1話 ふいうちの面会要求①
タスティリヤ王国の宮殿は、都の北側に位置している。
温暖で温厚な国民性のため、犯罪率はアカデメイア大陸でも屈指の低さ。
宮殿の警備もゆるやかで、春と秋の年に二回、市民が内部の庭園を観覧するツアーが組まれていた。
政務の邪魔にならないように開催時間は早朝だが、今年のツアーは大盛況だ。
一週間前に、王太子であるレイノルドと名門のジステッド公爵家の令嬢であるマリアヴァーラの結婚式が、盛大に行われたばかりだからだ。
参加する市民は、あわよくば新婚の二人を目撃できるかもと、案内役が花の説明をする間にも、宮殿の窓へ目を向ける。
「王太子妃さまはあそこにいるの?」
お姫様のぬいぐるみを持った女の子が、バルコニーのついた三階の窓を指さした。
フラワーボックスには春の花が咲いて、花びらについた朝露がキラリと光っているが、カーテンが透けるガラス窓の内側には誰の姿もない。
窓を見上げた母親は、笑って彼女を抱き上げる。
「まだ早いから、眠っておられるかもしれないわ」
「じゃあ、お姿は見えないかなあ」
残念そうな女の子が視線をそらそうとすると、ふいにカーテンが動いた。
薔薇色の布がわずかに開いて、麗しい女性が顔を出す。
夜着にしては豪華な白いドレスを着ていて、髪はそのまま下ろしていたが、匂い立つような美しさは朝陽に照らされて輝いていた。
「あ! 王太子妃さま!」
女の子の声に、参加者がいっせいに顔を上げた。
「マリアヴェーラ様だ!」
「タスティリヤ王太子妃、ばんざい!」
わっと沸き立つ市民に、窓の向こうの王太子妃は目を丸くしてから、恥ずかしそうに手を振った。
(――び、びっくりしたわ)
市民に手を振ってカーテンを閉じたマリアは、真っ赤な顔で息をついた。
外に人の気配を感じて目が覚めて、夢うつつに寝台を下りてカーテンを開けたら、庭園観覧の市民に見つかってしまった。
化粧も着替えもしてない状態だが、うろたえて引っ込むよりはマシだろうと、その場で手を振った。
幸いにも、距離が遠かったので寝起きだとは気づかれなかったようだ。
振り向くと、天蓋のかかった豪華な寝台ではレイノルドが健やかに眠っている。
ここは王太子夫妻の寝室だ。
結婚式以降、マリアとレイノルドは逢えなかった時間を埋めるように、くっついて眠っていた。
マリアは寝台に腰かけて、レイノルドの寝顔を見つめる。
艶やかな長いまつ毛も、わずかに染まった白い頬も、すうすうと響く寝息の音も、すべてが愛しくてたまらない。
国王陛下の御前での大告白や、婚約や結婚式の準備をしている間、大聖堂で愛を誓いあった瞬間も喜びを感じたけれど、レイノルドと結ばれたと心から安心できるようになったのは、共寝をするようになってからだ。
(大の男性に言うことではないけれど、かわいい寝顔だわ)
幸せにひたりながら髪を撫でると、レイノルドは「んん」と声をもらした。
「……マリアヴェーラ?」
ゆっくりとまぶたが開き、青い瞳がマリアを捉える。
「起こして申し訳ありません。まだ起きるには早いですわ」
マリアはサイドテーブルに置いてある金のベルを見た。
起床のベルを鳴らしたら、待機している侍女や側近が朝の支度をしにやってくる。
二人の時間は強制終了だ。
朝食をともにした後は、レイノルドは仕事へ、マリアも妃の務めをこなし、夜まで離れ離れになる。
「そうか……」
低い声でつぶやいたレイノルドは、腕を伸ばしてマリアを引き寄せた。
「きゃっ?」
いきなりだったので小さな悲鳴が漏れた。
レイノルドは、自分の上に乗っかるマリアを、大事そうに両腕で抱きしめる。
「もう少し、一緒にいろ……」
かすれた声と頬をすり寄せる仕草は、大型犬が甘えてくるようで。
(かわいい……!)
マリアの胸がキュ~ンとときめいた。
二人の毎朝はだいたいこの調子で、業を煮やしたアルフレッドがドンドンと扉を叩くまで続く。
市民が去ったのか、再び静寂が戻ってきた。
レイノルドは再び眠ってしまったようだ。
心地のよい静けさに、マリアの鼓動もだんだんと落ち着いて――。
「おい、レイノルド! 仕事が溜まっているんだぞ。いつまで寝ているんだ!」
うとうとしていたら、お決まりのようにアルフレッドが叫んだ。
ぱちりと目覚めたマリアは、同じように青い瞳をのぞかせたレイノルドと笑い合う。
「起きましょうか」
「そうしよう」
ベルを鳴らすと、アルフレッドが扉を開け、手に布や水を持った侍女たちが入ってくる。
新たな一日のはじまりだ。




