激励の口上
予定外投稿です!
俺は目を点にして、その隊列を見つめた。
凛々しく、透ける程に薄い振り袖を揺らしながら、颯爽と進む可憐な少女。―――何でこんな可愛い女の子がこんな所に……?
俺はオペラグラスを再び目に充てた。
そこに見えたのは、青いシャープなアイラインを入れ、煌武祭用の化粧を施した蒼狼の顔。
――――あー。ビックリした。そうだよな。こんな所に女の子なんかいるはずないよな。
俺はほっと胸を撫で下ろし、オペラグラスから目を離した。
そこでふとまた、事の重大さに気付き、瞬息でまたオペラグラスを覗き込んだ。
―――……って、
………… 蒼 狼 だと?
俺は二度見どころか五度見はしたね。
そこでやっと俺はフット笑い、目の前の現実を認めた。
―――ふぅ。
やっぱ男前は女装しても美人なんだな。危うく惚れてしまう所だったぜ……。まぁ今でも惚れてるけど、別の意味的な。
俺はもっと眺めていたい衝動に駆られたが、かつてない程己を律してチラチラと見る程度に抑え、他の選手達の顔の確認をしていった。
◇◇◇
やがて、入場を果たし整然と居並ぶ護衛獣達を前に、上帝様が舞台に進み出て、歓迎の言葉を彼らに掛け始めた。
この世界にはまだ、マイクなどの拡声機等は無い。
だからこういった式典では、後方にまで上帝様のお声を届ける為、宦官達が列の間に居並び、上帝様の言葉をエコー的な運びで繰り返す仕組みになっている。
だがパワフルなこの御方は、そんな中継ぎなど無くても十分最後列迄届くのでは……と、思えてしまいそうな声量であった。
上帝様のお言葉が終われば、次は俺の番だ。
朝からしっかり見直してきたから暗記は完璧。
とはいえ、流石に上程様ほどの声量がない俺は、宦官エコーシステムを利用して話し始めた。
遠く後ろの方々にも俺の可愛いアピールが届く様に、あざとさや媚の出ない程度に、大振りな身振りをしながら口上を述べていく。
挨拶から始まり、先人達の偉業を讃え、今年の勇士達を激励する。……まあ、恒例の決り文句だ。
ただ今年は、もう一言付け加えておく文句があった。
「―――また、今年は妾にとって大切な年でも御座います。それというのも今年、この場にて、妾にその命を添わせていただける御仁を、この勇士達の中より見出したく願うておるからに御座います」
そこで言葉を止めれば、会場に鋭い緊張が走ったのを感じた。
そのあまりの圧迫感に、俺は後ずさりそうになる程にドン引く。
―――……うわぁ。ほんと止めてくれよ。この“我こそは”の雰囲気……。ほんと神獣とか、絶対そんな良いもんじゃないからぁ!
俺は凄まじいプレッシャーに吹き飛びそうになりながら、何とか踏みとどまり、言葉を締めた。
「皆の日々の努力により磨き上げられた演武、楽しみにしております」
そう言って微笑むと、護衛獣達は一斉に掌と拳を合わせ、膝を突いてくれた。それは世界最強の名に恥じぬ、一糸乱れぬ動き。
俺は膝を突く4725名の軍に、ゆっくりと視線を巡らせながら、ふと思う。
―――蒼狼も、神獣になりたいと思ってくれてるのかな……?
