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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
紛争と敵意

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福音


 ヒカリが行方不明となって15日。

 ラディウス達は陣営を解散せず、ヒカリの捜索を続けていた。本陣以外の天幕は幾つか片付けられていたが、

偵察班、捜索班、設営班、交戦班は残していた。

 陣を解散しなかったのは、おとといヒルスナイト領主の屋敷に届いた手紙のせいだった。


 

 ダナンといううさぎ獣人がみすぼらしいまでの格好で運んできたその手紙は、酷く歪で土が付着していた。

 通常であれば追い返されてもおかしくない出で立ちであったが、教育が行き届いた使用人によって捨てられることなく、無事にカルシスの手元に届いた。

 またダナンも丁重に扱われ、治療を受け養生することになった。

 病床にてカルシスと面会したダナンは、

「ヒカリ様から預かったものです。どうか早急にお読みください」

 治療を受ける前から繰り返し訴え続けた。

 

 手紙を開封したカルシスは、それが確かにヒカリからの手紙であることに息を呑み、脱兎のごとくラディウスの元へ文字通り駆けてゆき、

「ラディウス陛下!ヒカリ様からの手紙です!!」

 その手紙を手渡した。

 

 捜索に進展がなく心身ともに憔悴していたラディウスは、突然訪れた吉報に、最初は我が耳を疑った。

 深夜にも関わらず、何の知らせもなく突然訪れたカルシスの慌てた顔の中に確かな笑みを見て、椅子をひっくり返して立ち上がった。

 

「こちらをどうぞ」

 カルシスから渡された手紙はあちこちよれ、土や泥がついていたが、気にもとめず中の便箋を取り出した。

 そこには確かにヒカリの字で文字が綴られていて、うさぎ獣人の家に匿われていること、発熱しているが快調に向かっていることが記されていた。

 そして封筒に同封されていたソエイラの指輪。

 完全に暗転した石は魔力が底をついた事を示していたが、確かにヒカリに渡した鎖付きのソエイラの指輪だった。


 ――生きてる。


 それまで暗闇しかなかった道が突如として開け、煌々と未来を照らした気がした。

 覆い尽くされていた暗雲を一気に吹き払ってくれたソエイラの指輪を、ラディウスはきつくきつく握りしめる。内に込み上げる大波が静まるまでにしばらくかかり、ラディウスはじっと生存の知らせを噛み締めた。やっと血の気が戻り、視界が晴れ渡った気がした。

 

 グスタフと城の守りを交代して本陣にやってきていたヘルムートも、ほっと太い息を漏らす。主がひとしきりの喜びにひたる背中を見つめ続けた。


 

 やがて顔を上げたラディウスは、

「この手紙を運んできた獣人はどうしてる?」

 いつもと変わらぬ冷静な声でカルシスに尋ねた。

「酷く怪我をしており、手当てをしています。見知らぬ者に追われたとかで」

 テオドールかその手下だと、ヘルムートもラディウスもすぐに思い至る。

「出来るだけ看病してやってくれ」

「はい、心得ております。ダナンという男は不可侵の森に住居を構えており、そこにヒカリ様はいらっしゃいます」

「森の中……」

 本陣にいた3人全員が顔を見合わせた。

「……ヒルスナイトに魔力が低いものはいるのか?」

「あいにくと屋敷内には――。ダナンが案内を務めると言ってはいますが、誰を同行させるかが問題です」

 

 魔法が使えない森の中。

 普段魔力の恩恵に預かっている者からすれば、無防備な状態で戦地に行くようなものだ。

「ヒルスナイトの領地内にはいるでしょうが……。戦闘が出来る者でなければ、ヒカリ様の護衛になりません。それにヒカリ様のご体調にもよります。身動きが取れないのであれば複数人が必要です」


  

 ヘルムートは頭を悩ませた。そこまでの適任者がすぐに見つかるとは思えなかった。

 ラディウスはまたジリジリとした焦燥感に襲われる。やっと掴んだ確実な手がかり。しかも居場所まで分かったというのに、手段がない。

 

「何とか人選します。時間を下さい」

 ヘルムートはカルシスを連れて本陣天幕を後にした。


  

