パンケーキとアメ
グラータ行きは1ヶ月後に決定した。
ラディウスの予定を空けるのに相当苦労したヘルムートは、
「急に陛下も行く、などと言い出さないで下さい!」
ラディウスにめっちゃ怒ってた。
「だがヒカリのグラータ行きを無事に済ませるなら、こうするのが一番いいだろうが」
「それはそうですが……」
「それにヘルムートもグラータの現場を見られるぞ。以前からグラータの製薬技術に興味があると言っていたじゃないか」
「……はい」
「俺はヤハートと顔を合わせられる。全員が満足できる最善の方法だ」
「――今後は訪問を勝手に取り付けないで下さい。いいですね?」
珍しくヘルムートが負けて折れていた。
あたしはソルセリルの城で薬の作成に挑戦した。鎮痛剤、麻酔、麻薬。自分であらかじめやってみて、分からないことや躓く《つまず》ことがあればグラータで聞こうと思い、ヘルムートに協力をお願いした。さすがに麻薬を家で作るのは憚ら《はばから》れるし。
ヘルムートは魔法師団、製薬部隊の調剤室を準備してくれた。調剤には彼も同席してくれ、2人で色々と口論や議論をしながらチャレンジし、試作品が完成した。
問題はこれをどこで、誰に使うかだ。
「あたし使ってみていいですか?」
一番に立候補すると、
「しかしどうやって?頭痛がした時にでも使用しますか?」
「それもいいけど、傷を作って実際に痛みや感覚がなくなるか試したほうが、分かりやすくていいです」
ヘルムートは数秒固まった後、
「――は?」
「ちょっと指先を切るので、やってみましょう」
あたしが傍にあったナイフを握ったのを見て、ヘルムートは慌てて、
「何を言い出すんですか!」
取り上げられた。
「自分の体を実験に使うなんて!」
「調剤した人の義務みたいなものですよ。今までもそうしてきましたし」
あっさりと言うと、ヘルムートは怖い顔になった。
「――まさか今までの薬、全てがそうなのですか?」
「ええ。アザルスにいる頃はもっと色々と作ってたので、あの頃の方が大変でした」
「……ちなみにどんな事を?」
「え?傷薬の時は指を切って、かゆみ止めはわざと掻痒感が出る葉っぱを使いました」
「火傷薬は?」
「軽く火傷を」
「腫れ止めは?」
「机に足をぶつけて」
「ただれは?」
「原液の漂白剤をかけました」
ヘルムートは無言になると、
「お屋敷にいる頃、ヒカリに様々な塗り薬の作成を依頼しましたが、まさかあの時も?」
「いや、あの時はさすがに数が多かったので出来ませんでしたよ」
傷薬、痒み止め、火傷薬、湿疹•炎症•打撲•できもの……色々な薬の作成依頼を受けたのだ。
さすがに全部は無理だった。
「ヘルムートさんが鑑定魔法で見てくれてたので、必要がなかったですし」
ヘルムートは深くため息をつくと、沈んだ目をして、
「ヒカリ、今後同じことは二度としないと約束して下さい」
強い口調でそう言われた。
「鑑定魔法が使えないので、薬効があるか判断できないのは分かります。しかし、自分を傷つけてまで確かめようとしなくていい」
「……患者さんが使用する時、どんな感覚か知っておいた方が説得力があるんですけど……。特に麻酔とか痛み止めは」
「自身に疼痛がある時なら構いませんが、進んで傷はつけないで下さい。真実を知った時、ヒカリを知る人達が悲しみますよ?」
「それは……そうかも知れませんけど……」
渋った言い方をしたら、
「ノボルに伝えましょうか?」
田岸さんの名前を出されると顔が浮かんで、
「――やめてください」
観念した。
「なら、今後はしないように」
完成した鎮痛剤、麻酔、麻薬、作った薬は全て非魔法付与だ。この方が種族による差を気にせず純粋な薬効を確かめられる。
「人間での薬効は確認済ですから、他の種族で試す必要があります」
「やっぱり騎士や兵士さんですか?」
「そこが一番手っ取り早いですから」
「……また屋外の訓練を増やすんですか?」
「幸い、近々魔物討伐の予定があります。そこで使えそうですね」
ニッと笑った。こういう時は少し腹黒さを感じる……。
「それ、あたしも同行していいですか?薬効の細々を観察して記録したいです」
少し考え、「エッダの弓部隊なら参加可能でしょう」と言われた。
「ヒカリは剣よりも弓が得意そうですし、いざと言う時も戦力になる。あと、実戦訓練で使った腰鞄はどうでしたか?討伐の前に調整が必要なら、ヤサルトに言付けますが」
「ああ!そうだった!」
会う機会がないのですっかり忘れていだが、ウエストポーチの感想を伝えていなかった。
「指輪を収納できるポケットは、作ってくれて助かりました。欲を言えば、内側じゃなくて外側に欲しいですけど……」
「ポケット?」
「鞄の中にある、小さな収納場所です」
「あぁ、あれですか。外側に、となると、落とさないよう工夫が必要ですね……。他には?」
「あたしは水魔法を使うので、鞄の鉄部分が錆びないか心配です。あとは強度ですけど、木や枝に結構引っ掛けたけど傷一つ付かなかったので、助かりました。それくらいです」
「分かりました。改善点は次の討伐に間にあうように調整しましょう」
討伐参加の許可が出たので、その日家に戻ると早速弓の練習を増やした。討伐にはエッダの他にもたくさんの兵士が参加するので、あたしの力は使えない。魔法と弓の技術頼りだ。
そう思うと、最後の切り札をなくしたようで、心許なさを感じてしまった。嫌いだ、人には使いたくないと言いつつ、結局、力に頼ってしまっている。
「情けないな……」
