前線での出会い
村から出ると、近くに停められていた馬車に強引に乗せられた。それはもう手荒で、半ば投げられるようにして荷台に転がる。
「痛……」
打ち付けた肩を擦りながら体を起こすと、他に3人が同じ荷台に乗っていた。
「大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくれたのはアメリカ人のエマさん。井戸を使う時、よく一緒になったので覚えている。
あと2人は知らない男性だった。暗い顔でじっと床の一点を見つめ、何かの覚悟を決めているようだった。
「この馬車って……」
緊張して震えた声で言うあたしに、エマさんも不安そうな顔で、
「たぶん、戦場行きかと……」
行き先を告げた。
「おい!私語をするな!」
急にカーテン状の幌が上げられ、見張り役の騎士が乗り込むとガタン、と馬車は揺れ始めた。
あたしとエマさんは体を硬くして手を握り合い、睨みつけてくる騎士の視線にじっと耐えた。くっついて寄り添っていないと、とても耐えられそうにない。
木枠の車輪はたまに石を踏んでガタガタと大きく揺れた。それは正にあたし達の不安の揺れそのものだった。こんなにも指先が凍え、生きた心地がしないのは初めてだ。
馬車は決して速くないが、確実に音が大きくなる方へ進んでいた。兵士の悲鳴、命令の声、武器同士がぶつかる金属音……。敵も味方も分かったもんじゃない。
どんどん戦場に向かっていると分かり、あたしたちは緊張で汗ばむ手を握りあい、震えた。叫び出してしまいそうな緊張感で、息が苦しかった。
騎士は時々、御者台に向かって指示を出していて、
「どうだ?見えたか?」
「いや、まだだ」
「戦況は?」
「押されている……」
「もう少しだ!開けた場所に出る!急げ!」
そんなやり取りを数回続けたあと「上げるぞ」とのセリフが聞こえた。直後、馬車のスピードが一気に上がった。
なんの構えもしていなかったあたし達は、4人ともつんのめった。
きっと何かの魔法で一気に速度を上げたのだ。さながら自動車のような感覚だったが、実際のスピードなんて知らない。それどころじゃなかった。だって揺れる馬車の中、騎士があたしの方へ向かって来て、腕を鷲掴みにしたのだ。
「えっ?!何?」
無表情の騎士に無言で引きずられ、幌のカーテンが開いたと思ったら、なんと落とされた。
怖いとか、落ちるとか考える暇はなくて、
「えっ?」
と思った次の瞬間には強打の衝撃が全身を襲った。
上下も分からずごろごろと転がると、やっと動きが止まった。土と草の匂いがする。それに血の味がした。口の中を切ったのだろう。
漫画でよく星が飛ぶ絵が描かれるが、まさにあの状態だった。視界がチカチカして息が詰まり、しばらく呼吸がままならず、イモムシのようにモゾモゾ動いた。やっと「ウウッ……」うめき声が出る。
そんなあたしに騎士は、
「存分に力を発揮してこい!」
言い捨てると、馬車と共に去っていった。
あたしはなんとか目を開けたが、土煙をあげながら走り去っていく馬車が見えただけだった。
あちこちが痛い。
どこが、とかじゃなくて全身が。ゆっくり四肢を動かすと、骨折していない事が分かった。不幸中の幸い。足が折れていたら逃げられない。
ここがどこか知りたかったが、とにかく逃げなきゃ……。
あたしは衝撃で詰まった息を整える間もなく体を起こした。
そして状況を確認するために顔を上げた瞬間、固まった。
魔族だ。
到底人とは思えない容姿の者たちが、地平線を埋め尽くすように立っている。
巨人、エルフ、ドワーフ、名前も知らぬ種族の人達が各々鎧を身にまとい、武器を構えている。槍や弓を構えた人が羽を羽ばたかせて空にもいる。
息をすることも叫ぶこともできず、あたしは10メートルも離れていない魔族の武装集団と対峙していた。
終わったとか、死ぬんだとも考えられなかった。
ひたすらに『無』で血の気が引いた。涙も出ず、絶望の気持ちで胸が一杯だった。
魔族の皆さんは急に敵陣の馬車からあたし一人が落とされたのを見て、驚いているようだった。
しかしそこは戦士。
気持ちを立て直し、剣や槍を持ち直し体勢を低くしているので戦闘態勢に入っているのが分かる。
もう諦めムードに入ったあたしは、一気に攻め込まなくても1人の戦士で十分ですよ、と頭で思った。
戦闘はおろか、格闘技の試合だってしたことがないのだ。抵抗なんてできるわけない。
殺すならスッパリとやって欲しかった。逃げようとも思わなかった。
じっとしていると、
「おい。お前は召喚者か?」
急に上空から声がした。
見上げると7メートルほど上空に男性が浮いていた。
