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第1話 可憐な救世主

餌人えじん釣魔ちょうま

 意味:人間を餌にすれば魔物が釣れること。

    転じて非人道的な行いをすれば大きな災いが起き、その報いを受けること。


溟海めいかい絶死ぜっし

 意味:海に落ちれば必ず死ぬこと。

    転じてわかりきっていること。覆せない物事のたとえ。




 三経堂『四字熟語辞典 改訂版』より加筆箇所を引用








「何で中位海魔がこんなに⁉」

「こんなの、倒せっこないだろ!」

「ここは撤退したほうがっ」


 関東周辺の海域、その絶海上。


 藍色の騎士服に身を包んだ三人の男性が、数多の脅威に戦々恐々としていた。

 大人十人分ほどの丈がある巨大なサメと丸太並みの太さをもつウミヘビ四匹。海の魔物――通称〈海魔〉と呼ばれる特定危険海洋生物だ。海魔たちは一様に青や黒系統の体色をしており、今にも標的にかぶりつく勢いで接近している。


「は、早く月光弾を!」


 恐怖で身がすくむなか、騎士の一人が己を叱咤して水上バイクに常備している手榴弾を手に取る。しかし、手が震えてピンがうまく抜けない。


「何してんだ! 早くしろっ」


 仲間たちが切羽詰まった面差しでこちらを見据え、催促してくる。が、海魔たちはもう目と鼻の先で鈍く光る凶牙を剥き出しにしていた。


「来るぞ!」


 三者が足元にあるアクセルを踏もうとしたが、もう遅い。

 魔物の咆哮が海面を揺らし、騎士たちが死という絶望に吞みこまれてしまいそうになった刹那――


 鮫型海魔の右目を鋭利な弾丸が貫いた。


 海魔特有の青い血が繁吹しぶく。同時に、苦悶の喚声が天に轟いた。


「なっ⁉」


 騎士たちが瞠目していたのも束の間、間断おかずに蛇型海魔の目も次々に狙撃されていく。海魔たちは何が起こったのかわからず、突如襲った激痛にもがき苦しんだ。

 銃弾の軌道を辿り、騎士たちは後方を振り向く。そこにはバイク上で漆黒のライフルをかまえ、こちらに近づいてくる少女の姿があった。


「子供……⁉」

「あの子がこいつらの目を狙撃したのか⁉」


 唖然とする騎士たちに構うことなく、謎の少女はバイクを大きく旋回させて、操縦をオートモードにしたまま愛銃の引き金を引いた。

 急所となる脳天やエラ、尾の付け根を的確に狙い撃つ。蛇型海魔が最後に苦悶を叫んだ後、四匹すべてが海面に伏した。


「す、すげえ」

「でもあの子、どっかで見たことあるような……」


 騎士の一人は目を細めて少女を凝視する。


 緩く波打つボブカットの黒髪に、銀の十字架を模したピアス。華奢で小さい体躯を包むのは黒のプルオーバーパーカーに藍色のショートパンツ。靴は赤のハイカットスニーカーといかにも現代的でラフな服装をしていた。そこで狙撃銃と銀の十字架ピアスという二つの特徴に合致する人物を思いつく。


「まさか……!」


 騎士の一人、青野が目を見開いたと同時に玲瓏な声音が耳朶を打った。


「何ぼさっとしてんの。君たち、それでも騎士?」


 冷厳な眼差しでそう告げる少女に騎士たちが驚愕するなか、致命傷を負ったはずの鮫型海魔がまだ生きていた。痛苦を堪えるかのように唸り声をあげ、激しく身悶えする。


「やっぱり、中位ともなれば銃弾だけじゃ死なないか」


 少女はバイクに装備している掌サイズのカプセル弾を取り出し、騎士たちに向かって声を張り上げた。


「下がって」


 少女の指示に騎士たちは困惑するも、言われた通りバイクを操縦して距離をとった。


 彼らが安全圏に入ったことを確認し、少女はカプセル弾を鮫型海魔めがけて放り投げる。カプセル弾は綺麗な放物線を描いて海魔のヒレ部分に当たり、その微かな衝撃で起爆。瞬間、薄紫の閃光とともに苛烈な稲妻が弾け、海魔の体躯を突き刺した。繰り出された雷霆らいていに為す術なく、海魔はついに撃沈する。


 騒然としていた海上が瞬く間に静寂に包まれる。離れたところで一部始終を見守っていた騎士たちは、ただただあんぐりと口を開けることしかできなかった。


「よし」


 敵を一匹残らず屠ったのを確認し、少女は彼らのもとへバイクを移動させる。

 こちらへ向かってくる命の恩人に、騎士たちはようやく我に返って彼女を凝視した。


「嘘だろ……。あんな子供が中位海魔をあっさり倒しちまうなんて」

「いい大人、それも騎士のおれたちが見ず知らずの子供に助けられることになるとはな」

「いや、子供じゃない」


 同期二人の言葉を否定した青野に、両者は胡乱うろんげに彼を見やった。


「青野?」

「何言ってんだよ。どっからどう見てもガキだろ」

「違う! あの人は――」


 青野が言いかけたところで、深海の如き静謐な碧瞳が騎士たちを射抜くように睨めつけた。


「あたしが、何だって?」

「い、いえ! 何でもありません!」


 彼女の素性を知っている青野は肩を震わせて勢いよくかぶりを振るが、他の二人はなぜ彼が少女に委縮しているのかわからず首を捻った。


「お前、さっきから何ビクついてんだよ」

「そりゃこんな可愛らしい女の子が物騒な狙撃銃持って海魔を倒したのを見たら、いやでもビビっちまうか」

「ばっかお前っ!」


 青野が慌てて同期の口を塞ごうとした途端、少女――いや、小柄な女性は『可愛らしい女の子』呼ばわりした騎士のバイクに軽々と乗り移った。その俊敏な動きに騎士たちが息を呑んだのも束の間、騎士の一人のうなじに鋭い手刀を打ちつける。

 護身する暇すら与えられず、騎士は気を失ってその場に倒れた。


「さっきから子供だの女の子だのうるさいよ。それ以上言ったら、今度はこの程度じゃ済まさないから」


 底冷えするような静かな憤怒に、青野ともう一人の同僚は震え上がる。


「……なあ、お前この人のこと知ってんの?」


 ひそひそと耳打ちしてくる同僚に、青野は小さく頷く。


「この方は元関東海域長の阿辻あつじ海聖みさとさんだ」

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