極秘に討伐任務への参加が決まってから数日後、初めてエッダが弓の稽古以外で家にやってきた。
「どうしたの?」
「ヘルムートからヒカリも参加すると聞いてな。少し話し合っておきたいことがある」
あたしは家の中に通すと、お茶と茶菓子を出した。
目の前に置くと、
「気を使わんでいい」
「これくらいはいいでしょ?エッダはお友達だし、結局クッキー作れなかったから、一度もお菓子食べてもらってないし」
「……オレは仕事としてきたんだ。茶会に来たわけじゃない」
「だめ?」
「……今回だけだぞ」
エッダはカップに手をかけ、一口飲む。
なんだかんだ言って、エッダはかなり会話をしてくれるようになった。前の実戦訓練の時も助けてくれたし、全身を強打したあたしをかなり心配していたと、ラディウスから聞いている。
「そうだ、お礼を言いたかったの。訓練の時は助けてくれて、ありがとうね」
「無傷ではなかったんだ。礼はいい」
「でも、地面に激突しなかったのはエッダのおかげだからさ。ありがとう」
笑って言うと、エッダはあたしを見つめて、
「ヒカリは次の討伐任務への参加、恐ろしくはないのか?」
「なんで?」
「それなりに戦闘はできていたが、あんな目に遭ったんだぞ。異世界には魔獣も魔物もおらず、戦闘経験もないと言っていたじゃないか。普通なら二度と行きたくないと思うだろ?」
どうやら心配してくれているらしい。口調は荒っぽいこともあるけど、やっぱりエッダは優しい。
「心配してくれてありがとう、エッダ」
「心配というわけじゃない……」
照れ隠しなのか、お茶を啜っている。
「今回は戦闘じゃなくて、薬の効果を見るのが目的だから。人間以外の種族で薬効を調べて、実用化に向けたデータを集めるために参加するの。納得して行くから平気だよ。もちろん、危ない時は闘うし。だからエッダは自分の仕事に集中してね」
「もちろんそうするが……。危ないと感じた時や、手に負えないと思う時はちゃんと呼べ。あの時と同じように風話で」
「分かった。いざという時は頼りにしてるよ」
またお茶を啜るので、あっという間に一杯がなくなった。2杯目を注いでソーサーに置く。
茶菓子として出したパンケーキには全く手を付けていない。そのお皿も前に差し出して、
「ほら、これも食べてよ」
エッダはじっとパンケーキを見つめた。
こっちでは珍しいのかな?
「――これはヒカリが作ったのか?」
「うん。たまに甘いのもが食べたくなるから。あたしの世界ではパンケーキって言うの」
「随分とふわっとした名前だな……。こっち、というか、オレの故郷ではアメと呼んでた」
「アメかぁ……」
硬そう。そして色んな味がありそう。
それにしても、エッダの故郷か。初めて自分の話をしてくれたな。
「ねぇ、エッダの故郷ってどんな所?たまに帰省するの?」
「いや、村は滅ぼされたからな。もうない」
あたしは固まった。
エッダはなんて事ない表情をしていたが、かなり悪いことを聞いてしまった……。
「――そっか……。言いづらいこと聞いて、ごめん……」
「別にヒカリが沈むことはないだろう?」
「でも、思い出しちゃうでしょ?辛くなるじゃない……」
「もう50年も前の話だ。今さらどうとも思わん」
強がっているようには見えなかったが、何も感じないと言うのは嘘だろう。
「何も思わないっことはないよ。故郷だし、懐かしくて痛い気持ちにはなるんじゃないの?」
「……確かにな。でも今はここがオレの家で守る場所だ。だから気にしてない」
「そう……」
長く時間が経てば、そういうものなのかな……。
エッダは、
「蜂蜜かジャムはあるか?故郷ではそうやって食べてたんだ」
空気を変えるためか、そんなリクエストをした。
「いちごとぶどうのジャムならあるよ」
「なら、いちごをくれ」
瓶を差し出すと、パンケーキにたっぷりと、はみ出さんばかりに付けていた。
「随分と付けるだ。エッダは甘党なの?」
「妹がよくこうして食べてたんだ。母さんに叱られても、笑って大口で食べてた」
家族の話も初めて聞いた。
「……妹さんがいるの?」
「いた、が正しいがな」
「――そう」
母親については何も言わなかったが、あたしは聞かなかった。
故郷も家族も亡くしているのか……。
エッダは今まで、獣人族についても話してくれなかった。村を滅ぼされたことと、何か関係あるのかもしれない。
やっぱり人間に滅ぼされたのかな……。
そう思ったけれど、それ以上は聞かなかった。
あたしはエッダの真似をして、ぶどうジャムをたっぷりとつける。こっちのジャムは砂糖少な目だから、山盛りつけてもカロリーオーバーにはならないだろう。
一口食べると、パンケーキの味がしないくらい、口の中がぶどうで一杯になる。
「ぶどうの味しかしないね」
「そうだな」
「でも、美味しい。妹さんオススメの食べ方だね」
「……そうだな」
エッダはパンケーキを2枚平らげると、
「では当日にな」
と言い残し、帰っていった。
獣人族と人間……。他の種族もそうだけど、やっぱりいざこざが相当にあったんだろう。でも、エッダからは一度と『ヒカリは人間だから』と言われたことはない。
ラディウスからもヘルムートからも。
「やっぱり、歴史を調べた方がいいのかな……」
アリウェ陛下からの言葉をまた思い出す。
あたしはまだ、人間と各種族のことを調べていなかった。自分の目で見て感じた事を大切にして、先入観なくみたいという思いが、変わらず強かったからだ。
ラディウスからもヘルムートからも、それでは駄目だと言われたことはない。
「もう少し、自分で感じとってから調べよう……」