一瞬だけ……後ろに蒼狼を控えさせ、公務に励む自分の姿を思い浮かべた。
だけど直ぐにその情景を頭から追いやった。いやいや、だってあり得ない。
そもそももし願いが叶うなら、俺の立ちたい場所は“隣”であって、“盾”として前や後ろに立って欲しい訳では決してないのだ。
―――ま、何にしろ蒼狼を聖獣や神獣にする気はない。
俺は居並ぶ選手達に、公務的に手を翳し視線を巡らせていたが、朱ノ三だけはさり気ない風を装って、全力で見ないようにした。
そしてそのまま踵を返し、背後に控えていた唱の手を取り、舞台の階段を降りた。
……いやだって、俺は先日オペラグラス越しに蒼狼と目があった(……かも知れない)だけで腰を抜かすようなチキンヤローなんだよ。
さっきの行進の時と違い、蒼狼さんはおそらく睨むように俺をガン見してる筈だ。
視線を送り、罷り間違って肉眼で目が合おう物なら、俺はきっと爆発する……。
内心をひた隠し歩いていると、階下に着いたところで唱が声を掛けてきた。
「素晴しい口上で御座いました。護衛獣達の士気も上がりましたでしょう」
「それは良かった。妾の言葉がかの者達の力となるのであらば、こんな嬉しいことはありません」
俺がそう言って微笑むと、いつも無表情の唱もフッと口元を緩め、頭を下げてきた。……ま、お互いによそ行き用の顔って訳だ。
唱に手を引かれつつ席に戻る最中、唱がふと器用に、唇を動かさずにひそひそと話しかけてきた。
『……この式典の後、初日夜の部まで時間があります。この後のご予定は?』
その内容に俺は首を傾げた。
……なんだろう? 特に予定なんてなく、帰ってマッサージして夜の部に備えて寝るだけだ。そしてその昼寝の予定の事なら唱も知ってる筈。
俺もヒソヒソと唱に返した。
『昼寝です。ご存知の筈』
『……。……左様でしたか』
……あれ? 今、間があったなような?
俺は訝しみつつ唱に尋ねた。
『何か、妾に期待していたのですか?』
『いえ、第2城壁まで市井の者達が上がってきており、賑わっておりましたので……』
『あぁ』
俺はふと納得した。
今や第一城壁内と第二城壁内は、謂わば“選手村”の状態になっている。
そこには各郡あたり一軒ずつ提供さる衣食住が保証された仮設家屋(風呂トイレ付き)の建ち並ぶ住居区があり、その住居区から柵を挟んだ少し離れた場所に、様々な屋台が出店されているのだ。
街の者達は金を払ってその屋台を楽しむが、裕福では無い護衛獣達は上帝様から参加祝いとして渡された【木貨】と呼ばれる持ち主の名前が彫られた木製の貨幣を使って楽しむ事が出来る。
成人の部の出場者であれば一人当たり約十万円相当(※隊長クラスの年俸の約半分)、青少年の部は約五万円相当で、青少年の部に付く一名の引率者には三万円相当といった木貨が割当てられた。
この木貸は現金に変えることを禁止されているが、祭りの間出店している屋台では、現金と同じ価値を持っていた。
ただ、使い切れず余った木貨は回収されるし、商人達に渡った木貨も役場で現金と交換され、全てを回収される。祭りの後一週間経たずその姿を消す、まるで幻のような金である。
ともかく護衛獣達はその木貨を手に、この祭りの期間中露店へと繰り出し、好きなものを飲み食いしたり、家族への土産を買ったりして楽しむのだった。
そうして多くの人々でごった返す露店。
『妾がそこにお忍びで行くとでも思ったのですか? ―――心配せずとも行きませんよ。この大切な時期に余計な事揉め事は起こしたくない。それに……』
『それに?』
そこで、俺は口をつぐんだ。
これ以上は唱にも話したことの無い、俺の秘密だ。
『―――いえ、何でもない。とにかく、行きません』
俺はそう断固として言い話を終わらせた。
……気にならないのかと言われれば、当然憧れない訳ではない。
大衆小説にも、お忍びで変装した王子(姫でも可)が町人と恋に落ちたり、友情を育んだりするなんてよくある話だ。
だがな。
仮に俺が街に繰り出したとしよう。……そして、蒼狼……もしくは豹牙に出逢ったとしよう。
―――そんなん恥ずかしすぎて、猛ダッシュで逃げるに決まってるわー。
さ、帰って寝よ寝よ。
何かもの言いたげな唱を横目に、俺はすまし顔で歩いた。
ーーー……いや、行けよ。
と思いつつ。チキンな主人公ですみません。
早く“好きすぎて辛い……”ってところまで書きたいものです(*‘ω‘ *)




