黒鬼の英雄
(……結局あの小僧も見込み違いだったか。やはりゼロノスの処に行かないと俺の退屈は満たされないのか? 奴からは少し特殊な匂いがしたから、そこらの雑魚よりかは楽しめると思ったんだが残念だ)
自身の能力で京也の存在ごと喰らった破天丸は、不満気に京也に破壊されたお気に入りの肉人形の下へ歩いていく。
「……む、奴の魔力の分解が始まったか。どれどれ……ほう、やはり肉体に染み込んでいる魔力はかなり上質だ。これは喰らって正解だったな」
破天丸が最後に京也に使用した“龍喰”。
その名の通り最強の生命体である龍をも喰らうこの技は、喰らった対象が何であれ、その対象について詳細に解析し、分解・消化する。
魔法攻撃された際にはその攻撃に込められた魔力を、生命体を喰らったならば、その相手のスキルからステータスまで、破天丸にとって有益になるものは自己強化の糧として使用される。
逆に聖魔法などの害を及ぼすスキルや魔力は自身の魔力を以って相殺する形で滅却される。
この技はこの世に在るすべての存在に対して有効ではあるが、破天丸にとって害を及ぼす存在であればあるほど解析後の処理に持っていかれる魔力の量が膨大になる。
そのため、完全に処理が終わるまでかなりの時間を要することになり、その期間破天丸は全ステータスが下がる、所謂ところのデバフ状態になってしまう。破天丸自身もそれを理解しているので、戦闘の最終局面や聖魔法以外の攻撃を魔力補給用途として喰らうときにしかこの技を用いることはない。
「奴の使っていた破魔の力の処理に結構な時間を食われると踏んでいたが、この様子だと一刻もあれば完全に吸収し終えるだろうな。その間にコイツの修復作業でもして待つとするか」
デバフ効果中、特にすることもない破天丸はドサッと地面に座ると早速修復作業に取り掛かった。
◆ ◆ ◆
だがその暇つぶしのための修復作業でさえも、いとも簡単に終わってしまった。
破天丸の魔力をグランドオーガの骨に纏わせて作ったこの肉人形。修復など、ただ魔力を注入するだけで完了する。綺麗に頭部だけ消し炭になっていただけだから余計に直りが早かったというのもあるが、そんなことは破天丸にとってどうでもいいことであった。
(…………暇だ。何もやることが無くてつまらん。やはり俺はこの肉人形の中で惰眠を貪るのが一番だったのだ。それなのにあの小僧、俺を叩き起しやがって。
そもそもこんな森に1000年も閉じ込められていたら、最早動くことすら億劫になるものだ。なんの変哲もない、この監獄のような場所に。
ここに来てからの時間は長いんだか短いんだか分からない――いや、感じられない。
俺の時間は1000年前から止まりっぱなしだ。心は何をしても満たされない、空虚なまま。
1000年前のあの時、俺に今のような力があったら違う未来を歩めていたのか。一体何が正解だったのか。いくら考えても答えは出ない。
目を瞑ればいつだって鮮明に瞼の裏に映し出されるあの光景。
あの日、あの時、俺はまだ、ただの何も知らない餓鬼でしかなかった―――)
◆ ◆ ◆
―――時は遡り、1000年前。龍獄の杜から遠く離れた東の国のとある集落。
「どっか行けよ、破天丸のゴミ!」
「やっちゃえ金ちゃん! そのまま川に落としちゃえ!!」
「そうだそうだ、俺ん家の畑から薬草盗んだ罰だ!」
「ぼく、そんなことしてないよぅ………」
黄の子鬼をリーダー格とした三人の子鬼たちが、地面に蹲る一人の黒い子鬼――破天丸を取り囲むようにして虐めていた。
「じゃあお前の背中のかごの中に入ってるその薬草はどっから採ってきたって言うんだよ?」
「これは、あの山の麓のところで……」
「そんなところお前なんかが行けるわけないだろ! あそこはでっかい魔物とか、すんげぇ強い人間とかがいるって父ちゃんが言ってたぞ!」
