42本当に世界が変わりました! こんなにはっきりと物が見えるようになるなんて!
ついに、初めてのメガネが完成した日の第一号の着用者は、細かい文字を読むのが苦手でいつも目を細めていたふわふわ亭の常連客のおじいさん。
「おじい様、どうぞこちらへ。目に新しい光景が広がるかもしれません」
ルミナが優しく声をかけ、おじいさんの顔にそっとメガネをかける。
「ほう。これはまた、何だか不思議な感覚だ」
おじいさんは慣れない感触に目をパチクリさせていたが、ルミナが差し出した新聞を読んだ瞬間には顔は驚きと感動が浮かぶ。
「え、お、おい! 文字が! 文字がはっきりと見えるぞ! なんということだ! こんなに鮮明に見えるなんて!」
興奮して立ち上がり、新聞を顔に近づけたり、離したりしながら何度も何度も読み上げた。目からは感動の涙がこぼれ落ちる。
「これで孫の顔もはっきり見えるようになる! ありがとう! 本当にありがとう!」
おじいさんは深々と頭を下げた光景に、ルミナもメロディも目に涙を浮かべる数日後には、メガネを爆発的に知られていた。
「おじい様がお知り合いの目に困っている方を、たくさん連れてきてくださったみたい」
翌日からふわふわ亭には、おじいさんの紹介で視力に悩む人たちが次々と訪れるようになった。一人ひとりの視力を丁寧に測定し、彼らに合ったメガネを作っていく。
「セレスティーナ様、本当に世界が変わりました! こんなにはっきりと物が見えるようになるなんて!」
「刺繍をするのに困らない!」
初めてメガネをかけた瞬間、誰もが感動の声を上げて色んなことを伝えてくれた。広がる笑顔を見るたびに胸は温かくなる。
アランはメガネの量産化に向けた新たな工房を立ち上げ、メロディは技術指導と未来の光学技術の研究に没頭していく。
ルミナはふわふわ亭の運営の傍ら、新しい視力検査の普及に努めていて教育機関への働きかけも、ゆっくりと始めているらしい。また足音が聞こえる。
「見てください! 街の全ての学校に私たちの視力検査表と鉛筆が導入されたの」
手には王室からの正式な通達書が握られていた。メガネの発明と普及は、国の教育現場にも大きな影響を与え始めていた。
「よかったわね」
分かち合い、これまで視力のせいで学びに苦労していた子どもたちも自由に知識を吸収できるようになると思えばこそ。
「先生方もとても喜んでいらっしゃるの。黒板の文字がはっきり見えるようになったから、授業の理解度が格段に上がったって」
未来の教育を思い描くように目を輝かせ、アランも各地の学校にメガネを供給するために工房の生産ラインをさらに拡大するとか。
「この度、王立学術院から光学部門の責任者として研究室を与えていただけることになりまして」
ある日、メロディが興奮した様子でふわふわ亭にやってきた。研究への情熱でメラメラしている。
「本当におめでとう。才能がついに認められたのよ」
メロディを抱きしめ、心から祝福。知識と情熱が科学技術をさらに発展させていくだろう。
「ありがとうございますセレスティーナ様! 研究室でもっと様々な光学機器を開発していきたいのです! 例えば遠くのものを拡大して見られる望遠鏡や、小さなものを大きく見られる顕微鏡など。ふふ、セレスティーナ様ならわかりますよね?」
メロディは次々と新たなアイデアを口にする。
言葉を聞いていると自分も、また新たな夢が生まれてくるのを感じる。よい刺激を貰えた。
「新しい拡大鏡、本当に細かい文字もはっきり見える。これがあればもっと複雑な魔導回路も設計できる」
アランの工房から響く理由はメロディの指導のもと開発された、光学機器。技術革新を加速させていったからに他ならない。メガネの普及により、国民の生活はより豊かに。学術研究も飛躍的に発展。
「メロディの才能は本当に素晴らしいわ。誇らしい」
温かい紅茶を片手に工房で熱心に、研究に打ち込むルミナとメロディの姿を眺めながら微笑む。夫アランは新しい光学機器の量産体制を確立するため、各地の工房を飛び回っていて忙しそう。
故郷の夢を共有するメロディという、かけがえのない仲間。そんな中、漁師たちの悲鳴が耳に入ってきたのは寝耳に水のことだった。
顔色の悪い漁師たちが駆け込んできた顔には、恐怖と困惑の色も浮かんでいる。
「ほわぁ!セレスティーナ様! 大変でございます! 最近、沖合に奇妙な魔物が出没して漁に出られないのでございます!」
漁師の一人が切羽詰まった声で訴えた。
「魔物、ですか?どのような魔物なのです?」
尋ねると漁師たちは互いに顔を見合わせ、震える声で語り始めた。
「それが。巨大なカニの魔物でございまして! 甲羅は岩のように硬く、ハサミは船をも砕くほど! 我々ではどうすることもできません」
「最近は群れをなして現れるようになってこのままでは、冬を越すための食料も確保できなくなってしまいます」
漁師たちの悲痛な訴えに締め付けられた。彼らの生活の糧である漁ができなければ、飢えに苦しむことになる。
「カニの魔物、ですか?」
ルミナが不安げな表情で呟いた時、脳裏に故郷で親しんだ料理の光景が鮮やかに蘇る。冬の食卓を彩る熱々のカニ鍋。
「ルミナ、アラン! メロディ! 私たちでカニの魔物を捕獲して、鍋にしてみない」
鍋を想像してしまったら、言わずになんていられないではないか。
「え」
ルミナは驚き、アランは目を丸くし、メロディは困惑した表情を浮かべる。それも仕方ないこと。
「お、お、お母様!?魔物を捕まえて鍋にするなんて、そんなこと」
ルミナが呆然とした声で震えている。魔物を捕獲するだけではなくて、食べるというのは初めてなのだから怖いのだと思う。
「美味しいカニを新鮮な野菜と一緒に鍋で煮て、みんなで囲んで食べていてね。きっと魔物も食べられるはず。それができれば、漁師さんたちの生活も救えるし」
具体的な案にアランが腕を組み、真剣な顔で考え始めた。こくりと頷く。
「魔物を食料にする、か。それはまた、常識外れな発想だセレスティーナ。もしそれが可能なら食料問題の解決にも繋がるだろうな」
メロディも発想に少しずつ興味を持ち始めたようで、同じ光景が目に浮かぶのだからカニは絶品かもしれないと目の色を変える。
「魔物を安全に捕獲できるのなら、生態を研究することもできますし、新たな食材の可能性も!」
メロディは背中を押してくれた。二人以上賛成すれば、あとはなし崩し。再び家族会議を開く。




