【■■と書いて■■と読む】
【■■と書いて■■と読む】
傷ついた犬。
血塗れの狼。
無表情な兎。
艶やかな猫。
何もない人。
飛べない梟。
怯えてる虎。
ピエロな猿。
汚れてる熊。
潰れてる鼠。
ワタシの部屋の押入れの下段にある十体のぬいぐるみ。
今日は最後の一体、人型のぬいぐるみ。球体関節人形を模して作った──何の特徴もないただ人型なだけの、ぬいぐるみ。
「よし」
そう軽く意気込んでワタシは颯爽と玄関に向かい、ドアを開ける。
──と、そこで目の前に突然壁が立ちはだかってワタシは思わず悲鳴を上げた。
「わきゃっ! ──え? なんだ、社長じゃん」
ドアの前にいたのは社長だった。いつもの無愛想な俺様顔面でワタシを見下ろしている。むぅっと唇を尖らせてこれから用があるんだけど何か用、と問う。
それに対する社長の答えは、至ってシンプルだった。
「アレには関わるな」
「──え?」
何を言われているのか理解できず、茫然としてしまったワタシの手から人のぬいぐるみを取り上げて社長はまた、言う。
「アレには関わるな」
“アレ”って……なっちゃんの、こと?
なっちゃん。
どこにでもいる普通の女子大生。可愛いが特徴な、本当に普通の女子大生。
「……なん、で?」
──と、その時社長越しにひとりの女性──なっちゃんがふらりとさいはて荘の前庭を通り抜けていくのが見えた。白いシフォンスカートに白いカーディガンの、最近の流行をそのまま取り入れた可愛らしい恰好の、女の子。特にこれといった特徴なんて──
と、その瞬間だった。
こちらに気付いたらしいなっちゃんがにこりと笑って手を振ってきた。これから町にでも出かけるのだろうか、と思いながら手を振り返したワタシの視界に──不協和音がよぎった。
「っ……」
ざり、となっちゃんの輪郭がブレるように──砂嵐が一瞬映ったテレビ画面のように──グラフィックが追いつかずズレるゲーム画面のように──なっちゃんの存在そのものが非現実的であるかのように。なっちゃんの軸とこの世界の軸がズレているかのように、なっちゃんそのものが間違っている存在であるかのように、不協和音が迸る。
なっちゃんはそのまま、さいはて荘を後にしていった。
「…………」
茫然とするワタシの頭に、社長のひんやりとした手が載せられる。
「世の中には関わってはいけない領域というのがある。アレはまさにそれだ。アレに関われるのは現時点において大家さんしかいない。──だから、関わるな。今まで通りでいろ」
社長の静かな、諭すような言葉がしんしんと鼓膜を揺らす。よく見れば社長の顔に冷や汗が滲み出ていて、何かを恐れているかのように──怯えているかのように強張っていた。
関わってはいけない領域。
それは──なんとなく、理解できた。アレは関わってはいけない。なっちゃんと出会った当初からなんとなく深入りしちゃだめだっていう気はしていたけれど──今、はっきり理解した。関わったらだめだ。
……でも。
「……なっちゃんは、それでいいの?」
なっちゃん自身は……それで幸せなの?
誰にも深入りされてもらえず。誰にも関わってもらえず。
不協和音と共に、生きる。
それは──なっちゃんにとって、幸せなの?
ワタシのその問いかけに社長は目を細めて──優しくワタシの頭を撫ぜながら答えてくれた。
「ようやく得られた“普通の生活”に彼女は満足している」
──それだけで、いいんだ。
そう言って目を伏せた社長にワタシはそれ以上言葉を続けることができずに沈黙してしまう。
──なっちゃん。
どこにでもいる普通の女子大生。
特徴らしい特徴のない、可愛いが特徴な本当に普通の女子大生。
色々思うところはあるけれど、彼女が“普通の生活”に満足しているというのであれば、ワタシはそれに応えていつも通りに接するだけだ。
──世の中には、関わってはいけない領域があるのだから。
UNKNOWN。
【無個性】




