、細っそいシャンパングラスを何本か乗せたプレートを片手で高く掲げたボーイのような人が近くを通過して行った。
「(……………大丈夫、)」「(今はバレる要素はない)」「(声さえ出さなければ、)」「(お客さんにはバレない…………)」
と思いつつ会場を横切って出口か、あるいは知っている人を探そうとしてはたと気が付いた。
「(………………)」「(……………あれ?)」「(でもさっき……………)」「(………………)」
奴さんは奴さんの姿のまま、ワインレッドの絨毯の上を通過して行った。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(………………)」
トイレで話し込んだM.E.K.A.舞子先輩は、京家M.E.K.A.舞子の初期の立ち絵そのままのお姿だった。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(………………)」
そしてM.E.K.A.舞子先輩と話し込んでいる最中に何度となく鏡で確認した自分の姿は、やはりモデルを着て活動している自分の姿そのままだった。
「(……………え、)」「(じゃあ)」「(ダメじゃん、このまま行ったら……………)」「(て言うかバレちゃう、ここにいる)」「(この時点で…………)」「(………………)」
………………………………
………………………………
………………………………いや、
そうではなくて。
そもそも
「(どういうこと…………?)」「(モデル姿の奴さんが目の前を通過して行くって…………)」
大体、
「(何?トイレで、)」「(あのお姿のM.E.K.A.舞子先輩と、)」「(対面でお話しするって…………)」
さらに、
「(顔バレしてない私が客席に入って行って、)」「(私だってバレちゃうって、)」「(何…………?)」
〝何かの特殊なイベントに参加中なんだっけ?〟〝何かのゲームをプレイしてるところだったか〟〝めちゃくちゃ酒飲んで酔っ払ってるんじゃないか、私〟等と色んな可能性を考えているうちに、頭を掻いて体の側面に振り下ろした左手が緊張気味に上を向いて立っていた私の尻尾をぱし、とはたいた。
「(い゛っ、)」「(………………)」
ふっさふさのお毛々に覆われた(我がものながら)とっても可愛らしい尻尾が上向きに立ったままゆっくりと左右に揺れている。
「(………………)」「(……………うん、)」「(そうだった。)」
先程薄暗い裏エリアを歩きながら〝これは夢なんだ〟ということで結論付けたところだった。洋館風の異常な大空間、いつもの衣装をさらにグレードアップさせたようなドレッシーな衣装に身を包み、警官帽もしっかり装着した私。トイレで話し込みながら間近に見た、何ならモデル姿よりさらに可愛いんじゃないかというような京家M.E.K.A.舞子先輩、の左腕の代わりに生えていた下手なマーベル映画より活き活きと駆動するあのメカ・アーム……………
そしてこのふっさふさで可ん愛らしい私のお尻尾…………
「(うん…………)」「(夢だ。)」「(夢以外の、)」「(何でもない……………)」
ということはさっきトイレでM.E.K.A.舞子先輩に情事に誘われたことも夢だったことになるけど、それに気付いて落胆することもさっき裏エリアを歩いていた時に既に一度済ませていた。
「(………………)」「(………………)」「(……………うん、)」
私は夢の中で〝これは夢だ〟と気付いて、その夢を大なり小なり自分の見たい夢に改編することが出来た。〝今とは比較にならない程の(それも多分外国の)大会場でイベントを敢行するまぼスタ〟の夢を見るなんて私のまぼスタ愛は相当なものらしかったけど、せっかく見たんだからその中で少しでも美味しい出来事を起こして、少しでもいい思いをしてから目覚めてやろうと心に決めた。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(………………)」
吹っ切れた思いで見上げた天井はやはり高く、下から見上げて目がくらむ程の一番高い一角が全面ガラス張りになっていて、星が散りばめられた夜空が見えた。
「(うん…………)」「(夢夢。)」
