文通の約束
「あの破廉恥オヤジは何を考えてる!」
アラシャとの謁見を終え、控室に戻って来るなり、ラディウスは上着を投げつけながら毒を吐いた。
あたしはラディウスの後ろに続いて部屋に入り、ソファに腰を下ろす。
「根掘り葉掘りとヒカリの事を聞き出そうとしてきて……。おいヘルムート!なぜ魔獣の森の件をアイツが知っている?!」
大層お怒りのラディウスは、一番の腹心であるヘルムートに当たった。
「わかりません……。かなり極秘に事を進めたのですが……。怪我をした、という事実なら漏れ出てもおかしくはないですが……」
ヘルムートの目も欺くとは、国同士の情報戦は恐ろしい……。
きっと各国に影とか隠密行動をしている人がいるんだろあなぁ。
「ヒカリ!お前も曖昧な返事をするな!付け入る隙を与えることになるぞ!」
いきなり怒りの矛先があたしに向いたので、思わず嫌な顔をして言い換えした。
「あたしに当たらないでよ」
「ソルセリルに飽いたならいつでも声をかけろ、と言われていただろう!ああいう時はきっぱりと断るもんだ!」
「どっちつかずの返事が正解じゃないの?」
日本人としては曖昧な返事イコールお断りなんだけど……。ソルセリルでは通じないのかな?
「嫌ならハッキリ返事をして構いませんよ?特にタハルカ陛下にはそうした方がいい。女性は誰でも歓迎されるでしょから」
「…………あの人ってかなりの女好きですか?」
「ええ、見た通り。ちなみに独身でいらっしゃいます」
「…………でしょうね」
なんだかクレールさんが心配になってきた……。
ラディウスはあたしの目の前のソファに荒々しく腰掛けると、
「ヒカリ、体調は問題ないか?」
突然そんな事を聞いてきた。
謁見の緊張で気分が悪くなったと思ってるのかな?
でもその予想は外れた。
「さっきの破廉恥オヤジの魔法だ。おかしな気分になっただろう?」
先ほどの体がふわふわした感覚の事を言っていると、すぐに分かった。
「え?あれって魔法なの?」
「タハルカ陛下のスキルです。相手の本音を聞き出す力があります。一種の催眠状態にして奥底の本音を引き出すのです」
目が離せなかったのは魔法だからか……。
「だから頭がぼーっとしたんだ……。身体も自分のものじゃない感覚だったし……。今は特に何ともないよ」
胸を撫で下ろすようにため息をつくと、すぐに不機嫌な顔に戻った。
「あんな方法まで使って聞き出してくるとは……防護魔法は張ってないのか?」
「国賓相手にそこまで出来ません」
それはそうだろう。
「チッ……」
舌打ちして露骨に嫌な顔をしたラディウスは、
「ヒカリ、夜会ではタハルカに注意しろ。きっとまた探りを入れてくるぞ」
その一言で思い出した。
「そう!夜会!!なにそれ?!聞いてないんだけど!」
夜会と言ったら、雅に要人と踊ってお喋りするアレなの?
あたしが大声でまくしたてると、当然と言う顔でラディウスはあたしを見た。
「国賓が来たら夜会を開くのは当然だろう?」
「そんな当然知らないよ!」
「ヒカリは初めての参加ですね。とりあえず、音楽に合わせて体を揺らしていれば終わりますから」
そんなバカな……。
きっとダンス中にコソコソと話を聞かれるんでしょ?
一曲って何分?夜会って何時間あるの?
ダンスしなきゃいけない最低人数とかあるんだろうか……。
――考えていたら胃が痛くなってきた……。
「……………………欠席したいです」
「ムリです」「無理だな」
同時に突っ込まれてしまった。
「………………クレールさんとお喋りするだけじゃダメ?」
「駄目にきまってます」「ダメに決まってるだろう」
うぅ…………。ダブル突っ込み……。
「………………逃げたい」
「諦めて下さい」「諦めろ」
夜会はグラータの一行が到着した翌日に行われる、とヘルムートから聞いた。
「それまでに踊りの練習をすればいいですよ」
ヘルムートは軽く言っていたが、グラータの到着が明後日。
…………全然時間ないじゃん。
あたしは心が折れそうになり、田岸さんにかなり長い手紙を描いてストレスを発散しようとした。しかし如何せん《いかんせん》、手紙は一方通行の連絡手段。田岸さんから返事が来る頃には全てが終わっているだろう。
だから、クレールさんに何とか会わせてくれ!とヘルムートに懇願したら、翌日の昼に再会が叶った。
再びドレスを着て城の客間の一室に通されると、クレールさんはおしとやかな薄緑色のドレスを身にまとって、一人で待ってくれていた。
良かった……タハルカ陛下はいない……。
「ヒカリ。あたしに会いたいって聞いた。何かあった?」
「クレールさん!助けてください!!」
あたしは泣きついた。
「夜会は何とかなる。壁際に立ってれば終わってる」
「…………それは無理では……」
クレールさんは一度出席したことがあるらしい。
アラシャに到着して間もない頃の話で、ダンスはしなかったらしい。
「陛下は沢山の女性と踊るから、あたしの順番は来ずに終わった」
「ええ……。それ、何人の女性を呼んでたんですか……」
「さぁ?60人はいた」
「………………」
本当にクレールさんはタハルカ陛下と一緒にいて大丈夫なの?
