プロローグ
世間では妹というのは兄を慕うものだと相場が決まっているらしい。小説であれ訓話であれそうした物語のなかに出てくる妹たちは結局妹を持たなかった人々の想像上の存在なのだろうということは百も承知で言いたい。目を覚ましてくれ。
一例を挙げよう。僕の一つ下の妹だ。歳が離れていれば可愛がる余裕もあったのかもしれないが、何せ年子だ。突っかかる、喧嘩になる、泣く、泣き返す。
幼少期は互いにこの繰り返しだった。互いにそんなに違いを感じたこともなく、むしろ同じ戦隊モノでもレッドが好きだったり女児向けアニメでも武闘派なキャラクターが好きだったりと、同じ興味を持っていたからこそ余計自分の思いを通したくなりおもちゃも取り合い、何かと反りが合わなかった。
保育士の先生たちからは似たもの同士だねとからかわれていたのもあってか、似ているから一緒が「いや」なんだと、二人して自分はこいつとは違うんだと反目していた。
しかし小学校に上がったところで次第に僕と妹の人生の世界線は、ゆっくりと分たれ始めた。僕がクラスメイトたちのカースト的な感覚に対し冷ややかな視線を投げかけていたのもあり、とことん馴染めなかったのに対し、妹は入学早々からすっかりリーダー格として存在し始めていた。だんだん、僕は学校にいることがきつくなった。
教師たちもクラスメイトたちも、あの一年生の活発なあの子のお兄さんなんだってと、僕の周りで噂し始めたのだ。妹が活発だというだけに、僕の冷めたものの見方や振る舞いが一層際立った。ここで兄妹は気づいた。
ああ、なんだ、二人は似たもの同士なんかじゃなかったんだ、と。
そうして僕は活発さを期待されない分、一層部屋に引き篭もりがちになり、妹は活発さを期待されていく分、一層外に出ずっぱりになった。
休日ともなれば夜も昼も変わらずに部屋のなかにいる僕が向かう先はモニターに広がる幻想的な世界で、そこで会話をし始めたスレた中高生と、そんなスレた子どもに寛容なゲーマーたる大人たちに可愛がってもらったことで、僕は「このゲームの世界こそ自分の居場所だ」と次第に信じて疑わなくなっていった。
一方その頃、妹は地域のバスケットボールクラブで出会った先輩たち、監督や保護者たち、近隣の大学から来てくれるコーチたちに可愛がってもらっただけでなく、腕のいいスリーポイントシューターだったらしいコーチの一人にそのシュートの精度を見込まれて、時には一日百本も練習するほどの体育会系に育っていった。
結果、学校にいる老いも若きも親しみ慕う、カースト上位への階段を妹はどんどんと駆け上っていった。さらに彼女は五年生になった途端、その身長を一〇センチも伸ばして僕の背を優に追い抜いていってしまった。
あいつは誰から見ても順風満帆な小学校時代を過ごしているかに見えた。しかし小学高学年の二年間、コーチたちとの練習に向かうために隣町の大きな体育館へと向かっているときに妹は何度も、何度も、何度も痴漢の被害に遭い続けていたようだった。
その間のことはすっかり家庭にもクラスにも「ログイン」するほか何もコマンドを選択しなくなっていた僕にはよくわからず、学校内でも家庭内でも成人男性への疑心と恐怖と悲しみと憤りがマグマのように日に日に強くなっていったようだった。
そして忘れもしない、僕にとっては新しい中学での生活が始まったとはいうものの変わり映えのしない日影者の生活を送っていた、初夏の頃の新緑が溢れたとある日のこと。六年生になっていた妹がある日、ドラッグストアで買ってきたらしいブリーチ染めでショッキングなピンク色に黒髪を染め、その肩のあたりまで伸びていた髪をお風呂場で自らバリカンで剃り、ベリーショートにしてきたのだ。
以来、瑣末な身だしなみのルールに厳しい(本場アメリカだといろんなヘアースタイルのプレイヤーがいるにもかかわらず、だが)バスケットボール部は退部させられ、クラスのなかでも疎んじられていた、地方に根強く残る不良予備軍たちとの交流を深めていったらしい。母に聞いたところによれば、痴漢被害への対抗策としてのピンク染めを教えたのが、その小学生不良グループだったようだ。
「あいつらしか助けてくれなかった」
そう、泣きながら訴えた夜もあったそうだ。
こうして、どでかいショッピングモールの他には見るべきところもない地方郊外都市に生まれ育った、中一でモニターの中にしか自分の居場所のないゲーマーの兄と、小六で不良グループに身を置くヤンキーの妹という、世にも奇妙な世界線の異なる二人の兄妹が出来上がったのだった。
妹はほぼ生徒指導室と教室と学校のほか、地域の不良の溜まり場であった駅前のロータリーや地下通路は当然として、高校に通ったりドロップアウトしていたりする先輩方のバイクや車に当然の如く乗せてもらい、いろんな街を転々とし始めたらしく、時には一週間近くも帰ってこない日すらあった。
