第2話 かつては彼女も騎士だった
「あ、阿辻海聖⁉」
「いきなり呼び捨てとはいい度胸だね」
「ひっ、すみません!」
海聖の睥睨に男性騎士は肩を震わせる。同時に、後方からバイクの稼働音が聞こえて三者は同時に振り返った。
視線の先には、金髪ツーブロックヘアの派手な男性騎士の姿が。騎士というより軟派なヤンキーの形容がしっくりくる彼は、三者ともによく知っている人物だった。
「卯波海域長!」
「げ、最悪」
青野が喜色を浮かべて彼の名を呼ぶ一方、海聖は厄介者を見るような辟易した面持ちで金髪の騎士を見据えた。
「海聖⁉」
彼もまた海聖を視認するや否や、三白眼を丸くした。
海聖のバイクの隣に自身のそれを停泊させ、CDM日本管区、関東海域長の卯波航志郎は捲し立てるように言う。
「どうしてお前がこいつらと一緒にいるんだ? もしかして、こいつらがお前に何かしたか――って、あ! お前がこいつらに手を出してんじゃねえか! おい、大丈夫か赤西!」
「うるさ」
航志郎が気絶している部下の肩を揺さぶる。海聖は両耳を塞いだまま呆れ顔で言った。
「大袈裟。その人があたしを可愛らしい女の子って舐めた口きいたから、ちょっと痛い目を見てもらっただけ。どうせすぐに気がつくよ」
「普通はそれを誉め言葉として受け取っておくものだろ……」
「『可愛い』『女の子』『ガキ』『チビ』は地雷だから。覚えた?」
海聖の一瞥に、二人の騎士たちはぶんぶんと激しく顔を縦に振った。
よしと一つ頷いたところで、海聖は航志郎に視線を戻す。
「で、航志郎は何でここにいるわけ? 懲りずにまたあたしを説得しに来たの?」
「いや、俺はこいつらが海魔の急襲に遭っているのをレーダーで確認して現地急行しただけだ。まさか、たまたまとはいえお前がいるとは思わなかった。おかげで部下は命拾いしたわけだが」
「あんたの部下だったんだねこの人たち」
海聖が相槌を打つと、男性騎士の一人がおずおずと口を開いた。
「おれたち、一か月前に騎士養成学校を卒業して騎士団に入団したばかりで。今日は実戦としてここの海域巡回に出ていたんです。ここからだとまだ騎士団本部も近いし、下位の海魔しか発見されていなかったから、新人が出るぶんには問題ないだろうって……」
「なるほどね。それで情報にはなかった中位海魔が出現して、おいまじかよふざけんな! あのクソ海域長、法螺吹きやがって! ぶっ殺してやる! ってなったわけね」
「ち、違います! ……確かに、最初こそ卯波海域長たちのことを少しは恨みましたけど、クソ海域長とまでは思ってません」
「悪かった。本当に悪かった」
航志郎は土下座をする勢いで深々と首を垂れた。
「俺の甘い考えが新米のお前たちを危険に晒した。本当に申し訳なかった」
「そうだね。あたしが来てなかったら、今ごろこの人たちは海魔の胃の中だよ」
最悪な未来の結末に騎士たちは震え上がる。航志郎もばつが悪い面持ちになった。
「ここ最近、海魔の出現率が異様に上がってる。どういうわけか、普段は海外に生息してる海魔もこっちに流れてきてるみたいだからね。まるで日本に何かがあるって言ってるみたい」
「そのうえ凶暴性も高くなってるときた」
「そ。だから、これからはここが安全、ここは下位しかいないから大丈夫っていう慢心や油断が命取りになる。それはあんたたち上の連中が誰よりも自覚しとかないとダメでしょ」
「……ごもっともだ」
「うん百っていう命を預かってること、もっとちゃんと自重しなよ」
「ああ。先輩からのアドバイス、心に刻んでおく」
「あんたに先輩って言われると鳥肌立つわ。キモ」
あからさまに辟易し毒を吐く海聖に、航志郎は「そこまで言わなくてもいいだろ……」と傷ついた面持ちを返す。
「じゃ、あたしはそろそろ帰るから」
『あ、ありがとうございました!』
騎士二人が頭を下げると同時に、海聖は水上バイクの先端を自宅方面に向けた。
「海聖」
「何」
「本当に、騎士団に戻るつもりはないのか?」
彼は真摯な面様でそう問うてくる。が、海聖は心底うんざりした面差しになって吐き捨てるように答えた。
「ほんとにやめてくれない? 迷惑だから」
「だけど、黒竜をたった一人で探し続けるのは無理だ。それにフリーで海魔を討伐して一般人を守ることにも限界がある。いくらお前が超人的な身体能力をもっていても――」
「あのジジイがのさばってる限り、あたしは絶対に戻らないよ」
航志郎の言葉を遮って、海聖は語気を強めて言う。
「あっさりと人の命を切り捨てるような外道の下につくぐらいなら、死んだほうがマシ」
「海聖……」
「じゃ」
それ以上の干渉を許さないかのように、海聖はエンジンを起動させて颯爽と去っていった。瞬く間に小さくなっていく昔馴染の背に、航志郎はしばらく痛切な視線を寄せた。
「卯波海域長」
「ああ、悪い」
青野に呼ばれて、航志郎は部下たちに向き直る。
「本部に戻るぞ」
『はっ!』
「赤西、起きろ」
「う、ううん……」
「ううん、じゃない。早く起きろ!」
気絶した騎士が目を覚ましたところで、航志郎たちは部下を引き連れて拠点めがけてバイクを走らせた。




