闇の中へ 三
遅くなりました!(汗)
泣いちゃ駄目だ。泣いちゃ駄目だ。泣いちゃ……。
オレは必死に涙を堪えたが、そのせいで息を詰め過ぎ、喉から掠れた声が漏れてしまった。
「くきゅ……ぅん……」
……しまった。
まずいと思いつつもどうにもやり切れず、オレは尚も息を詰めて震えていた。
だが幸いオレの漏らした鼻声に朱蘭皇帝は気づかなかったようで、朱蘭皇帝はさっきと変わらぬ威圧的な声でオレに質問をしてきた。
「白藤はお前になんと言っていた? 聞いたこと全てを言うてみよ。その答え次第でお前の処遇を決める」
オレの処遇……?
オレがはてと首を傾げると、間髪を入れず朱蘭皇帝は身の縮むような威圧を放ちながら、有無を言わさぬ口調で言った。
「答えよ」
その威圧にオレは背筋がまっすぐと伸びる。そしてオレは呼吸を整えるように小く息を吐くと、朱蘭皇帝から目を逸らす事なく答えた。
「―――っはい。私は白藤様より、白藤様が姫でなく皇子であった事を聞きました」
朱蘭皇帝は目を細め、是非とも取れぬ目でオレを見下ろしている。
オレは少し言葉を選びつつも、隠す事なく答えた。
この人には何を隠しても無駄だ……、そう思ったのだ。
「白藤様はこの帝国に於ける、私達護衛獣の認識を教えられました。―――そして、最後に白藤様は私に言いました。『逃げろ』と」
……もしこれで白藤様が責められるような事になるなら、その時は何としても弁明しようと思った。―――どうせこのオレには後なんかないのだから。
だけどオレの答えに、朱蘭皇帝は口角を上げてふっと笑っただけだった。
そしてオレや白藤様を非難する素振りもなく、可笑しそうに尋ねてくる。
「ほぅ。なら、それを聞いてお前はどう思った?」
「……驚きました。オレが尽くすべきと信じていた国に裏切られ、騙されていた事に怒りと悲しみを感じました」
歯に絹を着せぬオレの物言いに、朱蘭皇帝は嫌な顔をするどころか満足げに頷いた。
オレは続ける。
「そして、姫として生きねばならぬ白藤様に同情しました」
朱蘭皇帝の眉間にシワが寄った。だけどこれもオレの本心だ。
そして、ここ二日間の白藤様を思い出しながら、オレは思わず微笑すらこぼしながら更に言った。
「―――それから。己の身の危険を顧みず、私に警告を放とうとする白藤様の優しさが、私は一層好きになりました」
そう。オレは白藤様の仮面の下を知っても、何を告げられても嫌いにはなれなかったんだ。
―――この方を守りたい。
叶わないと知りながらも、オレはそう願ってやまなかった。
「だから……―――『逃げろ』と言われ、逃げ切れないだろうと直感した私は、私の訃報が白藤様の耳に届かなければいいと、そう思いました」
オレはそう言って言葉を締めた。
少しの沈黙の後、朱蘭皇帝が不審げに尋ねてくる。
「何故孤独に死にたい?」
オレは淡々と答えた。
「白藤様は私の事を慕ってくださっている。だから私が死ねばあの方は泣く。泣いているあの方のお側に私が寄り添えないのなら、理由はどうあれ泣かせたくない。それだけです」
すると朱蘭皇帝は、突然盛大な笑い声を上げた。
「はっはっ、残念だが白藤はゆくゆくは50億の人民の上に立つ者ぞ? お前一人消えたところで泣くものか」
「泣きます。自惚れ屋と思われましょうが、白藤様はそれはもう、立ち上がれない程に大号泣される事間違いありません」
オレは断言した。
そして呆気にとられてオレを見る朱蘭皇帝に、オレは合わせていた手を一層強く握りしめ、深く頭を下げた。
「―――だからどうか、私の最期の願いです。白藤様に、私は遠くで元気にやっているとお伝え下さい。私はこれから下される処遇に、逃げも隠れもいたしません。どうかご温情をお計らい下さい」
それはオレにとって最期の言葉のつもりだった。
だが予想外に朱蘭皇帝はまたオレに声を掛けてきて、オレは再び顔を上げた。
「何故じゃ? 白藤はずっと宮の中で育ててきた。お前とて会ったのも、言葉を交わしたのも昨日が初めてだろう? 肉親に言葉を遺すでもなく、何故そこまで盲目的に白藤に信を置こうとする?」
朱蘭皇帝は眉間に深いシワを刻み、目を細めて不審げにオレを睨んでいた。
だけどオレは確信を持って答えた。
「初めてでは御座いません」
「何を言う。朕が白藤の事で知らぬ事はない。お前が白藤様に逢うて声を掛けたのは、昨日のあの珍妙な式典の時が初めてだ」
……珍妙な、か。うん……まぁ確かに。
でも、今更何を言われようがオレの確信は揺るがない。
「確かに言葉を交わしたのは初めてでした。しかし私達はもっと昔、互いが初めてその姿を見つけた時からずっと、言葉より深いものを交わし合っておりました」