家に帰れば口論になる両親と妹の姿を目の端に捉えてはいたものの、それでも僕は何も言わず、眉間にいつも皺を寄せている妹に言える言葉もなく、引き続きただひたすらゲーム世界に入り浸っていたが、みるみる険悪になっていく家庭をみて、こんな自分でも兄として何かしなければいけないのではないかと思うようになっていった。
そうして僕は、当時熱心にはまり込んでいた、無料を謳いつつも力を求めれば当たり前のように課金という険しい門の待ち受けているソーシャルゲ―ムのオンラインチャットに、何ということだろう、あけすけに相談してしまった(これを読んだ良識者諸君、決して、決して真似をしないように)。
もちろん当時の僕は、そこに書かれた事柄の全部を、理解できたわけじゃなかった。
けれど、こんなにしっかり答えてくれる人がネットの中にはいるんだと、それだけでも胸が熱くなったのだった。
しかも僕が中一だとわかると、常用漢字表と照らし合わせて難しい漢字にはルビを振ってくれ、僕にも分かりやすいゲームの中の例で言い換えてくれたテキストを再送してくれるほどの手厚さだったから、いま考えても驚くほかないくらいだ。
この出来事以降、僕はこのギルマスの教えに沿って自分なりにこの無理ゲーな人生のライフプランを構想した。手始めに目指す目標として、無謀だと両親からも非難されたけれど、県下で随一の名門と謳われる公立高校に入ることを中一の秋に決めた。
こうして僕の猛勉強の日々が始まった。
悲しいかな、当時から友人などいなかった分、遊びや青春への誘惑も皆無だったので、ゲームの代わりのようなものとして勉強に没頭できてしまった。
そんなふうに机に齧り付いていく僕の様子を、当時の妹はかつての僕のように目の端で見つめていたらしいが、殊更コミュニケーションは互いに取っていなかったし、それは僕の方でも同じことだった。
そう、僕たちはお互いまったく似ていないのだから、無理して話そうとする必要なんてないのだ。
しかし互いにそう思っていたのも、実は束の間であったというべきかもしれない。現実というのは、意外に次ぐ意外の連続だ。
ある冬の夜、妹は交通事故に巻き込まれた。
妹がせがんでよくバイクに乗せてもらっていたという、歳の離れた先輩ともども、深夜の列島をひた走り続けてきた三トントラック運転手の、滅多にしなかったらしいいっときのよそ見運転の、犠牲となったのだ。
しかしその先輩は妹を庇うようにして、その人の半身はあろうかという巨大なタイヤの下敷きとなって亡くなった。
妹は、生き残ってしまった。
妹がそんな自責の念に駆られているなか、不良グループの友人たちはその先輩の死を受け入れられない複雑な想いのゆえか、たった一人二人の見舞いだったのに対し、疎遠になっていた学校の素朴な友人たち、バスケットチームの元チームメイトたちが見舞いにやってきて、妹が生きてくれていたことを泣いて喜んでくれたのだそうだ。
そこに、「素直に嬉しいと思ってしまった」自分がいたそうだ。
お前は根が悪い奴じゃない、こんなところから早く出ていけよと言ってくれていた先輩の遺志に応えるためにも、妹は自分に何ができるかを探し始めた。
ここから僕の世界と妹の世界は、ゆっくりと近づいていくことになる。
妹は中学に入るなり、地毛が明るい色調であるにもかかわらず髪色を真っ黒に染め、髪型も大人しめのショートボブに変えた。
そして僕の自覚している自分の猛勉強期間より遥かに量の少ない苦労の後も見えない勉強期間で定期テストも内申点も受験当日も高得点を記録し、すんなり僕と同じ高校に入学してきたのだった。
小学校時代からずっと視界を塞ぐ前髪スタイルを固持している僕とは見た目も中身も対照的なカースト上位ぶりは健全で、早速数多くの部活動の勧誘イベントにも、クラスメイトたちとの連絡交換イベントにも逢い、「どうしよう、すごい嬉しい」と頬を上気させていた。
しかも高校ではバスケはやらないと公言していたものの、やっぱり運動しないと気持ち悪いと言い放ち、休日になると中学時代から愛用しているバスケ部員共用のナイロンバッグを肩から下げて朝早くから出かけ、昼過ぎに爽やかな汗とともに帰宅してくるという実に健康な生活へと、自分の人生の舵を切り始めたのだ。
妹がそんな絵に描いたような青春の日々を送り初めていた陽春の頃の、ある夕食の後のこと。事件は、起きてしまった。
両親が春名の合格を見届けてから夫婦水入らずの旅行がしたいということで、一ヶ月半ほど家を空けている最中の、僕が夕食当番だった日のことだ。
妹はどうやら中学時代の、互いのカーストの位置を意識した非常に煮え切らない友人関係に元ヤンの血が騒いで内心苛々していたようなのだが、高校通学初日に知り合った同じクラスの友人とはとてもフラットな関係を築けてすごく気が合いそうだと喜びをあらわにしていた。
それはよかったなあとわが身のクラスでの孤立ぶりを気取られぬようスルーしたところ、僕は妹の口から出てきた言葉に耳を疑うことになる。