と思いながら少し目線を下げると、会場の高い位置の壁に新宿のビル群で見るような大看板ぐらいのサイズの絵画がかけられていた。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(………………)」
t-スライム先輩の絵だった。草木生い茂る幻想的な森の湖畔で仰向けに寝そべり、首を垂れて横たわるユニコーンの背に体を預けて葡萄酒の入ったワイングラスを片手にほくそ笑む、t-スライム先輩の超極大絵画が会場の壁にかけられていた。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」「(………………)」
髪を下ろし、トイレットペーパーみたいな白い布を体に何周かさせただけのような出で立ちだったt-スライム先輩は、爆乳だった。
あのご立派な大胸筋の代わりに、そのさらに何倍かの体積はあるんじゃないかというような爆乳を胸元に携えていらして、そのどちら共の中心のやや外側で硬そうな突起が白い布を押し上げているのが見えた。
「(………………)」「(……………いらないなぁ、)」
股間に被さった白い布は持ち上がっておらず、つるりとした平面に沿うように垂れ、地面に向かって流れていた。
どうやら〝女体化t-スライム〟がテーマの一品らしかった。
「(………………)」「(………………)」「(……………さっ、)」
出だしでつまずいた感はあるものの、私は目覚めるまでのしばらくの時間をこの会場で楽しむ気満々でいた。
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さっきいた場所はやはりパーティー会場のいちエリアに過ぎなかったようで、人の波に沿ってゆっくりと練り歩くうちに別の大会場に出た。今いるところはその次の大会場だけど、二つ目と三つ目は一つ目より明らかに大きくて、最早空港だった。────二つ目と三つ目の会場には一つ目になかった、何とエスカレーターで行ける二階部分のパーティー会場があり、本当に空港を始めとした大型複合施設にそっくりだった。
「(クラシックな西洋風のパーティー会場に、)」「(エスカレーター…………)」
私は自分の夢のセンスの良さに感激していた。t-スライム先輩のあの絵と奴さんのグラサンは謎だったけど…………あとは全部世界観のデザインセンスがいい。西洋風の大会場にエスカレーターのような近代文明の利器は本来似つかわしくないものだけど、くすんだ茶色の(やはり)木目調のデザインに仕上げることによってその世界観にマッチするものに落とし込まれていた。
「(やるなぁ、私。)」「(捨てたもんじゃない…………)」
さっきいた二つ目の会場には、何と新宿にありそうな巨大看板……………ではなくその代わりに、(やはり新宿のビル群にありそうなサイズの)巨大液晶モニターがかかっていた。やっぱり会場のデザインに合わせて、またそこの景観を損なわないように設えられた銅色の、金属製らしい額縁のような外枠に囲われた巨大液晶モニターが二階部分に繋がるエスカレーターに沿うようにかけられていて、その画面には煌さんが映っていた。
「(……………うん、)」「(やっぱり起こせた、)」「(いいこと…………////)」
巨大液晶モニターの中に映っていた煌さんは、マネキンが着た西洋風の甲冑のようなものに、片手に持った銀色の鞭のようなものを打ち付けるデモンストレーションみたいなことをやっていた。
多分、この夢の中で煌さんは戦う乙女の設定なんだと思う。
「(ハァ~………)」「(可愛いよなぁ、やっぱ、、、)」「(華がダンチ、)」「(なんだわ………)」
そしてその次のパーティー会場であるここには、一つ目のパーティー会場の高い位置の壁にかかっていた絵と同じパターンで、今度はソラさんの特大絵画がかけられていた。
朝焼けか、もしくは夕陽をバックに直立して拳を握り、半身だけをこちらに向けてどこか遠くに鋭い視線を向ける、強い横顔のソラさんが描かれていた。
「(はぁ、ソラ…………)」「(俺のソラ…………)」
私は並み居るまぼスタの女性ライバーの中でも、ソラさんが群を抜いて好きだった。まあ言わずもがなのアイドル性はもちろんのこと、何と言うか…………
