眠れる廃墟の美女? 4
今回は自転車で森の中を駆けるスリリングな描写と徐々にミコトが自分の力に目覚めていく感じとピンチの中、仲違いを始めたヤスとミコトの会話が主な成分です。何気ない一言で揉めちゃう感じが出てればいいのですが。
木漏れ日の中、木々の合間を縫うように自転車を走らせる。目の前に現れる木の幹を右に左に交わしていく。木の根にハンドルを取られた。手首と肘に持たせた遊びで衝撃を逃がす。しばし直線が現れた。腰から太もも、膝にふくらはぎからくるぶしに、そしてペダルへと力を伝えてスピードを上げる。
先ほどから何度も繰り返している。
アスファルトがひび割れ底から木々が生え森のような体をなしているかつての大病院の広大な駐車場をヤスは荷台にミコトを乗せて、木の根をかわし、全力でペダルを漕ぐ。もちろん必死の形相で立ち漕ぎしている。
そんな中、まだ遠いものであるとは言え後方から馬の蹄の音が響き始めた。
「どうしよう?」
ミコトは小さくつぶやいた。直後、途切れ途切れの声、というよりは呼吸の合間の言葉が耳に届く。
「だ、だ、大丈夫・・・・・・ ちっ、地下鉄の駅にっ・・・・・・」
目の前で踊るように隆起するヤスの尻の上あたりを小刻みに叩き言った。
「も、もういいって。ヤス君がやばいって。私、なんとかしてみるから」
(なに言ってんだよっ! 人を世話するほうが好きなんだろ? 兵器として使われてもいいてのかよ?)
ヤスは答えなかった。声を出す余裕はない。答える代わりにさらに力を込めた。前輪が浮き上がった。振り返る。ミコトがこちらを向いて立っていた。
「ミコトっ」
全力急ブレーキ。止まりきる前に、強引に、ハンドルを切る。地面を蹴って再びペダルを回すはずだった。気づくと両手はなにも握っていない。自転車から放り出されてアスファルトの上を転がったことに気が付いたときにはズボンの膝小僧のあたりが赤く染められていた。
「いってぇ」
痛みから気を反らすように吐息で言葉にする。
「大丈夫? ごめんね。私のせいで」
気がつくとミコトが側にいた。なにやら柔らかく穏やかな清浄な緑の香りがかすかに鼻をくすぐる。ささくれだった胸の内が少しばかり凪いだ。頭に浮かんだやるべきことが展開しながら連なっていく。
「別に平気だし。それにミコトのせいじゃないから。それより次の手を打たなきゃ」
言って立ち上がろうとする。
「いっ・・・・・・」
痛みに声をあげ、へたり込んでしまった。
「私こういう才能あると思うから。任せて」
真摯な声でミコトはヤスのズボンの裾をまくり上げ膝を露出させると、纏っていたカーテンの布地を解れ目から裂いた。そして背を向け裂いた布地を咥え、唾液を染み込ませるとすりむいた膝を丁寧に拭ってから巻き付け始めた
ヤスは早く追っ手を迎え撃つ準備に取りかかりたいと思ってはいた。だが声をかけるのが憚れた。しばし、なんとはなしにミコトのまつげを眺めてしまった。
馬の足音に混じり男たちの興奮した雄叫びや嬌声が聞こえた。鳩尾あたりに重い物を感じる。リュックから双眼鏡を取り出しのぞいてみる。
木々の合間に馬に乗った男たちが見える。まだこちらに気が付いた様子はない。周囲を見渡しながら縦列を組んで馬を歩ませている。奇抜な頭と身なりの者が三騎、その後からは古代の少女マンガから飛び出したような白馬と美しい衣装をまとった者がついてきていた。
(どうせ逃げられないなら、あの白馬。ゲットしてやる)
「ミコト。なんとかなるかも。ちょっと準備するから隠れてて」
リュックを背中からおろしロープを取り出し、自転車を台替わりに木に登り始めた。奴らをおびきよせて狭い木々の間を連続して通らせる。一騎目が倒れれば他の者のも混乱するはず。そこへ煙玉で煙幕を張り隙をついて白馬に乗り込み逃げ去る。
うまく行く保証など無い。だが他に実行可能な手は思いつかない。失敗したらミコトを奪われる。うまくいかせるしかない。できることをできるかぎりやる、それだけを腹に据えて準備を続けた。
