【りんごあめ】
「なんだ魔女、お前夏祭りに行かなかったのか」
「人ゴミ嫌いだもん」
ある日の夏の夜、縁側で涼んでいるところを数日かぶりに帰ってきた社長に見つかった。最悪である。
「大家さんや元軍人と一緒に行けばよかろう」
「あのふたりの邪魔できるわけないでしょ? あんたばか?」
「馬鹿は貴様だ」
餓鬼が余計な気を遣うな。
そう言って社長は呆れたようにため息を吐いた。何よ、むかつく。
「母親に甘えない子どもがどこにいる」
「えっ?」
「お前はもっと甘えろ」
ぽん、とワタシの頭に社長の大きな手が載せられる。元軍人のように大きく、厚く、熱く、優しい手じゃない。大きいけれど細く角ばっていて、冷たくぎこちない手つき。社長の、手。
「大家さんも元軍人もお前を邪魔に思うような人間じゃない。お前のあれとは違うんだ。他人行儀であろうとするな」
「…………」
え? これ社長?
あの俺様何様イヤミ野郎な社長? え? 偽者?
「何だその潰れたモルモットのような不細工な顔は」
「お前やっぱり社長だ」
失礼な!!
「まあ、来い」
と、言いながら社長はワタシの首根っこを持ち上げて歩き出した。こらー!!
じたばた暴れるワタシに構わず社長はさいはて荘の二階に上がり、自分の部屋に入っていく。と、思えば次の瞬間にはぽーいと放り投げられていた。
「へぶっ!!」
社長の、シングルサイズのベッドしか置いていない四畳半の畳の間に転がったワタシは即座に起き上がって文句を言う。言わずにいられるか。
「何をするのよっ!!」
「大人しく跪いて待っていろ」
誰が跪くかっ!
ふーふーと鼻息荒く怒りに震えているワタシを無視して社長は小さな冷蔵庫から手のひらで包めるくらいの小さなりんごを取り出した。何をするのかと思えばいきなり箸でりんごをぶっ刺した。いや何してんの。
その後しばらく社長を見守っているとふいにふわりと砂糖を焦がしたような甘い香りが漂ってきて目を丸くする。いちごのような甘酸っぱい匂いもする。
「まあこんなところか……おい魔女。食え」
「え? ……りんご飴?」
箸でぶっ刺した小ぶりのりんごにとろとろの飴がコーディングされて宝石のような輝きを放っている。まだ冷めきっていないからか飴がとろりと箸を伝い落ちて社長の指に纏わりつく。それを鬱陶しそうにしながら社長はワタシにそれを押し付けてきた。
「元国王がいちごジャムで飴を作ったのがあったんでな。それで適当に作った」
ああ、だからいちごの匂いするのか。
ちらりと社長を見やれば社長は指についた飴を舐め取っているところだった。……うん。
ぱくり。
「……あ、おいしい」
いちごジャムの甘さとりんごの爽やかさがとても合う。冷めかけで少しとろとろとした飴がりんごの果実によく馴染んで、飴が零れる度に舐め取らないといけないという面倒臭さも気にならないくらいおいしい。
「夏祭りといえば、りんご飴だからな」
「……行ったことあるの? 夏祭り」
「この俺様が愚民どもの中に混じりに行くと思うか?」
ないんかい。
「だが祭りに参加した“家族”がりんご飴を持っているのはよく目にする」
「……家族」
「大家さんと元軍人の間にお前がいることは、別に悪でも邪魔でも何でもない。何故ならばそれが当たり前の形だからだ」
「…………」
大家さんと、ワタシと、元軍人。
いつも一緒にごはんを食べている。お手伝いもする。一緒にいて楽しいし、幸せな気持ちになる。
……でも、他人だ。
「“家族”だ」
お前たちはもう十分に“家族”だ。
そう言って社長はワタシの頭を強く撫でた。痛い。
……痛い。けど、何だろう。むずかゆい。
「もっと甘えろ。今度は大家さんと元軍人にりんご飴を買ってもらえ」
……今でも大家さんと元軍人には十分甘えているつもりなんだけどな。わがままも、言うし。
……家族、かあ。
大家さんはワタシにとっての“お母さん”だって自覚はしてる。した。……でも、それってワタシが一方的に想ってるだけだ。大家さんは確かにワタシを大切に想ってくれているけど……でも。
ワタシは、他人だ。
「あだっ!?」
ばしんっ、と勢いよく額をはたかれて視界が一瞬ぐるんぐるんってなった。──何すんのよっ!!
「考えるな悩むな餓鬼のくせに馬鹿か」
「んなっ……」
「心配するな」
大丈夫だ。
──そう言って社長はまた、ワタシの頭を撫でてきた。
……元軍人のように優しくない、乱暴な手つき。でもなんだか、とても泣きたくなった。




