姫君との茶会
本日2投稿目です
―――それで、オレはこれから何をすればいいんだろう?
白を基調とした一段と気品(?)を感じさせる部屋に連れてこられたオレは、困惑に立ち尽くしていた。
……何をすればいい? お護りしようとは思っていたが、身の回りの世話は女官殿達がしてらっしゃると聞いた。
そもそもこんな宮廷の深層に敵が来る事なんてあるのか? ……思い出せ。獅王様はどう立ち振る舞われていた? 現役の神獣を……思い出せ!
だがオレはそこで、はたと思い至った。
―――思い出せない。記憶にない。……そもそもオレを取り押さえるまであの方は何処にいた? 湧いて出たとした言いようがない……。
「なる程、先ずは空気になる訓練を積めば良いと云う事ですね」
「何を仰っているのか分からないけれど、一先ずお掛けになって?」
……違うのか。
「いえ、姫君がお立ちになっているのにオレ……いえ、私が先に掛けるわけにはいきません」
「ふふ、ゆっくりなさって。今は妾と蒼狼しかおりません。気楽に『オレ』と言っていただいても嗜める者はおりません」
姫君はそう優しげに言うと、茶器と茶碗を盆に乗せてこちらにやって来て、椅子に座って茶の準備を始められた。
「さぁ、妾は座りましたよ? これで蒼狼も気にせず座れるのでは?」
「は、はいっ」
……駄目だ。もの凄く気を遣わせてしまっている。
オレは慌てて膝を揃え、背筋をピンとして椅子に座った。
白藤様は美しい所作で、迷い無く茶の準備を進めていく。
……紺婆も【朱ノ三】の中じゃ一番こういうのは上手かったけど、白藤様の手捌きはその比ではない。
思わず見惚れていると、白藤様がこちらに小箱を差し出してこられた。
「お待ちの間、こちらでも召し上がっていてください」
そう言って開かれた箱の中に入っていた物に、オレは目を見開いた。
「は、……っ華饅頭!」
そう。それはあの日買いそびれ、もう二度と食べられないと思っていた、もの凄く美味い饅頭だった。
オレが驚いていると、ふと手を止めた白藤様がポツリと呟いた。
「……尊い」
「え?」
「あ、いえ。尻尾が揺れておりますね」
「はっ! すみません!」
「いえ、妾はその元気な尻尾が大好きですよ。さぁ、蒼狼の為に用意した物です。遠慮なくお食べになって」
「は……はい」
手持ち無沙汰なオレは、おそるおそる饅頭を頂いた。
相変わらず美味くはあったが、緊張で感動をそちらに割いている余裕は無かった。
そうこうしてる内に、姫君はコトリとオレの前に茶碗を置いてくださった。
「美味しいですか?」
「はい」
「ふふ、まだ緊張は解れませんよね。かくいう妾も緊張で吐き……ではなく、まだ手が震えておりますもの」
「姫君が緊張なさる事などあるのですね」
「勿論。妾とて、ただの人の子に違いありません」
「……へぇ」
……オレは姫君の人柄に触れ、更にこの方の虜になってゆくのを実感した。
可愛く、美しく、優しさに溢れ、思い遣りがあり、高貴なのに謙虚。―――どこまで完璧な女性なのだろう。
「して、蒼狼はご存知か? 神獣に任命された者には刻印までの間に親交の時間が設けられているのです。つまり、妾と蒼狼が仲良くなるための時間。それが今のこの時。だから、その……―――妾と……仲良くして貰えぬでしょうか?」
……っくそう! 耐えろ! ってかいいに決まってるのに、何故上目遣いで確認を取られる!?
「そ、そうでしたか。来て間もないので、何をすればよいのかも分からず困惑していた所です。何なりと」
頭痛すら感じつつそう頷けば、姫君は嬉しそうに手を打った。
「そ、そうですかっ! さ、どんどんお食べになって! お茶のおかわりもありますよ。えっと……蒼狼くらいの男子の楽しめるゲームやボードなどは無いのですが……先ずはお話でもよいかの?」
「はい」
……神獣で来てボードゲームを勧められる方が、寧ろ予想外で困ってしまうかもしれない。
オレは癒やされつつそんな事を考えていたのだが、ふと脳裏に不安が過ぎった。
「あの、白藤様。私はその……無学者にございまして……」
「だから何か? 妾の様な若輩者にとっては、有学者の話ほどつまらなく感じるものですよ」
……くそっ! これが“人を立てる”ということなのか? 社交辞令だと分かっていても、最早女神にしか見えない。
「そう言って頂ければ幸いです。しかし、姫君の気軽に話せる話題となればどのようなものでしょう……?」
オレの話題といえば訓練くらいしか無い。食事なんかにしたって姫君はきっと、豆と麦の味噌粥なんて食べたことないんだろうな……。
そんな事を考えつつ俯き気味に茶を頂いていると、姫君が笑顔で仰った。
「ならばこう言うのはどうでしょう? 若者なら誰しもが好きな、う……」
◆◆◆
「……の話題とか」
「……」
姫君の言葉に、オレは眉間にシワを寄せ思考を停止させた。
……ん? え?
そしてたっぷり5秒は沈黙した後、また茶を啜り漸く顔を上げた。
だが困惑のあまり、上手く言葉が出てこない。
「―――……え?」
「ご存知ありませんか? 【朱ノ三】から程近い地中から“雲母”と呼ばれる石が産出されるとか」
……うん……も?
「……。……あぁ、知っています。私の友人桃猿という者の父が、たまに取りに行くと言っておりました……。はい、雲母岩ですね。最近“雲母”が若者に人気があるのですか……へぇ。確かに仲間内にも鉱石に詳しい奴がいましたね。姉の婚姻の祝いに“琥珀”という宝玉を露店で購入していました」
オレは妙な聞き間違いをしてしまった下品で雑な自分を恥じ、全力で姫君の話題に乗っかったのだった。
次話白藤です。