 ラディウスは田岸に一報を知らせ、すぐに森にはいけないことも正直に伝えた。

「人選がいる。戦闘もでき、ヒカリの護衛になる者を見繕う必要がある……。すまないが、しばらく時間をくれ」

『ラディウスがそこまで責任を感じる事はありません。俺とラディウスは同じ気持ちでしょうし……。生存確認ができただけでも安心しました』

 声からも疲労ぶりが分かる田岸の気遣いに、ラディウスは「また連絡する」と風話を切った。

  

 


 そこから人選が始まったのだが、これがかなり難航した。魔力量が少なく戦闘が出来る者はほぼ皆無で、ソルセリルが長年目をつむり続けてきた日陰者達への処遇の悪さが明るみに出ることになった。

 

「こういう形でしっぺ返しを食らうとはな……」

 

 彼ら日陰者はいつの時代も一定数いるが、手を差し伸べてくれない政府に良い印象を持っていない。

 処遇改善などの政策を取り始めたのはつい最近のことで、その程度の取り組みで全員が喜んで協力してくれるはずはなかった。


「多少の有志は集まりそうですが、戦闘や護衛という部分で劣ります。騎士の中には魔力量関係なく、参加を希望する者もおりますが……」

「心強くはあるが……許可しかねるな……」

「あまり時間もかけていられませんので、3人ほどを選抜しようと思っております。今日の夕方にでも出立の許可を出したいので―――なんでしょうか?」

 

 何やら外が騒がしい。

 まだ旧アザルスの残兵でも隠れていたのだろうかと、2人が天幕の入り口を見ていると、

「ヘルムート!」

 血相を変えたエッダが陣営に入ってくるなり、

「ヒカリ様の所在を知っていると言う者が、突然に野営地に現れた!」

 そう言った。

 

 珍しく落ち着かない様子で外とヘルムートを交互に見ている。 

「突然に、とはどういうことですか?」

「そのままの意味だ。パッと目の前に現れた!」

「魔法陣は?」

「出現していない」

 ラディウスもヘルムートも顔をしかめた。2人ともそんな移動方法はこれまで聞いたことがなかった。

 

 ヘルムートは訝しんで、

「気がつかなかった可能性は?」   

「あり得ない!オレの目の前に現れたんだぞ?」

 エッダが疑われたことに苛立ちをにじませ、ギロリと睨んだ。

「エッダ、お前はどこにいた?」

 ラディウスの問いかけに、

「アマリスの大木横の陣です。ちょうど休息中でした。鍋と倒木の間に、突然に現れたのです」

 言われた場所を頭に浮かべたが、確かに不自然な場所だった。その場所は足場は悪いが見通しがいい。近づいてきたのなら必ず誰かの目に止まるはずだった。


「今、その者は?」

「兵が拘束しているが……明らかに軍の者じゃない。丸腰である上、ごく一般的な町娘の格好だ。森に入るにしても軽装すぎる」

 ヘルムートとラディウスはまた顔を見合わせた。

 町娘の格好……。しかも丸腰。

「その者は何か言っているのか?」

「ええ……。ヒカリ様の所在を知っていると。他にも、『居場所に案内できる』『自分は召喚者で、ヒカリと面識がある』とも……。かなり混乱していて、顔面蒼白になって震えています」

 

 これもおかしな話で、斥候であるなら間抜けすぎる言い分と行動だ。演技であるなら、相当な役者と言える。


「ラディウス様、いかがされますか?」 

 ラディウスは思案した。仮に本当に召喚者でヒカリの元へと案内できるなら、朗報以上だ。一気にヒカリへと近づける。

「ヘルムート、召喚者達の名前や能力を記憶しているか?」

 これには渋い顔をされた。

「ある程度は覚えていますが……さすがに全員は――」

 

 いくら全員の鑑定をしたとは言っても、約1年前のことだ。しかも300名。さすがのヘルムートも記憶は薄れていた。

 

「会ってみれば多少の記憶は引っ張り出せます。あとは召喚者しか知り得ないことを質問してみましょう。仮に斥候だとしても、さすがに尻尾は出すでしょう」

 ラディウスは頷くと、

「その自称召喚者をここへ連れてこい」

 エッダに指示した。



 

 問題の人物は女で、エッダの言うとおり森に入るにしては軽装で、一般的な町娘の服装だった。 

「お前が自称召喚者か?」

 野営地の中でも一際大きく豪華な天幕に連れてこられ、豪奢な椅子に座ったラディウスに話しかけられると、女はビクリと肩を震わせた。それでもなんとか、

「は、はい……。私はナタリアと申します、ラディウス陛下」

 恭しく頭を下げてスカートの裾を持ち挨拶した。


 ナタリアと名乗った女は見た目30代前半、栗色の髪を一つにまとめただけのシンプルな髪型をしていた。ヒカリよりも色白で、ラディウスの目には病的に白く映った。自信なさげな猫背で、顔が暗く見えるせいもあるかもしれない。


