ラディウスの謝罪
街に出かけて数日後、正式にラディウスとの謁見の日にちが決まった。その知らせは豪華な封筒に入った手紙として届いた。
まぁ、要約すると『城に来い』なのだけど。
この時点で少し「ん?城」とは思った。
そして手紙を受け取った翌日、いつもは入ってこないメイドさんがぞろぞろと入ってきて、なにやら体の寸法を測って退室していった。
なんなの?
思っていたら、その答えは謁見の前日に分かった。
部屋に豪勢なドレスが届いたのだ。
「な、なんですか?!これは?」
クローゼットに仕舞おうとされたので、あたしはあわててメイドさんにそう尋ねると、
「明日、ヒカリ様が着用されるドレスにございます」
と言われた。
ド、ドレス…………?!
「な、なぜですか……?」
疑問符をつけるあたしに、メイドさんも頭の上に疑問符を浮かべていた。
そして当然のように、
「ラディウス様と公式の場でお会いになるからです。そのために作らたものですので」
はい?
それだけのために作ったの?
嘘でしょ?
あたしはだんだんと恐ろしくなってきた。
公式に謝罪、なんて気軽に言うべきじゃ無かったのか……?
そして謁見当日。
朝からメイドさんは有無を言わさず、ぞろぞろとあたしの部屋に入ってきて、お風呂に入れられ髪をとかされマッサージされた。
知識でしか知らないコルセットを付けられ、息も出来ないくらいに締め上げられると、次にドレスを着せられ髪をアップにされ、アレやコレと装飾品を付けられる。
もう文句を言う気も消え失せた頃、
「お時間です」
とお迎えがきた。
そして、乗り込んだのはかなり豪華な魔獣車。
きっと貴族が乗ってるんだろうな、とひと目見て分かる豪勢な飾りがされている。
「…………これで行かなきゃいけませんか?」
石になっているあたしに、騎士は「はい」としか返事をしてくれなかった。
しかたなく乗り込むと扉が閉められ、ガタガタと動き出す。椅子はふかふか。素晴らしいクッション性で寝てしまいそうです。いっそ夢であれと思ってしまった。
そう言えば、なんで車に乗せられたんだろう?
あたしはてっきりお屋敷で謁見だと思っていたのに……。
しかし、考ええてみればすぐに分かることだった。
あのお屋敷はラディウスの家。
つまり、公務をしている場所は別にある。
日本でも国会と首相公邸は違うのだ。
あたしはそこに思い至った時、すごく怖くなった。
もしかしてこれから行く場所って……。
城?
そういえば、豪華な手紙に「城」って書いてあったな……。
揺られること15分ほど。とても雅な速度で進んでいたからそんなに時間がかかったのだが、歩けば30分、単騎の馬で駆ければ5分で着く場所に城はあった。
その豪勢な佇まいと言ったら……言葉を無くした。
ラディウスが住む邸宅であの豪華さなのだから、国の顔ともいえる城はそれはそれは立派だった。
魔族の城というイメージに似合わず、城内は明るい白に統一されていた。
自分の言葉のレパートリーを恨むくらい、綺麗な彫刻が施された壁。天井は高くて首が痛くなる。石床には絨毯が敷かれ、どごまでも続く廊下が伸びる。
あたしは「時間になるまで別室にてお待ちください」と、ポツンと部屋に置いていかれた。
いや、それで良かった。
このままだと心臓が持たなかったから。
パタン、と静かにドアが閉まると、
「…………はぁ~」
でかい溜息がでた。
肺の空気が空っぽになるほどに息を吐き出すと、
「プッ…………」
可笑しそうに笑う声が聞こえた。
まさか誰か居るとは思わなかったので、あたしは慌てて部屋を見回した。
するとベルベットのソファに腰掛けた田岸さんを見つける。
「田岸さん!」
彼もまた貴族の貴公子のような服を着させられていた。
髪型もいつもと違ってオールバックになっていて、一瞬誰か分からなかった。
「随分と疲れてますね?」
クスクス肩が震えている。
あたしはつかつかと寄っていくと、
「だって!こんな事になるなんて、思ってもみなかったんですよ!」
文句を言った。
田岸さんに当たるのは見当違いもいいところだが、この時のあたしは全く余裕がなかったので仕方ない。
「随分と着飾られましたね」