〝自分で自分のそれに気付いてない感〟がもう、
もう本当にたまらなくエロかった。
喋り方とか声の出し方とか活動内容とか絡む相手とか、そういう活動の端々からソラさんが自分の強烈なアイドル性に今一つ勘付いていないのは明らかだった。
「(はぁ~、もう、、、、)」「(グチャグチャに、)」「(してぇ~、、、、)」
自分で自分の魅力に気付いていない女程エロいものはない。
爆乳をノーブラでぶりんぶりんと振り回す若い女然り、舐め回したい小顔で至近距離まで顔を近付けてきて喋る女然り…………
「(………………)」「(………………)」「(………………)」
ジル様の、
太腿もそうだった。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」
あんの女…………
あの女ァ…………
あんなむちむちの漂白したかのように生白い柔肌の腿を、
あろうことか、
あろうことかァ…………
「青のニーハイでの、」「絶対領域化により」
「!?」
「強調するなど」「しおってからにィ…………!!!!!!」
「……………?」「……………???」
「………………」「あっ、」
「………………」「………………」「………………」
ボーイと同じ服装に身を包んだ給仕の可愛い女性が、多分何事か口にしていた私をまじまじと見つめていた。
「………………」「………………」
「………………」「………………」「………………」
「………………」「……………っす、」
「………………」「………………」「………………」
給仕の女性を見送った後、改めてソラさんの大絵画に向かい合った私は、スマホを持っていないことを心底悔やんだ。
「(もうないじゃぁん、これ以上の)」「(映えスポット…………)」
絵画をバックに自撮りしたい気持ちでいっぱいだった。例え夢から覚めると共に全てゆめまぼろしに消えるとしても…………
と思いながらいつもスマホを入れている右ポケットの位置を反射的にまさぐると
「………………」「……………?」「……………???」
スマホはそこにあった。基本の2Dモデルより数段豪華にグレードアップされた似た配色の私の正装着の白のスカートの右ポケットに、見慣れないスマホが人知れず収まっていた。
「あぁ…………?」「あぁああ…………?」
エスカレーターや巨大液晶モニターは受け入れられた私でも、これにはさすがに驚きを禁じ得なかった。
ディズニープリンセスみたいなクラシックなドレスを召した女性かタキシードに近いようなバリっとした正装に身を包んだ男性のいずれかで埋め尽くされている西洋風のパーティ会場は、やはり古の時代を象徴していた。私も完全にその時代の社交場を歩いている意識でこの夢を楽しんでいたのに、ここに来てスマホ…………やっぱり落ち着いた色味の茶色のケースに覆われていてデザイン的には世界観にマッチはしていたけど、いくら何でも何でもあり過ぎやしないかと思う…………
と思いながらやっぱりデザイン的には可愛く、いかにも女の子の持ち物、といった風のスマホを裏返したりひっくり返したりして観察している中、スマホ画面に明かりが灯った。
「!」「………………」「………………」
〝着信:アニカ・サンドルート〟と、
スマホ画面にははっきりと表示されていた。
「………………」「アニカ、」「さん…………?」
思わず声に出してみても、スマホ画面の表示は何も変わらなかった。
どうやらサイレントモードらしく音を出さず震えもしないまま、スマホはアニカ先輩からの着信をしつこく伝え続けていた。
「………………」「………………」「………………」
出る勇気が出なかった。
緑の(現実世界のものとは違い古いタイプで、持ち手が細い西洋風の)受話器ボタンを押して耳を当てた瞬間に化物みたいな声が聞こえてきて起きる落ちだったらどうしよう、とも思ったし、
シンプルにご本人が出る流れでも怖かった。
現実世界でもほぼお話ししたことのないアニカさんに夢の中で自分がどんな話をさせるのか、心許なく全く自信が持てなかった。
「………………」「………………」「………………」
やる方なくスマホ画面に視線を落としながら佇むうち、着信は当然の流れとして切れ、スマホ画面は〝22:52〟という表示を一瞬映した後でまた真っ暗になった。