そもそもヤスのいるこの世界に無条件に安全で、安心していられる居場所など最初から存在しない。
そして何よりも膝の痛みを忘れるには他の何かに集中する必要があった。
「ヤス君は隠れてて。私がなんとかするから」
作業をしながら背中で答える。
「そんな才能あるのかよ? 包帯巻くのはめっちゃうまかったけど。もう全然痛くないし」
ミコトは首を振った。
「ううん、包帯は目の前に看護士さんの幻が浮かんでさ。声も聞こえたし」
「声って?」
「ときどき頭の中で聞こえるんだ」
「えっ? ゴーストが囁くの?」
思わず振り返ってしまった。下から見上げているミコトは笑いながら手を振った。
「やだ、幽霊見たとかそう言う話じゃないって。ゴーストっていうよりはファントムって感じかな」
「別に幽霊のゴーストじゃないし」
ヤスの囁きは届ミコトに届かない。ミコトは言葉を繋いだ。
「まあ、気のせいかもなんだけどさ、ぼんやりと見えるときがあるんだよね。そう言う仕様? なのかな私」
「自分でわからないの?」
「うん、さっきお前はアンドロイドだって言われてたって言ったでしょ?」
「うん」
「たぶんその人が私を創った人なんだろうけどさ、話の途中で終わっちゃって気がついたらヤス君の温もりを感じてたってわけ」
顔が赤くなっていく。
「気配だろ?」
顔が赤くなっていくのが少し悔しい気がした。黙って手を動かして仕掛けを続ける
「そうとも言うかも。ま、私 自分のことがわからないってこと。いくつか覚えてることあるんだけどね。十二歳とかって。あと、ご主人様の体の一部を取り込んだらその人には絶対服従とかさ」
「そっか」
「そうなんだ」
ヤスは端と気がついた。準備も終え向き直って正確に確認しておこうとした。
「ねえ、考えてみたらミコトはアンドロイドなんだからそう簡単には死なないの?」
ミコトは首を横に振った。
「この体は人間とだいたい同じだって。痛みも感じるし汗もかくしね。でも確かめようがないし」
「じゃあ、トイレにだって行くんじゃん」
「違いますう。大体って言いましたあ。トイレは行きませんー」
「はいはい。裸は見られても平気だったくせにトイレは恥ずかしいんだな。変なの」
「え? なに言ってんの? 私このドレス着てたじゃん。これサリーって言うんでしょ。インドの服」
「え? なに言ってんだよ。それカーテンだよ。お前裸だったからかけてあげたんだ。俺」
どこか誇らしげなヤス。
どんどん見開かれていくミコトの瞳。
それに気づかす疑問をぶつけたのはヤスのミス。
「なあ、なんで裸でたわし持ってたの? お前の体はたわしで洗うもんなの?」
「・・・・・・っ」
刹那の間。そしてミコトはあえてクールな物言いで。
「持ってないっての。そんなの。」
「え? いやちゃんとあったって。俺、見たもん」
「知らないっての、無い物はないって」
「なんだよ、隠す必要ないだろ?お前のことをもっと知るヒントになるかもしれないんだからさ。
「どうしてよ」
お前が置いたんじゃなければお前の創造主が置いたんだからさ。何か意味があったんだろ? 何か洗うとかさ。それによってなにかお前の創造主についてわかればさ、おまえにとってもいいことなんじゃないの?」
ミコトは声を荒げ始めた
「さあね、体でも洗わせるつもりだったんじゃないの? っていうか、さっきから、ないって言ってんの。あればあったっていうだけなんだしさ。それにそんなに続けてお前って言われるの、なんかムカつくんですけど。紳士的とか言うなら君って呼べばっ?」
ヤスも声を荒げた。
「なんだよ? ご主人様の命令は絶対なんだろ? いい加減教えろっての?隠すなよ。正確な情報が重要なんだからな?」
「はあ? 自分の人生自分で選べって言ったの自分じゃん?」
「ちっ。わかったよ」
「言っておくけどね。一度下された命令は取り消せないから。あたしこれからずっと自由ですから」
「わかったっての、好きにしろよ。じゃあな」
「ちょっ、どうすんのよ?」
