【まんがにく】
「漫画肉食べたい」
ある日、会話の中で何の脈絡もなしにそんなことを言い出した元王子に反応したのはお蝶だった。少年漫画でよく見かける骨付き肉──ビールジョッキのような円柱の柔らかい骨付き肉。現実世界の骨付き肉はそうならない。平べったい。
それから元王子とお蝶とで漫画肉を作ろうと話になって、なんやかんやワタシも巻き込まれて一緒に作ることになってしまった。
「普通に肉だけでやろうとするとなると相当質のいい肉を入手しなけりゃならねぇ上に肉を焼くにも工夫が必要になるんで、今日はこれを参考に疑似漫画肉を作ろうと思う」
そう言ってお蝶が取り出したのは漫画の中に登場する料理を再現できるレシピ本であった。表紙では戦うコックのキャラクターが笑顔を浮かべている。
「本物の漫画肉はそのうち元軍人に熊なりイノシシなり狩ってもらって丸焼きにして再現するとして、今日は鶏肉と卵でスコッチエッグを作るぞー」
「スコッチエッグ?」
「イギリス料理のひとつさ。ゆで卵を挽肉で包んでパン粉で揚げたものだよ」
「まー、それを応用してより漫画肉に近いやつを作ろうってわけだ」
要は手羽元の骨を軸に使ってスコッチエッグを作っていくってことらしい。
お蝶の指示を受けながらワタシと元王子とで作業を進めていく。細かい部分はお蝶が調整しつつ、ワタシと元王子が中心となって料理をしていっているうちにテンションが上がってきたのか元王子がアニソンを口ずさみ出した。
「なんだそれ? 初めて聞いたなぁ」
「新作アニメだからね! ためになるアニメだよ。人体の仕組みについて教えてくれるんだ」
知ってる。この前元王子に見せられたから。体の中で細胞や血液がどういう働きをしているのかを再現したアニメで、まあ確かにためになるアニメではあった。
「へぇ~。後で見てみっかな」
「お蝶もアニメ見るんだ?」
「おう。アニオタの客も多いからな~全部じゃねぇが面白いと感じたモンや人気のモンは見るようにしてる」
なるほど、人心掌握のためにはそういった知識も必要か。
「花魁もそうだけれどね、娼婦というのは知識が必要な職業なんだ。卑しい職だというイメージがあるけれどね、それは下級娼婦の話さ。成人式で女性たちが着物を崩して花魁風にしているというニュースあったろ? あれは下級娼婦の着方なんだよ」
「へぇ……花魁にもクラスがあるんだ?」
「YES。最上級の花魁ともなると琴や和歌はもちろんのこと、将棋や古典、漢詩にも精通している教養の高い女性しかなれないのだよ」
「アタシもピアノ弾けるぜ~」
なんと。意外だ。
「知っていても“知らないふり”する方がウケ良かったりとか、逆に知っている前提でいた方が話をスムーズにできたりとか……心理学的な分析も遊女には求められるな。意外と難しいんだぜ~」
そこまで言ってお蝶はぽふりとワタシの頭に手を載せてにかっと笑う。
「決して褒められた職業じゃねぇしアタシも続けたいと思わねぇしお前に勧めるなんて死んでも嫌だって思うような職業だけどな──誇りはある」
「……うん、それは見てて分かるよ」
お蝶はいつだって堂々としている。自分の生き方に全く、恥じてなんていない。そんなお蝶をワタシはかっこよくて綺麗だって心の底から思う。
「おっと、そろそろかな」
きつね色にこんがり焼けてカリカリの衣に包まれた漫画肉を皿に上げた元王子はそれをワタシの口元に差し出してきた。遠慮なくかぶりつく。
外側のかりっとした衣の下にはジューシーな肉の旨味がぎっしりと詰まっていて、さらに下にはゆで卵の柔らかくて優しい味が手羽元の弾力ある肉と一緒に眠っている。漫画に登場する漫画肉とは違うけれど、おいしい。
「おいし~」
「うはは、そんなにうまいか。じゃあおやつタイムといこうぜ~」
夕食食べられなくなったら困るから一本だけな──そう言ってお蝶は一本ずつ皿に漫画肉を取り分けた。ゆで卵よりもひとまわりほど大きいくらいのサイズだから確かに軽食向きの料理だ。
「残りはさいはて荘のみんなにおすそわけな~」
「一階のみんなにはワタシが配るよ~」
「じゃあ元国王にはボクが渡すとしよう」
「じゃ、アタシは二階担当な~。社長次はいつ帰ってくるんだ?」
「えっと、明日だと思う」
「う~ん……まあ冷蔵庫にぶちこんどくか」
そんな会話をしながらワタシたちはメロンソーダを片手に漫画肉を頬張る。メロンソーダは元王子が持ち込んできたやつである。メロンソーダ好きらしい。
「マジでうめーなこれ」
「うん。ほんとにおいしい」
「うはは、本当に幸せそうな顔して食べるなあ~。──魔女、お前誇れ。お前は他人を幸せにできる人間だ」
お蝶の唐突な言葉にワタシは思わずぱちくりと目を丸くしてしまう。
前にも元国王と元王子に言われたけれど……そんなにワタシ、幸せそうな顔してるかなあ。
「何でもいい。誇りは持っておけ──そして失うな」
「そうだね、ボクも美しく愛らしい女の子たちを愛でることに誇りを持っているよ」
そう言いながらどこからか美少女フィギュアを取り出して、きらりと爽やかな王子スマイルを浮かべながら口付けを落とした元王子にワタシは白けた視線を贈る。




