【うなじゅう】
土用丑の日である。
夏土用の最初の丑の日にウナギを食べる日である──と、いうのは夏場はウナギが売れないことに悩んだ鰻屋が考案した土用丑に乗じての祭りから始まったものらしい。
元々丑の日は精のつくものを食べる日とされていて、精のつくものであれば何でもよかったそうだが──ウナギも精のつくものだし、あながち間違っちゃいない。
てかおいしければなんでもいい。
イベントに乗じておいしいもの食べられるのならそれでよし、だ。
そういうワケで今日はうな重である!
「社長さん太っ腹ぁ~! こ~んなに脂の乗ったウナギなんてはじめてだよぉ~!」
完全予約制の、半年くらい予約待ち状態となっているらしい高級料亭──そこは鰻料理も絶品であるらしく、ワタシたちさいはて荘女子組は社長に連れられて訪れていた。
特別室とかいう、いぐさの香りがとても心地いい畳の間に通されたワタシたちは脂がたっぷり乗ったでっかいウナギのかば焼きが贅沢に詰められている重箱を前に涎を口内に貯めずにはいられなかった。なっちゃんは今時のOLっぽく映える写真を撮りまくっていたけど。
「よく予約取れたなぁ」
「取っていない。特別室はある一定の収入以上があり、かつ地位もあるVIPでなければ利用できないからな」
「マジかよ」
「マジでか」
「まじぃ~」
「ではこれはたいへん貴重な経験ということでございますね。しかと、心に刻み付けさせていただきます」
「そんなすごいところにつれてきてくれたんですか? すごい、しゃちょうさんありがとうございます」
やべぇ。回らない寿司屋を貸し切りにしていた時も思ったけど、社長思った以上にやべぇ。でもそんなやべぇ社長を前に、さいはて荘の女子組は態度を少しも変えない。変えようとしない。変えようなんていう意識さえ持たない。変わらない。絶対に、変わらない。
──それを知っているから、社長もワタシたちをここに連れて行くことに躊躇しなかったんだろうなぁ。
ちなみにここに来たのは昨夜、ワタシがペラペラウナギじゃないやつを食べたいと言い出したからである。社長がじゃあ行くか、とさっくり決めたところにお蝶が大家さんとなっちゃん、元巫女を巻き込んで混ぜろと突入してきたのである。
男子組? 今頃さいはて荘でペラペラウナギ食べてると思うよ。
「じゃあたべよっか、いただきます」
「いただきまーす!」「いただきまぁす!」「感謝とともにいただきます」「ゴチになるぜ!」
大家さんが手を合わせたのを合図にワタシたちも手を合わせて、うな重に手を伸ばす。と、その瞬間からワタシたちが普段食べているウナギとの違いを思い知らされた。なにこの厚さ。ステーキかよ。
ウナギのたれが染み込んだ白米にウナギの切れ端を載せて口に運ぶ、とその瞬間やべぇという感想が真っ先に脳裏をかすめた。
いや、マジでヤバい。ワタシたちが普段食べているウナギって何なの? 身が……身が、ものすごくぎっしりぱんぱんぎゅうぎゅうに詰まっていて……やばい、おいしい。くはぁ。
「くはぁ」
ウナギもだけどタレもヤバい。やばい。白米とウナギによく染み込んでいて、それを飲み込んだ胃袋に次のひと口を要求させる。やばい、止まらなくなるこれ。
それに何だ、脂ぎっしりなのにくどくない。市販のウナギって食べているとそのうち胸やけしてしまうんだけど、このうな重はならない。次が欲しくなる。やばい。
ああ、語彙力が足りない。
「やっべー、なんだこれやっべー」
「ふわぁ、身がぎゅうぎゅうなのにホロホロで、でもとろとろでもちもちで……おいしいよぉ~」
「すごくおいしい! しゃちょうさん、ここのおりょうりとってもすごいですね。そざいもだけれど、このたれもほんとうにおいしい!」
「…………」
みんなこの神々しいうな重に舌鼓どころか舌太鼓叩いている。舌銅鑼かもしれない。……元巫女だけは無言で無心に、一心不乱にひたすら食べているけど。
「まあ、ここは俺様も利用する程度には美味だからな」
「社長なら〝ちょっとそこでランチを〟ってここ行けそうだよな」
「行けなくもないが、そこまで日常的に食べたいとは思わんな」
──日常的に食べるのなら〝おうちごはん〟で十分。
──それはとても分かりにくい表現であったが、大家さんの作る〝家庭の味〟を社長がこよなく愛しているということが、よく分かるひとことであった。
ワタシも社長も、〝おうちごはん〟は大家さんの作るごはんだからね。
「てか社長、大丈夫なのか? アタシらを侍らせてこんなとこ来てさ~、こう、パパラッチに激写されて〝美女を侍らせていい気分な社長!〟的な」
あ~。このご時世、炎上したら一気に評判落ちるよね。ほんの少し、ほんのひとしずく不手際があった──それだけでその人の全てを否定して、その人がそれまで培ってきたものを全てなかったことにして誹謗中傷する。そして、誰もがそれを〝正義〟と信じてやまない。
〝正義〟だと思い込んでいるからこそ、その行為に誰もが躊躇しない。躊躇せず、際限なく叩き続ける。──まっこと、恐ろしいものである。
「その心配はいらん。ここ特別室の利用者と店の間では機密保持の契約が結ばれるし、マスコミ対策も既に行っている。──心配するな」
──俺様のことでお前たちに危険が及ぶようなことはない。
そう言ってもくもくとうな重を頬張る社長に、ワタシは思わず目を丸くしてしまう。お蝶が言ったのはワタシたちと一緒にいることで社長の評価が下がること──だったんだけど、社長はそんなことよりも──社長と一緒にいると知られることでワタシたちが注目を浴びることの方を、問題視しているようであった。
そしてそれはワタシ以外の女子組も感じたようで、みんな社長に労りと感謝の視線を向けて微笑んでいる。
「……なんだ。早く食え」
──照れちゃって。
「今度、またうどん作ってあげる。ワタシたちの愛情たっぷり込めた手打ちうどん」
「いらん」
まあまあ遠慮なさらず。
いらん!
──と、そんなじゃれるような問答を交わしながらワタシたちはうな重に舌鼓を──舌銅鑼を打った。




