出立まで
出立まで
討伐から帰城した翌日、魔法師部隊隊長として参加していたヘルムートと、調剤室で会った。お互いのデーを持ち寄り報告会をしたのだ。
獣人は虎、狸、兎、猫、狼と多様な外観の人のデータが得られた。
翼人とエルフは効果発現、持続時間に大きな差はなかったが、やはり獣人族は少しばらつきがあった。
「予想はしていましたが、やはり獣人族で差が出ましたね」
「他の薬でも獣人族の人達はばらつきがありますもんね」
「もう少し数を試さないとなんとも言えませんが……一番薬の効果が出やすいのが猫型と虎型でしょうか」
猫科の獣人族ってことかな?
「獣人族は混血も多いですからね。まだまだ情報が足りません」
「混血かぁ……。猫型と虎型の子供とかですよね?」
「それだけでなく、人間と翼人、人間と獣人などもあり得ます」
「おおっ……。パターンが増えた……」
でも考えれば十分にあり得ることだ。クォーターの人もいるんだろうし……。
「獣人に関しては、通常の三分の一の量で良いかと思います。効果が弱ければ、十分の一で追加投与して様子を見る。今後はその分量でやってみましょう」
「はい」
あとは子供への投与だが、これはグラータの換算表通りにやってみることになった。こちらには子供だけを診る病院は貴族しか使わないから、そこで試してもらっている。
「対象者がいれば使用しています。麻酔と麻薬の投与は困難なので、鎮痛剤の使用許可しか出していませんが、グラータに行くまでには情報をまとめられるでしょう」
他にも、空間浄化魔法とポーションを併用した治療結果を報告した。
「回復魔法師が居らずとも、治療出来ましたか……」
「はい。麻酔の副作用が多少ありましたが、帰城する頃にはそれも消えていました。あとは経過を見て、後遺症がないか判断しないといけませんが」
ヘルムートはふむ……と唸ると、
「となれば、いよいよ回復魔法師達の説得が必要になりますね……」
あたしは他にも、不便だった点を挙げていった。
「ポーションも各等級でもっと持ち運べるようにしたいです。鞄だけじゃ到底足りませんでした。あと圧迫止血に必要な布か紐。場合によっては患部を焼いて止血する方法も必要かと思います」
その言葉にヘルムートは深く眉間を寄せた。
想像しただけで痛いもんね。無理もない。
「患部を焼く?」
「ええ。動脈が損失していれば圧迫止血では無理です。命に関わります。麻酔投与後に灼熱の鉄で焼いて止血して、治療しなくてはいけません。今回はそれ程の重傷者はいませでしたけど、いずれ必要となるはずです。焼灼止血法というやり方です」
真剣な訴えに、悩んで難しい顔をしたヘルムートは、
「……それはどうやるのですか?」
「火で熱したコテで傷口を焼きます。空間浄化魔法があれば清潔区域の中で作業できるので、感染のリスクも減ります。止血が終わって患部の治療も完了すれば、上級ポーションで治します」
「緊急時の応急処置としてまず出血を止める、という意味ですね……」
ヘルムートはかなり考えていた。相当に反感を買うやり方だと思ったのだろう。
反対されるかな、と思ったが、予想に反して出た言葉は、
「――その止血方法のためにはコテが必要ですね……。鍛冶職人に確認しましょう」
だった。
ヘルムートの反応を見る限り、同意を得られるとは思っていなかった。地球で考えてもかなり原始的な方法だ。今はやり方が進化して電気メスがあるけど、根本となる考え方は同じ。
「……実現可能そうですか?」
「ええ。大丈夫でしょう。それに、ヒカリが必要と思うなら必要なのでしょう。そこは疑っていません。また鍛冶職人と打ち合わせをしましょう。込み入った話はグラータから帰国した後になりますが」
厚く信頼してくれていると分かる言葉に、思わず胸にこみ上げるものがあった。グラータを説得した時もそうだけど、ヘルムートはずっとあたしを信じてくれている。その事実が深い感動を呼んで、思わず唇を固く結んだ
「正直言うと、反対されるかと思ってました……。かなり原始的な方法だし、恐怖と痛みも強い乱暴なやり方なので……」
