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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
ラターナ村と召喚者

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日常


 ロイドさん夫妻としばらく旅の話をしたあと、夕食を一緒にとった。

 支給された食材でシチューや肉の香草焼きを作ってくれ、楽しんで食事を済ませた。

「他にも井戸や洗濯の場所、食材支給の場所を案内したかったのですが……。すっかり暗くなってしまいましたね。また明日、案内します」

 ロイドさんはランタンに蝋燭の火を灯すと、1区の居住区まで道案内してくれた。

 

 道案内といっても1本道なので、迷うことはなかった。ランタンにほのかに照らされた道の左右に、小さな畑が点在しているのが見える。

 村の奥に進むにつれて家の敷地は広くなるらしく、畑と家がワンセットになっているようだった。

「ヒカリの家はここです」

 そう言って示されたのは、5区の居住区の倍の大きさの家で、一人暮らしをするには広すぎる平屋だった。中を見なくても4人一家が暮らせるほどの広さがあると分かる。

「こんなに大きいんですか……。絶対に持て余すんですけど……」

「全ての部屋を使わなくてもいいんですから、気にしなくていいですよ」

 確かにそれもそうか。

 支給物しか無いのなら、たいして私物が増えることもないだろう。

「明日、1区の皆さんに挨拶をなさって下さい。今夜は遅くなってしまいましたからね。

 仕事初日は騎士が迎えに来ますから、家で待機していればいいですよ。地球のように『8:30から仕事開始』という決まりもないので、明日以降も適当な時間に職場に行けばいいですから」

「そんなに曖昧なんですか?」

「ええ。誰からも文句は言われません」

 ……すごいな。もう社会を回すとこは出来ていない気がする。

「何か困った事があれば私の家に来てください。それでは、おやすなさい」



 家の中に入るとリビングと寝室、トイレとシャワー室を確認した。

 他にも3部屋あったが、どれも家具もない部屋だった。

 使うこともなさそうなので、そのまま放置することにした。

 幸いにもシャワーからお湯が出たので安心した。水じゃなくて良かった……。


 箪笥の中にあった服に着替えると、さっさとベットに潜り込む。

 電気もスマホもない世界。

 ベットに入ってしまえば天井を見るか、夜空の星を見るしかすることはない。


 初めての異世界の夜は静かで暗かった。天井を見つめながら、初日にしては色々と知ることができたと振り返る。

 まだまだ知らない事の方が多いが、ラターナ村の人たちに話を聞けば情報はすぐに集まるだろう。

 色々と見て聞いて考え、流石に疲れたせいか、瞼はすぐに重くなった。

 

 大きく人生を変えたこの日、あたしはあっけなく眠りに落ちた。


 

  ◇     ◇     ◇     ◇


 

 翌日、ロイドさんの言う通り騎士が迎えに来た。

「イセ・ヒカリだな。ついて来い」

 それだけ言うと、騎士は一度も振り返ることなくあたしを職場へ連れて行った。

 正直言うと、逃げ出そうと思えば出来たと思う。それくらいあたしに関心を示さなかったのだ。しかし逃げる先も分からないので、無謀なことはしなかった。


 職場は日本でいう診療所のような場所で、ベットが3つに、診察する場所があるだけの簡素な場所だった。

 王都でこの程度?と正直驚いた。

 でも考えてみれば、この世界には魔法がある。

 回復魔法なんてものもあるのだろう。だとすれば、ここが必要になることは少ないのかもしれない。

 

 あたしは同僚であろう人たちを見たが、一様に目を合わせてくれなかった。5人ほどが働いていて、補充をしたり包帯を巻き直したりしているが、まるであたしが見えていないかのようだ。

 回復魔法のことやこの場所の案内とか、聞きたいことは山のようにあったが、質問できる雰囲気ではない。

 仕方なく、紙と鉛筆らしきものを見つけて浮かんだ疑問をメモした。あとでロイドさんに聞いてみよう。

 