あたしのドレス姿を見た田岸さんは笑った。
「本意じゃないですよ?問答無用でこうなりました。正直言うと、脱ぎ捨てて帰りたいです……」
動きにくいドレスを持ち上げて、なんとか隣に座る。長くてフワフワしたドレスはそれは動きにくい。
「仕方ないですよ。公式な謝罪を望んだのはヒカリですからね」
「田岸さんはこうなるって分かってたんですか?」
「いや、考えてませんでした」
素直に認めた彼もまた、困惑したのだと教えてくれた。
職場に急に騎士が迎えに来て、服の仕立て屋に連れて行かれたらしい。
「てっきり処刑でもされるのかと思いましたよ。ガタイのいい騎士が4人も来て、問答無用で引っ張られたので」
採寸後、無事に職場に戻ると、同僚や上司からかなり心配されたと教えてくれた。
「魔獣車で迎えに行くと言われ、ここに連れてこられました」
なるほど……。
あたしと状況は似ていた。
「着いたのは1時間くらい前ですね。それからずっと放置されてます」
「すいません……。軽々しく『公式な謝罪』なんて言ったばかりに………」
完全に巻き込んでしまった。
「いえ、これはこれで面白い体験なので、良かったです。それに、もしヒカリが1人でこの場に立たされていたら、もっと顔色が悪かったでしょうからね。ヒカリの付き添いが出来て良かったと思います」
「そんなに酷い顔色してます?」
「ええ。真っ白ですよ?」
あたしはこういう公の場が苦手だ。
教室の前に立つのも緊張してガチガチになる。
見知ったクラスメイトの前でそうなのだから、こんなに着飾った状態で大勢の知らない人の前に出されたら…………
ダメだ。想像しただけで吐きそう……。
「まぁ、なるようになります。せっかく綺麗な格好をしているんだから、もう少し笑ったらどうですか?」
「…………無理です。吐きそうなので……」
「水でも飲んで落ち着いてください」
部屋に置かれた水差しから水を入れると、目の前に置いてくれる。
そのまま田岸さんはあたしの背中をさすってくれた。
しばらくそうしてあると文官らしき人が来て、謁見室に入ったあとの作法をレクチャーしてくれる。
でも本当に簡単で、真ん中を歩いて陛下の御前まで進んで下さい、だけだった。
そ、それだけ?
他には?
お辞儀のタイミングとか、何か言わなくちゃいけないとか……
あたふたしていると、「お時間です」と言われてしまう。いよいよ心臓が飛び出そうになり、ゴクリと喉を鳴らした。
帰りたい……。ものすごく帰りたい…………。
あたしは初めて、お屋敷の部屋に帰りたいと思った。
玉座の間は玄関と同じで、首が痛くなるほどに天井が高かった。
そして白い壁には見事な彫刻。大きな窓からは燦々と午前の日が差し、美しく部屋を照らしている。
謁見室の真ん中に玉座があり、いつもより豪華な服を着たラディウスが座っていた。
玉座の高台の下にヘルムートが立っており、これまた長くてキラキラしたローブをまとっている。
そしてそこに続く道の左右に、貴族なのか高官たちなのか、十数人が並んでいた。一様に表情は硬く、能面みたいだ。
エッダとグスタフは玉座の一番近い場所の先頭にいる。
あたしは言われた通り、真ん中の道を歩いて玉座の前まで進んだ。あたしの後ろを田岸さんがついてくる。
このへんかな、という所で足を止めると、バタンと扉が閉じる音が響いた。
で?
ここからどうすればいいの?
ラディウスを見ると、少し痩せたのか頬がこけ、色が白く見えた。あの高慢な顔はしていない。
目も静かで、じっとあたしを見ている。どこか影があるようで、なんだかラディウスらしくない。
張り詰めた緊張の中、ラディウスが立ち上がる。玉座がある高台から降りると、静かに階段を踏んであたしの数歩前まで歩いてきた。
目の前に来るとより分かる。
白い顔、落ち窪んだ目、平坦な表情。
まるでラディウスらしくない、自信のなさそうな雰囲気。
――ヒカリ、もっと事の重大さを知れ。
ふいに、街に行った時のエッダの言葉を思い出した。
ラディウスは追い詰められたことがなくて、今まで敵無しだった。負けたことなんてないと言っていた。
……もしかして、あたしに負けて落ち込んでるの?
嘘でしょ?