「明後日の夜会も食事してたらきっとすぐに終わる」
「いや、あたしはダンス必須って聞いてますよ……」
「えっ……」
ここで初めてクレールさんの顔が強張った。
「ヘルムート……ソルセリルの王佐は、『音楽に合わせて体を揺らしていれば終わる』って言ってましたけど、一曲って10分はあるみたいで……」
「じ、10分……」
「長いですよね……。踊ってる間、きっと話もするんだろうし……。何を話せばいいのか……。うっかり政治的な失言をしないか気が気じゃなくて……。しかも、最低2人とは踊るのがマナーらしいんです…………」
「………………あたし、きっと体調不良で休む。風邪をひく予定」
「風邪の予定ってなんですか?!」
逃げ腰になったクレールさんを見て、あたしと同じ心境なんだと思うと幾分か気持ちが軽くなったが、真実を知ったクレールさんの方は血の気が引いていた。
…………なんか悪いことをした気がする。
「ヒカリ……夜会は出来るだけ一緒にいよう……」
「あたしもそうしたいんですけど……ヘルムートさんから『駄目』って釘を刺されてて……。今から水風呂でも入ろうかな……」
「あたしも入る……」
あたし達は不安と緊張が増すばかりで、どうすれば欠席できるか話し合ったけど、有効打は何もなかった。
「とにかく、ラディウスとタハルカ陛下と思わればミッションコンプリートですよね……」
ラディウスはともかく、タハルカ陛下は何やらいかがわしい事を言われそうだ。
「タハルカ陛下って……その…………一緒にいて平気なんですか?」
「セクハラはされない」
そうか……。なら良かった。
「あの人は単に女性を侍らせ《はべらせ》たいだけだから、傍にいるだけでいい」
「なんか……随分な言い方ですね」
「ずっと賛美を言われてると飽きてくる……」
それはわかる。
そのうち話は逸れて、互いの近況報告になった。
「あたしは仕事はしてない。絵を描いて過ごしてるだけ」
「へぇ。召喚の力を買われてアラシャに行ったんじゃないんですね?」
「いや、力はたまに使ってる。国のためになるから……。でも嫌なことじゃないから、別に構わない」
「そうなんですか……」
砂漠の国で役立つ力って事なのかな?
「ヒカリは?力を使うよう、強要されるの?」
「いいえ……。自分自身にしか使わないと公言しているので、平気です」
「……そう」
互いに何の力かは知らないが、多くは語らないようにした。
あまり喋ってクレールさんに迷惑をかけたくない。
「ヒカリは仕事してるんでしょ?凄い」
「いや、すごくはないですよ?クレールさんは絵を描くのが仕事でしょ?ちゃんと働いてるじゃないですか」
「うん……。でも大した収入にはならない。楽しいからいいけど……」
「貰った絵は家のリビングに飾りました。華やかになって嬉しいです」
「そう。よかった」
「たまにこうして会えればいいんですけどね……」
「…………距離が遠いから難しい」
「はい……。風魔法で声を届ける方法は知ってるんですけど、距離が遠すぎて不可能ってヘルムートさんに言われました……」
せっかく使えるのに、残念だ。魔法も万能じゃないんだと思い知らされる。
手紙もなかなか届かないと言われた。発送したとしても、届くのは2ヶ月後らしい。
それでも……
「あの、時々手紙を書いてもいいですか?手元に届くのはかなり時間が経ってからだけど……それでも繋がっていたいので」
「うん。あたしも書く。楽しみができて嬉しい」
あたし達はにっこりした。
そうしていると「お時間です」とあたしの迎えが来てしまう。
惜しみながら別れると、「夜会でまた」と言われる。
また現実を思い出し、少し暗い気持ちになった。
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