「………………」「………………」「………………」
一拍おいてスマホ本体向かって右側面のボタンを押すと、スマホは現実世界のものと全く同じように画面を点け、(やっぱりちょっと現実世界のものとは違うクラシックな趣の)鍵マークを下から上にスワイプすると、やっぱり現実世界のものと全く同じ反応を示した。
「(……………パスワード。)」「(夢のくせに、)」「(細かいんだから……………)」
〝0525〟と打ち込むと、やはり開錠されてもう本当に現実世界そのままの、確実にアプリの羅列であろうホーム画面が表示された。
「(何だこの夢…………)」「(…………前言撤回。)」「(アホです、わたくし…………)」
画面上部を親指で引き下げると
「……………!!!!!!!」
〝着信:54件〟というリマインドが表示された。
「(ひぃぃぃ何これ怖い…………)」「(どこ作り込んでんの?私…………)」
着信の詳細を見ると、ほとんどが知らない名前からであるのに混じって三~四件に一件ぐらいはアニカさんからの着信だった。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」
私はアニカさんに対してはこれといった思い入れがなかった。
ジル様の箱所属前からのお知り合いで、最推しと特別な友人関係にある方、ということで心に留めてはいたものの、アニカさん単体を直接的にどうこう意識したことは、多分なかった。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」
特にダル絡みを受けたりしたわけでもないし、案件やイベントでご一緒する際にやり辛さを感じたわけでも…………いつもあの照れ隠しのはにかんだような笑顔で全部をいい感じに済ませてくれるアニカさんに苦手意識を感じている筈もなかった。
「(………………!)」「(また……………)」
だから、こんな風に夢の中で鬼電をかけてくる対象に自分がアニカさんを選出した理由が分からなかった。
こういう場合普通は苦手な相手や強迫観念を感じる相手を選ぶ筈…………
心のどこかで私はアニカさんに対して何か黒い感情を抱いてでもいるのだろうか…………
「(………………)」「(………………)」「(………………)」
またしつこくアニカさんからの着信を伝えるスマホ画面の(やっぱり少し古めかしいタイプの、でもデザイン的には可愛い)緑の受話器ボタンを押し、私は意を決してスマホ本体を耳に押し当てた。
「………………」「………………」「……………はい、」
「………………」「……………あ!」「………………」
「………………」「もしも、」「もしもし……………」
「ゆづ!?」
「………………」「………………」「えっ……………?」
〝ゆづ〟…………?
「出た出た出た!」「っおーーーーい!」「出たよ!」
「え…………」「えっ?笑」
「出たって!」「…………うん、戻れ!」
とアニカさんは電話の向こうにいる誰かに向けて呼びかけた後、私に向けて話しかけた。
「お前どうしたの?」「どこいんの今………」
「え、」「えぇ…………?」「っと…………?」
「うん………」「………………」
夢の中で〝今どこにいるの?〟…………
難しい質問。
「いや、その前に」
「……………?」「はい…………?」
「大丈夫なのかお前」「何かあったの?」
「………………」「……………へっ?」
「怪我とか。」「…………てか、」「絶対何かあったよね?こんな遅いんだから…………」
「………………」「………………」「………………」
スマホから聞こえてくる声は、間違いなくアニカさんの声だった。
でも、
(私との)距離感が明らかにおかしかった。
ゆづ、お前、と〝直の先輩ワード〟で語りかけ、あの遠慮がちな愛想笑いとは寧ろ真逆な力強く伸びのある発声で、
でもどこか優しく
ずけずけと無遠慮に私の状態を気遣ってくれていた。
「い、いや…………」「あの、特に何っか、あった、とか……………」「では……………」
「………………」「………………」「……………うん?」
「………………」「………………」「………………」
