75話 老舗に負けるのはテンプレだけど
王都では薬草採取ブームが発生していた。老若男女、猫も杓子もマーモットというやつである。マーモットはいらないかもしれない。
なにせ薬草一束銅貨2枚。ハーブなどでも銅貨が支払われるときいて、皆が郊外で採取をしていた。そうなると、魔物に襲われる可能性があるが、魔物退治の報酬も跳ね上がっているため、冒険者たちが乱獲をしており安全となっていて、今の郊外は夏休みの海の如く、大勢の人々でひしめき合っていた。
「おらぁ、薬草ゲットだぜ! これで銅貨何枚分だ?」
「ここらへん、もうすっかりなにもないわよ」
「おかーさん、これ、やくしょう?」
多くの人々が採取に勤しむ中、その中にはアキもいた。今日は幼女ではなく、コブターンに化けている。理由はと言うと━━━。
「えー、皆さん。今日は錬金術の授業2回目の日です。錬金道具を持ってきましたか?」
「は~い」
森林手前で声をかけたのはリューラ・リューラだ。ちょっぴり疲れた表情でのその問いかけに答えたのはいつも元気なスピカである。アキも悪役令息にふさわしく面倒そうに小さく手を挙げて、カストールも同様にする。
そう、今回は錬金術の授業第二回だ。密度の高い日々を過ごしていたため、一週間しか経過していないのが不思議なくらいだが、一週間しか経過していないのだ。
「………………」
そして、他の生徒たちはシーンと静まり返っていた。なぜならば手元に錬金釜が無いからだ。
「なんでだよ、なんでどこに行っても錬金釜がねーんだよ」
「お前もか。実は俺も錬金釜だけ手に入らなくてな………」
「私、倉庫にしまってあったおじさんの貰ってきた。古くてボロボロでやになっちゃう」
と、他の生徒たちは嘆き節が止まらない。なんでだろうね? あたちよく分からない。どこかで買い占めた幼女がいたのかもね。
錬金釜がなければ、錬金はできない。ライバルの殆どはここでドロップアウト確定である。うはははは、実に悪役令息っぽいよな。錬金術科20名中、10人程度しか錬金釜を持っていないのだから、残りは錬金釜無しで頑張って欲しい。
「アキちゃんに錬金釜を譲ってもらって助かりました。私も買うことができなかったんです。ありがとうございます」
隣に座る少女がこっそりとお礼を言ってくる。誰かといえば、マノミだ。ニコリと微笑む姿がとても可愛らしい。
「………ねぇ、アキ。ピスケス公爵令嬢となんだか仲が良くなってるけど、どうしたの?」
そして、反対側に座るスピカがむっとした顔でコブターンの頬をぷにぷにつついてきていた。どうやら好感度が着実に上がっているので、なんならなにもしてないはずなのに好感度が勝手に上がってるようで、嫉妬しているらしい。偽カストールは横でニコニコとしているだけなので役に立たない。
幼女に嫉妬しても不毛なのではと思うけど、スピカへとマノミは挑戦的な視線を向けるとクスリと微笑む。
「アキちゃんはピスケス公爵家と家族ぐるみの付き合いもしている間柄なんです。それに総合商社カステランの副商会主となったアキちゃんを私はお手伝いするように言われてますので」
お飾りの副商会主だが、一応何かあったら手伝ってあげなさいとマノミは父親に言われている。父親はなにも起きないだろうと考えての言葉だが、マノミは常に何かを起こす幼女であると知っているので、アカデミーでも近くにいると決めたのである。まさしく幼女の行動を早くも理解してきた公爵令嬢であった。
だが、その態度は強気のスピカの心を燃やすのに十分であった。そして、スピカは自身が庇護しなくちゃと思っているコブターンを奪われるわけには行かないと、うぅ〜と睨み返す。庇護と言いながら独占しようと無意識に考えている少しメンヘラなところもあるヒロインである。
「私はアキと友人だから! 父親に命令されて仲良くなる人とは違って入学式から面白おかしい出会いをしたんだからねっ!」
運命の出会いではなく、面白おかしい出会いだったらしい。正直者ではあるが、なんか少し悲しいアキです。もう少しカッコ良い出会いじゃなかったっけ? やはり幼女の姿で登校するべきだったか。
スピカはアキの腕に腕を絡めてきて、ムギュッと胸を押し付けてくる。なんてことでしょう、これは幼女じゃなかったら動揺していたでしゅよ。べったり張り付きコアラかなにかかな?
