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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
それぞれの思惑

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32/69

文通の約束


「あの破廉恥オヤジは何を考えてる!」

 

 アラシャとの謁見を終え、控室に戻って来るなり、ラディウスは上着を投げつけながら毒を吐いた。

 あたしはラディウスの後ろに続いて部屋に入り、ソファに腰を下ろす。

 

「根掘り葉掘りとヒカリの事を聞き出そうとしてきて……。おいヘルムート!なぜ魔獣の森の件をアイツが知っている?!」

 大層お怒りのラディウスは、一番の腹心であるヘルムートに当たった。

「わかりません……。かなり極秘に事を進めたのですが……。怪我をした、という事実なら漏れ出てもおかしくはないですが……」

 

 ヘルムートの目も欺くとは、国同士の情報戦は恐ろしい……。

 きっと各国に影とか隠密行動をしている人がいるんだろあなぁ。

 

「ヒカリ!お前も曖昧な返事をするな!付け入る隙を与えることになるぞ!」

 いきなり怒りの矛先があたしに向いたので、思わず嫌な顔をして言い換えした。

「あたしに当たらないでよ」

「ソルセリルに飽いたならいつでも声をかけろ、と言われていただろう!ああいう時はきっぱりと断るもんだ!」

「どっちつかずの返事が正解じゃないの?」

 日本人としては曖昧な返事イコールお断りなんだけど……。ソルセリルでは通じないのかな?

「嫌ならハッキリ返事をして構いませんよ?特にタハルカ陛下にはそうした方がいい。女性は誰でも歓迎されるでしょから」

「…………あの人ってかなりの女好きですか?」

「ええ、見た通り。ちなみに独身でいらっしゃいます」

「…………でしょうね」

  なんだかクレールさんが心配になってきた……。


 ラディウスはあたしの目の前のソファに荒々しく腰掛けると、

「ヒカリ、体調は問題ないか?」

 突然そんな事を聞いてきた。 

 謁見の緊張で気分が悪くなったと思ってるのかな?

 でもその予想は外れた。

「さっきの破廉恥オヤジの魔法だ。おかしな気分になっただろう?」

 先ほどの体がふわふわした感覚の事を言っていると、すぐに分かった。

「え?あれって魔法なの?」

「タハルカ陛下のスキルです。相手の本音を聞き出す力があります。一種の催眠状態にして奥底の本音を引き出すのです」

 目が離せなかったのは魔法だからか……。

「だから頭がぼーっとしたんだ……。身体も自分のものじゃない感覚だったし……。今は特に何ともないよ」

 胸を撫で下ろすようにため息をつくと、すぐに不機嫌な顔に戻った。

「あんな方法まで使って聞き出してくるとは……防護魔法は張ってないのか?」

「国賓相手にそこまで出来ません」

 それはそうだろう。

「チッ……」 

 舌打ちして露骨に嫌な顔をしたラディウスは、 

「ヒカリ、夜会ではタハルカに注意しろ。きっとまた探りを入れてくるぞ」

 その一言で思い出した。

「そう!夜会!!なにそれ?!聞いてないんだけど!」

 

 夜会と言ったら、雅に要人と踊ってお喋りするアレなの?

 あたしが大声でまくしたてると、当然と言う顔でラディウスはあたしを見た。

「国賓が来たら夜会を開くのは当然だろう?」  

「そんな当然知らないよ!」

「ヒカリは初めての参加ですね。とりあえず、音楽に合わせて体を揺らしていれば終わりますから」

 

 そんなバカな……。

 きっとダンス中にコソコソと話を聞かれるんでしょ?

 一曲って何分?夜会って何時間あるの?

 ダンスしなきゃいけない最低人数とかあるんだろうか……。

 ――考えていたら胃が痛くなってきた……。

 

「……………………欠席したいです」

「ムリです」「無理だな」

 同時に突っ込まれてしまった。

「………………クレールさんとお喋りするだけじゃダメ?」

「駄目にきまってます」「ダメに決まってるだろう」

 うぅ…………。ダブル突っ込み……。

「………………逃げたい」

「諦めて下さい」「諦めろ」



 夜会はグラータの一行が到着した翌日に行われる、とヘルムートから聞いた。

「それまでに踊りの練習をすればいいですよ」

 ヘルムートは軽く言っていたが、グラータの到着が明後日。

 …………全然時間ないじゃん。


 あたしは心が折れそうになり、田岸さんにかなり長い手紙を描いてストレスを発散しようとした。しかし如何せん《いかんせん》、手紙は一方通行の連絡手段。田岸さんから返事が来る頃には全てが終わっているだろう。

