闇の中へ 四 ◇唱鶏視点◇
初めての唱鶏視点です。
《唱鶏視点》
先日の式典にて。
蒼狼とかいうガキが白藤様に愚言を吐き、あろう事か神獣に指名された。
その時俺は、一体何の冗談かと思った。
白藤様は、確かに兼ねてより“友人が欲しい”などと仰る事があった。
阿呆な物言いに阿呆な返事を返す、そんな低次元な者と話したいと冗談を言っていたのだ。
そう。あくまで冗談。
事実、そんな者を側に置く事が許されぬ立場であることは、白藤様は十分理解されていた。
―――だが、あの場の熱気に当てられ、白藤様は流されてしまった。
公にあの仔犬を神獣に選ぶと、宣言してしまったのだ。
当然ながら式典の最中、すぐ様朱蘭は俺に新たな命令を下してきた。
“蒼狼を監視せよ。そして白藤が己の秘密を明かしたなら、朕の前に蒼狼を連れて来い。白藤には知られぬ様にな”
俺は己の意志に反する返事をしながら、ふと考えた。
朱蘭は蒼狼をどうするだろう?
殺すか、それか本当に神獣に取り上げるか。ただ間違いなく、何事も無く自由に解放する事だけはないだろうと、そう思った。
となれば、白藤様はどう転ぼうがその心を痛める事になる。
あの方は獣人に印を刻むことを、何より嫌っていたからだ。
だが、蒼狼が宮に上がってからの白藤様は、本当に楽しそうだった。解放できると信じ、このひと時をと戯れる御姿は、見ているのが辛くなる程に、嬉しそうであった。
―――本当に、腹が立つ。
蒼狼が唯一解放される道は一つ。
白藤様が何の秘密も明かさない内に、蒼狼が白藤様を拒絶し神獣を辞退する事。
だが、あんなガキ如きが白藤様を拒絶する無礼を働くなど、一度や二度死なせても足りない程に腹が立つ。
とはいえ、やはりあんなガギ如きが白藤様の気に入りとなって、その死や刻印に白藤様が心を痛める事になるのも許容し難い。
つまり、何をしてもどう転んでも、俺はあの蒼狼が嫌いだった。
そして雨の降る夜、俺は朱蘭の指示通り蒼狼を連れ出した。
呼び掛けてみて、蒼狼が聞き取れずに無視するか、はたまた逃げようとするならば即時有無を言わさず取り押さえるつもりだった。
だが蒼狼は予想外にも俺の呼び掛けに答え、すんなりと付いてきた。
思いの外、勘の働く奴だったようだ。
蒼狼は概ね大人しく本宮迄付いてきて、今は命乞いをするでもなく、朱蘭と向かい合っていた。
あの朱蘭相手に結構主張ある内容を話しているが、恐れ知らずな訳ではない。
……己の結末に覚悟を決め、奴なりに白藤様を守ろうとしているのだ。
蒼狼は朱蘭に言った。
「―――しかし私達はもっと昔、互いが初めてその姿を見つけた時からずっと、言葉より深いものを交わし合っておりました」
……死を覚悟している癖に笑顔を浮かべ、そう自信有りげに言いきった蒼狼。
本当に腹が立つ。
何が『もっと昔』だ。俺など白藤様が産まれた時より、その身辺警護に当たっているわ。調子に乗るな。
そんな蒼狼に、朱蘭はクッと喉を鳴らすと、嘲る様に言った。
「蒼狼、お前に一つ現実を教えてやる」
そうだ、教えてやれ。
緩んだ顔を引き締め直し、首を傾げる蒼狼。
朱蘭は蒼狼を指差し、嗤いながら言った。
「白藤然り、護衛獣共然り、この帝国の中で生きる者の願いは大抵叶わないのだ。―――つまり、お前の死は白藤に告げる」
「っ!!?」
ここにきて、蒼狼が初めてその目に恐怖を浮かべた。
朱蘭はそんな蒼狼を見て満足げに笑うと、優しい口調で告げた。
「白藤の眼前にて、その取るに足らぬ命、華々しく散らしてこい」
◇◇◇
「懐かしい痛みだろう、唱鶏」
膝を突く俺に、朱蘭は数歩も離れていない距離から見下ろしながら言った。
俺は必死で朱蘭を睨む。
