着包みの中、消して覗くべからず
『ご主人様!! 前から何かが―――』
ナビさんが言い終える前に黒い何かが、俺の頬を掠めて猛スピードで通り過ぎた。
「ナビさん、今のは………?」
『すみません、あまりの速度に加え、この煙で判別が困難でした。あ、でも人型の何かだったような気がします!!』
「人型だって?」
あのゴブリンは10mオーバーの巨躯だから、あんな速度では動けないはずだ。それにあの爆発で仮に頭が吹っ飛んでいなかったとしても、こんなに早く回復できるはずがない! でも万が一のこともあるしな………
「一応念の為、ゴブリンの死体を確認しておこう」
◆ ◆ ◆
「おっ、いたいた、なんだよしっかり倒れてんじゃないか」
少し歩いた所に頭部が燃え尽きたゴブリンが物言わぬ姿で転がっていた。
『………変ですね』
「どこがだ?」
『このゴブリンの死体からは、先程までの覇気を感じないというか……』
「そりゃ死体なんだから覇気もクソもないだろ?」
『いえ、覇気というか、この死体からは魔力が一切感じられないんです。通常モンスターは死ぬと、その死体には一定期間魔力が残留し続けるんです。その魔力が消える前に死体を素材として活用して武器などを作るのが一般的と言われています』
「確かに、“魔力転換”を使って俺が直接触れても一切魔力が吸い取れないな。………ん? ナビさん、コイツが持ってた脇差―――小さな剣みたいなの知らないか?」
『そういえば見当たらないですね、衝撃で何処かに吹き飛んでしまったんじゃないですか?』
「えー、アレもしかしたらGETできるかもーって思ってたのに………」
「他人様の物を欲しがるとは、なんと腐った根性の持ち主なんだ」
「『…………!!!』」
突然背後から聞こえてきた声に一瞬思考が止まりかける。ハッと我に返って全力で振り返るも、そこには誰もいない。
「俺がせっかく着包みの中で休んでいたというのに………それを貴様はいきなり燃やしやてくれがって」
今度はゴブリンの死体の方から声がした。
声の主の姿が徐々に晴れてきた煙の中から浮かび上がってくる。
背丈は俺より一回り大きいくらいか。
白い線の模様が入った真っ黒な全身。
額から生える鮮血のような色をした真っ赤な二本の角。
こちらを殺すぞと言わんばかりの目力。
手には………そこに倒れている深緑色のゴブリンが差していたはずの、奴にしては小さすぎる脇差、いやあの黒い鬼が持つと最早それはもう脇差なんかじゃなくて立派な打刀だな。
「この破天丸の快眠を妨害した罪だ、殺す」
………ッ!!!
反射で上半身を仰け反らせた上半身の寸でのところを拳が振り抜かれる。何だあの速度、さっきのゴブリンの時とは比べ物にならないくらい速い!
しかも何だよ快眠を妨害した罪って!?
「ほう、今のを避けるか。まぁこれくらい避けられんと、そもそもこの着包みに殺されているだろうし当然だな」
「おい待て、待ってくれ!! 俺とお前一体何の関係があるっていうんだ!? 俺はただそこの深緑色のゴブリンを斃しただけだぞ?」
「今俺が言っただろう、着包みと。アレは俺が寝る時に使っている着包みだ。食材を自動で集めてくれる素晴らしいものだったのに………それを貴様はいきなり破壊したではないか」
「え、じゃあ、あの俺にしてきた攻撃も全部その着包みの自動的な動作だとでも言いたいのか!?」
「なんだ、ただの戯れに怒っているのか? クククッ、あの程度の動き、寝ていても問題なく対応できるだろう?」
「何ふざけたことを……」
「まぁ、そんなことはどうでもよい。今は貴様が俺を苛立たせたから殺す、ただそれだけだ」
「あまりにも理不尽すぎんだろうがぁぁぁああ!!!」
「喚くな、五月蝿い」
破天丸の両手に黒いエネルギーが集まっている。
同じ色っぽいけど闇魔法ではなさそうだし―――って待て待て、まさかアレぶっ放す気じゃ………
「やっぱりねぇ!?」
飛んできた軽自動車大の黒い弾を紙一重で避けると、俺の後ろにあった巨大な岩が一瞬で蒸発した。
「ちょこまかと逃げやがって……いいさ、何十発でも撃ち込んでやろう!」
まずいまずい、俺も反撃しねぇと死ぬ!! さっきゴブリンに放った火の玉程度じゃどうせ傷一つつかないんだろうし、こうなったら………!!