「どうせいつかは追いつかれるし、罠は張ったし、ここでバトるよ。危ないからもう好きなとこいけよ。チャリも乗ってっていいし」
背中を向けて手を振った。
「は? あたし一人でいけるわけないでしょ、なに言ってんの」
「だって、元々、俺はお前が捕まって好きでもない人と結婚させられたりしたら可哀想だなって思っただけだしさ。あいつら兵器だってお前のこと呼んでるんだから考えてみたら結婚はない。それに結婚させられても相手が金持ちのイケメンだったらそのほうが幸せなんだろ? お前」
「ばかっ」
「何だよ」
振りむいた。ミコトはうつむいていた。
「ヤス君は私に自由をくれたんだよ?」
その声は震えていた。
「だから?」
「君の役に立ちたいの」
切実な響きをまとった静かなミコトの声。
「はい、それは無理。ヤス君にはここで死んでもらうから」
心臓を絞られた気がした。覚えのない少年の澄んだ声。冷たく耳に突き刺さる。周囲を見渡す。もうすでに会話ができるほどの距離で騎馬たちに囲まれていた。
万事休すかと思ってしまった。そんな自分を叱咤しすばやくポケットから手ぬぐいとビー玉をいくつか取り出した。手ぬぐいで素早くビー玉をつつみ、手ぬぐいの両端を持って振り回し始めた。
(ミコトが逃げる時間は絶対に稼がなきゃ)
「ぎゃははは、そんなんで俺らに勝てるとでもおもってるのかよ?」
下卑た声のその直後。馬たちが激しく跳ね始め回り始めた。ブルルと鼻息荒く落ち着きがない。振り落とされまいと手綱を強く握る男たち。無駄なあがきだった。男たちは振り落とされ地面でもだえながら呻いている。
ミコトは男たちが落とした拳銃を拾い上げると跳ね続ける馬にちかより手をふれた。見る見る間に白馬は落ち着きを取り戻していく。
ヤスは口をあんぐりとあけてただ見ていることしかできなかった。なにが起きたかを考えることさえ失念していた。
「ヤス君のことを撃つぞ? 大人しく言うことを聞け」
その声で我に返った。アスファルトの上に横たわりながらも乗馬服の少年がヤスに銃口を向けていた。美しく整った顔が悲壮間にあふれていた。片手で構えられたその先端は震えている。
ヤスはそのことに気がついた自分の状態を頼もしく感じながらかけより銃を持つてを踏みつけた。手放された銃を急いで拾い上げる。目に付いた銃を全て拾い上げリュックに放り込んだ。そこへミコトが声をかけてきた。白馬の馬上にいる。
「ヤス君、乗って。あたし、乗馬の才能あるみたい」
ヤスはリュックを背負うと適当な木にのぼり枝伝いに白馬にまたがった。ミコトの腰にしがみつく。そして馬は軽やかに駆けだした。思わず尋ねる。
「すごいな、なにやったの?」
「ああ、声とファントムのおかげ」
「へー、どんなファントムなの」
「なんか無頼派って感じのおじさんカウボーイ」
「ふーん、二人組だった?」
「ううん、一人だったよ。でもどうして?」
「いや、なんとなく。あ、そうだ。こいつ、あとでブラッシングしてやろうよ、ブラシはないけどたわしなら俺の隠れ家にもあるしさ」
「ふうん」
「なんだよ?」
「もう言わないんだ? わたしがたわし持ってたって」
「うん、別にさ、俺の見間違いかもしれないし、君の役に立ちたかっただけだからさ。怒らせてちゃ意味ないし」
「いいんだよ? お前って呼んでも。でも、他の女子は呼んじゃだめ。そういうのいやがる子、多いから」
「うん。そうするよ」
二人は傾き始めた日差しの中、白馬で風を切って駆けていた。春の深い青、藍色の空を駆けてる気がした。二人ともこみ上げ来る笑みで頬を弛ませていた。
お読みくださりありがとうございます。
これにて眠れる廃墟の美女編は完結の予定です。時間をつくれればこれから二人で共同生活をしながら遺物漁りをしていく物語を書いていきたいと思います。
まだ決めていませんが、この話を改稿してエピローグ的にさらっと最後に現れた少年の正体とかその背後の存在、またこれからヤスが巻き込まれて行くであろう争いについて匂わせるようなことを書くかもしれません。
それではまたの機会に。




