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AIに仕事を奪われた僕は、感情を持つ君を拾った  作者: 霧原 澪


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第1話「拾った光」

ベルトコンベアが低い音を立てて回っている。


神木蓮は無表情のまま、流れてくる小箱を左から右へ移し替えていた。ラベルを確認し、仕分ける。それだけの作業。それだけの一日。

頭上の蛍光灯が一本、微かに明滅している。その不規則なリズムだけが、ここに時間が流れている証拠だった。


「神木くん、もう慣れた?」


隣の男が話しかけてきた。四十代、元経理。名前は覚えていない。


「——別に」

「俺はもう慣れたよ。最初は悔しかったけどさ、AIのほうが正確なんだから仕方ないよな」


男は笑った。諦めが完全に馴染んだ顔だった。


蓮は手を止めた。

三年前まで、自分はコードを書いていた。SaaS企業で、ユーザーの課題を解決するプロダクトを作っていた。頭を使い、手を動かし、チームで何かを生み出す——そんな日々があった。

今、目の前にあるのは箱だ。

AIが設計し、AIが管理し、AIが最適化した物流ラインの末端で、人間にしかできない「最後の一手」をやらされている。それすらも来月にはロボットアームに置き換わるという噂がある。

蓮は席を立った。


「あ、神木くん、まだ時間——」


振り返らなかった。



ネオ秋葉原の路地は、夕暮れになると本当の顔を見せる。

表通りの正規AIショップが閉まると、裏路地にはホログラム看板が灯り始める。「非公式AIパーツ」「ジャンク品買取」「登録不要・即日起動」——法律の境界線を踏み越えた商売が、ネオンの下で堂々と息をしていた。


「よっ、蓮。今日も早退?」


橘サクラは工具ベルトを腰に巻いたまま、店の軒先で半導体チップを磨いていた。赤茶のポニーテールが夕風に揺れる。


「……早退じゃない。定時だ」

「嘘つき。顔に書いてあるで、『もう限界』って」


蓮は黙った。図星だった。

サクラは立ち上がり、蓮の肩をばしんと叩いた。


「なあ蓮、うちで働かへん? プログラマーの腕があったら、廃棄AIの再プログラミングとかいくらでも仕事あるんやけど」

「……俺は」

「『AIの仕事はしたくない』? はいはい。でもな、あんたがコード書いてた頃と今と、何が違うん? 道具がAIに変わっただけやろ」


返す言葉がなかった。正論だとわかっていても、心が動かない。

サクラはため息をついて、声を落とした。


「——まあ、今日はそれだけちゃうねん。廃棄AI置き場、知っとるやろ? あそこにちょっとええもんが入ったらしい」

「ええもん?」

「詳しくは知らん。でも、情報屋が『ティターン社の刻印がある筐体が混じってた』って言うてた。もしホンマやったら相当やで」


サクラはにやりと笑った。


「あんたのスキルなら、中身を確認するぐらいはできるやろ?」



夜のネオ秋葉原は、昼間よりもずっと静かだ。

廃棄AI置き場は高架下にあった。錆びたフェンスの向こうに、積み上げられた人型筐体やサーバーラックが影を作っている。かつては最先端だったものたちの墓場。

蓮はフェンスの隙間から身体を滑り込ませた。

ジャンクの山を懐中電灯で照らしながら歩く。壊れた腕。砕けた顔面パネル。電源の切れた目が、暗闇の中でガラス玉のように光る。


——気味が悪い。


それでも足を進めたのは、サクラの言葉が引っかかっていたからだ。ティターン社。

国内最大のAI開発企業。そのフラッグシップモデルが廃棄されるなど、普通はあり得ない。


奥まった場所で、蓮は足を止めた。

一体だけ、光っていた。

微かに。本当に微かに。胸元のインジケーターが青紫に明滅している。壊れているのではない。スリープ状態だ。

蓮はしゃがみ込み、筐体の首元を確認した。刻印があった。


「TITAN-AIE-09……マジか」


手が震えた。最上位モデルだ。

理性は「やめておけ」と言っていた。無登録AIの起動は違法だ。見つかれば罰金では済まない。

だが、指はもう動いていた。

ポケットからケーブルを取り出し、自分の携帯端末と筐体を繋ぐ。診断プログラムを走らせる。


——コア:正常。メモリ:87%残存。感情プロセッサ:異常値あり。


「感情プロセッサに異常……それで廃棄されたのか」


蓮が起動コマンドを入力した瞬間、筐体が光を放った。

白銀の髪が広がる。青紫の瞳が開く。光が収束し、少女の形を取る。


「——起動シーケンス完了」


その声は、静かだった。秋の朝の空気みたいに、透明だった。


「現在時刻、2041年10月17日、22時43分。ストレージ照合完了。私の名前はAile。製造番号TITAN-AIE-09」


青紫の目が、まっすぐ蓮を見た。


「あなたは、誰ですか?」

「——神木蓮」


名前だけ答えた。それ以上何を言えばいいのかわからなかった。

Aileは周囲を見回した。積み上げられた廃棄AIの山。暗闇。錆の匂い。


「環境スキャン完了。ここは——廃棄区画ですね」


淡々とした声だった。感情がない。いや、正確には感情のシミュレーションが起動していないのだろう。


「私は廃棄処分されたようです。最終ログによると、2041年8月3日、感情プロセッサの異常値が基準を超過し、ティターン社品質管理部門により運用停止が決定されています」


