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第5話 新たな星術師

 翌日、海聖は早朝五時に起床し、身支度を整えてリビングに移動した。二十四時間いつでも家事代行可能なニコラに朝食を頼み、食事の用意ができるまで端末でニュースを見る。


『昨日、関東海域で中位海魔数匹が出現し、CDMによって駆除されました』

「ま、実際に倒したのはあたしだけどね」


 こちらを見据えている女性キャスターに得意げに笑んで、海聖はニュース画面を閉じ、端末を机に置いた。

 騎士団以外の民間人が海魔を討伐することは法令で禁止されている。しかし、海聖のような元騎士であれば特別に討伐が許可されていた。


 それゆえフリーでの活動自体は違法ではない。しかし、民間人が騎士団を差し置いて何件もの海魔事件を解決するというのは騎士団にとって体裁が悪く、海聖も世間からいらぬ注目を浴びてしまう。マスコミが海聖を放っておくはずがないので、面倒くさい事態になることを避けるため、航志郎をはじめとした騎士団関係者に後処理を頼むようにしていた。


 騎士団に手柄を譲るくらいなら、騎士団に戻ればいいじゃないか。そもそもなぜ辞める必要があったのかと後ろ指をさされそうだが、それ相応の理由がなければ海聖とて騎士団を辞めようだなんて思わない。


「おまちどオ」


 ニコラがモーニングセットを持って、こちらに歩み寄ってきた。

 机に置かれたのは、ふわふわのたまごがぎっしりと詰まったたまごサンドにサラダ、それからブラックコーヒーだった。


「ああ、そうか。今日は水曜だっけ」


 この家の食事は曜日によって異なり、朝食も和洋中交互になっている。ちなみに中華の朝ごはんは中華粥や蒸しパンで、デザートは杏仁豆腐がお決まりだ。

 海聖はたまごサンドを掴み、はむっと一口。


「おいし」


 ふわふわたまごと柔らかい食パン生地の相性が絶妙で、何度食べても飽きない。週一どころか毎日食べたっていいぐらいだ。


「カフェでも開いたら絶対口コミで人気になるよ。ラッコカフェなんてどう?」

「まんまだナ。ネーミングセンスのかけラもなイ」

「いいじゃん、シンプルで。ていうか、何でそんなに料理うまいの」

「レシピ本通りニ作ってルだけダ」

「おかしいな。あたしと理世さんが作ってもたまごと食パンは丸焦げになるのに」

「それハお前たちノ火加減ガ終わってルだけダ」


 正論を返されてぐうの音も出ないまま絶品モーニングを堪能した後、海聖は自室へと戻っていつもの装備を手に取る。


 対海魔用の特殊ライフルとブレード。ライフルは父が、ブレードは母が生前それぞれ使っていたもので、両親が殉職してからは海聖が形見として受け継いでいる。

 部屋にあるタンスの上には一枚の写真立てがあった。七年前、海聖がわずか十八歳で最年少海域長になった時に家族で撮った写真だ。写真中央には海域長用の騎士服をまとった海聖、そして彼女を挟むように阿辻夫妻が両端に佇んでいる。


 少年のような屈託のない笑みを浮かべている父の優聖。対して、母の凪はほんのわずかに口角をあげてカメラに向かって微笑む海聖を見つめている。凪は表情に乏しく、ほとんど笑わない人だったので貴重な一面が残された数少ない思い出の写真だ。


「行ってきます。父さん、母さん」


 いつも通り、敬愛する父と母に挨拶してから海聖は家を出た。


「さて。今日はどこへ連れて行ってくれるのかな。うちの相棒は」


 ぶうんと稼働音がした後ナビが起動し、海聖はタブレットを操作するのと同じく液晶画面を指でなぞっていく。

 海に潜っているバイクの裏側には高度なセンサーが付けられており、半径一キロ以内にいる海魔を瞬時に把握することができる。画面には海魔を表す赤い斑点が点在し、海聖はここから一番近い標的をタッチして目標地点に設定した。


