表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
紛争と敵意

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/130

目的地


 手押し車で移動し一夜が明けると、舗装されていない道の上を進んでいた。この森に入って初めて見る道だった。

 この先に村でもあるのかな?

 

 これまで見てきた森の景色よりも、少し開けている気もする。

 アナシアの家にいる間に雪は減ったようで、地面が見えている。天候まで気にしていなかったから、雪が減っているのは助かった。移動が楽になる。

  

 毛布にくるまったあたしは震えながらそんなことを思った。

 震えは気温のせいじゃなく、悪寒だった。歯がカチカチ鳴って、背筋をせり上がってくる異様な震え。外で夜を過ごしたせいか、また発熱したらしい。 

 重たい首を動かして荷台を見ると、アナシアが眠っている。ということは、手押し車を押しているのはラタン。分かったのはそれだけで、ガタガタと揺れる荷台から見える景色をぼーっと眺めた。

 高熱独特の暑さと倦怠感。吐く吐息が熱い。


 テオドールは気絶から目覚めた後、追って来るだろうか?

 不可侵の森の居住区をいくつか知っていると言っていた……。もしアナシア達が向かっているのがそこなら、またテオドールと鉢合わせすることになる。そうなったらどうしよう……。

 お互いに魔力が少ないのなら、魔法攻撃での争いにはならない。純粋に体力、力技の勝負になるだろう。それでも女性2人と子供1人が成人男性に勝てるだろうか……。

 いや、子供のラタンを一と数えるのは良くない。

 今こそ教わった護身術の出番だが、こんなヘロヘロのあたしではすぐに組み敷かれてしまうだろう。

 

 それに心臓縛りのスキル。

 ラディウスに発動させる条件が整っている。あとは目視でラディウスを見ればいいだけ……。

 目視させないためには、公務で外に出ることを控えなくてはいけない。ずっと城にいるのが安全だけど、それが出来るのか……。ヘルムートと相談だけど、ラディウス本人が不審に思わないようにしなくてはいけない。

 一度発動してしまえば、テオドールが解除するしか止める方法はないのだろうか……。指を犠牲にするから、手がなければいいとか、本人が死ねば解除されるとか……そんな可能性は考えられないのかな……?魔法知識がないあたしでは分からないけど、ヘルムートなら何か考えがあるかもしれない。


 発熱しながらもそんなことを考えていると、頭痛がしてきた。息も上がってくるし、酷く体力がなくなってしまったと気分が下がる。

 駄目だ……しばらく目を閉じておこう……。

 ちょっとでも体を休めないと――。


            ◆


「ヒカリ様……ヒカリ様……」

 何度か名前を呼ばれ、意識が戻る。

 手押し車は止まっていて、まだ太陽が出ていた。目に入る範囲に家は見えないから、道の途中で休憩しているらしいと分かる。

「水と食事を摂りましょう。起き上がれそうですか?」

 覗き込んでいたのはアナシアで、水とパン、果物が近くに見える。

「み……水が…………欲しい……」

 またガサガサ声に戻っていた。頭はガンガン痛くて、よくこんな疼痛の中寝ていたな、と思った。

「お食事は?」

 あたしはふるふると首を振る。あまり頭を動かすと頭痛が増すから、極小さくしか動かせなかった。

 悪寒が治まった代わりに体が熱い。

 痛み止めが欲しくて、

「あた……しの……か、鞄…………」

「鞄、ですか?」

 コクコクすると、

「これ?」

 ラタンがウエストポーチを掲げてくれた。手に持たせてもらうと、中をガサゴソあさって鎮痛剤を握る。

 口に放り込むと水をもらう。うまく頭を上げられず、寝たままの頬に水が垂れた。

 たったこれだけの動作でグッタリしてしまい、はぁはぁと息が切れる。

 

