心頭滅却すれば…… ◇白藤視点◇
予定外の平日投稿です
《白藤視点》
―――心頭滅却すれば火もまた涼し。
無念無想の境地に至り、苦難を超越したらばそれらを苦と感じることもなくなるのだ。
心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却心頭滅却心'頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却……
俺は心の中でお経を唱えるが如く、懸命にそう唱え続けていた。
そしてこの昂ぶった心が凪いだ頃、またチラリと肉眼で舞台上に上がった蒼狼くんに視線を送る。
「……」
―――駄目だっ! キャァ、やっぱりカッコイイッッ!! しっ、し、しし心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却ぅ……!!
そんなことを繰り返していると、何時の間にか演舞開始の太鼓か打ち始められていた。
決勝戦に残ったのは、蒼狼と豹牙を含む6名。どれも一癖もふた癖もある猛者達だった。
俺はもう、オペラグラスを覗くことはしない。
ここ迄残った選手達による本気の演武だ。ただの人間が彼等の動きの仔細を目で追うことなど、最早不可能なのだった。
だから詳細な動きの判定は審判達に委ね、俺達は舞台の全容を己の主観で見る。
……それに、これ以上蒼狼くんの顔を覗く事に、俺の目と精神が耐えられそうになかった。
決勝戦とはいえ、演武の始まり方は変わらない。
選手達の一礼から始まり、10度の決まりの型を極める。そして、銅鑼を交えたアドリブの演武が始まるのだ。
ただ、決勝戦で変わってくるのはその時間の長さ。
これ迄の演武は開始後20分で太鼓と銅鑼の音はトップスピードになり、そのスピードで10分打ち鳴らされた後、試合は終わった。
だがこの決勝戦はそのトップスピードが1時間40分にも渡り打ち鳴らされる。
一秒に1度の銅鑼の音で選手達は攻防を繰り広げ、その間に鳴らされる一秒に2度の太鼓の音にステップを踏み間合い詰める。
当然その間、選手達の持つ鈴は鳴り響き続けるのだ。
その時の動きはまさに神速。大人の護衛獣達ですら、その速さで30分以上演じ続けられる者は極僅かであった。
やがて、目の前の演武で鳴らされている太鼓が10度の目を迎え、最初の銅鑼が鳴らされた瞬間、観覧席からどよめきが起きた。
選手間の距離が空いているこの状態で、銅鑼の音に合わせて攻撃を仕掛け合う事はまず無い。
だがあるはずのないアクションを……あり得ないはずのその距離を、赤兎が跳ねた。
その間およそ15メートル。150センチにも満たない小柄な兎が空を舞い、蒼狼に刃を叩き込んだのだ。
だが蒼狼も、当然分かっていたとでも言わんばかりの安定した動きで踏み込みをすると、振り下ろされた赤兎の刃を下段から振り抜いた剣で弾き返した。
―――リィーン……
剣の擦れる音に、鈴の音が被った。
そして、一瞬会場を包んだ観客席のどよめきが収まった頃、蒼狼と赤兎は鈴を鳴らすことなくスッと構えを直すと、顔をこちらにまっすぐと向けてきた。
……そんな彼等を見下ろし、俺はふと思う。
オペラグラスを外しておいてよかったな。俺、まじグッジョブ……、と。
いや、だってコイツら間違いなく俺を落としに掛かってきてるんだもん。
それにな、俺は自分で言うのも何だがぶっちゃけ“チョロイン”なんだよ。
顔のパーツすらおぼろげにしか見えないこの遠目から彼らを見ているだけで、最早口から心臓を吐き戻しそうな程ドキドキしてるんだよ。―――くそっ、だが俺は負けない! し、心頭滅却っっ!!!
◇◇◇
それから試合は、見ているこちらも瞬きすら惜しい程に白熱していった。
互いが互いに一歩も引けを取らず、鎬を削り合う闘い。
その瞬く煌きは、まるで星のようだった。
そう。産まれたての星……それもただの星じゃない。
それは、己を燃やし輝く恒星達。
―――それは空中でも自在に方向転換ができる、軽業師のような少年。“攪乱の鼠山張”という名の星。
―――それは迷彩の衣装を揺らし、相手の視覚を狂わせる技を持つ少年。―――“惑影の古黒狸”という名の星。
―――それは身体の伸縮で相手を威嚇し、鳥類系特有の空中攻撃繰り出す少年。“闇舞の康梟”という名の星。
―――それは護衛獣最高と謳われる脚力を、完璧に己の物とした少年。“豪脚の赤兎”という名の星。
―――それは靭やかにして力強い身体を持ちつつ、舞台上の戦況を完全に把握して闘う少年。“知略の豹牙”という名の星。
―――そしてそれはどんな強敵にも怯まぬ強い意志を持ち、学習してはそれらの敵を超えていく、闘う為の天賦の才を持った少年。“闘いの申し子、蒼狼”という名の星。
それらの星々は本人達が望もうが望ままいが、その光を見た者を惹きつけ、近付く者を引き寄せる力を持っている。
客席の者達はもう歓声すら上げることなく、食い入る様に舞台を見つめ、オレもまた震える程に拳を握りしめながら、その瞬きを見つめていた。