小学生じゃないんだから……
思わず呆れそうになった。
でも、考えてみれば人生初の敗北というのは、こういう横柄で高飛車なタイプには相当にこたえるのかもしれない。
まぁ、いい薬とも言えるんだろうけど。
それにしても、いつも上から目線の人がこうもしょぼんとしていると、なんだかこっちが悪いことをした気分になるじゃない……。
もちろん、ラディウスが悪い所はあったのだ。そこだけは認めて欲しいけど。
「まずは、強制的にこの国にお連れしたことをお詫びしよう」
突然、ラディウスはそう言った。
「この国への永住を勝手に決めたのは俺だ。その上、強引に魔獣の森へ連れていき、ひどい大怪我を負わせてしまった。俺がついていながら、申し訳ない事をした。非礼をお詫びしよう」
言い切ると、深く頭を下げた。
それに合わせて、周囲の人々も深々と頭を下げる。
硬い表情だった人達の顔が見えなくると、途端にモヤっと嫌な気分になった。
なぜか分からないか。
あたしは無視できないその感覚の原因を探ろうとした。
恭しく頭を下げている偉い人たち。
謝罪しているはずなのに、空気が張り詰めて痛い、重い、苦しい。
その雰囲気に、自分で公式の場での謝罪を望んでおきながら、なんか違う、と思ってしまった。
こういう事を望んだんじゃない気がした。
いや、謝って欲しかったのはそうなんだけど……。
なんというか――。
ラディウス含め、あたしに向かって深々と頭を下げている人たち。
この人達はあたしが求めたから、こうして謝っているだけだ。
本心から許してほしいと思ってるわけじゃない。
あたしがラディウスを負かして、謝罪を要求したからやっているだけ。
あたしは、いつの間にか自分がされて嫌だってたことをラディウスにさせていると気がついた。
力で抑えつけて克服させ、無理やり頭を垂れさせている。
それは傲慢な手段だ。高ぶって人をおとしめ、見下すことに変わりないか気がした。
あたしはラディウスの後頭部を見た。
顔が見えない。
頭を下げている今この瞬間、彼はどんな顔をしているのだろう?
悔しげな顔?
憎んでいる顔?
それとも屈辱の顔?
そんな顔で謝罪されても、全然スッキリしない。
そう思うと納得出来た。
――あたしは間違ってた。
あの時言うのは、謝罪の強要じゃなかった。
「頭をあげて下さい」
そう言うと、全員が顔を上げる。
でもちっとも空気は軽くならない。むしろ、謝罪する前より重くなった気がする。
こんな空気にしたのはあたしなんだ……。
あたしはバカだ。こんな状況にならないと分からないなんて………。
目を閉じて深呼吸すると、気持ちを固めた。
「ラディウス陛下、この度はご丁寧な謝罪をありがとうございます。確かに窮地に立たされひどい重症を負いましたが、貴国の優秀な魔法師により回復して頂きました。感謝しております」
そう言うと、ラディウスは僅かに眉を動かした。
「それにアザルス王国では陛下に2度も命を救って頂きました。一度は戦場で、2度目は処刑台で。覚えていらっしゃいますか?」
「あ、ああ……」
「あの時はありがとうございました。この場を借りて、お礼を言わせてください」
ラディウスはかなり驚いた顔をしていた。
後ろに控えて立っているヘルムートも同じだ。
左右に立っている人たちも、会話こそしないがソワソワと周囲を見ている。なにやら混乱しているらしい。
謝罪した相手から礼を言われるなんて、思ってもみなかったのかな?
それもそうか。
あんなにも派手にやり合って「謝れ!」と言ったのに、こんなことを言われたら混乱もするだろう。
もう少し言葉を付け加えないと、この混乱は収まらないかも知れない……。
「陛下、少しお話してもよろしいですか?」
「……なんだ?」
「私、分かった事があります。今回、このような場を設けて頂きましたが……やはり違うと思ってしまいました」
「………違う、とは?」
「強要して頭を下げさせた所で、全く気持ちよくありませんでした」
ラディウスは軽く目を見開いた。周囲も同じ反応で、唖然としている。
要望しておきながら、何を言い出すのかと思っているんだろうな……。それはごもっとも。
深く考えなかったあたしが悪いんです。
だからここで言わせて欲しい……。
「私は浅慮でした。力にまかせて何かを要求し、それが叶ったとしても、そこに相手の心はない。先程、陛下をはじめ皆様は頭をさげて下さった。でもそれは私が要請したからです。下を向いた顔はどんな表情をしているのだろうと思ってしまった……。屈辱か侮蔑か憎しみか――。私には分かりません。それが嫌でした」
だって、そもそも頭を下げるなんて強要するものじゃない。
「人は感謝したい時、謝罪したい時、自然と頭が下がるものです。強制された行動には反発しか生まれない。先程陛下は謝罪してくださいましたが、その御心はどんなものだったのでしょう?決して良いものではなかったはずです」
ラディウスは呆然としながらも、じっとあたしを見ている。その顔はけっこう間抜けだったけど、ここへ入ってきた時より、よほどいい表情に見えた。