「それで?どうやってここへ侵入した?」

 威圧感ある言い方に、ナタリアは緊張した様子でおずおずと答える。

「私は一度行った場所に転移する力を持っています……。家と呼べる場所を起点にすることしかできませんが……」

 

 ヘルムートをチラリと見ると、小さく頷いている。

 覚えがある力のようだ。

 

「それで?」

 ラディウスが先を促すと、またビクリとして、

「あの……ヒカリからこの場所にソルセリルの陣があると聞いて――」

「ヒカリ()です」

 ヘルムートが間髪入れずに説明の言葉を遮った。

「あの方はソルセリルの国王、ラディウス様の婚約者ですよ?庶民が呼び捨ててよい方ではありません」

 

 急に声を荒げられ、ナタリアはまたも縮こまって「申し訳ありません――」と声が小さくなった。

 

「あ、あの……ヒカリ様から伺って……ここには以前来たことがあったので、ソルセリルの皆様にお知らせできればと思い、参りました……。そしたら……陣の目の前だったので――」

 なるほど。それでエッダの目の前に突如として現れた、と。

 突然に現れた説明としては筋が通っていたが、そうも安々と信じるヘルムートとラディウスではない。

 まだナタリアか斥候や間者という可能性は捨てきれない。


  

 そこでヘルムートは、

「この場に突如として現れた理由は分かりました。では次に、ナタリア、貴方が召喚者であるか確認する質問をします。本当の召喚者であれば難なく答えられるでしょう」

「は、はい」

 ナタリアは緊張した顔になり、背筋を伸ばした。

 

「あなたがアザルスで住んでいた場所は?」

「ラターナ村です」

「元の世界の出身の国は?」

「イタリアです」

「ラターナ村での居住区は?」

「1区でした」

「ラターナ村の村長の名前は?」

「ロイドさんです」

「ソルセリルに移住してきた時の居住地は?」

「えーっ……マンション?みたいな1LDKでした。……あの、マンションってわかりますか?」

「ええ」

 あの居住部屋をヒカリと同じ表現をしている。

 

 この時点でナタリアが召喚者であることは明白だった。それまでの質問にもスラスラと答えたことも、それを表している。


「それで、ヒカリ様の所在を知っているというのは本当ですか?」

「はい。今、私が住んでいる村……といいますか……そこにいらっしゃいます」

「村……。どのあたりですか?」

「ソルセリルと旧アザルスの間にある場所です」


 ラディウスもヘルムートも訝しんだ。そんな場所に村はない。

 2人の表情からそれを読み取ったのだろう、ナタリアは動揺した様子で、

「あの、村とは言えないんです……。まだ三世帯しか住んでいなくて……。私と魔獣族の家族と、人間の家族です」

「ナタリアはなぜそんな辺境に?ソルセリルで就職先の斡旋までしたはずですが?」

 担当していたヘルムートは眉間に皺を寄せて怖い顔になった。

 当時は相当に苦労していたから、努力を無下にされたと考えたのかもしれない。


 ナタリアは手をこねながら、

「その……ヘルムート様……でしたよね、確か。当時もご説明して頂いたので覚えています。確かにソルセリル国内で働くことはできました。でも――私はそれを選択しなかったのです……。ご厚意を無下にしてしまい、申し訳ありません――」

 頭を下げるとナタリアは続けた。

「私には――アザルスで出会った男性がおります。その人はアザルス軍に所属していて……あの戦にも参戦していました――。私の身柄がソルセリルに移されることになったのを知った彼は、戦のどさくさに紛れて……その…………」

「脱走したのですね?」

「はい……」 

 そこまで聞いてラディウスもヘルムートも納得した。

 

 脱走は極めて重い軍紀違反だ。だからあえて街ではなく辺鄙な場所での生活を選んだ。

 脱走は本来なら軍法会議にかけられる大罪だが、アザルス国はもはやない。そのためうやむやにされ、今日こんにちに至っているのだろう。

 

