特異質、裏を返せば弱点
破天丸でさえも吸収せずに避けた聖魔法には二つの特色がある。
一つは悪鬼悪霊の類への特効攻撃だ。これは奴らにとって自身の存在と概念を浄化される攻撃ゆえ、猛毒にしかならない。火や風の魔法攻撃は吸収した破天丸が唯一、聖魔法の爆弾を避けたのもこれが理由だろう。
もう一つは他の属性魔法と異なり、自身や他者の回復、治癒能力の促進をするというものだ。
一見簡単に聞こえるかもしれないが、身体の怪我などを治す際、その傷の状態、患部の構造や機能を詳細に把握し、その周辺の細胞を活性化させて治さなければならないため、針の穴に糸を通すより何倍も細かい緻密な魔力操作が必要となる。
これを少しでも誤れば、体が思い通りに動かなくなってしまったり、魔力回路が潰れてしまったりする恐れもあるのだ。
またこれは、傷が治るまで魔法を掛け続けなければならず、しかも攻撃魔法としての聖魔法に使う魔力量の何倍もの魔力が要求されるため、怪我の状態が酷ければ酷いほど、使用する魔力が段違いに増えていってしまうという問題もある。
『ご主人様、自分の身体の中の状況が分かるのですか?』
「なんとなくはな」
とはいえ俺は医者じゃないし、そんな細かいことは分からない。だけど壊れた身体を治した経験なら、あのクソ人形のおかげで十分にある。
折れた肋骨の周辺に魔力を集めて固定し、それと同時に潰れかけた臓器に一気に聖魔法を掛けてそれらを同時に再生する。本来なら激痛を伴う方法だが、苦痛耐性の同時発動でなんとか意識が飛びかけるのを防ぐ。
だが、それでも襲いかかる激痛に思わず呻き声が漏れる。
『大丈夫ですか!? ご主人様!』
「問題ない、再生が順調に進んでる証拠だ」
魔力の流れやすさからして、もう少しで内部は完治する。意識を失わなかっただけあってそこまで重傷じゃなかったみたいだな。
そしたら残るは外傷のみ。奴が俺の再生に気づく前に、腕を優先して治す!
「ん? 貴様、回復術を使えたのか」
クソッ、もう気づかれた。
仕方がない、背中の傷がまだ少し残ってはいるが粉砕された左腕も完治したし、まだ戦える。
「いいや、ぶっつけ本番大成功だ」
「そうかそうか、良かったなァ。だが治りたてのところ悪いが、今度こそ徹底的に捻り潰す」
追い詰めた獲物が元気を増してきて、狩人としてはさぞかし不快なのだろう。破天丸の眉間に皺が寄っているのが見える。
何を思ったのか、するりと再び抜き放った戦変蛮禍を逆手に持ち、地面に突き立てる。
「―――染呪」
ドス黒い霧のようなものが、突き立てられた場所を中心に広がっていく。霧の中から様々な生物の黒く染まった骸骨たちが、ガシャガシャと音を鳴らしながら這い出て来る。
人型、獣型……あれは何だ? 蝙蝠みたいな翼に爬虫類みたいな頭骨、ドラゴンか?
こんな見るからに邪悪要素しかない骸骨集団、聖魔法が効くに違いない。
ただ、一つ懸念があるとすればエネルギー弾だけで骸骨をしっかり粉砕できるのかというところ。骨をバラバラにしただけだと、再度組み合わさって復活とかされても面倒なだけだ。だからさっきも使った聖魔法の籠手で直に殴るしかない。
「いくぞナビさん、骨砕きの時間だ!」
◆ ◆ ◆
それにしても、かれこれもう200体以上は砕いたはずなのに霧から湧き出してくる骸骨の数が一向に減る気配がない。
「おいおい、いつまで出てくるんだよ骨野郎ども!」
『ご主人様、後ろっ!』
迫り来る黒い骸骨に紛れて破天丸の握る戦変蛮禍が、振り返った俺の喉元を掠める。
骸骨どもに気を取られすぎた! 早く反撃を―――
「………ッ!? ゴボッ!!」
突然呼吸ができなくなり、俺は咽るようにその呼吸を妨げているものを吐き出した。
地面に飛び散る血液。まさか吐血? でも骸骨から攻撃なんか全く受けていないのにどうして……
心臓が強い力で締め付けられているような感触だ。それになんだか視界も霞む。
目を擦ってみると、手の甲には夥しい量の血が付いていた。顔中の穴からドロッと血が流れ出し、俺は力なく地面にへたり込む。
「フッ、やっと効いてきたか」
「……何を、した?」
「それは貴様が破壊した骸骨どもの中から出ていた瘴気の毒だ」
「……毒?」
「この瘴気は魔力によく溶け込むように作っている。見たところ貴様は周囲から魔力を吸収してそれを攻撃や回復に充てているんだろう?
粉砕するのに1体なら全く時間は掛からないが、いくら弱い骸骨とはいえ数があればその分掛かる時間も増え、使う魔力も多くなる。そうしたら貴様は周囲から吸収するわけだ、瘴気のたっぷり溶け込んだ魔力を」
「お前………俺の……魔法…の使い……方…が…分か……るの……か?」
「俺のこの眼は龍眼と言って特別でな、魔力の流れが線のように見えるのだ。貴様の周囲の魔力が都度都度貴様に向かって流れ込んでいくことなど初めから分かっている。その一風変わった魔力の使い方が仇となったな」
未だ減ることのない骸骨の大群が、その妖しく紅く光った目を膝を地につけた俺に向ける。殺意の塊が弱った獲物に向けてじりじりと間を詰めていく。
俺、今ここで死ぬのか?
ここまで1年、苦しみながらも耐え抜いて生きてきたのに、この世界のことを何も知らずに死ぬのか?
せっかく第二の人生を歩めそうってときに、またその道を諦めなきゃいけないのか?
―――そんなのはもう、懲り懲りだ。
「うぉおおおおおおっ!!!」
力の入らない体を、最後の力を振り絞って周りの骸骨どもを薙ぎ倒す。もう目はほとんど見えないし、手足の感覚なんてものも存在しない。呼吸の仕方さえ分からない。
でも、でも、せめて奴の心臓にこの拳を!
「弱者の悪足掻きは見苦しい。久方ぶりに楽しめると思ったんだが期待外れだったようだ。もう貴様に用はない。さっさと消えろ」
破天丸が魔法を消した例の左手をゆっくりと俺に向かって突き出す。
「―――龍喰」
迫り来る黒い顎。避けようにも足が言うことを聞かない。あの時は一瞬で見えなかったけど俺の炎の槍はこれに喰われたのか。
クソッ、まだだ! あと少しで…………
必死の願いも虚しく、全てを喰らう黒が俺を包み込む。先の見えない暗闇に呑まれ、俺は意識を手放した。