「ヒカリ様、そのまま聞いて下さい。あたし達が向かっているのは、あと1日ほど進んだ先にある家です。三軒程のお家があります。アザルスが敗戦してから越してきた人達が住んでいる、比較的新しい家です。そこには薬があります。あたしの家の分は底をついてしまったので、分けてほしくて移動を考えていました」

 うつらうつらしながらもアナシアの話を聞く。

「不可侵の森の端っこにある場所なので、魔法が多少は使えます。風魔法が使える人がいれば風を飛ばしてもらえますから、あと少し辛抱して下さい。必ずそこまでお連れいたします。こんな車でお体に負担でしょうが、出来るだけ振動少なく進みますから……」

「まだ到着しないから、何か食べたほうがいいよ?飴は?僕、少しなら持ってる」

「飴…………いる……」

 固形物は胃が受け付けそうになかったので飴を希望したら、ラタンが口に入れてくれた。これまた甘い飴で、口にじわぁとしみる。


 この先の村とも呼ばない僅か三軒の家。

 アナシアの話す感じだと、多少の交流があるのだろう。

 

 風話を飛ばしてくれれば、連絡が取れる……。

 そうすれば――ラディウスにまた会えるかもしれない。

 

 その期待が生まれた途端、言い表しようもない喜びが湧いてきた。

 一旦期待が生じると、心はそれに縋りついてしまった。まるで荒野で一輪の花を見つけたような気持ちだった。

 心臓縛りのスキルの件があるけど……とにかくラディウスに会いたい。もうずっと声を聞いていない。きっと心配してるはず。会えたら……きっと泣いてしまう。だって今も目が潤むんだから。

 

 あたしは目を閉じる。涙が目尻から流れ落ちた。

 次に目覚めたら………目的地に到着していたらいいな――。

 


           ◆


 微睡みと短い覚醒を繰り返した。

 夜だったり昼だったりしたが、もう時間の感覚は全くわからなくて、何十日も移動している気がした。

 体調は悪くなる一方で、頭痛、喉の痛みが激しくなり、水を飲むことも苦痛だった。

「ヒカリ様、もう少しですから……」

「出来るだけゆっくり進んでるけど、ごめんね……」

 2人は何度もそう言った。

 あたしは声も出せず、かすかに笑うだけで返事を返す。

 

 2人はあたしの前で、ダナンのことを何も言わなかった。テオドールの言葉を聞いて心配なはずなのに、あたしに気を使ってそんな素振りは見せないようにしている。

 ダナンがヒルスナイトに出発してどれくらい経ったのだろう……。もう到着できたのかな?テオドールの妨害にあっていれば、もう少し時間がかかるかもしれない。

 でもヒルスナイトに到着しても、あたしはもうあの家にいない。迎えを寄越しても無意味になる。

 目的地の家に到着したら風話を飛ばして、カルシスに連絡できればいいんだけど……。

 

 それに早く2人をダナンに会わせてあげたい……。絶対に親子3人を再会させるからね……。

 

  

            ◆


 ガタン


 一際大きく手押し車が揺れた振動で目が覚めた。

 朝なのか夕方なのか、空が赤い。 

 見える範囲で目を動かすと家が数軒見えたが、歪んで見えて判然としなかった。

 

 アナシアの声がするが、何を言ってるのか分からない。耳に膜が張ったようにくぐもって聞こえた。どうやら大人と会話しているらしいとは把握でき、到着した……のかな、とぼんやり考える。

  

「ヒカリ様、到着しました。今、寝台にお連れしますから」

 すぐ近くでアナシアの声が言う。

 次には抱えられ、釣られた魚のように運ばれた。体はダランと伸びて力が入らず、体が揺れると強く目眩がした。胃に何もないのに吐きそうで、必死に口を結んで耐えた。


 ドアが開く音がして人家の匂いがすると、そっと柔らかい上に下ろされる。その姿勢のまま身動きできず、されるがままに枕を入れられ体勢を直された。

「これでゆっくり出来ますから。安心して下さい」

 目を開けることも頷くことも出来ず、そのまま意識はなくなった。


           ◆

 

