遺物ナンバー1 眠れる廃墟の美女? 3
今回は主人公と少女の会話回です。二人がお互いの意志を確かめ合っていく姿をできるだけテンポよく、コミカルに描きました。ぜひお楽しみください。
(うっ! 重いっ)
ヤスの想像を遙かに越えて自転車二人乗りには力が必要だった。思うようにペダルの回転数があがらない。ふらつきながら発進する。
「止まれ、このガキ! 拳銃ぶっ放すぞ!」
無視した。ヤスの知る限り弾丸を製造する技術はまだ開発されていない。弾丸の消費には慎重になるはずだ。振り返らずに大声で少女に告げる。自信を込めた。安心させてやりたい。
「大丈夫。撃てっこないし、この距離じゃそう簡単に当たらないよ」
直後。何かに追い越された。遙か先、乗り捨てられ木々に浸食され朽ちている車。そのドアから煙があがった。
「パンっ! パンっ! パンっ!」
乾いた炸裂音が響き始めた。
(うそだろ? 彼女にあたってもいいってのか?)
自転車の挙動が安定し始めたのを見計らって思わず少女を振り返る。目があった。少女は意志を持った瞳を見せた。そしてただコクンと頷いた。
(いや、そんなあなたに任せるわ、みたいにコクンってされても)
ほんの刹那、そうは思うが、ヤスの口をついて出た言葉は違った。
「だ、だ、大丈夫! これからケイデンスをあげるきゃらっ!」
(ああっ! もうっ、そんな目で見られたらがんばるしかないじゃんか)
前に向き直る。全力で両足を回転させる。同時に頭を回転させる。
(くっそ、落ち着け。このままじゃいつか動けなくなるぞ?)
建物の角を回り込んだ。振り返る。男たちの影は見えない。だがいずれ現れるのは間違いない。前を見る。荒れたアスファルトが建物沿いに続いている。構造上、数十メートル先にはまた建物の角があるはずだった。
(くっそ、ゼロヨンだ! 持ってくれ、俺の両足っ)
「一速、二速、三速」
あえて声に出してシフトチェンジ。
ピンチなのに、いや、故にノリノリ。少女の目を当然意識。かっこいいと思ってやっている。
頃合いを見て振り返る。追っ手の影はまだ見えない。覚悟を決めた。
「止まるよっ。しっかり口閉じて舌噛むなよっ!」
急ブレーキ。つんのめるように後輪を跳ね上げ止まった。言ってみたかった台詞を噛まずに言えてご満悦。振り返り、窓を指さしながら、そう親指で指ししめしながら少女に微笑んでみせた。
「このあいている窓から中にはいるよ。あ、俺は自転車も入れるから先に入ってて」
少女が自転車を降りるときに気が付いた。靴を履いていない。
「あ、待って。中は割れたガラスが散らばっていてあぶないんだ。ここは古代では病院って言って病人があつまってたんだ。こんなところで足切ってばい菌がはいったら大変だからさ。ちょっと待ってて」
ヤスは土足禁止の場所に侵入するためにサンダルを持ち歩いていた。いつ、なんどき戦闘に巻き込まれるかわからない探索仕事のときは裸足になることは避けたかった。
サンダルをリュックから取り出すと少女の足下においてやった。ゆっくりと少女はサンダルを履く。伏し目がちに微笑んだ。
「ありがとう」
「うん。そんなのでも無いよりはマシだから。これ、俺の探索道具。おしゃれだし、足の甲も守ってくれるし古代でめっちゃ人気だったらしいよ」
こうしてヤスと少女は建物に再び侵入した。薄暗い廊下が続いている。窓から見られないよう腰を屈めて移動した。目星をつけていた部屋の前にたどり着く。目星を付けていたドアに聞き耳を立てた。特に物音は聞こえない。ゆっくりとドアを引き開けた。手鏡を差し入れて中の様子を伺う。
ソファが並べられた部屋。窓外には木々が鬱蒼と覆い茂り、木漏れ日がところどころ差し込んでいる。かつて談話室として使われていた部屋だった。
自転車を部屋の窓から外に出し探索道具の一つ、迷彩模様のポンチョをかけて隠す。そして部屋のドアの前には大小、様々な大きさ、色とりどりの数十個ほどのビー玉を撒いた。
少女はしゃがみ込みビー玉の一つをつまみあげた。陽の光にかざしてまじまじと見つめる。
「きれい」
「あげるよ。気に入ったなら」
「やったー」
少女はドアの前にかけより両腕でビー玉をかき集めはじめた。
「いや、一個だよっ」
ヤスのツッコミに驚いたように両目を開いた。
「そんなに喜んでくれて嬉しいけどさ。それはここに奴らが入ってきたときに倒れさせて逃げる時間を稼ぐんだ。バトルはできるだけ避けたいし」