 だから、クレールさんに何とか会わせてくれ!とヘルムートに懇願したら、翌日の昼に再会が叶った。



 再びドレスを着て城の客間の一室に通されると、クレールさんはおしとやかな薄緑色のドレスを身にまとって、一人で待ってくれていた。

 良かった……タハルカ陛下はいない……。

「ヒカリ。あたしに会いたいって聞いた。何かあった?」

「クレールさん!助けてください!!」

 あたしは泣きついた。


  

「夜会は何とかなる。壁際に立ってれば終わってる」

「…………それは無理では……」

 クレールさんは一度出席したことがあるらしい。

 アラシャに到着して間もない頃の話で、ダンスはしなかったらしい。

「陛下は沢山の女性と踊るから、あたしの順番は来ずに終わった」

「ええ……。それ、何人の女性を呼んでたんですか……」

「さぁ?60人はいた」

「………………」

 本当にクレールさんはタハルカ陛下と一緒にいて大丈夫なの?

「明後日の夜会も食事してたらきっとすぐに終わる」

「いや、あたしはダンス必須って聞いてますよ……」

「えっ……」

 ここで初めてクレールさんの顔が強張った。

「ヘルムート……ソルセリルの王佐は、『音楽に合わせて体を揺らしていれば終わる』って言ってましたけど、一曲って10分はあるみたいで……」

「じ、10分……」

「長いですよね……。踊ってる間、きっと話もするんだろうし……。何を話せばいいのか……。うっかり政治的な失言をしないか気が気じゃなくて……。しかも、最低2人とは踊るのがマナーらしいんです…………」

「………………あたし、きっと体調不良で休む。風邪をひく予定」

「風邪の予定ってなんですか?!」

 逃げ腰になったクレールさんを見て、あたしと同じ心境なんだと思うと幾分か気持ちが軽くなったが、真実を知ったクレールさんの方は血の気が引いていた。

 …………なんか悪いことをした気がする。

「ヒカリ……夜会は出来るだけ一緒にいよう……」

「あたしもそうしたいんですけど……ヘルムートさんから『駄目』って釘を刺されてて……。今から水風呂でも入ろうかな……」

「あたしも入る……」

 あたし達は不安と緊張が増すばかりで、どうすれば欠席できるか話し合ったけど、有効打は何もなかった。

 

「とにかく、ラディウスとタハルカ陛下と思わればミッションコンプリートですよね……」

 ラディウスはともかく、タハルカ陛下は何やらいかがわしい事を言われそうだ。

「タハルカ陛下って……その…………一緒にいて平気なんですか?」

「セクハラはされない」

 そうか……。なら良かった。

「あの人は単に女性を侍らせ《はべらせ》たいだけだから、傍にいるだけでいい」

「なんか……随分な言い方ですね」

「ずっと賛美を言われてると飽きてくる……」

 それはわかる。

 

 そのうち話は逸れて、互いの近況報告になった。

「あたしは仕事はしてない。絵を描いて過ごしてるだけ」

「へぇ。召喚の力を買われてアラシャに行ったんじゃないんですね?」

「いや、力はたまに使ってる。国のためになるから……。でも嫌なことじゃないから、別に構わない」

「そうなんですか……」

  砂漠の国で役立つ力って事なのかな?

「ヒカリは?力を使うよう、強要されるの?」

「いいえ……。自分自身にしか使わないと公言しているので、平気です」

「……そう」

 互いに何の力かは知らないが、多くは語らないようにした。

 あまり喋ってクレールさんに迷惑をかけたくない。

「ヒカリは仕事してるんでしょ?凄い」

「いや、すごくはないですよ?クレールさんは絵を描くのが仕事でしょ?ちゃんと働いてるじゃないですか」

「うん……。でも大した収入にはならない。楽しいからいいけど……」

「貰った絵は家のリビングに飾りました。華やかになって嬉しいです」

「そう。よかった」

「たまにこうして会えればいいんですけどね……」

「…………距離が遠いから難しい」

「はい……。風魔法で声を届ける方法は知ってるんですけど、距離が遠すぎて不可能ってヘルムートさんに言われました……」

 せっかく使えるのに、残念だ。魔法も万能じゃないんだと思い知らされる。

 手紙もなかなか届かないと言われた。発送したとしても、届くのは2ヶ月後らしい。

 それでも……

「あの、時々手紙を書いてもいいですか?手元に届くのはかなり時間が経ってからだけど……それでも繋がっていたいので」

「うん。あたしも書く。楽しみができて嬉しい」

 あたし達はにっこりした。

 そうしていると「お時間です」とあたしの迎えが来てしまう。

 惜しみながら別れると、「夜会でまた」と言われる。

 また現実を思い出し、少し暗い気持ちになった。


 

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