 ラディウスとヘルムートが沈黙しているので不穏な空気を感じたのか、ナタリアはさらに焦って、泣きそうな目で訴えた。

「あっ、あのっ!彼のことはどうか……どうか……見逃して下さい!」

 ラディウスの座る席に近づきかけたので、ヘルムートがとっさに一歩前に出て剣の柄を握った。

 

 それにビクリとし、ナタリアは硬直する。自分の目の前にいるのが一国の主であると思い出したようで、

「大変失礼しました、ラディウス陛下……」

 元いた位置より数歩後ずさり、縮こまってしまう。

「あ、あの……。そう言った理由で、村とは言えない場所に彼と住んでいます。彼がソルセリルを恨んでいることはありませんし、ヒカリ様を害そうなどとは考えておりません……」

「あなたが辺鄙な場所に住んでいる理由は分かりました。元アザルス軍の恋人のことも、我々には関与し得ないところです」

「は、はい……」 

 わずかに安堵した表情を見せたナタリアに、 

「ちなみに、なぜその方がヒカリ様と分かるのです?」

 ヘルムートはさらに詰め寄った質問をした。

 

「ラターナ村にいた時、お見かけしたことがありますから……。黒目黒髪の人は片手で数えるほどしかいませんでした。それによく薬草や山菜を一緒に取りに行ったので、よく覚えています。なぜか痒みが出る葉も収穫していましたけど……」

 

 ヘルムートは薬の効果確認のためだと、すぐに察しがついた。話に出てきたのは間違いなくヒカリだろうと分かった。

 

「今、貴方の村にいるというヒカリ様らしき方とお話をされたのですか?」

「はい。連日発熱されていて、朦朧としている時間が長いのですが、なんとか……」


 ラディウスは胃のあたりがギュッと掴まれた気がした。

 真冬の山を幾日も彷徨ったのだ。ろくな上着もない山中を人間が歩くには過酷すぎる環境だ。相当に消耗したのだろ……。

 

 (早く手当てをしてやりたい……)


 

「それで、ヒカリ様らしき方はなんと?」

「ご本人は体調が優れないので、ヒカリ様を連れてきた獣人の奥さんが話してくれました。不可侵の森で倒れているところを見つけ、自宅で看病していたらしいのですが、薬が尽きてしまったので私たちの元までやってきたと言っていました」

「――その獣人とは?」

「時々私達の家にやってきていた、うさぎの獣人一家です」

「名を知っていますか?」

「ええっと……アナシアとご主人が……確かダナン?息子がラタンです」

 

 ダナン。

 情報が一致した。

 

「ヒカリ様とお話しし、ここへ知らせて欲しいとお願いされました。幸いにも私の力で簡単に叶えられることでしたので……」


 ダナンの名前が一致したこと、ソルセリルの陣の場所を知っていたことと言い、ほぼ間違いなくヒカリであると言えた。しかし、それでもまだ決定打にはならず、ヘルムートはあえて質問を繰り返す。

 2人は確固たる確信が欲しかった。

  

「ヒカリ様らしき方の服装は?」

 ナタリアは思い出そうと口元に手を当てて、

「ええっと……。今は綿の服をお召しです。洗濯を手伝った時に、紺色の長袖の上下を見ました。右肩にお怪我をされたようで、服に小さな穴が空いています。服のボタンが特徴的で、七色に光ります」


 ヘルムートとラディウスは顔を見合わせた。

 肩の怪我、服装。

 全てヒカリと一致する。

 間違いなく彼女だ。

 

 一気に緊張して手のひらに汗を感じた。足も心もジンジン疼いて、居ても立ってもいられなくなる。

 

 やっと見つけた。

 やっと会える……。

 

 ラディウスは立ち上がると急く気持ちをなんとか抑え、

「ナタリア、と言ったな」

 さも平然を装って、努めて冷静な声で尋ねた。

「はい」

「お前の力でその場所には行けるのか?」

「はい。お二人まででしたら、お連れすることが可能です。それに不可侵の森の中でも隅に位置する場所なので、魔法も使えます」

 

 これは福音だ。

 魔法が行使できるなら話は早い。

 

 ラディウスはすかさずヘルムートを見て、

「至急、ダナンのところに行くぞ。ナタリアと面識があるか確かめる」

「分かりました」

 ダナンとナタリアが面識があり、ダナンがナタリアの住んでいる場所を知っているのなら、その案内で別部隊が向かえる。ヒカリを城まで搬送することも可能だ。

「次元魔法でヒルスナイトの邸宅まで飛ぶぞ」

 


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