 何度か目が覚めた時、薬を飲んだ。

 記憶は酷く曖昧で、夢なのか現実なのか判別がつかない。

 悪寒と高熱は交互にやってきて、そのたびに部屋が広がったり縮んだりした。汗をかいたら体を拭いて着替えさせてもらい、また肌を這うような寒気が訪れたら毛布を掛けてもらう。

 でも世話をしてくれるのが誰か分からなかった。手つきからして女性ということしか判断できなかった。


 それでも飲み続けた薬が効果を出し、目を開けられる時間が出てきた。覚醒すると体は陸に上げられた魚のように衰弱していると知れ、また立ったり歩いたり出来るのかなと心配になるほどだった。

 

「お水をどうぞ。少しでも口にできそうな物を入れてください」

 ずっと付き添ってくれていたのか、アナシアが盆に水飲みと砂糖漬けの果物をくれた。喉は仕事を忘れたかのように張り付いていて、ぺしゃんこに枯れ果てた食道を広げるところから始まった。

 不快感を打ち消すためガブ飲みすることも出来ず、一口づつを根気強く飲み下し、なんとか潤す頃には息切れしていた。2個しかなかった砂糖漬けを1個だけ食べるとすぐに体力が尽きたが、

「……ダ…………ダナン……は……」

 なんとか声を絞り出す。

 

 夫の心配をしていると伝わったようで、

「きっとヒルスナイトに到着したと思います。薬が切れたらここで来る、とあらかじめ伝えていたので、家に姿がなければここを目指すはずです」

 

 そっか……。待ち合わせ場所が決まっているなら良かった。

 

「ヒカリ様、悪い知らせが一つあります。風を飛ばせる人はここにいませんでした」

 え……。

 目が変わったのを読み取ったアナシアはすぐに「でも安心して下さい」と続けた。

「移動魔法を使える方がいるそうです。発動に条件があるらしいので、ヒカリ様がもう少し喋れるようになったら、すぐにでもその方に会いましょう。今はお休み下さい。事情は私からお話ししておきますから」


 発動条件……。

 それがどんなものか分からないが、短文も喋れない状態じゃどうすることもできない。

 仕方なくあたしは目を閉じる。

 焦っても無駄と分かる体力のなさだ。あと少し……せめて2文は喋れるようになるまでは、我慢しよう……。

  

            ◆ 

 

 だんだんと高熱は出なくなり、悪寒を感じる事は減った。

 それでもまだ体を起こすことはかなわず、半固形の物が食べられる程度だ。単語を繋げることは出来るようになったので、移動魔法が使える人を紹介してもらった。

 驚くことに、その人は顔見知りだった。

「ヒカリ、覚えてる?」

「ナタリア……」

 

 彼女はアザルスのラターナ村で何度か会ったことがあるイタリア人。思いもよらぬ顔に、久々に顔が綻んだ。


「ヒカリ……良かった。なんとか喋れるようになって……。ずいぶんと心配したのよ」

 そっと髪を撫でくれる手は冷たくて気持ちが良かった。


 ナタリアこそ、なんでこんな所に?

 ソルセリルから出国してたの?


 聞きたい質問は出来ず、ナタリアは話を続ける。 

「細かなことはアナシアさんから聞いてるの。あたしは一度訪れた場所になら、瞬間移動ができる力を持ってる。ソルセリルの城は遠くて無理だけど……ヒルスナイトくらいなら飛べるわ」

 

 瞬間移動の力。

 それなら何日も待たなくて済む。

 

「ヒルス……ナイトの…領主の……おやし…き…行ける?」

「……ごめんね、お屋敷には流石に行ったことないわ。近くの村ならあるの」

 村……。もしかして焼かれた村かな?

