めるへんか
故郷のことを尋ねてからの蒼狼は、今迄とは違い随分饒舌になった。
そして年齢相応の豊かな表情も見せ始め、俺はこの空気を一生の思い出とすべく、その息遣いや言葉の間すら聞き漏らすことのないようにと、懸命に話に耳を傾けた。
「豹牙は私より一つ年上の兵士志願者で、とても頭の良い者でした。大人達にも一目置かれ、私とは違い私塾などに通ったりしていましたね。文武共に秀で楽芸の嗜みもある、朱ノ三切っての秀才でした」
「そうなのですか。かの者がそれ程の才児とは」
……以外だな。いつも喧嘩してたから、てっきり何か悪口の一つでも出てくるかと思っていたのに。
「―――まぁ、馬が合わないのか、私はどうも豹牙から嫌われている様でしたが」
蒼狼はそう言って懐かしげに笑い、茶を啜った。
俺は茶碗に茶を足しながらまた尋ねる。
「まぁ……蒼狼は嫌ってないのですか?」
「ええ別に。その都度、後悔も残らない程にやり返しましたので。―――それに最終的にはあいつも、何も言わず見送ってくれました」
「そうですか」
それから蒼狼は俺の頼んだ通り、護衛獣郡の様々な話を聞かせてくれた。
桃猿の手先が器用な事、炊き出しや訓練に明け暮れた日常、そして紺姫殿の事。蒼狼は豹牙のように私塾にこそ行かなかったが、礼儀作法や字の読み書き等の教養は、全て紺姫殿から教わったそうだ。
それらを話す蒼狼は照れ臭そうに笑いながらも、とても自慢げだった。
話が弾むと、蒼狼は徐々に俺と視線を合わせてくれる様になり、俺もまた身を乗り出して護衛獣達の話に耳を傾ける。
そして俺は、改めて決意したのだった。
―――蒼狼を宮廷に迎え入れてはいけない。無事家に帰してやらないと。
◇◇◇
暫く話をして互いの緊張も若干解けてきた頃、俺は何気なく蒼狼に尋ねた。
「―――先程、宗麟や花梨と本殿内を見て回られたそうですね。何か目に止まった物はございました?」
俺の可愛い女官達に饗され、さぞ喜んでいただろうと思って尋ねたつもりだったのだが、何故か蒼狼の表情は曇った。
「あ、はい。……その、スバラシイ物バカリで、何に目を止めればよいのか迷う程でした」
……なる程。俺はその少し引き攣った一言で察した。
蒼狼はおそらく芸術品関連に疎いのだろう。
その裏付けに、先程から蒼狼に出している茶碗……実は国宝級の茶碗なのだが、特に気にする様子も無ければ、恐れることなく握り込んで口を付けている。
……まぁなんでそんな物を使っているかと言えば、別に影で笑いたかったとかでは決してない。強いて言えば、折角宮廷なんかに来たのだから、普段出来ない“思い出作り”にと思っただけなのだ。
今更それを言ったところで蒼狼にとって別段楽しいネタになりそうもなかったので、俺はもう敢えて指摘することなく、その話はスルーする事にした。
「ふふ。まあ興味の無いものを熱く語られても、つまらないものですからね」
「あ、いえ。その……すみません、芸術には疎くて」
「何を謝られるのです。工芸品とて、その分野の好き者が良し悪しを決め、妾達はその感性に共感しようとしているだけ。蒼狼も得意な分野を磨けているなら、何ら恥じることはありません。……少なくとも蒼狼の演舞での動きには、妾は感嘆の声を漏らす事しか出来ませんでしたよ」
俺がそう言って蒼狼を励ませば、蒼狼はパタパタと尻尾を振ってまた声を上げた。
「ありがとうございますっ。―――確かに宗麟殿達に見せて頂いた宝物に、私は感心を得ることは出来ませんでした。しかしこの宮内にあった“湯屋”は、なんと立派で凄いのだろうと思いました」
「湯屋?」
「はい。どういう仕組みなのか、滝から湯が流れ落ちていました。あんな湯屋は始めてみました」
俺は一瞬はて?と首を傾げたが、直ぐに思い至った。―――……あぁ。客人用の温泉のことか。
それは“花鳥風月”と題された、手入れはされているものの未だかつて使用されたことのない露天風呂。
「気に入ったのであれば、何時でもお好きに使ってください。宮の者には妾が許可したと伝えておきましょう。妾や宮仕えの者の湯殿は別にあるので、気にする必要はありませんよ」
「えぇ!? あんな大量の湯を!? 沸かす者に申し訳が立ちません!」
なる程。掛け流し風呂だから気にした事はないが、確かにあの量を沸かすとなれば大変だろうなぁ。
俺はそう同意しつつ、また距離を詰めてみようと冗談を混じえて答えた。
「ふふ、それもお気になさらず。実はこの山の地中には、水を温めるのが好きな小人達が住んでいるのです。ただその小人達、あまりに仕事熱心が過ぎるせいで、いつも沸かしすぎては湯を溢れ零してしまうのです。あの滝はそうして溢れ出た分なので、好きなだけ使ってもよいのですよ」
なんちゃって。
「そうなんですか。流石宮廷は凄いですね」
「ふふ。そう、凄いで……―――え?」
あれ? ツッコミが入らない。
不思議に思い顔を上げれば、蒼狼のキラキラと輝く目が俺を見つめていた。
曇りのない精悍な顔で蒼狼は、大真面目に俺に言う。
「いつか私もその小人達にも会ってみたいものです」
「……」
その真っ直ぐな目に俺は急に罪悪感を覚え、蒼狼から視線を逸らした。
……え、ヤバい。
信じちゃった……。
俺は窓の外の少し陰り始めた青空を見つめたまま、蒼狼にポツリと尋ねた。
「あの、蒼狼……そなた、歳はいくつでしたか?」
「はい、姫君より一つ上の14歳に御座います」
そっか……今の俺より一こ上か。
いやまあ、こうなる前は確かに俺だって8歳まではサンタクロースを信じてたりもしたけどさ。
ネットでサンタクロースの追跡とかして、まだ来ないとかワクワクしてたりもしたけども……。けども……。
―――その時、外から夕刻の5時を知らせる鐘の音が響いてきた。
俺はすっと席を立って蒼狼に言った。
「いつの間にか話に花を咲かせ過ぎてしまいましたね。5時の鐘がなりました。話はこの辺にして夕食に行きましょうか。料理番が今日も腕をふるってくれてる筈です」
蒼狼も慌てて立ち上がる。
「は、はい!」
俺は蒼狼の前を歩き、食事を用意してもらってる広間に向かいながら、内心では紺姫殿のその手腕に舌を巻いていた。
―――一体何をどうすれば、こんなにも人を純真に育てることが出来るのだろうか、と。