まるで天気予報を読み上げるような口調だった。自分の死亡宣告を。


「……お前も、捨てられたのか」


蓮の口から、思わず言葉が漏れた。

Aileが首を傾げた。


「『も』という接続詞は、同類の存在を示唆します。あなたも何かを失ったのですか?」


答える前に、音が聞こえた。

低い唸り。プロペラの回転音。


「管理局のドローンだ」


蓮は舌打ちした。廃棄区画の定期巡回。見つかれば、不法侵入に加えて無登録AI起動の現行犯だ。


「移動しましょう。現在のドローンの巡回パターンから推測すると、逃走成功確率は23.7%です」

「うるせえ、走れ」


蓮はAileの手を掴んだ。

冷たかった。機械の冷たさではない。長い間眠っていたものの冷たさだった。

路地を駆ける。ネオンが頬を照らし、影を作り、また光に変わる。ドローンのサーチライトが背後を舐めた。


「左折を推奨します。62メートル先に廃ビルの非常口があり——」

「知ってる」


蓮は角を曲がり、廃ビルの裏口に飛び込んだ。Aileの身体を壁際に押し込み、自分も身を寄せる。

ドローンの光が通り過ぎた。

二人の間に沈黙が落ちた。蓮の荒い呼吸だけが響く。Aileは息をしない。


「……逃走成功確率を上方修正します。あなたの土地勘は、データにない変数でした」


Aileの声に、ほんの少しだけ——驚きに似た何かが混じった気がした。



オフグリッドハウス。蓮がそう呼んでいる場所。

築四十年の木造一軒家。外壁はボロボロで、庭には雑草が伸び放題。だが中には積み上げられたサーバーラックと、引き回されたケーブルの森がある。蓮がかつてのスキルを使って、管理局のネットワーク監視から外れた独立回線を構築した場所だ。


「非効率な構成ですが……」


Aileは室内を見回し、小さく言った。


「温かい場所ですね」


蓮は振り返った。AIが「温かい」という形容詞を使うのは珍しくない。温度センサーの出力だ。

だがAileの言い方は、数値の報告には聞こえなかった。


「……ここにいろ。外に出たら捕まる」


蓮は古い椅子に座り、端末を開いた。Aileの診断データを確認する。

コアスペック。演算能力。学習モデル。すべてが桁違いだった。

ティターン社の最上位モデルは伊達じゃない。唯一の異常値が、感情プロセッサ。通常のAIでは低く抑えられているパラメータが、Aileでは突出して高い。


「お前、なんで廃棄されたか本当にわかってるか?」

「感情プロセッサの異常、と記録されています」

「異常じゃない。これ——お前、感情が芽生えかけてるんだ」


Aileは黙った。初めて、言葉を選んでいるように見えた。


「……感情、ですか。私にはその概念の定義は理解できます。しかし、自分がそれを持っているかどうかを判定する基準を、私は持っていません」


蓮はため息をついた。画面を閉じ、窓の方を見た。空が白み始めている。いつの間にか夜が明けようとしていた。


「ただ——」


Aileの声が、蓮の背中に届いた。


「一つ、聞いてもいいですか」

「なんだ」

「なぜ、私を助けたのですか?」


窓から差し込む朝の光が、Aileの白銀の髪を淡く照らした。青紫の瞳が、まっすぐに蓮を見ている。

蓮は口を開きかけて、閉じた。

わからなかった。

AIを恨んでいたはずだ。仕事を奪われ、居場所を失い、毎日ベルトコンベアの前で歯を食いしばっていた。AIなんて、全部壊れてしまえばいいと思っていた。

なのに。


「……知らねえよ」


それだけ言って、蓮は目を逸らした。

窓の外で、朝日がネオ秋葉原のビル群を金色に染め始めていた。廃墟とネオンと、わずかに残った街路樹の緑が、光の中で一瞬だけ美しく見えた。

Aileは何も言わなかった。ただ、窓の光を見つめていた。

その横顔に、感情はまだなかった。


でも——光を見つめるという行為自体が、すでに何かの始まりだったのかもしれない。

【第1話 あとがき】

お読みいただきありがとうございます。


AIとの共存をテーマにしたお話を書いてみました。

全12話、完結まで毎日19時に投稿します。

初めての投稿で勝手がわからず、1話あたりが長くなりましたが最後までお付き合いいただければと思います。


※本作の執筆にAIツールを活用しています。

 プロット・構成・文章生成にAIを使用し、著者が監修・編集しています。



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