「村の近く……岩とか……大きな木があ……る場所……は?」

「たぶん、あると思う。そこに行けばいいの?」

 首を縦に振って、

「ソルセリルの本陣……があったの。……陣がなければ……ヒルスナイトのお屋敷……に行ってみて。あた……しの手紙が届いて……るはずだか……ら」

「分かったわ。誰を訪ねればいい?」

「ラディウス陛……下か、ヘルムートを……」

 うっ、と詰まった表情をしたが、口をキツく結んだ後で「……分かった」と決意を固めてくれた。

「ヘルムートさんなら鑑定の時に会った事があるわ。エルフの綺麗な人でしょ?顔は覚えてる。任せて」

 

 ナタリアはすぐに行ってあげると、家を出ていった。

 バタン、と扉が閉まると、大きな仕事を終えたかのような脱力感に襲われる。

 

 これでやっと連絡がつくかもしれない。 

 ――ラディウスに会えるかもしれない。

 

 そう思うだけで切ない痛みに締め付けられた。

 あとの問題はテオドールだ……。

 あたし一人では力不足だから、ヘルムートの知恵を借りよう。ここに住む人にも影響が出ないようにしたい。



 トントン。

 また来客を告げるノックがされた。

 開くと、そこには初めて男性が立っていた。しかもまた顔見知りだった。

「ダル…ニア……?」

 あたしは信じられず、何度も瞬きをした。


  

 アザルスにいた頃、診療所で声をかけてきた彼だった。心疾患がある彼は、回復魔法師がいない状況で症状が悪化し、藁にもすがる思いであたしにアドバイスを求めてきたのだ。召喚者であるあたしに誰も話しかけないあの中で、最初に言葉を交わしたのが彼だった。


 ダルニアはまさか覚えてくれているとは思いもよらなかったのか、 

「はい……はい……!覚えていて下さったんですね……」

 感銘を受けたようにわなわなと唇を震わせた。

 女性の部屋にそれ以上入ることを遠慮し、扉の位置から話し続ける。

「本当にお久しぶりです。ソルセリルに移住されてからどう過ごしているのかと、危惧していました……。あなたは私の命の恩人ですから、ずっと心配で……」

 久々に見る彼はアザルスにいた時よりも健康そうだった。頬もふっくらして血色がいい。


「ヒカリ様の噂は、こんな名もない辺鄙へんぴな場所にも届いています……。ソルセリルの国主と婚約されたと聞きました。必ず安全な場所まで帰れますから、頑張って下さい。必要な物がありましたら準備しますので、おっしゃって下さいね」


 あたしはまた喉が痛くなって声が上手くでず、うんうん、と頷くに留めるしかなかったが、ダルニアは、

「後ほど妻が来ますから、頼み事は妻にお願いします。お元気になられたら、息子とも会ってやって下さい。色々とお話したいことがありますから――どうかお元気になって下さい」

 

 まるで時間制限があるかのようにまくし立てると、ダルニアは引っ張られるように扉の向こうへと消えた。

 代わりに入って来たのはキリッとした聡明な女性で、大きく髪を束ねた髪型は、動きやすさを重視した出で立ちだ。

「ダルニアの妻、シーヒットと申します」

 カーテンシーをすると、

「無作法な夫が大変失礼いたしました。婚約者がいる――しかも病床の女性の寝所に入るなど――失礼千万でございます。あとでしっかりと言い聞かせておきますので、どうかご容赦ください」

 深く頭を下げられ、コクコク頷いた。

「ありがたく存じます」


 シーヒットは真っ直ぐな姿勢で部屋に入ってくると、周りの世話を焼いてくれた。薄化粧の清楚なシーヒットは城の侍女を彷彿とさせ、あたしはひどく安心感を覚えた。

 立て続く来訪に疲れうつらうつらすると、

「どうぞお休み下さい。不届き者は決して中には通しませんので、ご安心を」

 さっぱりとした美しい笑顔で言う。


 あたしは言われるがまま目を閉じて、体の要求する通り眠りに落ちた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