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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
力と力

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21/66

怒りの矛


 王都のお屋敷につくと、あたしは担架で部屋まで運ばれた。体を拭かれて着替えさせられ、ブチブチ切れた髪は違和感ないように整えられた。

 ……らしい。 

 というのも、あたしにはその時の記憶が一切ないからだ。


  

 はっきり記憶があるのは魔獣の森から帰還した4日後から。

「ヒカリはずっと眠り続けて、その間一度も目を覚さなかったので危篤なのでは、と疑われてました」

 面会に来た田岸さんから話を聞いても、ピンと来なかった。

「普通はそうならないってことですか?」

「らしいです。瀕死の重傷でも、回復魔法を使えば遅くとも半日で目覚めて動けるようになるらしくて……。ヘルムートさんは『ヒカリは魔力量が異様に低いから、大量に注がれた魔力に拒絶反応を起こした』と言ってました。体に異常はなかったのでそのまま様子を見ることになったのですが、肝心の看病する人がなかなか現れなくて」

「どうしてですか?」

「人間、というのもありますが、異世界人ですからね。こちらの世界の人間と何か違うかもと危惧したみたいです。見かねてだいぶ文句を言ったら、看病させてくれました。この世界では女性の病床に身内以外の男性が入らないのが基本らしいので、ヒカリの兄と説明してます」 

 田岸さんはそう言って笑っていた。

 あたしはその気持ちに感謝し、

「ありがとうございます……」

 本当に家族のようだと思え、お礼を言った。

「……それで、体調がいいなら魔獣の森で何があったのか、聞かせてもらえますか?」


  

 外は雨で、窓に打ちつける雨音が室内に響いている。

 しかしそんな冷たい雨の温度に負けないくらい、部屋の中の空気も冷え冷えとしていた。

 魔獣の森での一連の話を聞き終えた田岸さんが、猛烈に怒っていたからだ。

 

「結局、ソルセリルもアザルスと同じだったということですね」

 いつもにこにこしている人が怒ると怖い。

 

 田岸さんは正にそのタイプで、全身から冷たい冷気を放っている。

「正直、もうこの国にこだわる理由は何もありません。ヒカリは早々にこの屋敷を出たほうがいい。というか、国を出た方がいい」

「お屋敷からは近々出されると思います……。ずっとここには置いておけないと、ヘルムートさんが言っていたので」

「あの魔王のお膝元にいるよりは数倍マシでしょう。一層のこと、僻地でもいいです」

「さすがにそんなに遠くには飛ばされないと思います……」 

「あと、力は二度と使わなくていい。こんな目に遭うなら、ラディウスにヒカリを任せてはおけない」

「あたしも、もうラディウスに利用されるつもりはないです。この国にいるのもどうかと思いますけど……他の国に行っても似た扱いなんじゃ………」

 薬作りで時間がなく、他国がどんな場所か調べていなかったが、あたしへの対応は大差ないのでは、と思える。

 でもここまでの仕打ちを受け、ソルセリルに留まるのも嫌だった。

 四の五の言っていられない。ラディウス達を突っぱねてでも他国の情報をもらおう。

「後日、力を発動させた場所がどうなったのか聞く予定です。その時、出国を含めて話してみます」



 

 魔獣の森の騒動から7日後。

 あたしは再鑑定をしたあの部屋に呼び出された。

 

 部屋に入るといつものメンバーが4人揃っていた。ラディウスは何やら不機嫌そうだが、あたしは気が付かないふりをした。

「ヒカリ、体調はどうですか?」

 普段のヘルムートからは出ない、ご機嫌伺いと分かる社交辞令な言葉から、話し合いは始まった。

「いいですよ」

 『お陰様で』とはあえて言わなかった。

 もともと体調不良になったのはラディウスのせいだから。

「今日は力の発動場所がどうなったのか、報告をします。あなた自身が知っておかなくてはならない事ですので、来ていただきました」

 そう言ってヘルムートは教えてくれた。

 

 効果範囲は20キロ。

 範囲内にいた全ての魔獣、魔物、小動物、虫たちが死に絶えていた。草一本も残っておらず、全てが枯れ果てるまで30分もかかっていない。

 しかも力の残滓で発動から3日はその影響が続いた。その期間は防御魔法を展開させても人体に影響が出るので、一切の立ち入りができない。

「土地から再び新芽が出るのを経過観察して行く予定です」


 あたしは絶句した。

 範囲は20キロ?

