入場
ちょっと投稿時間が遅くなりました(汗)
―――午前7時。
煌武祭の為に誂えられた金の着物を羽織った俺は、城壁の最奥にある白藤宮を粛々と後にし、第三城壁の会場へと向かっていた。
……はっきり言って、俺はこの派手な着物は好きではない。目がチカチカしてくるのだ。
俺のお付きは二人だけ。円慶と唱が、俺を挟むようにして歩いているだけだ。
また可愛い俺の女官達は、片付けやら他の準備やらでお留守番だ。……ちょっと可哀想だから、後で高級な菓子でも差し入れしよう。
まあ普通こういう赴きには、派手な輿や隊列を用意される事が多いのだが、俺はそれらを全て断った。
ただ面倒なだけだったのだが『多くの者を侍らせば正体がバレやすくなるから』といえば、まあ結構すんなり通った。
気を遣わなくていいメンバーと歩きながら、俺はポツリと言う。
「……今年さぁ、なんか出場者が多くないか? 例年より千人程出場者数が増えてるんだが」
「神獣選びの年だからでしょう」
唱は淡々と答え、円慶は俺の口調が気に入らないのか無言で眉を顰めた。
俺は気にせず肩を竦め、溜息を吐く。
「神獣なぁー……そんなに良いもんかねぇ? やっぱ選ばなきゃ駄目かな? 憂鬱だわぁー」
「駄目ですよ。ただどうしても目に止まるものがいなかった場合、繋で私が代役を務めさせて頂くことは可能です」
「へぇ。宦官にも務まるのか。なら任せようかな……」
まぁ嫌味だ。護衛獣でもない宦官如きに、神獣が務まるはずない。……形だけの黒子って事ならまあ分からんでもないが、それなら何でお前だよって話だ。
上帝様のお考えはよく分からん。
その時、見るに見かねた円慶がとうとう口を挟んだ。
「白藤様。親しき中にも礼儀ありと言う様に、少し口が軽率過ぎはしませんか? 例え日々を完璧に演じていようと、それを馬鹿にするような精神をお持ちであれば、何れその仮面は崩れ落ちますよ」
「ハイハイ」
円慶の小言に、俺は尖らせた口元をそっと袖で隠し、背筋を伸ばすと無言で歩き続けた。
◇◇◇
「―――よう来たな白藤」
会場の席に着くと、楽しそうに口元を歪めた上帝様が、あぐらをかいて座っていた。
俺の席は上帝様のお膝下……言葉通りの席だ。
会場のには皇族専用の道が開かれていて、そこを進めば豪勢なクッションの敷き詰められたスペースがある。そこが、俺達皇族の席となっていた。
席の背後には巨大な団扇で送風して下さる方々が控え、席の前方一段下には有力な大名や懇意の商家の者達がわらわらと談笑をしている。戦闘民族の上帝様も、嫌がることなく、寧ろその話に耳を傾けていたのだった。
俺は上帝様の手招きに恭しく一礼して、満面の笑みで足早に駆け寄った。
「お早いおつきでございますね。愛しいお母様」
「うむ。折角の祭りよ。こ奴らの話でも聞いてやろうと思ってな」
上帝様はそういうと、一段下の面々を指差した。
俺もつられるようにそちらに顔を向け微笑みかけると、集まっていた奴らが一斉にニヤケ顔になった。
「これはこれは白藤様! 相変わらずお美しい!」
「ご機嫌麗しく白藤様! 此度は神獣選びを成されるとの事で、この上なくお目出度く存じ上げます」
「ふふ、皆様からの祝いの思い、ありがたく受け取らせて頂きます」
俺は極上の微笑みを浮かべ答えると、上帝様の隣に寄り添う様に腰を下ろす。そしてまるでペットのように上帝様に撫でられながら柔らかいクッションに身を沈めた。
そして、また話を始めた大名や商人達の話に、上帝様と一緒に耳を傾けた。
「しかし今年の煌武祭は豪勢ですなぁ」
「それは致し方ありますまい。一度【聖獣】に選ばれた者は【神獣】に選ばれる事はありませんからなぁ。……しかも一度の祭りで【聖獣】に選ばれる人数には制限が無い。優勝者以外にも、上帝様の采配で300名を越える人数が聖獣に選ばれる事もあるとならば、どの郡とてこの年を待って【神獣】候補を貯蔵しますわの」
大名や商家達が、護衛獣達の戦略を語り合う。
人数に制限を付けないのは、まぁ言わずもがなの理由だな。