「今日もその子と話して盛り上がったんだけどさ。あたしその子と哲学相談部っていうのつくって、いろんな子と一緒に『人生の意味』について哲学したいって思ってるんだ」
その言葉を聞いたときの僕の反応を、どう形容すれば伝わるだろうか。運よく自分の使った食器を流し台に置こうとしていたところだったから、床に落として割ってしまうような古典的だが後片付けに困るリアクションは取らずに済んだ。
とはいうものの、いくらか食器をがしゃんと音を立てて落としてはしまい、「ん、兄貴大丈夫?」との心配さえもらってしまった程度には、驚いてしまっていたようだ。
かつて体育会系のど真ん中にいたようなお前が、文化系の極北と言える哲学なんかに興味を持つなんてどうしたんだと尋ねてみると、その新しい友人がその手の著作が好きらしく、お昼休みにも登下校の間にもずっと話しているうち自ずと興味を持ったのだという。
「兄貴もやってみない? 創部するには人数が足らないんだよ」
「誰が入るか。そしてお前もそんな部活創るな。うちの両親がどんな感性か知っているだろう」
「だから創りたいんじゃん。自分の居場所はつくっておかなきゃ」
そう言われては無碍にはできない。誰しもセーブポイントをつくっておかなければこのシビアな人生クエストを攻略することは難しい。
しかし……と僕は思わず逡巡していると、僕の沈黙を黙認と捉えたらしい春名が、
「それに、その子すっごくいい子なんだよ。兄貴は友達少ないんだし、友達になってもらったらいいよ」と進言してきた。
「僕の友人数の心配なんてしなくていい。しかもなんで僕が温情を受け取る側なんだ」
「だって兄貴、傍目から見てもいろいろ悩んでそうだし、大変そうだし。もう同好会としては申請したから、部室棟の空き部屋で哲学相談受けられるよ!」
「人の人生に茶々を入れるな。僕はもうこの人生を軟着陸させることにしか興味がない」
「? 軟着陸って?」
「いまがどうあれ、将来はお金と時間を稼げるようになって、家族親類とも離れて独りでもどこでも生きていけるようにする。そのために必要なら友人も作ろう、相談もしよう。
けれど、お金と時間稼ぎに必要でないならそれは僕の目的である独立にとっては有意義ではない、無意味というものだ。よって僕の人生にはそんな世間で取り沙汰される友情だの青春だのといった有意義さなどいらない」
「ううわ悲しい! 我が兄ながらその感性が悲しいよ、あたしは」
「うるさい。他人の人生を勝手に悲劇の対象にするな」
「あたしより兄貴の人生観の方が心配だよ。その子には兄貴のことも紹介したいってもう伝えてあるから。明日、ここに来てね!」
と春名は自分のスマートフォンの画面をキッチンのカウンター越しに見せつけてきた。
どこか見つめるのが嫌だという気になって無視を決め込むと、わざわざ妹はカウンターの中に入ってきて見せつけてきた。
実に嘆かわしいが、僕は熱量に当てられると弱い。
そのときも妹の熱量に当てられて、仕方なく僕は自分の前髪を軽く揺さぶってその画面を見てしまった。そこには同好会申請の書類と、その申請受理に伴って割り当てられた部室棟の部屋番号が記載された書類が写っていた。
その書類に記載されていた部の活動内容を一見したところ、心の中の会議場で「これは面倒くさそうだ」との判断が全会一致でなされたので、
「いや、僕は行かないぞ。さっきも言った通り、僕の方ではもう結論が出ているんだからな。他人の人生相談を勝手に進めるな……」
と言いながら、僕は心のなかで「春名に創部を諦めさせる」クエストの「妹の友人に進言しに行く」イベントが始まったことを告げる表示が点滅しているのを、またもや目の端で確認していた。
僕が僕らしく生きるために必要なクエストなら、不本意でも行わねばなるまい。今後の分岐を確かめるためにも「その友人さんもやる気なのか」と尋ねてみると、「やる気だよ〜! ずっと哲学のこと、誰かと話したいって思ってたんだって」と応えてきた。
ずいぶんな変人と友人になったものだと僕が思っていると、
「ね、兄貴もあたしのためと思ってさ!」
と言って、僕に直接、面と向かって見せるのは久方ぶりと言える笑顔をこちらに向けてきた。おそらく春名自身もそんなに笑顔を兄に見せていない自覚はなかっただろう。すでに春名も中学の三年間で友人、クラスメイト、教諭、両親に次第に笑顔を見せるようになっていた。
しかし僕は部屋に篭りがちなのもあって、中学時代には兄妹二人で互いの顔を見てエンカウントすること自体、まだ距離があった。
春名がこんな表情を見せたのはいつぶりだろうか。
そんなことを考えてしまったのが、運の尽きだった。
「……仕方ないな。その友人さんはなんていうんだ」
そうして聴いた名前を、僕は生涯忘れることはないだろう。僕と妹を哲学などという非生産的な営みに巻き込み、我が母校をいろんな意味で混沌に巻き込んでいった、そいつの名前を。
「不知火さん。不知火、無題さん」