 騎士はとっくにいなくなっていたので、あたしは好き勝手に診療所の中を見て回った。手術できるような場所は無く、診察室らしき建物がいくつか敷地内にある。

 そこの棚には薬のような物があるが、3種類しかない。ポーション?なのかもしれない。水色、青、紫とあり得ない色だったから。

 塗り薬も少しあるが、在庫は僅かだ。入ってこないから底をつきかけてるんだろう。

 患者さんらしき人も見かけたが、あたしを見ると走って逃げるか踵を返していた。

 すぐに召喚者だと分かるのかな?

 

 その疑問は診療所の同僚や患者さん、外を歩く国民の皆さんを見てすぐに分かった。

 髪の色だ。黒髪がいない。

 みんな緑、グレー、赤、紫など、多種多様な色をしている。茶色の人もいたけど、黒髪は1人もいない。

 ここにきて真面目にヘアカラーをしていないことが仇となった。あの反応を見ると、黒髪は不吉とか、何かあるのかもしれない。

 他にも本を見つけたので、パラパラとめくってみた。医学書のようだけど、日本でいう家庭の医学のような内容で、薬草で出来る薬の作り方、手当ての方法、症状別の対応方法などが載っている。

 参考になりそうだから、持ってかえって読んでみよう。

 念のため同僚がいる前で、

「この本、持って帰りまーす」

 と誰に言うわけでもなく声を出して宣言したけど、チラッと見られただけだった。

 

 そんな事をしていると3時間ほどが過ぎ、昼になった。召喚された時身につけていたソーラー腕時計があるので、時間が分かって助かる。

 同僚の皆さんも散り散りに姿を消したから、みんな昼食を食べに行ったのだろう。

 あたしもラターナ村へ帰ることにした。

 結局、職場では誰とも話をしなかった。


 帰る道中、王都の皆さんからの視線を感じながら憂鬱なため息をついた。

 やはり考えていた以上に無視が辛い。存在しない様に扱われた事がないし、不慣れな環境での仕事はしづらかった。まぁ、仕事と言える事は何もしてないんだけど。


 村に着くとロイドさんが迎えてくれた。

「おかえりなさい。そろそろ帰ってくるんじゃないかと思って、待っていました」

 あぁ、すごく安心する……。この村に住めて良かった。

 ロイドさんは昨日できなかった村の案内をしてくれ、また昼食をご馳走してくれた。

 