 鑑定と違うじゃない!

 しかも残滓まで残るなんて……。

 本当に恐ろしい力で嫌気が差す。 

 

 あたしは吐き気を覚えるくらい、自身の力に嫌悪感を抱いた。

 

「ヒカリは力の発動時に何を感じましたか?」

「……何を、とは?」

「発動する時体が熱くなったとか、気分が悪くなったとか。何かありますか?」

 ヘルムートはきっと、力の発動に伴う情報が欲しいのだろう。細かな事が後々、大きな何かに繋がるかもしれないと考えているんだ。

 

 あたしは思い起こそうとしたが、発動時の感覚を言葉で説明するのは難しかった。確か変な臭いもしたが、あれも言語化が困難だ。

「力を使った後、臭いがしましたけど……。森の臭いなのか発動のせいなのかは分かりません」

「……そうですか。他に何か覚えていますか?」

 

 覚えていること……。

 

 ラディウスの声だけはよく覚えている。

「いい殺気だった」とひどくご満悦で、本当に憎らしいと思った。

 恨みの感情は生死の間でも記憶に深く刻み込まれる。身に沁みてそれが分かった。

 

 あたしは素直にそれを口にする。 

「ラディウスの満足そうな声と、体を引きずられた時の髪がブチブチ切れる感覚、土と血の匂い……それをよく覚えてます」

 その言葉にヘルムートの顔は引きつり、エッダとグスタフは苦悶表情になった。

 ラディウスは目を細めてあたしを見ただけだ。

「こういう時なら呪いをかけれそうと思いました」

 場の空気は一気に凍りついた。

 

 ラディウスの名を呼び捨てる不敬。

 呪いをかけるという深い嫌悪。

 

 それを平然と口にしたから、ラディウスがどう反応するか腹心が冷や冷やしている。

 あたしはどうにでもなれ、と半ば自暴自棄な気持ちになっていた。

 死にかけた恐怖、そのきっかけを作った張本人に対する怒り。この不快感と嫌悪感をどうにかぶつけてやりたいと強く思い、かなり挑戦的な気分になっていた。

 

 ラディウスは怒るわけでも抗議するわけでもなく、しばらくじっと黙っていた。ただし目だけは素直で、あたしを睨みつけている。

 

 ポーカーフェイスって知らないの?

 本音がダダ漏れよ?

 

 氷上にいるかのような冷たい空気の中、やっと口を開いたラディウスから出た言葉は、

「そうか。かなり手荒な真似をしてすまなかった」

 との謝罪だった。

 しかし見下すように顔は笑っており、言葉とは裏腹な怒りと反発の感情を隠しきれていない。

 何より、魔力の圧をあたしにかけている。さっきから皮膚がピリピリしてるもの。

 

「いくら力の発動を見たいからと言って、かなり大人げない行動をとった。回復魔法師がいたとは言え、大怪我をさせたことは謝罪しよう」

 言葉の内容と表情が釣り合っていない。誰が見ても分かる上っ面の建前だけの謝罪。

 巧みな言葉の誘導で、なんとか謝罪するよう説得したのだろう。このラディウスにここまで言わせたヘルムートは、やはり優秀だと思う。さぞ苦労したんだろうなと容易に想像がついた。


 あたしは本音のない不誠実な謝罪を受け入れるか、慎重に自分会議を開いた。

 大怪我どころか死にかけた事は、どんな謝罪をもってしても許せない。見返りに何かを要求してもいいはずだ。

 しかし悲しいかな、こんな交渉をしたことがないので、どんな要求が釣り合うのかさっぱり分からなかった。

 もっと事前に考えておけばよかった……。

 

 正直に言えば、自由が欲しかった。

 街に出たり買い物したり旅行したり。

 この国を出ることもチラッと頭をよぎったが、まずは軽い要望から言って見よう。

 

「何かヒカリのためになる事を提案したいのだが、要望はあるか?」

 ラディウスが尋ねてきた。

 あたしは「自由な時間が欲しい」と口にしようとしたが、

「俺としては、お前の身の安全を保証したい」

 先に言われた。

 

 安全の保証?

 ……どういう意味?