夢の中で会話する電話の相手にどこまで向き合って腹を割って話すか、というのは難しい問題だった。どうせ夢で、あともう少ししたら多分目覚めて全てが無駄になるであろう会話に打ち込む匙加減を、どう考えても私は心得ていなかった。
「………………」「………………」「スゥー…………」
「………………」「……………うん、」「これだけ教えて?」
「……………?」「はい……………」
「怪我は、」「してないの?」
「……………?」「……………はい。」
「本当に!?」
「………………はい」
「本当!?」「どこも異状ない?」「どっか、痛めたり、」「とか……………」
「は、はい…………」「それは」
「なんか、」「なんか誰かに」「なんかされたとか……………」
電話の向こうのアニカさんの声は、無遠慮で親近感に満ちながらもどこか緊張していた。
歯切れのいい発声の合間合間に〝フ、〟〝フウ、、、〟という息遣いが聞こえる。
「(………………)」「(………………)」「(………………)」
いくら夢の中の偽・アニカさんが相手でも、茶化したりスカしたりするのは憚られる思いだった。
「いやもう、それは」「大丈夫、ですよ…………」「はは、」
「本当?」
「いやもう、本当に」「ピンピン…………?」「して、ます…………笑」
「おいよかった、」「無事だって…………」
アニカさんはまたスマホのあちら側にいる誰かに語り掛けていた。
〝おいほんとにさぁ、〟〝心臓もたないわ私〟という遠い声が聞こえる。
「(………………)」「(なんかアニカさんと特に仲が良くて、)」「(待ち合わせしてる設定)」「(なんだな…………)」
本気で切迫しているようで、最早泣きそうな声で誰かとの会話を終えた後、アニカさんは私が今いる場所の特徴を尋ねた。ソラ先輩の大きな絵画の前です、と言うと〝近いな〟と言った後、今私が歩いて来た方向にそのまま進み続けるように指示をくださり、最後に〝迎えに行こうか?〟と付け加えた。
「いや、いいです」「大丈夫。」
「ほんとか?お前…………」「なんか変だぞ」
「そ、そうですか…………?笑」
「うん…………」「まあ、いいや」「とにかく来て?すぐ」
「あ、」「…………はい、」
「五分以内に姿が見えなかったら探しに行くから」
と言った後〝ちょっと待って〟と言って、多分さっきまで話しかけていた誰かに電話を代わった。
「………………」「………………」「………………」
「………………」「………………」「ゆづー?…………」
「………………」「………………」「………………」「!!!!?」
「?」「あれ?」「……………ゆづ?」
「……………はっ!?」「えっ!?」
ジル様の声だった。
ジル様が私の名をただ優しく呼ぶだけの音声が、スマホから流れていた。
「………………」「………………」「ジッ、…………」「ジル、様…………」
「……………?」「うん、」「ジル様、」「だよ…………?笑」
「………………」「………………」「………………」「………………」
「……………?」「どしたの、ゆづ…………」
「………………」「………………」「………………」「………………」
〝どうしよう、ゆづが変だよなんか〟〝だろー?〟という遠い音声を聞きながら、私は全てを悟った。
私は自分がこの夢を見た理由が分かった。
私は「私に対して下の名で馴れ馴れしく〝ゆづ〟と呼びかけてくれるジル様」を顕現させたくて、
ただそのためだけにこの夢を見た。
甘えるように、また甘やかすように、ただ〝ゆづ〟と自分の名を囁くジル様に会いたくて、
私はこの大掛かりで独創的な夢を作った。
「………………」「……………は、ぁ、」「……………う、」「く、」
「……………ゆづ?」「どしたの」
「………………」「………………」「……………はあ、」「ふ、う」「…………うっ、」
「……………ゆづ。」
卑しくももの欲しい自分が情けないと共に、
私は自分で自分が哀れでならなかった。
ジル様に〝白河さん〟と事務的に呼ばれることに、自分がいかに傷付いていたかがよく分かった。
故郷から遠く離れた場所に旅して、望んだ関係を手に入れられなかったことにどれだけ失望していたかが分かった。
どれだけジル様のことが好きかが分かった。
望んだ場所で望んだ職に就いたところで自分は夢破れて敗北していたのだと、今この時になってようやく気が付いた。
「どしたの…………」
