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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・夏
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【どーなつ】


 初夏。まだ地獄のような暑さは訪れていない。風通しをよくすれば涼しくなる、心地のいい時期だ。

 そんな日の昼下がり──ワタシは縁側で涼んでいた。


 膝に社長の頭を、載せて。


「…………」


 縁側で涼んでいるところにいきなりやってきて、これまたいきなり寝かせろって枕にされた時は怒ろうとしたけれど──社長の目の下にくっきり刻み込まれた隈を見て、やめた。


「…………」


 たぶん、今の今まで必死に動いていたんだろう。

 人々のために。

 世界のために。

 大切な人のために。

 家族を守るために。


 さいはて荘のために。




 ──なっちゃんの、ために。




「…………」


 社長は泥のようにくうくうと寝入っている。本当にずっと寝ていなかったんだなぁ、と思わず労るように社長の頭を撫でてしまう。


「……何をしているんだ」


 骨の髄まで響くような重低音がして思わずびくっと跳ねたワタシは社長が起きていないか慌てて確認して、それから背後を振り返る。


「お父さん」

「…………」


 なんか元軍人が不機嫌そうにこっちを見下ろしていた。その顔面で黙られると怖いんだけど。


「ずっとなっちゃんのことでうごいてくれていたから、しゃちょうさん」


 何故か無言でこっちを睨み下ろしている元軍人にビビっていると救いの神、大家さんがくすくすと笑いながら大きなお腹を抱えてやってきた。


「ああ……なるほど」

「なっちゃんはもうだいじょうぶ」


 なっちゃんが仕事を辞めて以来社長が工作に奔走していたんだけど、大家さんもそれに協力していたみたいなんだよね。確か前、社長が現時点においてなっちゃんと関われるのは大家さんしかいないって言ってた気がする。


「はいこれ、なっちゃんがさわがせたおわびにって」

「あ、ドーナツだ」


 ドーナツチェーン店の多種多様なドーナツがぎっしり詰まった箱にワタシはやった、と小さく拍手する。社長を気遣って騒がないワタシ大人。


「なにかのむ?」

「アイスカフェオレほしい~」

「ふふ。りょうかい。しゃちょうさんをよろしくね」


 そう言い残して、大家さんはアイスカフェオレを作って縁側に置いてから元軍人と一緒に部屋に戻っていってしまった。

 縁側には、ワタシと寝ている社長のふたりだけになる。


「やっぱりドーナツはポン・デ・クラウンだなぁ」


 ドーナツチェーン店のマスコットキャラであるポン・デ・キャットが被っている王冠、ポン・デ・クラウンはボールが円状に連なったような形で、もっちもっちのふっわふっわでおいしいのだ。ワタシはこれが一番好き。


「平和だなぁ」


 膝に社長という天敵がいるが、今は寝ている。

 涼しい縁側でドーナツとカフェオレをいただく午後。平和である。


「…………」


 ふと、膝で相変わらずくうくう寝入っている社長に視線を下ろす。目元の隈が痛々しいけれど、いつも寄っている眉間が今はなだらかで安心しきったような寝顔だ。


「こうしてたらわりと可愛いんだけどなぁ」


 眉間にぐーっと皺が寄っている、いつもの無情緒すぎる無愛想なツラよりもずっと親しみが持ちやすい。いつもこれならいいのに。

 ま、いつもの顔も別に嫌いじゃないけどね。


「いつもありがと、社長」


 寝ている時に言うのはちょっと卑怯だけれど。

 社長は本当に、いつもさいはて荘のみんなのために手を尽くしてくれている。大家さんが無条件の愛情で、元国王が無尽蔵の愛情──それならば社長は、無言の愛情だ。決して言葉にはしないしこちらに見返りを求めることもしない。ただ、己の大切なもののために力を尽くすだけ。

 無情緒人間のくせに何気に愛情深いヤツである。


「んん~、おいしい」


 もっちもちポン・デ・クラウンを頬張りながらワタシは視線を上げる。瑞々しい野菜が成っている畑が広がっている先に聳え立つ、青々とした山。それに空を覆う透き通った青色。その青色を優しく彩る白色のふあふあ雲。


 ──社長のおかげで今日もさいはて荘は、平和である。


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