 

「衣食住は保障しよう。ヒカリはこれまで通りここで好きに過ごすといい。お前は非力だからな。魔力量も少なく、一切の魔法が使えない。この世界ではさぞ生きにくいだろう。だから俺の力でお前を守ってやる。力ある俺なら出来る。一人を守るくらい、容易な事だからな」

 

 謝罪のはずが、途中から随分と上から目線になった。

 もう上っ面の仮面が剥がれている。

 やっぱり所詮は建前。すぐに本音が顔を出す。

 

 あたしを無力で無抵抗な人間だと本気で思っているの?

 魔力が少ないからって、上から見下ろして自分が優位に立とうとする考えが癪に障った。

 

 もっと具体的に本音を探ろうと、あたしはわざと問うてみた。

「……守るってどうやって?」

「俺の傍にいればいい。防御結界でも魔道具を使った守護でも、何でも言え。欲しい物もやりたい事も好きに思い描くといい。叶えてやろう」


 衣食住の保障に、なんでも叶えるという甘い言葉。

 そんなものに騙されると思ってるの?

 タダほど高いものはない。それは地球でも異世界でも同じ。

 

「――その見返りはなに?アザルスと同じで、有事の際の強制参戦?」

 感情を抑えた低い声に、あたしの静かな怒りを感じとった腹心3人がギクリと反応した。

 

 理性で抑制しながらも、心の内では怒りが湧き上がり、目眩がするほどだった。

 きっと無意識に強く睨んでいたと思う。

 

「あたし、ラディウスを呪いたいくらい怒ってるのよ?それなのに、自分の魔力を誇示してあたしを見下すの?そんなにも自分が優位に立ちたい?」

 

 ラディウスは表情をほとんど変えず、眉だけを僅かに動かした。貼り付けられた笑顔の下に、無理やり抑え込んだ感情があると簡単に分かる。

 

「言い方が気に食わなかったか?また謝罪しようか?」

「上っ面だけの謝罪なんていらない」 

 そのひと言に、ラディウスの顔から笑顔が消えた。

「誠意のない謝罪に、高慢な態度。なんでも叶えるなんて、そんな甘い言葉に騙されると思ってるの?」 

 ラディウスは気の立った目つきに変わる。抑え込むことが出来ない怒りの炎がメラメラと燃えていた。

 

 あたしは怯むことなくその目を見返す。 

「非力だと思って舐めないで!ラディウスの力なんて必要ない!」

 

「――そうか」

 彼は怒りを抑え込んだ低い声であたしに言った。 

「瀕死の痛みだけでは足りなかったか?」

 

 急に空気が重くなって、皮膚がビリビリと震えだした。ラディウスがさらに魔力の圧を高めたのだ。

 まるで低周波を受けた時の様に、自分の意志とは関係なく筋肉が痙攣した。

 

「――自分の痛みだけでわからないなら、他人を使うか」

 

 酷く冷たい目だ。怒りの炎から、明確な殺意を滲ませた冷たい炎に変わった。

 

「ノボルだったな。アイツをどうにかしてまおうか?」

「ラディウス様!」

 ヘルムートが焦って声を荒げたが、あたしの耳にはハッキリと聞こえた。

 

 この世界で唯一の家族。 

 田岸さんを盾にするのか――

 

 理不尽にも程がある。

 

 こんなにも強く怒りと嫌悪感を誰かに抱いた事はないし、こんなにも攻撃したいと望んだこともない。

 耐えられないほどの怒りが湧いた。それは心臓で唸り《うなり》、血管を通じて全身に毒のように回る。高ぶった体は今すぐにでも暴れ出したいと、強く騒いだ。

 

 あたしは激った《たぎった》闘志を隠さなかった。

 それはラディウスも同じで、魔力の重圧をあたしに遠慮なくぶつけてきた。ビリビリとしか感じなかった刺激が、明確に痛みとなって肌に突き刺さる。本当に包丁で刺されているかのようだった。

 

 でも気にならないし、怖くない。

 だって………

 

 あたしには力がある。


 一度発動したから、力の使い方は手に取るように分かった。

 腹に力を込めて自分の周りに防護壁を張り、振りかかる魔力を殺すイメージをする。

 

 この力は一切の魔力を拒絶する。

 