「すごーい。そんなことまで考えてたんだあ」
「何でだと思ったの?」
「重たくて邪魔だから捨てたのかと思ってた」
「ああ、なるほどね。いろんな見方があるんだね」
「ねえ、これはなんて言うの」
ヤスは少し躊躇ったが言ってしまうことにした。
「ビー玉。古代ではありふれた子供のおもちゃだったんだ」
「すごいね。何でも知ってるんだ」
「うん、それに似た奴で真珠っていうやつだと女の人が耳や首につけて飾ったりしたんだって。どうせあげるんだったらそっちのほうが良かったんだろうなって」
答えを躊躇ったのはそう思ったからだった。
「残念だね。君がしたいことができなくて」
「あ、いや、俺は女の人はそっちのほうがいいんだろうなって」
「そっか。そこまで私の気持ちを想像してくれたんだね。ありがとう」
「別にそんな感謝されることじゃないよ。周りの人の機嫌がいいほうが俺が楽なだけ」
「うん。私が喜ぶことを考えてくれたのがすごく嬉しい。それが一番嬉しい。コレもきれいだし、私はもうすっごく嬉しいんだよ」
胸元で両手でたったひとつのビー玉を包み跳ねるように回る少女。こらえきれないように笑っていた。
(すごい、古代のバレリーナみたいだ)
ヤスは少女の躍動感溢れる動きに目を奪われていた。少女が回るのをやめヤスの顔をまじまじと見つめるまでそうしていた。照れ笑いを浮かべた。少女も笑った。そしてどちらからともなく二人はとなりあってソファに腰掛けた。
白いカーテンで胸から足下まで包まれた少女。木漏れ日が少女の横顔を、控えめな体の凹凸を光と影で縁取った。黒髪が白い肌と布地を背景にたゆたう様は白い陶器の上を黒く繊細な筆が踊るような錯覚を誘った。
「ねえ、自己紹介しようよ。俺はヤス。遺物漁りしてるから野蛮だと思われるかもしれないけど一応紳士的に振る舞うつもりだから。君はなんていうの?」
少女は首を振った。
「言いたくないの?」
「違うの。わからないの」
「自分の名前も? 」
首を縦に振る少女。
「じゃあ、年齢とかも?」
少女は身を乗り出して尋ねた。
「いくつに見える? 私」
(めんどくさい質問キター)
ヤスはわずかばかりに頬をこわばらせて即答。
「十二歳」
本当は十六歳に見えていた。父に連れられ遺物を売り歩いたさいに女は実年齢より若く扱う習慣が身についた。
「はい、ヤス君、正解。君は十歳でしょ? どお?」
「そ、そうだけど。どうしてわかったの」
「女の勘」
「ふーん」
腑に落ちず ぶっきらぼうに言うヤスを見てなぜだかうれしそうに笑う。つい言ってしまった。
「なんだ。からかってるのか」
「あ、ごめんなさい。なんだかこうやって君とはなせるのがうれしくて」
笑顔から突然しおらしくうつむく少女にヤスは戸惑った。だが聞けることは今のうちに聞いておきたかった。
「さっきさ。あいつらが君のこと古代兵器だって言ってたけど」
「そうなの? 逃げるのに夢中で全然気が付かなかった」
「え? じゃあ、ホントに人間なの? 」
少女は背もたれにあずけていた体を浮かせると目線は強く調子は軽く尋ねた。
「じゃあ、どうすれば人間だって認めてくれるの?」
(もっとめんどくさい質問キター)
ヤスは目をそらし片手をあげて少女を制しながら言う。
「あ、いや、ごめん。君が古代兵器だったら逆に連れて来ちゃまずかったかなって」
「え? なんで? っていうかコダイヘイキってなに?」
「あ、いや、俺もよくわかんないけど古代にはロボットとかアンドロイドとか言って人と変わらない人形がいたらしいんだ。それのバトルの得意なタイプだと思う。今はそんなの作れないんだ。だから実在したらすごい価値があるし、ここらへんの王様なんか目じゃないくらいのでっかいクニの王になれると思う」
「ふーん。じゃあ、私、コダイヘイキじゃない。だって私、戦うことより人とお話したりお世話したりする方が好きだもん。ま、アンドロイドではあるんだけどね」
「え?」
ヤスは固まった。
「あれ? ヤス君。フリーズ? もしもーし。バッテリー切れ? 君もアンドロイド?」
目の前で手のひらをひらひらと振られて我に返る。
「いや、俺は人間だよ。血も汗も涙もあるもん」
「わたしもあるもん。そんなの。あ、でも私」
少し思い詰めた顔になる少女。
「なに」
「トイレなんて行かないから」