ヘルムートは口角を上げると笑みの形を作り、やわらかく笑った。美形がすると威力が凄い。
「今さらヒカリの言動を疑うことはありません。あなたの提案はどれもこれも突拍子がなく、一見すると荒唐無稽だ。しかし間違っていることは一度もなかった。ソルセリルだけでなく、各国にも影響を与えるあなたを見ているのは面白い。当事者として関われたことに感謝しているくらいです」
そんな風に思ってくれてたんだ……。
感動と感激で心がいっぱいになり、言葉に詰まる。
あたしもヘルムートに微笑み返した。感謝の気持ちだけは伝えたかった。
「あたし、ソルセリルに来てよかったです。ありがとうございます、あたしを引きとってくれて」
「その感謝の言葉はラディウス様にお伝え下さい。ヒカリを留め置くと決めたのはラディウス様ですから」
それからグラータへの出国までの間、革職人、鍛冶職人との打ち合わせを簡単にした。
ポーションの持ち運びに関しては空間収納魔法や鞄に容量拡大魔法をかける案が出された。
焼灼止血用のコテは作成に難航しそうと言われ、素材から検討してくれることになる。
「コテと皮膚がくっつかないよう、上手く加工して下さいね」
「まったく、職人泣かせなことをいってくれる」
鍛冶職人のタバンからはそう言われたが、顔は笑っていた。
「嬢ちゃんとの仕事はやり甲斐しか感じねぇや」
討伐終了後は慌ただしく日々が過ぎ、グラータに出立する前日に田岸さんにようやく会えることになった。
慰霊祭以降、実に数カ月ぶりだった。
「明日はいよいよ海外ですか。ヒカリは随分と忙しくなりましたね」
田岸さんは髪をさっぱりと切っていて、年齢より若く見えた。首元には初めて見るペンダントが光っていた。
「その黒いペンダント、買ったんですか?」
「ええ、まぁ」
「髪も切ってるし、イメチェンですね」
「そういうヒカリは随分とオシャレな格好ですね?」
あたしはカミラ陛下とショッピングした時に購入した服を着ていた。秋冬物まで購入したおかげで、季節の変わり目でも着るものには不自由ない。
こんな機会じないと、着ることもないしね。
「これはあたしじゃなくて、カミラ陛下が選んだやつです。こういう時にでも着ないと箪笥の肥やしになるだけですから……」
「なるほど」
「そうそう。田岸さんグラータのお土産、何がいいですか?」
「どんな国なのかも知らないので……。ヒカリに任せます」
「エッダは?何か欲しいものある?」
いつものようにすぐ後ろに控えているエッダを振り返る。今日は喫茶店でティータイムをしていた。
「おい、ヒカリは仕事に行くんだろう?土産なんて言ってていいのか?」
「仕事でもお土産は買うでしょ?」
「……買わないだろ?」
「え?買いますよね?」
あたしは田岸さんを見て、
「そうですね、買います」
賛同を得た。
「それは異世界での話じゃないのか?」
「そう?こっちでは買わないの?」
「買わん」
きっぱりと言われ、反感の視線ももらってしまう。
公費で行くからマズイってことなのかな?
「なら、ここは異世界流ってことで。それで?エッダは欲しいものある?」
「ない」
「グラータの特産品って何?」
「教えない。加担したと思われたくないからな」
「えぇー。エッダ姉さんはケチだなぁ」
「誰が姉だ」
「いいや。勝手に買ってくるから」
少し時間を作ってもらって、街を散策してみよう。
他国の街はどんな雰囲気だろう。グラータの国土はほぼ森林だから、材木を使った特産品とかありそう。
「綺麗な景色とか見られるといいなぁ。写真撮れないのが残念だけど」
「魔法でなんとかなりそうですけどね。幻覚魔法とか」
「今度ヘルムートさんに提案してみたらどうですか?」
「いや……。また城へ呼び出しをくらうのは勘弁して欲しいので……」
「いいじゃないですか。たまには城にも来て下さいよ」
「ヒカリ、城は気軽に行く所じゃありませんよ……」
渋い顔をした田岸さんを見て、
「お前たちは本当に仲が良いな……」
エッダは呆れていた。