 あたしはこの力をそう解釈した。

 だから防護壁を張れば、魔法攻撃は一切通じない。そう思った。

 防護壁は思い描いた通り、ラディウスの威嚇の魔力を霧散し、刺す痛みを消し去った。


 操ってみれば簡単なこと。

 全然難しくない。


 あたしはずんずんと歩いてラディウスに近づいた。

 ヘルムートもエッダもグスタフもこの力が怖いのだろう、主が危険にさらされているのに焦った顔をするだけだ。

 

 ラディウスはあたしに攻撃魔法を放ってきた。

 水刃、火球、風爆、嵐雷、吹雪、水弾、雷光、風刃、灼水、風縛、氷槍、炎柱、衝撃波、凍結……

 ありとあらゆる方法で攻撃が放たれる。会議室の机が弾け、椅子は吹っ飛び、窓ガラスは粉々に砕け散って、部屋はどんどんと無残な姿になっていく。

 けど音がうるさいだけで、防護壁の内側から見ればどれも綺麗な花火にしか見えなかった。

 

 腹心3人は自身を守ることに必死で、あたしを止めることも出来ない。

 瓦礫が邪魔をするだけで、魔法攻撃は一切当たらず、あたしはなんの問題もなくラディウスの目の前にたどり着く。

 肩に手が届くほどに迫ると、さすがのラディウスも手段が無くなって、あたしを睨みつけるしかなくなった。 

 最後の手段は剣であたしを貫くことだろうが、あいにくとラディウスは佩剣はいけんしていない。

 

 あたしの力がラディウスの強烈な魔力を感じて震える。

 まるで餌を欲する獣のように、そちらに吸い寄せられていく。

 『喰わせろ』と言うように。

 

 ラディウスはそれを感じるのだろう、あたしから一歩後ずさったが、その分あたしが一歩前に出る。

 それを数回繰り返すと辛うじて残った壁に背中がつき、退路が無くなった。

 いよいよラディウスは追い詰められる。

 彼は何とか窮地を逃れようと、必死に思考を巡られせいた。

 

「このまま動かないで」

 

 あたしは絶対に逃さないと強い意志を持ってラディウスを睨んだ。

 

「あたしの力でラディウスを包むのと、あなたが攻撃を放つのと、どちらが速いか分かるわよね?」

 

 ラディウスは魔力量が圧倒的に多い。

 だから防護壁に触れようものなら、途端に死ぬだろう。

 それが分かったのか、ラディウスは悔しげに顔を歪めた。

 でも、それだけ。

 降参させるにはあと一歩足らない。

 

「それとも、このまま抱きしめてあげましょうか?」

 優しくそう言うと、

「ヒカリ!!どうか怒りを収めてください!」

 ヘルムートが必死に叫んだ。

「その御方はこの国に必要なのです!ノボルを人質にとるようなことはしません!私が約束します!彼の身の安全は絶対に保証しますから!」

 

 先に負けを認めた腹心の言葉に、ラディウスは激昂し鋭く睨んだ。しかし反論して叫ぶことはしない。

 瞳には敗北の色が見えるが、それが相当に悔しいのだろう、意地を張った子供のように決して目を逸らさず、ギラギラと熱を持たせたままだった。

 

 かく言うあたしも引き下がらなかった。

 ヘルムートの言葉だけじゃ信じられない。ラディウスから直接言質を取らなければ怒りも憎悪も収まらない。

 

 向こうから降参と言わせてやる。

 

 そう思ってラディウスの目前に立ち続けた。

 互いに譲らないあたし達はすっかり睨み合いになり、しばらく無言で対峙した。

 

 腹心3人がもう部屋とは呼べない場所に立ち、固唾を呑んであたし達を見る。

 やがてラディウスが、

「――――何が望みだ?どうすれば矛を収める?」

 どうにも出来ないことを認めた。

 

 やるせなさは隠しきれてはおらず、やり場のない怒りと悔しさを抱え、晴れない心をなんとか収めようと葛藤しているのが分かった。

 あたしはその降参の顔を目に焼き付ける。

 

「まずはあたしと田岸さんに正式な謝罪を。それと、あたしにもっと自由を頂戴。この国から出して」

 ラディウスは硬く唇を噛んだ後、

「謝罪は公式にしよう。ただし、出国は許可できない」

「なぜ?」

「各国の話し合いと合意の上で、ヒカリの所在はソルセリルと決定した。それを無断で放棄できないからだ」

「あたしは国の所有物じゃない」

「分かっているが、俺1人の判断でどうこう出来ることじゃない」

「ヒカリ、ラディウス様の言っていることは本当です。我が国の問題だけではないのです!」

 後ろから叫ぶヘルムートに、

「なら、秘密裏に逃がして」

 と代替案を突きつけるが、

「それも出来ない」

 即答するラディウス。

 