透明感のあるアッシュブラウンの短い髪。キリッとした眉に釣り上がった目は、いかにも自信ありげだ。仁王立ちしているから余計にそう見える。
一見すると人間に見えるけど、漆黒の羽をバサバサさせているから違うと分かる。
低い声に、派手じゃないけど生地がいいと分かる服を着てる。何よりオーラが凄い。いかにも魔族のトップ幹部です、って雰囲気。
それに手練れなんだと思った。だって武器を持ってないから。丸腰で敵陣の中にいて話しかけてくるなんて、よほどの自信がないと出来ないだろう。
突然話しかけられたので、あたしは彼を見上げてぼーっとそんな事を考えた。
「おい、召喚者なのか?」
痺れを切らしたトップ幹部らしき人は高度を下げて再び尋ねてきた。
喉がカラカラだったが、なんとか「はい」と返事をした。
「お前はなんの力を持っている?」
地上に降り立つと、腰が抜けて座り込んだあたしの目の前に立ち、
「こんな最前線に1人送られるなら、余程の力を持っているんだろう?」
そう言った。
「娘、なんの力だ?場合によって生かしてやる」
ニタっと笑っているが、目の奥はそれに伴わず静かだった。あたしの価値を見極めようとしているのが分かる。
教えればきっと殺されるだろう。
魔族の皆さんには脅威としかならないだろうし。
「おい、死にたくなければ答えろ」
腕組したまま語気を強める。
もう待ってやらないぞ。そう聞こえた。
「ま、魔力がある者を殺す力……」
教えると、トップ幹部らしき人は一瞬驚いたあと、大きく笑い出した。
戦場の緊迫感とは相反する声が響く。
「なんだ!その面白い力は!」
そしてズイッとあたしに顔を近づけると、
「お前、名前は?」
「井瀬光凛……」
「イセ、が名前か?」
「ヒカリの方です……」
「ヒカリ、お前は生かしてやる!」
…………。
………………え。
…………………なんで?
「こんなにも愉快な力を授かるのか!召喚儀式も悪くないかもしれんな」
楽しそうに言っている所、
「ラディウス様!」
空から別の魔族が降り立ってきた。
こちらは見目麗しい容姿で、長い耳からしてエルフと分かる。銀髪が太陽にキラキラ輝いていた。
翼はないけど風をなびかせているから、風魔法を使っているのかもしれない。
「ヘルムート。どうした?」
「何をなさっているのです?」
「面白いモノを見つけてな。この娘は殺すな」
ヘルムートと呼ばれたエルフは、あたしを床に落ちたゴミみたいな目で見下ろした。
「承知しました」
「で?王都はどうなった?」
「すでに陥落寸前です。住民だけでなく騎士も兵士にも戦意がありません。王族を囲っている一部の者だけは別ですが」
「抵抗するなら構わん、始末しろ。王族は殺すなよ」
「分かっています」
「あと、召喚者の村の者たちもだ。コイツのように面白い力を持った奴がいるかもしれん」
「そこは手はず通りにやっています」
どうやらラターナ村の人達に手を出すつもりはないらしい。
良かった。
「娘を連れて行っても構いませんか?」
あたしのことを言っているのだと緊張した。
連れて行くってどこに?魔族の国?
「ああ。だが、その前に……」
しゃがんであたしと目を合わせたラディウスは、整った顔をしていた。地球では見ない銀の虹彩の瞳で、凄く綺麗だと思った。
「ヒカリ。どうして力を使わなかった?恐怖で萎縮して使えなかったのか?それとも観念したのか?」
どうしてと言われても…………。
やり方知らないし……。
「使い方知らないので……」
「は?」
「魔法も特殊な力も地球にはないから……。使い方が分からない」
それに効果範囲も、力を使った反動があたし自身に帰ってくるのかも知らない。
使ったら最後、あたしも死ぬんじゃ元も子もない。
ラディウスはまた盛大に笑った。
「力の持ち腐れだな!一度も発動したことがないのか?」
「はい……」
「なんとも滑稽な話だな。せっせと召喚者を集めて匿いながら使い方を教えもせず、戦場に落として逃げたのか、あのクソ王族は!」
クツクツと笑っていたが、最後に一言、
「――玉座に座る価値もない」
その目と声に戦慄した。すでに腰が抜けているのに、足が震える。冷たい氷を体の中に落とされたような感覚だった。
ラディウスは立ち上がると、毅然とヘルムートに指示した。
「ヒカリを連れて行け。出来れば召喚者の村へな。それと、ランゼには俺が話をつける」
「――承知しました、陛下」
ヘルムートが恭しく深々と頭を下げた。
陛下?
陛下って言った?
…………もしかして、この人が魔王なの?
ラディウスはまた翼を広げると一瞬にして空に舞い上がり、王都へ向けて飛んでいった。




