始皇帝 ◇白藤視点◇
遅くなりました!
《白藤視点》
―――妾の名は白藤。
煌華帝国と呼ばれる大国の姫にございます。
妾は次期皇帝として宮の最奥にて磨き育て上げられた、煌華帝国最高の美姫として名高き者。
しかし籠の中で花よ蝶よと育てられた妾にも、憧れる殿方が居りました。
その御方は見目麗しく、妾にないものを全てを手にされておりました。―――ですからその姿を見た途端、妾が目を離せなくなった事も仕方がないと申しましょう。
とはいえ、所詮は身分違いの存在。
妾は姫で次期皇帝。そして彼の御方は平民の出。出逢ってしまえば互いを不幸にしか出来ない者同士なので御座います。
なので妾はその思いにそっと蓋をし、陰ながら見守ってまいりした。
彼の御方の夢を潰えやす事を心苦しく思いつつも、彼の御方の幸福だけを願い、そっと陰ながら見守り続けていた次第にございました。
だというのに……彼の御方は妾の心を嘲笑う様に、いとも容易く裏切って見せたのに御座います。
これが嘆かずにおれましょうか?
最早耐え忍ぶ事など出来ましょうか?
―――まさか……言葉もまともに交わした事のないようなあの御方が、大衆の前で『妾は誰にも渡さぬ』などと傍目も憚らず叫ばれてしまうとは!
しかもそう叫ばれてからのあの御方は、まるで菩薩と羅刹をその身に宿したように神格化されてしまったのです。―――言うならば、それはまさに【覚醒】。
舞台の上では修羅の如く容赦無く敵を薙ぎ払い、隙あらば遠く離れた席に座る妾へと、慈しみの笑顔を送られる。
そこ迄されれば、いくら無知で無頓着な妾とて察せずにはおられぬという物。
―――彼の御方は、妾をお慕い下さっている!
ああ、この身の上が嘆かわしい。
彼の御方の思いに気付いてしまえば、最早妾は【玉座】など要らない。
いえ、玉座など元より欲しくなどはなかった。そう。今不要と思うのは玉座などでは無く、妾の持つ玉そのもの。
あぁ、こんな事になるのなら、いっそ本当に【TS転生】であったなら……。
「……白藤様!」
「は!?」
一瞬飛んでいた俺の意識は、唱の一言によって引き戻された。
「こ、ここは!?」
慌てて周り見渡せば闇に浮かぶ行燈の明かりに浮かぶ長い廊下が見える。
同時に円慶の溜息が背後から聴こえた。
「ここは白藤宮への帰り道にございます。煌武祭5日目が終わりましたが覚えておいでですか?」
「え? あ、あぁ、うん。勿論覚エテルヨ」
俺が振り返って即答すれば、円慶は不審げな視線を俺にくれた。まあ、ぶっちゃけうろ覚えでしかない。
あー、ヤバイヤバイ。蒼狼君の勇姿にちょっと思考が本気でおかしな方に行ってしまっていた。―――さっきのは無しでお願いします!
そう、自分に言い訳をしていると、今度は俺の前を歩く唱が淡々とした口調で言ってきた。
「しっかりなさって下さい。して、今私が言ったことは聞いておられましたか?」
「え? いや、全然聞いてなかったけど。何?」
「色気を振りまき過ぎなので自重してくださいと云うお話です」
「相変わらず何の話をしてるんだよ、お前は」
俺は即刻突っ込んた。
「とは言われましても、事実大名や商人達は白藤様が気になって試合に集中出来ない風でありました」
「まじか」
俺はこの帝国の行末を、一瞬案じた。
まぁ正直この帝国の将来に等さほど興味はないので、本当に一瞬だったが。
そして今日の試合を思い返しながら、ポツリと呟いた。
「……しかしなんで護衛獣達は【神獣】をああも目指そうとするんだ? 給金の良い【聖獣】なら分かる。だけど皇室の側まで来る必要なんてないだろ」
―――それは、別に答えを期待していた訳ではなかった。
護衛獣じゃない二人に聞いたって、分かるはずなどないのだから。
だけど意外にもと言うか、律儀にもというか、真面目な唱はスルーすることなく答えてくれた。
「“誉れ”の為ですね。この帝国の成り立ちをご存知ですか?」
「ん? あぁ」
俺は短く頷いた。
煌華帝国の始まり、それはたった一人の煌めく金の髪を持つ一人の人間の少女だったと言う。
その少女の名は【華翔】―――後の始皇帝の名だ。
歴史の書にはこうある。
―――天より使わされた華翔が、獣達の住む野蛮なる大地に舞い降りた。
華翔は先ず四人の獣を手懐け、その者達を【四神獣】と呼んだ。
四神獣達は華翔より授かった知恵と力を以て、眷属の配下を増やした。その配下の者達を華翔は【聖獣】と呼んだ。
聖獣達は家族を迎え、その者達を華翔は【護衛獣】と呼んだ。
そして眷属とならず、尚も野蛮なる争いを求めた者達を【魔獣】と呼んだ。
やがて華翔は天より与えられた務めを果たし、野蛮なる大地に大国を築き上げた。
そして華翔は多くの功労を果たした四神獣を讃え、栄誉として自身の親族に迎え入れたと言う―――
まあ何処まで真実かは知らんが、随分高慢な歴史だと思う反面、何とも妙な歴史だと、それを聞いた当初の俺は思ったものだった。
俺の頷きに唱は話を続ける。
「神獣を迎えるという事は、護衛獣達にとって重要な事でもあるのです。戦に行き、命を捧げる相手が我が家であり家族である。神獣が護衛獣の中から選ばれるとは、そういう意味をも持つのです。だから護衛獣達は身体も精神も皇族に見合うべく覚悟を持って臨み、新たな神獣の誕生を心から喜びあいます」
その言葉に、俺は眉間に皺を寄せ吐き捨てた。
「何が家族だよ。そんな物に惑わされて……そんなん真実を知ったら絶対に幻滅する。宮廷は腐り切ってるんだ」
だが唱は腹の立つ涼し気な顔で、俺の言葉を流す。
「そうとは限らないでしょう。そうして腐りきらず護衛獣達を憐れむ白藤様に、心より仕えたいと思う稀有な者が、一人くらいは居るかもしれません」
「……それこそ無理だろう。姫かと思いきや“男”でしたとか、何重の裏切りだって話だよ」
俺は己の現状を改めて思い至り、肩を落とした。