「お前だけ俺たちと違って全身真っ黒だし、母ちゃんもお前のこと “どうぞく” じゃないって言ってたぞ!」
「ぼくの父さんも母さんもりっぱな鬼だ!」
「確かにお前の父ちゃんと母ちゃんは他のみんなと同じ色だから俺たちの仲間なんだろうけど、お前だけ全然見た目違うじゃんか」
「さてはお前鬼じゃないないんだな?」
「きっとどこかで拾われたんだよ、だからそんな変な色をしてるんだ!」
「ち、ちがう! ぼ、ぼくはちゃんとした鬼だ!!」
「そうだなぁ、お前はちゃんとした鬼で、俺の自慢の息子だ。何も心配はいらないぞ?」
破天丸の背後から体長3m近くある大きな赤鬼がぬっと姿を表し、その太い腕でひょいと破天丸を抱きかかえる。
「と、父さん!!」
「ほぅらそこの餓鬼ども、さっさと自分の家に帰りなさい!」
「デカ鬼だー!!」
「金棒で尻叩きされるぞ!」
「チッ、間が悪いな!」
わぁぁああ、と叫びながら破天丸を取り囲んでいた子鬼たちは逃げていく。それを見届けたあと、穿天丸は息子、破天丸を肩車しながら歩き出した。
「はぁ、破天丸、ちっとは自分でやり返さないとだめじゃないか」
「だ、だってぇ、あいつら三人でいっつもいじめてくるんだもん。ぼく一人じゃ勝てっこないよ…………」
「いいか? あいつらはお前のことが恐いだけなんだ。黒い鬼なんてお前以外このムラにはいないだろう? あいつらは自分たちと違うものに慣れてないだけなんだ」
「なら慣れてくれればいいのに……」
「あいつらはまだ餓鬼だからなぁ、よく分からないんだろ。そうだ破天丸、一つ良いことを教えてやろう」
「なになに!?」
「みんなは知らないかもしれないけどな、実は黒い色の鬼ってのは最強の鬼の証なんだ」
「最強の鬼?」
「そうだぞ。お前と同じ黒い色をした鬼が昔、ここら一帯のムラを治めていたっていう伝説があってな。その伝説に出てくる鬼は誰よりも強く、かの天高く飛ぶ龍にさえ勝ったって言われてるんだぞ?」
「龍に!? そんなのウソに決まってるよ! だっていつもあんなに高いところを飛んでるし、ふらっと地上に下りてきたときなんか、ムラをいくつも焼き尽くしちゃうような化け物だよ」
「そうさ、その龍に勝ったんだよ。当時、この辺のムラから女子供を供物として捧げないと、ここら一帯全部焼き尽くすぞ!って脅してきた悪い魔龍がいたんだって。そこでそれに抵抗すべく立ち上がったのがその黒鬼なんだ。
酷いことばかりする龍に我慢ならなかった黒鬼は、他の鬼たちが止める中、たった一人で立ち向かっていったんだ。そして三日三晩の大激闘を経て遂にその首を討ち取り、龍の力の根源とも言える首の宝玉を破壊することに成功したんだよ」
「へぇ……そんな強い敵にたった一人で立ち向かうなんてぼくには到底真似できないや」
「そしてその破壊した首の宝玉は、今も村の外れの祠の中に厳重に封印して保管してあるんだぞ?」
「なんでそのまま捨てちゃわなかったのさ」
「邪気があまりにも強すぎて、捨てるに捨てられなかったらしいんだ。そこで当時鬼のムラに偶然立ち寄っていた、セイメイという法師様に封印してもらったそうだよ」
「すごいね……ねぇ父さん、明日ぼくをその祠に連れて行ってくれない?」
「ほう、それまたどうして」
「そこにいけばぼくも強くなれる気がするんだ! その悪い龍をたおした黒鬼みたいに!!」
「ハッハッハッ、行っただけじゃ強くはなれんぞ? 強くなりたいなら明日から父さんと修行だな!」
「父さんの修行は辛いからやだよぅ」
「ほらほら、もうすぐ家だ。母さんがおいしい飯作って待ってるぞぉ?」
「わぁい!」
父と子が家に入っていたのち、跡をつけていた三つの小さな影がさっとその場を立ち去った。




