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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・夏
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【おむらいす】


 大家さんの作るオムライスは神がかり的にうまい。


「私が大家さんに教えたんだがな」

「え、そうなの?」

「傭兵時代、軍属コックに教えてもらったやつでな。今日は私が作ろう」


 そう言って元軍人はシンク下から大きな中華鍋を取り出した。ワタシや大家さんには大きすぎて、そして重すぎて扱えないヤツだ。


「よくそんなの片手で持てるね……」

「大して重くないぞ」

「重い」「おもいです」


 ワタシと大家さんの声が重なる。うん、重い。


「そうか?」

「そうよ」「そうですよ」

「ふぅーむ。まあふたりはちと虚弱だからな」


 いや、たぶんソレ元国王も重いって言うよ。五キロはあるよね? それ。なんか傭兵時代に譲ってもらった鉄製の巨大な中華鍋らしいんだけど、とにかく重いのだ。


「もうすぐ産まれてくる弟は私直々にみっちり鍛えんとな」

「…………、…………お父さんの血入ってるし大丈夫かもしれないけど人外レベルにまで鍛える必要ないからね」


 あ、ちなみに大家さんのお腹にいるのは男の子って判明した。

 つまりワタシの弟である。弟。ワタシの弟。ふっふー、楽しみ。

 もう六ヶ月を過ぎてすっかり安定期に入った大家さんは健康そのもので、ワタシたちが心配していたような不調もなく母子ともども健やかに育っている。時折息苦しさを感じるようだけれど、赤ちゃんの成長に伴うもので大家さんの病気ゆえんのものではないらしい。社長が選りすぐりの産婦人科医を大家さんの主治医と一緒に引っ張って来て検査させているから大丈夫だと思う。油断は禁物だけれど、ね。


 ともあれ。


「チキンライスはこんな感じでいいか」


 炒飯を作る要領で中華鍋を片手で揺らしながらチキンライスを作った元軍人はそのまま三つの皿にチキンライスを盛り付けて、続けてオムライスのオムのほうに入った。鮮やかすぎる。

 たっぷりの卵に牛乳とコンソメ、それに赤ワインと色々混ぜ込んでそれを中華鍋にブチ込む。


「卵多いね」

「わたしはもとぐんじんさんのようにできないから、たまごをすくなめにしてかんたんにつくってるのよ。ほんとうはこんなかんじ」

「へぇ~」


 中華鍋にブチ込まれた卵を溶いて全体的に半熟状態にした元軍人は、さっきのように中華鍋を片手で揺らして卵を放り投げるように丸めだした。半熟になった卵が、ちょうどいい具合に焼けて固まった外側に包まれてくるりと丸くなってラグビーボールのようになる。大家さんがやるのと違って豪快だ。力こそパワーとはまさにこのこと。


「かっこいいよね」

「そうね」


 ほう、と頬を赤く染めてうっとり元軍人に見惚れている大家さんに苦笑しつつ、元軍人が中華鍋を火から下ろしたので大家さんの体を支えて少し離れる。


「とりあえず一個目、だ」


 ラグビーボール状態となったでっかいオムをライスの上に載せて、けれど手を止めることなく中華鍋を左手に持ったままテーブルナイフを右手に握り込み、ラグビーボールオムに切れ込みを入れた。


「ほわぁ!?」


 さく、とテーブルナイフの先端がオムに刺さった瞬間溢れるように中に閉じ込められていたとろとろ半熟卵が広がった。そのままテーブルナイフを下に滑らせていくのに合わせて卵も左右にとろけていく。大家さんの時とは比べ物にならない。大家さんの作るオムも十分とろとろで、ナイフを入れるととろーりって広がるんだけれど元軍人のはその比じゃない。やべぇこれ。


「少しは私を見直したか? 何も野菜作るだけのお父さんじゃないんだぞ」

「うん……すごい」


 さすが元軍人。

 さすがお父さん。


「うふふ、すてきよね」

「うん……」

「わたし、ますますもとぐんじんさんをすきになっちゃいそう」

「おや、そこは好きになったと断言してくれないのか?」

「あ、えっと……だって、これいじょうすきになっちゃったらこまる……」

「なぜだ? 私は困らんのだがね」

「あ……え、っと」


 まじょは にげだした!


 うん。


 その後、十分もしないうちに二個目、三個目のオムを作ってオムライスを完成させた元軍人が大家さんと一緒にリビングにやってくるころには、大家さんはすっかり林檎のように真っ赤になっていた。うん。


「ほわぁ、社長んとこで食べた悪趣味オムライスよりもずっと黄金って感じがする」


 シャイニングボンバーオムライスだったけ? 金箔を貼り付けた黄金のオムライス。あれなんかよりもこの真っ黄色でふわふわとろとろなオムライスのほうがずっとずーっと〝きんいろ〟って感じがする。


「デミグラスソースをかけて、ほら完成だ」

「いっただきまーす!!」


 とろとろほわほわと卵のいい匂いを立ち昇らせるオムライスにもう我慢ができなかったワタシは我先にとオムライスにかぶりつく。ものすごくとろとろな半熟卵だけれど、スプーンで掬ってどろって融けるようなどろどろ感はない。絶妙すぎるとろとろ感だ。


「んんん~~~~」


 シンプルな味付けのチキンライスがとろとろ半熟卵と合わさってとんでもなくおいしい。オムライスってチキンライスの方が目立ちがちなんだけど、これは卵が主役って感じがすごい。たまんない。


「おいしい。やっぱりもとぐんじんさんがつくるりょうりはすごくおいしいです」

「私は大家さんの作るごはんの方が好きだがね」


 大家さんの作るごはんは〝おうちごはん〟って感じの、お母さんの料理だもんね。元軍人の作るごはんもすごくおいしい。たまらないくらいにおいしい。でも、毎日食べるならやっぱり大家さんのごはんだ。

 不思議だよね。その不思議さはきっと、誰にも解明できないと思う。だってワタシと元軍人がこんなにも好きな大家さんのごはんも、ゆゆや大王とかの〝他人〟からしたら普通においしい料理でしかないのだ。

 なんていえばいいんだろう。望郷というか、郷愁というか……郷愁、うん。郷愁感だね。ひとによって故郷は違う。だからひとによって〝馴染む〟ごはんが違うのだ。

 たぶん、大家さんのごはんに郷愁感を覚えるのはさいはて荘の住人だけだろうな。中でも特にワタシと元軍人──あと社長は。


 ──故郷(帰るところ)は、尊い。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話まで読めたので、久々に感想お送りします! 魔女ちゃん、お姉ちゃんになるんですね! 大家さん御懐妊おめでとうございます! 御懐妊のお話は嬉しくて泣いてしまいましたよ。 本当に幸せが溢れ…
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