 それに被せるように、ヘルムートが説得を補足した。

「あなたの力のことも、身柄がソルセリルにあることも各国の重役は知っています。どの国もあなたの事をかなり警戒している。これから表立って動向を探りにくるでしょう。そんな中、ヒカリが勝手に姿を消し、動きが確認出来なくなれば、ソルセリルが非難されるだけでは済まない。あなたは各国から捜索され、最悪、殺されてしまう!我々としてもそれは本意ではないのです」

 

 この窮地にあって、嘘を言うとは思えなかった。

 なら、ぜひとも本音を聞かせてもらおう。

 

「なら、ソルセリルの本意は何?あたしの力が欲しいの?」

「……違います」

 ヘルムートは観念したように呟いた。

 いつもの平坦な話し方ではなく、力が抜けたような声で、

「あなたの功績欲しさです」

白状した。

 

 でもその意味が分からなかった。一体何のこと?

 

「……功績?」

 ヘルムートは疲れたような顔であたしを見ていた。嘘や言い逃れは出来ないと観念した表情だった。

 

「ヒカリは非魔力付与薬を開発しました。もちろん、意図ぜずにですが……。ヒカリは魔力量が低いので、あなたがこれまで作ったすべての薬には魔力が付与されていません。それが多くの国民の助けになっています」

「…………どういうこと?」

「詳しくはまた説明します。薬以外にも、一緒に開発した数々の容器が、庶民だけでなく軍部でも重宝されています。負傷兵の現場復帰が早まったり、遠征時でも破損することなくポーションが使えたりと……あなたの活躍は多岐に影響を与えているのです」

 

 どれもこれも初耳な話ばかりで、信じられなかった。でも薬を作ったのも容器をたくさん作ったのも本当だ。その心当たりは当然ある。

 

「ヒカリは街に出たことがないので……いや、正確には出さなかったので、自覚に乏しいのは仕方ありません。自由を望むなら、今後は街に出ることも考慮します。ノボルとの面会も外で出来るように考えましょう」

 

 ヘルムートはゆっくりとあたしに近づてきた。

 瓦礫が踏みつけられる音がする。

 あたしはラディウスが逃げないか警戒したが、ヘルムートの話にだいぶ関心を寄せていた。

 

「ヒカリは回復魔法師不在時の対応と、緊急薬、応急処置について何か考えがあるのでしょう?きっと、それもこの国の根底を変える内容になる……」

 真剣な面持ちのヘルムートは、

「ぜひ、あなたの意見を聞かせて頂きたい。ヒカリはこの国に必要なのです」

 口元を引き締めてまっすぐあたしを見てそう言った。 

 ラディウスを助けたいがために言っているとは、到底思えない。それ程に誠実な目だった。


 あたしはかなり怒りが冷めてしまった。

 ラディウスを言い負かした事よりも、ヘルムートの言葉と説明の方が余程心に響いた。

 

 一度冷静になると、部屋の惨状が目に入ってくる。

 ボロボロなんてものじゃない。小さな戦争が起こったかのように土埃が舞い、瓦礫しかなかった。

 元の部屋がどんなものだっか、全く分からない。

 

 さすがにこれは…………やり過ぎた。

 

 理性を失って感情的になったことを後悔し、恥じ入る気持ちに襲われる。

 途端に、ここにいることが居た堪れなくなった。

 エッダの怯えるような顔。

 グスタフの厳しい表情。

 2人の顔が全てを物語っているようで、自己嫌悪に陥りそうだった。

 

「――あたしの要望について考えがまとまったら、教えて下さい」

 自身の周囲に張った防護壁を解くと、あたしは部屋を立ち去った。

 

 急激に膨らんだ怒りと嫌悪は、風船の空気が抜けるように一気に萎んで、見るも無残な欠片が心の中にぐちゃ、っと残った。

 ただのゴミに成り果てたそれは、捨て去りたくても捨てきれない罪悪感と後悔の欠片として数日残っていた。


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