第一話
──何をやっても、うまくいく人がいる。
訓練用カタパルトから発進していく同級生を見ながら、エマはふと、そんなことを考えた。
テストで出ると予想した問題が軒並み当たる人もいる。失敗をリカバーするのがおそろしくうまくて、なんやかんや丸く収めてしまう人もいる。普段はサボりがちなのに、本番になると急に実力を発揮するような、要領のいい人もいる。
エマはそのどれでもない。テストの予想は当たらないことがあるし、失敗したら息せき切って駆け回って、不格好でもなんとか形にする。サボるわけでもないのに、実地訓練となるといまいち結果がふるわない。
いったい何が違うんだろうと、エマはそっとため息をついた。
「次! エマ・リーデル」
「はい! 王立魔法士官学校予科2年、エマ・リーデルです」
「カタパルト発進準備に入れ」
王立魔法士官学校は、魔法と科学によって国家を守る士官を育成する機関だ。広いキャンパスは男子部と女子部で分かれており、戦闘科や管制科、整備科、戦術科、技術科などがある。エマは戦闘科に所属している。
エマは以前、ニュースで強化パーツを装着した女性を見たことがある。住宅街に落下してくる何かに魔法で防御シールドを展開して街を守ったその女性に、まだ幼かったエマは憧れた。王立魔法士官学校に進学したのも、その光景が目に焼き付いていたからだ。
──ついに、発進訓練までこぎつけた。
エマはカタパルト内の所定の位置につくと、訓練用の命綱を腰のベルトに装着した。びよんと手元で引っ張って、強度を確かめる。問題なさそうだ。
射出装置にブーツのかかとを乗せて、誘導灯の並ぶ滑走路の先を見る。吸い込まれていきそうな、清々しい空だ。
発進訓練は推力や重力、空気抵抗に慣れるためのもので、ジェット・バンジージャンプのようなものだ。実戦では全身に強化パーツを装着するから、ブーツではなく、脚部パーツなんだろうなと、エマはかかとの位置を直した。
「準備ができ次第、スイッチを押すように」
「はい!」
教官は手元のタブレットに何かを書き留めている。隣のカタパルトから発進したらしき同級生の叫び声が聞こえた。「早く降ろしてー!」という声に目もくれず、エマはゴーグルを装着して、発進スイッチに手を伸ばした。
「エマ・リーデル、発進します!」
スイッチを押すと、エマの身体にぐんと圧がかかる。滑走路の脇のオレンジ色の誘導灯が連なって見える。命綱の接続先が上部レールを走る気配がある。まとめたはずのエマの金髪が一筋、耳のところで激しく動いている。前進にともなう圧や空気抵抗を、エマは前屈みになってこらえた。重力制御の魔法を唱えて、負担を軽減する。あっという間に射出されて、宙に放り出された。
ふわりと身体が浮くような感覚がある。エマはゴーグルの奥で目を見開いて、空に出た感触を全身で受け止めた。
身体を支える地面がないのが、不思議だ。
しばらく解放感を味わったエマの脚が、がくんと引っ張られる。命綱が限界まで伸びたようだった。
全身に重力を受けながら、エマは「ひやああああ」と情けない声をあげた。猛スピードで地面が近づいてくるのが、怖かったのだ。
***
士官学校の更衣室で、エマはぐったりと空色の目を細めながら水分補給をした。
モニターには、他の生徒たちの発進訓練の様子が映っている。絶叫したり泣き出したりする者もいれば、喜びの声をあげる変わり者もいる。恐怖のあまり失禁した者や吐いた者もいるようだが、エマはそれを笑う気にはなれない。落下とともに急速に地面が近づいてくる様子は、墜落を想起させる。
あんなの、怖いに決まってる──。
エマは汗まみれの頭をくしゃくしゃとかき回して、モニターをながめた。汗で金色の髪の毛が頬に貼り付いている。
モニターの中で、同級生が絶叫をあげて逆さまの状態で宙ぶらりんになる。発進と同時に上部レールを走っていた命綱の端が、空中で静止している。落下時の衝撃をやわらげるために最低限の重力制御魔法が使われたのが見えた。発進訓練の補助をしている上級生たちが駆け寄って、手早く救助している様子が映し出された。分厚いクッションの上にべしゃりと崩れ落ちた同級生を見て、自分も先ほどそうだったんだろうな……と、エマはまばたきをした。
少しして、発進スイッチが押されたポーンという音が、モニターから聞こえた。次の生徒が発進するのだろう。
滑走路を飛び出してくる生徒が映っている。前屈みの状態で宙に射出された瞬間、その生徒はまっすぐに身体を伸ばした。
水分補給をしていたエマの手が止まる。まるでスキーのジャンプのように真っ直ぐ飛び、落下していく。その生徒は落下中に両腕を胸の前でクロスさせて、地面に近づいたところでふわりと浮かんだ。浮遊魔法を使ったのだろう。
「わあ、すご……」
「浮遊魔法とか初めて見た」
人々は身体強化や負担の軽減に魔法を使う。それらは薬局で買って覚えられるほど、一般的でよくある魔法だが、特殊な魔法となると、使える人も限られている。浮遊魔法は特殊な魔法の部類だ。
更衣室を使っている他の生徒たちも、モニターに見入っている。
「あれ、ナイラじゃない?」
訓練補助の上級生たちがやってくる映像が映っている。ナイラは上級生たちの前で、すとんと着地すると、ゴーグルをはずした。ナイラの銀髪と褐色の肌に浮かんだ汗が、日の光を浴びて輝いている。モニター越しではあったが、エマにはあまりにもまぶしい光景だった。
エマはモニターに吸い寄せられていた視線を、手元に戻す。ペットボトルは空だ。小さく振って中身がないのを確かめたあと、エマはゴミ箱にそれを放り投げた。空のペットボトルはきれいな放物線を描いて、ゴールした。