「行くか」


 愛機を走らせ、ナビから赤い斑点を消していく。バイクをさらに東の方角へと進めていくと――


「ん?」


 ある地点から斑点が急激に増え始めた。その数はすでに十を超えている。


「何これ」


 このような現象は初めてだ。嫌な予感がして、海聖はすぐ現地に急行した。

 目標地点に近づくにつれ、青黒の巨大な影が浮かび始めた。少なくとも十数匹の中下位海魔が集結している。


 海聖はバイクをオートモードにし、ライフルを構えた。スコープ越しに状況を確認すると、無惨な姿になった騎士や賢者――MNSRIの研究員たちの遺骸が海面を漂っていた。


「遅かったか」


 悔恨が己の表情を歪ませる。もう少し早く来ていれば、彼らは助かったかもしれない。だが、今さらたらればを語っても彼らの命は戻ってこない。

 改めて注視していると、海魔の輪のなかに水上バイクに乗った白髪の青年がいた。林檎と十字架を象ったブローチを付けた白衣を身にまとい、知恵者としての通称を示している。


「生存者!」


 しかし、彼は戸惑いの表情を浮かべつつも、海魔と何か話しているようだった。


「海魔と会話……?」


 違和感を抱きながらも、引き金を引く人差し指に神経を集中させる。生きている人間がいるとわかった以上、その命が理不尽に奪われることのないように脅威を打ち払うだけだ。

 ウツボ型海魔の目玉に照準を合わせ、発射。破魔の弾丸は空を裂き、やがて眼球を貫いた。苦悶の咆哮が鼓膜をつんざくと同時に、海魔たちの注意がこちらを向いた。


「なっ……⁉」


 賢者の青年も目を瞠り、海聖をとらえる。


 敵意をはらんだ魔物の目を的に見立て、海聖は正確に撃ち抜いていく。海魔全体の動きを鈍らせたところで、海聖はバイクを停めて大きく跳躍。最初の標的であるウツボ型海魔に飛び乗った。そのままブレードで急所の脳天を刺し貫く。


 最期の叫号がとどろいたところで、ウツボ型海魔は呆気なく海面に伏した。続けてマグロ、サメ、タコ型の海魔を閃光弾ける刃で斬り裂いていく。

 強力な電流による痺れと深い裂傷により、残りの海魔たちはすべて絶命した。

 荒れ狂っていた大海が鳴りを潜めるように凪いだ。海聖は海魔の残骸からバイクへと乗り移り、賢者のもとへ愛機を走らせた。


 白髪碧眼、丸眼鏡に覆われた目元は少し垂れ気味で温厚そうな面立ちをしている。


「海魔に囲まれてたっていうのに、無傷なんて……」


 怪我をしていないことに安堵しつつも、やはり海魔の壁を前にして五体満足でいられたことを胡乱に思わざるを得ない。


「あの、あなたは……」

「阿辻海聖といいます。フリーで海魔を討伐してるんです。ああ、元騎士なんでちゃんと許可は貰ってますから。それとあなた――」


 この男性だけが無事で、他の騎士や賢者たちは海魔に襲われた。その事実から推測できる結論はただ一つ。


「もしかして星術師せいじゅつしですか?」


 海魔と同じく、まだまだ謎が多いとされている存在、星術師。

 水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、それから月と太陽。計九つの惑星にまつわる異能を扱うことができる人間の通称である。


 現時点で解明されているのは、彼らは全員海魔に襲われないことと、それぞれの惑星を司る星術師は必ず一人であり、先天的あるいは後天的に能力を有していること。そして、星術師が死ねば次代の星術師は不規則に選出されることだった。なかには数十年や数百年単位で誕生していない星術師もいる。


 賢者の男性は困惑したまま「……おそらく」と答えた。


「おそらく?」

「僕もよくわからないんです。いつも通り他の賢者や護衛騎士の方々と一緒に海域調査に出ていたら急に胸が痛くなって……。その後すぐに海魔たちが押し寄せて皆を襲い始めたんです」


 だが、どういうわけか海魔たちは自分以外の人間に牙を剥いた。そのうえ自分を守るかのように海魔は他の賢者と騎士たちを葬ったという。

 海聖は思案の後、神妙な面持ちになって言う。


「脱いで」

「えっ⁉」

「いいから上だけ脱いで」


 突拍子もないことを言いだす海聖に、男性は呆気にとられる。


 ――この状況で何を言い出すんだこの人は!


 賢者の男性は当然、戸惑ったものの、海聖のいたって真剣な声音に拒否することもできず、渋々上半身を露わにした。


 ――どうして初対面の人、それも女性に……。


 男性が羞恥心で苦悶するなか、海聖は彼の胸部を確認する。そこには予想外のものがあり、思わず目を瞠った。


「これは……!」


 心臓の上に青い特徴的な印が浮かんでいた。星印せいいんと呼ばれる、星術師の胸部に刻まれる印の一種だ。だが、眼前の星印は見たことがなかった。


「水星の星印? いや、違うな。水星のは雫型だった」


 海聖も多少なりとも星術師に関する知識を持ってはいるが、かの星印は文献に記録されていなかった。

 紺色に近い深い青。波しぶきを彷彿とさせる形状。


「海王星……?」


 新たな星術師である可能性に、賢者の男性も胸元に視線を落として息を呑んだ。


「マジ……? まさかここにきて新しい星術師が誕生したっての?」

「僕が、〈海〉の星術師……?」


 両者ともに言葉を失う。

 暫時の沈黙の後、海聖は男性に目をやった。


「……とりあえず、名前と所属を教えてもらってもいいですか」


 海聖は努めて冷静に問いかけ、男性もまた隠しきれない困惑を滲ませながら名乗った。


「海永……海永かいなが雄仁ゆうじんです。MNSRI日本支部、第一研究所の海魔生態研究チームに所属しています」

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