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さいはて荘  作者: 椿 冬華
さいはて荘・春
28/185

【いちごだいふく】


「いちご大福?」

「うむ。香川県にはいちご大福のうまい店があってのう」

「へぇ~」


 旅行から帰ってきた爺に手渡されたいちご大福はゆきうさぎのように真っ白で、けれど仄かに赤みが差していてとてもかわいらしくておいしそうに見える。

 触れてみるととてもひんやりとしていて、爺曰く朝一番に買ったものをクーラーボックスで持ってきたらしい。


「なるほど、まあまあだな」


 いつの間にか横からいちご大福を一個持っていっていた社長が指先を舐めながらそんなことを言う。こいつがおいしいと口にしたのは大家さんの料理以外で聞いたことがない。でも、そんな社長がまあまあと評価するってことは間違いなくおいしい。

 ワタシはいちご大福をひとつ手に取ってぱくりとかぶりついた。もっちりとした餅の包みの中にはなめらかな舌触りの白あんが詰まっていて、その白あんが巨大なひと粒の瑞々しいいちごをまるまる包んでいた。なにこれ、おいしい。むっちゃおいしい。


「他のみんなはいつ帰ってくるのじゃ?」

「そろそろ大家さんと元軍人が帰ってくるはずだ。その他は知らん」

「もきゅっ……お蝶はさっき帰ってきて寝てるよ。元国王となっちゃんは今夜あたりじゃないかな? 元王子と元巫女は知らない」

「ふむ。そう日持ちする和菓子ではないからのぅ……明日になっても帰ってこなかったやつらの分は食べていいぞ、魔女っ子」

「ほんと? 元王子と元巫女の分げっと!」


 気が早すぎるわい、とツッコミを入れてきた爺に知らぬふりをしながらワタシは半分となってしまったいちご大福を贅沢に、一気に頬張って瑞々しいいちごと白あんのハーモニーを楽しむ。


「他にも土産はあるぞ」

「なになに?」

「さぬきうどん」


 あ~、香川県だったけ。

 香川県ってあれだよね、うどんのためなら命さえ捨てるっていうとんでもない県民がいるところ。“水がなければ血で茹でろ”って言葉もあるらしいし、色々とすごいところだ。


「本場のうどんは流石に違ったわい」

「ふぅん」


 うどんはワタシが体調を崩した時、大家さんが鍋焼きうどんを作ってくれる。鶏肉たっぷりでネギだくの、半熟たまごがとろとろな鍋焼きうどん。とってもおいしい。

 あ~、食べたくなってきたなあ。うどん。


「あとクッキーも買ってきとるぞ」

「クッキー?」

「和三盆を使っておる。これもうまいぞ」


 和三盆ってのは四国で生産されている砂糖の一種らしい。とてもまろやかで、砂漠の流砂のように細かくてさらさらとした砂糖だそうだ。それを使った小石のようなクッキーで、サクサクほろほろとした味わいが人気とのことでいっぱい買ってきたみたいだ。


「ふむ、これは元国王が好みそうではある。和三盆糖は菓子パンにも応用できそうだ」


 これまたいつの間にか横からクッキーの箱をひとつ持っていっていた社長がクッキーを頬張りながら評した。こいつ意外と甘党なのか?


 じっと社長をねめつけていると何を勘違いしたか社長がクッキーをひとつつまんで口元に差し出してきた。何勘違いしてるんだばーか! 食べるけど!


「あっおいしい」


 小石のようなクッキーが口の中でほろりと溶けていく。甘くて優しい味。


「そこまでにしておけ、魔女っ子。この後大家さんたちが帰ってくるんじゃろ? どうせ大家さんたちも土産を大量に持ってくるだろうよ──腹は空けておけ」

「あっ」


 もう一個、とクッキーに手を伸ばしたワタシに先んじて爺が社長の手からクッキーの箱を取り上げて蓋をした。社長も不満そうに眉を顰めて爺を一瞥する。が、爺はお預けだとワタシたちの視線を一蹴して土産を片付け始めた。ぐぬぬ。


「ただいま~」

「今帰ったぞ、魔女」


 ──その時だった。


 鼓膜を優しい声が揺らして、不覚にもぶわりと泣き出したい気持ちが胸の奥底から溢れ出る。ずっと社長と一緒だったのに。お蝶も爺も帰ってきたのに。


 それなのに──ワタシは、寂しかったのか。


「──大家さん、元軍人」


 寂しくて、しかたなかったのか。

 自分でもわけのわからぬその寂しさをぐっとこらえてワタシは顔を上げて笑顔を浮かべる。


「──おかえりなさい!!」





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