 その席でメモした疑問を聞いてみた。

 回復魔法はやはりあって、使える人は国に所属しているらしい。回復魔法師の認定証をもらえば国関係なく働けるという。

 回復できる傷によってランク分けされ、簡単な傷を治せる者から腕の欠損を治せる人、瀕死の重傷を瞬時に回復できる人までいるらしい。

 そしてやっぱりありました、ポーション。こちらも品質は様々。色でランクが分かり、濃いほど上級と教えてもらった。

「回復魔法もポーションもあるので、だいたいは事足ります。しかしお金が無い者や回復魔法師がいない時は診療所で治療してもらいます」

「なら、人はあんまり来ないんですね?」

「本来はそうですね。王都は今、内乱の鎮圧で回復魔法師が不在なので、通常よりは人が来ると思いますよ。ただ、治療費が高いので渋る人も多いでしょうが」

 なるほど。

「他には、病気の相談や悩み事を聞くようですが、召喚者にはあまりできない仕事かもしれません」

「そもそも完全無視だったので、誰も近寄ってきませんでした……。今までの召喚者はどんな仕事をしてたんでしょうか?」

「これまでの人は絆創膏や消毒液を作っていましたよ。掃除する人もいれば、顔を見せただけで帰ってくる人もいました」

 おお……それはなかなかの強メンタル。

 でも絆創膏かぁ。それくらいは出来るかな。でも塗り薬が少なかったから、まずはそっちを補充した方がいい気がする。

「薬草で薬を作ろうと思うのですが、私にもできるでしょうか?」

「はい。確か前任者が使っていた道具が倉庫にあるので、それを差し上げます。あとは薬草があれば作れますよ」

 良かった。

 作り方を見てみよう。さっき借りてきた本が役立ちそうだ。

 複雑な作り方じゃないといいな……。 

「あの、あと髪色なんですが……。黒って珍しいんですか?」

「そうですね。召喚者にしかいません。他国はどうか知りませんが、少なくとも王都では見たことが無いですね」

「だから召喚者ってすぐに分かって、逃げてくのか……。不吉な色ってわけじゃないんですね?」

「そう言う話は聞いたことがありません」

 そうか……。

 単に髪色で召喚者とバレて逃げられただけらしい。

「正直、3時間しか働いてませんけど疲れました……。働いてもいないんですけどね」

 深くため息をついたあたしを見て、ロイドさんは同情の目を向けてくれる。

「昼間に行きづらいなら、夕方に行くのもアリですよ。同僚と顔を合わせることが少なくなりますから」

 そうか……。出勤時間をずらせばいいのか。それも一つの手段かもしれない。 

「あとは不審者に注意して下さい。暗い路地や細道にはあまり入らないほうがいい。10年も前の話ですが、召喚者と国民のいざこざで殺人が起こったことがありますから……」

「ええっ?!」

「それがきっかけで、ラターナ村ができたんです。住み分けをした方がどちらも監視しやすいので」

「――夜の外出はしないようにします……」


 午後は家で医学書を読んだ。絆創膏の作り方、薬草を使っての傷薬や火傷の治し方、シャックリの止め方など色々と書かれていて面白かった。これを読む限り、人体の作りは地球人と同じらしい。

 塗り薬は思ったよりも簡単に作れそうだった。明日、診療所にあった薬草を確認しよう。

 

 夕方には1区の皆さんと顔を合わせることができ、自己紹介ができた。みんな一様に力の事は話さず、本業だけを教えてくれた。

 フランス人のクレールさん、画家。ラドヒャさんはインド人で音楽家、唯一の男性マテオさんはチリ人の記者。

 全員が深い干渉は望んでいなかったので、ホームパーティーはしてないと言われた。あたしもその経験はないから助かる。

 そんな事をしていると暗くなり、初めて自分で夕食を作ってシャワーを浴びると、1日が終わった。


 


 次の日以降は仕事に行く時間をランダムにした。

 割り当てられる仕事もないので、溜まっている包帯を洗ったり棚にある薬草で塗り薬を作って過ごした。道具は診療所にあったのもを借りる。

 これがけっこう面白くて、ついつい熱中していたら昼を過ぎていた。

 きちんとできているのか心配だったから、わざと指を傷つけて自作の塗り薬を使ってみたら、夜には治っていた。これには驚いた。さすが魔法がある世界。

 薬草の効果なのかな? 

 必要そうな知識はメモに残して書き留め、見返せるようにした。

 

 自宅でも借りた道具で塗り薬を作った。火傷、痒み止めなど種類を変えて挑戦したが、どれも効果は半日もたたず確認できた。

 完成した塗り薬を診療所の棚に並べると満足感があったが、召喚者が作った薬を使ってくれるのか心配なる。

 だって同僚達は一切関与してこない。あたしも強要はしたくないので、無理に話かけることはしなかった。

 ただ「おはよう」や「ありがとう」「さようなら」の挨拶だけは欠かさないようにした。


 

 半月もすれば診療所の構造も配置も、物品の位置も把握できた。

 相変わらず誰からも声を掛けられなかったが、たまに目が合うので少しはあたしという存在に慣れてくれたのかもしれない。


読んでいただきありがとうございます!とても励みになっています。

ここで軽い気持ちで初めた薬作りが、今後のヒカリの運命を大きく変えていくことになります…。


また誤字・脱字報告もいつもありがとうございます。助かっております。

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