そして印を刻んだ者に、更に新たな印を刻む事はしない。必要とあらばいくらでも刻むとはいえ、黒子達の力も有限なのだ。
「―――確かにここ数年、聖獣に昇るものも少なかったですからねぇ。まぁ私の様な商家の者としては【武】より【衣】の方が興味はあるので構わないのですがね? 護衛獣の女達は本当に器用な仕事をしますよ。私の様な者にとってこの祭典は、まるで大掛かりなランウェイの様に見えるのですよ」
そう笑ったのは皇室御用達衣服問屋の主、周候だ。
言い方は気に食わないが、周候は先日蒼い着物を持ってきて良い仕事をしてくれた。
なので聞きに徹していた俺も、一言言葉を掛けておく事にした。
「周候。先日、美しい着物を納めてくださいましたね。蒼い輝くように美しい……確か【紺姫】と言う方が織られたものだと聞き及びましたが」
「えっ! はっ、はい姫君! 仰る通り紺姫の作品をお納めいたしました! さ、最近市井の間で人気の出だした者にございます。ここ数年青少年の部に出場を始めた“蒼狼”という者の養母に当たる者で……」
「まぁ、あの男子の。6年前から出場を始めた者ですね。存じておりますとも」
なんてな。調べ尽くしておりますとも。
急に俺が声を掛けたもんだから、周候は焦った様に正座して手なんか突いている。
「は、はは。流石で御座いますね。お気に召して頂けたようで」
「はい。また機会があれば是非ともお納めください。但し紺姫を急かしてはいけませんよ? その身を労ってこそ、かの美しいものが生まれるのですから。そして期が来れば、見合った値で買い取ってくださいましな?」
「はいっ! 仰せのままに」
唐突に成立した商談に、周候は緊張に顔を引き攣らせながらも額を床に付け返事をした。
「なんじゃ白藤。気に入りを見つけたのか? 白藤はセンスがいいからのう。朕にもソレの衣を数着仕立てて来い。期限は……まぁ、いつでもよいかな」
「は……ははぁっ! 承知いたしました!!」
……すみません紺姫殿。俺、余計な事言ったかも……。
俺は若干申し訳なく思いながら、内心で自分に言い聞かせる様に言い訳をする。……こうして流行は生まれるんだと。
俺はまた気を取り直して周候に言った。
「周候。ならば次は先ず、母様に仕立てて差し上げてたも。妾は後で宜しいから」
「え……、はっ、はい」
「お前が欲しいのだろ? 構わん。白藤の物から先に作れ」
「えぇ!? 畏まり……」
「私は先の一枚が御座います。愛しい母様がどうぞ先に……それに母様が同じ匠の物をお召にならば、私は母様と揃いの物を着られているという事。―――これ程嬉しい事は御座いません」
俺が目に星屑を浮かべながらそう言えば、上帝様はニヤリとしながら頷いた。
「ふふ、うい奴よ……よかろう。周候よ、朕の物から作らせろ」
「は……は……っはい!」
困惑させてごめんな周候。だけどコレは最重要事項の遣り取りなのだよ。
と、その時突然銅鑼の音が辺りに大きく鳴り響いた。
周候も俺達に一例をすると、舞台の方へと向き直る。―――煌武祭の選手達が入場してくるのだ。
俺はスチャっとオペラグラスを目に充て、行進して来るその隊列をじっと見つめた。
木簡で覚えた名前を、その顔と照らし併せていくのだ。
―――朱ノ一、金寅、袁鷹、蛇偈……
だがその時、ふと周候の可笑しそうな声が上がった。
「ほう、紺姫師は、今年なかなかの色物を誂えてきましたな」
……ん? 紺姫殿? ―――……色物?
気になる単語を含んだその言葉に、俺は思わずオペラグラスから顔を上げた。
「まるで人形……。これは面白い」
―――人形?
俺は、オペラグラスを外し、キョロキョロと会場を見渡す。
そしてふと、周候が“色物”と言った意味を理解した。
隊列の中に、女性用の着物を着た者がいたのだ。……とは言っても、それは別に珍しい事じゃない。
着物の出来を競うという部分も無くはないので、派手で艶やかな着物をゴッツイ男が着ているなんていう事も良くある。
―――だけど、そこにいたのは頭に青い花飾りを付けた……
……普通に可愛い女の子?




