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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
43/185

【かいせんどん】


 醤油大さじ三。砂糖大さじ一と半分。ポン酢大さじ一。ごま油大さじ一。味噌小さじ一。おろしにんにく小さじ一。

 これらを混ぜ合わせて、一口サイズに切ったサーモンとアボカドを漬け込む。


 たったこれだけでとてもおいしい海鮮丼の出来上がりだ。なんてすばらしい。


「これをお前が作ったのか?」

「そうよ。文句ある?」

「ある」

「なによっ!」

「腹立つ」

「なによそれっ!!」


 腹立つのはこっちよっ!!

 わざわざ作ってあげたっていうのに何よその言い草っ!! 呪うぞ!


 ──今日も今日とて、大家さんと元軍人がデートでいないから社長とふたりで夕食を食べている。大家さんが作り置きを作ろうとしてくれていたのを断って今日は自分で作ってみたのだ。

 ぼっちな社長を憐れんで、社長の分もね! ああ優しいワタシ。

 それなのに何よコイツ!!


「うまいぞ」

「へっ」


 唐突にそんなことを言われてワタシは思わず固まってしまった。動かなくなったワタシに社長は怪訝そうな目をしながらもぱくぱくと海鮮丼を口に運んでいく。


 ──……。

 な、なによこいつっ。

 褒めるなら最初から褒めなさいよっ! ま……まあ漬け込んだだけの料理だけどさ……ふんっ。


「どうだ?」

「ん?」

「大家さんと元軍人だ」

「ああ。ラブラブよラブラブ。見ていて恥ずかしくなるくらいラブラブ。甘ったるいのなんの」

「それは知ってる。そうではなく──お前だ。大家さんや元軍人とうまくやれているか?」


 そう言われてワタシは思わずぱちくりと目を見開いてしまった。

 なにこいつ、まさかワタシの心配してるの?


「う……うん。ふたりともワタシを本当の家族のように扱ってくれてる。ワタシがデートに行きなさいよってけしかけないとふたりきりになかなかならないくらい……」

「そうか」


 ──特別養子縁組の手続きを本格的に進めていくか。


 そう続けて言葉にした社長に、ワタシはとくべつようしえんくみ? と聞き返す。

 どうやら養子縁組と一口に言っても普通養子縁組と特別養子縁組の二種類があって──特別養子縁組の方は、実親との関係が完全に抹消されて、義理の親と戸籍上で本当の家族になるらしい。その条件は当然厳しくて、義理の親となる人が婚姻関係を持っていることはもちろん──養子となる子どもは六歳以下でなければならないらしい。


「えっ? じゃあワタシ無理じゃないの?」

「今はな。対象年齢を十五歳以下に拡大することを検討する動きがある」


 もちろんお前が望まないならば別に普通養子縁組でも構わない──そう言う社長に、ワタシは思わず縋るように社長の手を握ってしまった。


「本当の親子に、なれるの?」


「……お前が望むならば俺は協力を惜しまない」


 大家さんと、元軍人。

 ワタシを助けてくれて、いつも無償の愛を注いでくれている大家さん。

 ワタシの教育役として色々教えてくれて、いつも守ってくれる元軍人。

 お父さんと──お母さん。


 ワタシは、社長の手をより強く握った。


「なりたい」


 今でも十二分に幸せだけれど。

 もっと欲張ってもいいのなら。

 もっと贅沢を言っていいなら。

 ワタシは、本当の家族がいい。

 本当の家族だと認められたい。

 元軍人はワタシのお父さんで。

 大家さんはワタシのお母さん。

 そうだと胸を張って叫びたい。


 ワタシのそんな必死の言葉に社長は──ワタシの手を握り返して、優しく微笑んでくれた。


「わかった」


 それはとても短い、短い一言だったけれど。

 何よりも心強い、信じられる一言だった。





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