「………………う、」「くっ、ふ…………」「うぅっ、…………」「う゛…………」
「………………」「………………」「……………ママと、」
「……………うーっ、」「うっう、…………」「う゛ーっ、……………」「………………」
「ママとはぐれて、」「寂しくなっちゃったの?」
「う゛ーっ、う゛っ、う゛っ、」「う゛っ、う゛」
言って欲しい言葉だった。
ママとか娘とか妹とか、部下とか手下とか子分とか、
学生時分、ジル様とそういう関係で繋がってそういう扱いを受ける未来をどれだけ繰り返し想像したことか…………
多分、
このジル様は話す限り私がこの人の口から聞きたい言葉を無限に言ってくれるんだろう。
………………………………
………………………………
………………………………嗚呼、
なんて惨めで哀れで、
卑しい夢…………
「………………」「………………」「………………」「う゛ん…………」
「………………」「……………うん?」
「ゆっぢゅ、」「しゃ、」「しゃびしく、なっちゃった、」「マ、」「マ、」「っが、」
「………………」「………………」「うんっ。」
「い゛っ、」「い゛っ、」「………………」「い゛な゛っ、」「ぐで」「………………」
「………………」「………………」「………………」
「………………」「……………う、」「……………グス、」
「………………」「………………」「うんっ。」
「………………」「ア゛っ、」「ア゛ー……………」「あ゛っ、あ゛、」「ア゛ー、、、、」
「早くおいで?会いたいでしょ?早く」「ママに」
「あ゛ー、、、」「あ゛っ、あ゛っ、あ゛っ、」「あ゛ー、、、」「あ゛い、」「マ゛、ま゛っ…………」
「うんっ。」
〝やっぱおかしいわ〟というトーンを落とした声を遠くに聞きながら、私は歩き出していた。
ジル様と会うか、もしくは遠目にお見掛けするかしないかのタイミングで、多分この夢は終わる。
もうこんな情けない思いは嫌だったし、夢にまで逃げ込んで好きな人を理想化させて自分を慰めるなんて、
自分で自分に反吐が出る思いだった。
さっさと終わらせてさっさと起きて全部忘れて、
また明日から負け犬の人生を生きればいい。
こんなに傷付いていてこんなにも不満なのに、何も変えられずにもう三年近くも同じ生活をダラダラと続けている自分には、どう考えてもそれがお似合いだった。
「………………」「……………ふゥ、」「……………うぅ、」「………………」
醜悪な自分が生み出したみっともない夢の中にあってやっぱり傑作でしかなかったソラさんの絵画は、見上げるとやっぱりさっきと同じ姿のまま、箱最大級のカリスマの雄姿を讃えていた。
「………………」「………………」「………………」「………………」
消えると分かっていてもそうせずにはいられない程に傑作なそれをぱしゃり、とスマホカメラに収めて、アニカさんが教えてくれた通りに通路を行きながら
「(……………)」「(よかった、)」「(巫人さんに、出くわさなくて…………)」
と何故だか思った。
直でも絵でも映像でも、今みたいに電話越しにでも、順当にいけば登場しておかしくない筈の巫人さんがこの夢に登場しなかったことに、私は何故だか安堵を覚えていた。
「………………」「………………」「………………」「……………ズビ、」
奴さんやt-スライム先輩のようにおかしく歪めた姿で登場させずに済んだことに安堵していたのかも知れないし、ジル様に晒したような醜態を、夢の中とはいえ晒さずに済んだことに安堵していたのかも知れなかった。
「………………」「………………」「……………うん。」「行くか、」
どうかこの傑作と、凛々しいソラさんの横顔だけは夢から覚めても覚えておいてくれないかな、私…………という淡い期待と共に、私は夢を終わらせるべくジルアニが待つ次の会場へと足を進めた。
白河ゆづ…………栞葉るり
ジル・スレイトアール…………リゼ・ヘルエスタ
アニカ・サンドルート…………アンジュ・カトリーナ
月咬ソラ…………星川サラ
絶天煌…………壱百満天原サロメ
京家M.E.K.A.舞子…………?
t-スライム・スレイトアール…………花畑チャイカ
奴隷…………社築
神酒間巫人…………月ノ美兎
ゆめまぼろしスタジオ…………にじさんじ