「昔のアイドルかっ」
ツッコんでしまった。天を指で指しながら。
「あはは、ヤス君おもしろーい」
ヤスの腕を軽くたたきながら腹を抱える少女。こうして表情豊かに振る舞われると同じ人間にしか見えない。
(あ、でもアンドロイドって人間と区別が難しいんだっけ)
マンガや小説の物語を思い返して納得した。
「でもさ、自分がアンドロイドだってわかってるのに名前はわからないって不思議だね」
「だって名前はまだないもん。私、新品なんだよ? さっき目覚めたばかりなんだからね。だから今までの記憶がないの」
「あ、そうなんだ? でもなんで自分がアンドロイドだってわかったの?」
「ああ、なんかね。寝てるときだと思うんだけど声が聞こえてきてたの。お前は人に仕えるアンドロイドだって。ご主人様の指示に従いなさいって」
「ふーん、そうなんだ。で? どうする?」
「で?って」
「いや。ほら。俺、君のこと守んなきゃって連れてきたけど、君の気持ち聞いてなかったなって。もしかしたら古代兵器としての才能があるのかもしれないしさ」
「え、忘れちゃったの? 君がいったんだよ? 自分の人生、自分で選びたければ付いてこいって。だから私自分で決めたの。君について行くって」
「いや。そうだけどさ。俺は別にご主人様じゃないし」
「え。覚えてないの? 認証。させたでしょ? 言っておくけど私もうヤス君色に染められちゃったんだよ? 責任とらないつもりなの?」
「え? そんな、何もしてないよ。俺」
「汗、めっちゃかいてたでしょ」
「そりゃそうだけど、だけどそれがなんだよ」
「私の口の中に入ってきたんですけど。気が付いたら君だけ特別扱いする体にされちゃってたんですけど」
「え、そんなこと言われても。それに俺、まだ子供だからそういうのわかんないよ」
「キスしようとしたとしたくせに」
「え?」
「エネルギーが溜まるまで動けないわたしにキスしようとしたくせに」
「あ、いや、あれは」
「ぷっはあ、息苦しい、とかなんとか言ってたでしょ」
「うっ・・・・・・」
ヤスは観念してなぜかうなだれた。
「よっし、じゃあ、名前つけて」
「え。じゃあミコト」
「速っ。もうちょっと考えてよ」
「あ、それは、決めてたんだよ。俺、ホントに君がロボットだと思ってたから。もしかしたら俺が名前を付けられるかもって」
「ふーん。でもなんで? 私はミコトなの」
「あ、いや、箱にさ、書いてあったんだ。3510って」
「え? 私の名前まさかの語呂合わせ?」
「いや、それだけじゃないけどさ」
口ごもるヤス。視線を逸らし顔を赤らめている。その反応が見られれば充分だった。
「まあ、いいですけどねー。君が本気で付けてくれた名前には違いなさそうだし」
そういうとミコトは、静かに滑るようにソファからおり、三つ指ついて伏して告げた。
「ミコトです。ふつつかものですがよろしくお願いします」
「う、うん。わかったからいいよ、そういうの。じゃあとりあえず敬語もやめよ。その方が仲良くなれる気がする」
「そうだね。ヤス君。あ、私、馬を呼んであげようか? さっき逃げた馬。自転車の運転大変そうだったし」
「え。できるの? そんなこと」
「うん。なんかできる気がする。たぶん私、そういう才能あると思う」
言うが早いかミコトは窓を開け放ち天まで届けとばかりに指笛を吹いた。
「何か聞こえたぞ、あっちだ。急げっ」
聞こえてきたのは男たちの怒声だった。
(このドジっこアンドロイドめ)
怒鳴りつけたい気持ちは飲み込み、ミコトの手を取り窓から連れ出した。自転車に乗り込み森と呼んで差し支えないほどに緑に浸食された駐車場を駆け抜けた。
読んでくださりありがとうございます。
今回はヤスとミコトが会話で絆を深める回になりました。
何となく説明文で語るよりもこうやって会話で息が合い始める感じを書いた方が楽しいかな?という気がしてるんですがいかがでしたでしょうか?
まあ、元々私が書く作品は情報量が多くはないので説明文だけで書いていったら、二人が出会って、いろいろあって、そして・・・・・・みたいな感じですぐに終わっちゃうんですけどね。
できるだけ読んでくださるみなさまにヤスとミコトの冒険の時間を共有することで楽しんでもらえたら嬉しいな、なんて思ってます。
バランスってホント、なんでも難しいですね。
ではまた、次回でお会いしましょう。