視界がぼやける程の目眩、そして身体の内側から錆びた短刀で刺されるような、寒気のする激痛が全身を襲う。臓腑は煮立った油で焼きとかされているようだ。
朱蘭は指に嵌めた金の指輪を、俺に突き出しながら言う。
「この印は一種の毒のようなものだ。朕等の支配下に置く為、お前達の神経系の隅々迄染み込み、全身を蝕み体を作り替える。―――大抵は二日程で馴染むか、その激痛に耐えられず狂い死ぬが、お前はかつてその状態で、7日にも及び暴れておったのう」
俺の首には、新しい呪印が刻まれていた。
朱蘭は俺を覗き込むように腰を折り、莫迦にした様に俺に尋ねてくる。
「どうじゃ? 神獣の印は。白藤のみに仕える“兵器”になった気分は」
神獣の呪印は聖獣の呪印より強力だ。
これ一つで、かつて刻まれた4つの呪印を凌駕する。
そう。白藤様以外を殺せる自由を、俺はとうとう手に入れたのだ。
……だが。
「は、唱鶏よ。鶏のくせに何じゃその手は。朕は“お手”など言ってはおらぬぞ」
俺の突き出した手刀は、朱蘭の首に届く前にピタリと止まった。
「……っ」
俺が悔しさに歯軋りすると、朱蘭は可笑しそうに声を立てて笑った。
「はっはっは、残念じゃったのう唱鶏。神獣の制約はあくまで“主の意”を汲まねばならん。お前程の力があろうと、今のお前には仔犬一匹殺せぬよ」
朱蘭はひとしきり笑った後、俺の胸ぐらを掴み、殺意を込めて俺に尋ねてくる。
「それとも、朕の可愛い白藤に“親殺し”をさせるよう仕向けてみるか?」
「……」
ふと見れば今までずっと沈黙していた獅王も、腰に下げた長剣に手を伸ばしている。
俺は構えていた手を降ろし、朱蘭を睨みながら言った。
「……しない。俺は死んでも白藤様にそのような罪は背負わせない。命拾いしたな、朱蘭」
朱蘭はにぃっと口を吊り上げながら、俺の胸ぐらを放した。
「ふん。聖獣の印が無効になった途端吠え始めるか。精々白藤に仕えるがいい」
そして踵を返すと、朱蘭は床に転がる意識のない蒼狼を指差し言った。
「それを持って出ていけ。以前あれほど暴れていたのだから、今の状態でもそれくらい出来よう」
「……」
もう俺には朱蘭の命令を聞く必要はない。
だが“白藤様ならどうするか”と考えた時、連れて行かない選択はなかった。
◇◇◇
俺は痛みを耐えながら、蒼狼を腕に抱いて長い回廊を歩く。
雨足は遠のく気配もなく降り続けていた。
重い足を止めることなく動かしていると、ふと蒼狼が腕の中で苦しげな呻きを上げて身動ぎをした。
「ガハッ……グ……ウゥ……フーッ」
額に大きな汗粒を浮かべながら、獣の様に唸る蒼狼。
「痛みに抗うな。抵抗すると余計辛くなるぞ」
俺はそう、淡々と声を掛けた。
すると蒼狼はうっすらと目を開け、定まらない視線で俺を不思議そうに見上げてくる。
そして次の瞬間何を思ったのか、穏やかな笑顔を浮かべると俺の肩に腕を回してきたのだ。
「?」
俺が首を傾げる中、蒼狼は己の意識さえ保てていないのに、まるで相手を励ますような口調で途切れ途切れに言ってきた。
「……白藤様……お側にいますよ。―――オレはずっと……あなたと……」
熱に浮かされた様に蒼狼はそう言って、額を俺の肩にこすりつけてくる。
俺は舌打ちした。
「ちっ、そういう事はご本人に言え」
そして蒼狼を落とさない様にもう一度抱え直し、また白藤宮へと歩みを進める。
雨の夜。月はなく、景色は闇に沈み行く先もまた闇の中。
それでも俺は小さな狼を抱えて歩き続けた。
蒼狼はいつしかまた、俺の腕の中で固く目を綴じて意識もなく唸り始める。
そして、時たま苦しげにのけ反らせるその首には、俺と同じ呪印がハッキリと刻まれていたのだった。