「自分を縛るのは自分の心であるべきです。何者にも縛られず、屈しず、自由であるべきだと思います」
あたしは一歩後ろへ下ると、
「ラディウス陛下」
改まって名前を呼んだ。
「私は陛下に無礼を働きました。怒りのまま力を使い私宅を損壊させ、多大なご迷惑をおかけした。その上、このような公の場で謝罪を強要し、名誉を傷つけてしまった……。大変申し訳ありませんでした」
そのまま膝を折り、深々と頭を下げた。
ラディウスは予想外な事に言葉がないようで、喉が塞がって何も言えないようだった。
こんな表情も初めて見る。貴重な顔なんだろうな。目に焼き付けておこう。
「もしお心が晴れないのでしたら、腰の剣で斬り捨てていただいて結構です」
ラディウスはチラッと剣のグリップに触れた。
カチャと金属音が静かな謁見室に響く。そのままぐっと握るのかと思ったが、手は剣を離れて体の横に戻った。
「いや……。そこまではしない」
「寛大なお心に感謝いたします」
もう一度軽く頭を下げると、ラディウスは眉間にシワを寄せた困惑顔で、
「しかし……いいのか?俺はあなたを窮地に追いやった。その事実は変わらないのだぞ?」
「確かにそうですね。しかし陛下はもう3度も私を救って下さった。そちらの方が回数が多いです」
それに、初めてラディウスを負かしたしね。
その言葉は呑み込んで、あたしは口角を上げて、出来るだけ上品に笑った。
普段そんな事をしないから、引きつった顔になってるかも知れない。
でもこんな豪華なドレスを着て着飾った状態なら、少しは不馴れな笑顔もごまかせるかもしれない。
いや、ごまかされてくれ。
「改めて、ありがとうございました」
礼を再び軽く膝を折る。
顔を上げると、この日初めてラディウスと目が合った。
銀の虹彩がキラキラして、やっとラディウスが戻ってきたと分かる。
ラディウスは肩の力が抜けたようにため息をついた。
そしてあたしにしか聞こえない小声で、
「お前は変わっているな……」
あたしは小さく口角を上げ、彼にか見えないように笑う。
あたしとラディウスの蟠り《わだかまり》は小さくなった。
だけど、もう一人忘れちゃいけない人がいる。
「あの……」
少し困ったように顔をクシャっとさせ、
「あの場にいなかった兄を巻き込もうとしたことだけは、謝意をお願いしたいです。一番の被害者ですので」
付け加えた。
「承知している」
ラディウスは田岸さんの前に立つと、素直に頭を下げてくれた。
「イセ•ヒカリの兄上。その場にいなかった貴殿に、無礼な言動をした。国主として礼を欠く卑怯な行為であった。この場で詫びをさせてくれ」
先ほどとは違う自然な謝罪だった。
「いえ、とんでもないことでございます。むしろ、妹がこのような大ごとにしてしまい、申し訳ありませんでした」
あっさりと謝罪が終わると、ヘルムートが良く通る声で、
「では改めて、陛下より謝意の証しとしてイセ•ヒカリ殿にお言葉があります」
とラディウスを見た。
「イセ•ヒカリ殿はこの国に来て数々の功績を残していると聞いている。お詫びも含め、何か恩赦を与えたいのだが、希望するものはあるだろうか?」
公式な謝罪となると、ごめんなさいだけじゃ駄目か……。
でも、突然そんな事言われてもな……。
そういう話なら、事前に言っておいて欲しかった。
街に出る自由も田岸さんと面会する自由ももらった。これ以上の自由となると、旅行くらいしか思いつかない……。
黙っているとヘルムートが、
「爵位でも領地でも、こちらが出来ることであれば、何でも言っていただいて構いません」
アドバイスらしき事を提案してきたが、そんなものは欲しくない。
「いえ……そういうのは結構です」
左右に立っている人が少しザワッとする。
あれ?ダメだった?
ここではそういうものを希望するのが普通なのかな?
でも、本当にそんなものいらないし……。
だいたい、あたしは今後も監視されるんだから領地って言っても、自分専用の監禁場所を得られるだけなんじゃ……。
「あっ……」
あたしは一つ思いついた。
「なら、弓を教えていただけませんか?」
「弓……か?」
「はい。元いた世界でやっていて、少し懐かしくなりまして……。他にも剣術と護身術を教えて頂きたいです」
ラディウスは数回パチクリと瞬きすると、
「それだけか?」
と驚いている。
えっ?これもダメ?
少ないのかな?
「えっーと……」
困惑していると、後ろから田崎さんが「弓と防具一式なんてどうでしょうか?」助け舟を出してくれた。
「妹は魔法が使えないので、自身を守るために必要かと思います。そちらを準備していただければ、大変にありがたいのですが……」
グッジョブ!田岸さん!
あたしはコクコクと頷いた。
ラディウスもヘルムートもまだ不服そうだったが、
「ならば、そちらも準備しよう」
となり、謁見は無事に終了した。
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