右手に作った炎の槍と、左手に起こした渦巻く風を融合させ、そこにさらに捻れを加えて炎の槍の回転を加速させ、撃ち出す。
「消し飛べぇぇええっ!!!」
避ける素振りも、迎え撃つ素振りもせず、破天丸はただ真っ直ぐ、飛ばした俺の炎の槍に向けて大きく開いた左手を突き出す。
刹那、俺の放った炎の槍が突き出された左手から出た黒いモノに吸い込まれるかのように消滅した。
「なっ………!?」
「ほう、貴様なかなか美味い魔力を持っているな? どれ、俺にもっと喰わせてみろ!」
『ご主人様、この様子だと魔法攻撃は効かないようですね』
「あぁ! 魔法が使えないとなると、近接戦闘しか方法がねーぞ?」
『そうですね、その木剣で戦うしか………』
…………フッ、詰みじゃねぇーか。
いや待てよ? コイツ鬼なんだよな? どちらかと言うと鬼って悪魔寄りな気がしなくもないし、アレが効くんじゃ………
「おいおい、そんなものなのか貴様の力は! もっと俺に味わわせてみろ!!」
「……っ、そんなに欲しいならこれでも食ってろ!!」
聖魔法で作った球体を風魔法で加速させ、破天丸に目掛けて撃つ。
「ほう、貴様、破魔の力も使えるのか。だがその程度では俺には微塵も効かんなぁ!」
いいや、今ので確信した。
コイツは聖魔法の混ざった攻撃は、さっきの炎の槍みたく吸収 (?)せずに避けるんだ。つまり、聖魔法の攻撃なら通る!
「誰がその威力までしか使えないって言ったんだよっ!!」
聖魔法で拵えた巨大な槍を連続して何本も投げつける。
「だからこの程度の威力じゃ………、むっ!!」
「バーカ、それはブラフだよ! 本命はこっちだっ!!」
投げつけた槍の後ろに身を隠しながら、聖魔法で作った籠手を両手に纏った俺は破天丸のすぐそばにまで接近する。
この籠手、魔結晶と同じように魔力が物質化するくらいにまで圧縮してできてんだから、これで殴れば大ダメージ間違いなしだ!
「セイントアッパーッ!!!」
想定外の聖魔法によるダメージに思わず破天丸は数歩、後退る。
そして腰に差している刀に目を移したかと思うと、高笑いを始めた。
「面白い、面白いぞ貴様ァ! いいだろう、久方ぶりに抜いてやる、この『戦変蛮禍』を!!」
【教えてナビさん、「聖魔法で作った籠手」ってなーに?】
洞窟内の魔結晶の性質からも分かる通り、魔力は物凄い圧力で押し固められた場合、物質化します。
でも流石にご主人様も完全な物質化はできないので、拳の当てる部分だけを局所的に物質化させ、あとは腕全体を覆うように何重にも聖魔法の魔力を纏わせているんです。
ちなみに魔力を物質化させるには基となるとんでもない量の魔力が必要なため、魔力転換を持っていない限り、なかなかに厳しい技になります。いくらでも補給できる高濃度な魔力があるこの場所であるからこそできる技ってことですね。
(作者から)
『戦変蛮禍』ってなんぞやって思った方、安心してください。あと少しで出できますから。