「それでは私も、えいっ」
その様子を見てマノミは微笑むと、体全体を使い、アキを抱え込むように抱きしめてくる。その大胆な光景に、スピカはぎょっとする。まさか大人しそうな少女がそんな行動に出るとは思っていなかったに違いない。カストールはぼーっととしている。よくよく観察すると、カストールは片言が多かったし、たしかに人形のようだな。偽カストールだとわかると変なところも納得だ。
「なんだ、あのブタ。ピスケス公爵令嬢にあんなことさせやがって。あいつの顔がピスケス公爵令嬢に触れそうだぞ」
「弱みでも握ったのか? まさか洗脳スキルなのか? 精神汚染解除の魔道具を持ってくるか?」
「いえ、あれは家の命令で仕方なくやってるんだ。俺にはわかる。可哀想なピスケス公爵令嬢。あの方は少し気が弱くて家に忠実なんだ」
「あの野郎、悪役令息だろ、悪だぞ、あいつ!」
そして、周りの生徒たちはそんな大胆なマノミを見て大騒ぎだ。なぜかコブターンがピスケス公爵令嬢に無理をきかせていると思われている模様。これはきっと悪役令息の強制力というやつだろう。
だが、アキは知っている。マノミの大胆な行動は遊園地のマスコットキャラの着ぐるみに抱きつくことと同じなのだ。しかも中身は世界一可愛らしい幼女である。マノミ的にはどんなに抱きついても恥ずかしくないどころか嬉しいだけなのである。
『あ~ちゃん、ハグたいしゅき。え~い、おかえし〜、はぐはぐ』
そして、あろうことか、あ~ちゃんが抱きしめられたことに大喜びして、二人を抱きしめ返して、顔や胸に頬擦りする。懐いた子猫のように、幼女はハグが大好きなのだ。
「ひゃぁっ、アキ、少し大胆だよぅ」
「うふふ、くすぐったいです、アキちゃん」
スピカは照れて真っ赤となり、マノミはくすくすと笑って楽しそう。幼女を中心にほのぼのシーンが作られていたが、実際見た目はコブターンである。他の生徒たちのボルテージはどんどこ上がっていっていた。
「ほら、そこ、授業中ですよ、いい加減にしなさい! 私はここ最近の忙しさで恋人とデートもできないんですよ。そう………忙しさで会えないんです。たった2年と3カ月と12日くらい普通普通………会えないのは忙しいせい………」
闇を背負う美女リューラはブツブツと呟いて闇の女王のような恐ろしい笑みになるので、気まずさでスピカたちもそっと離れる。
生徒たちはシンと静まり返り、リューラは正気に戻ると、眼鏡の位置を直し何事もなかったかのように話を続ける。
「それでは今日の授業は薬草採取と低位ポーション作りです。アカデミーの施設は破壊されたため、青空教室となりますが、器具さえあればどこでも錬金術は使えます。作り方は━━━」
リューラが説明をしていき、生徒たちはノートに書いていく。アキももちろんこくこくと頷き、錬金術を学ぶ。現実だと錬金釜に放り込むだけじゃないのか。なになに、薬草の葉っぱをとり、その筋を取ると千切って、牛肉を先に炒める。小麦粉を炒めると、ルーに香ばしさが深まると。なるほど、なるほど。ポーションの作り方はオーケー、お米は炊けてる?
「アキちゃん、起きてください。そろそろポーション作成の説明が終わりますよ」
「え? 寝てない。寝てないよ? ほら、起きてる起きてる」
こくこくと船を漕いでいたらしいアキは、口元を拭うとマノミに答える。カレーポーションの作り方を教わってたんだよね? キャンプはカレー。
なぜかリューラ先生がアキを睨んでるような気がするけど気の所為気の所為。寝てないからね? 幼女嘘つかない。
「えー、以上でポーション作成の説明を終えます。では引き続きテストを行います。採点ではポーションの効果の高さ、ポーションを何本作れたか? を採点基準とします。では、終了時間は午後四時。それまではどこで採取をしても、ポーションを作るのに集中しても良いです。魔物には気をつけて薬草採取をすること。命の保証がないのは知ってますね? ここはアカデミー内でないことを注意しなさい。では始め!」
「はいっ!」
リューラが声をあげて、生徒たちは一斉に行動を開始するのであった。アキ的にはいきなりテストかよと思うがゲーム仕様なので、サクサク進むのだ。これ、現実だとまったく錬金術師が育たない理由だと思います。覚えるより慣れよ、寿司職人の世界だね。
わっと皆が森林へと駆けていく。なにせ、森林手前は大勢の人々でひしめき合っている。薬草どころか、雑草すらない。まるで草むらにヤギを放牧したかのように刈り取られている。なので、生徒たちは我先に薬草を採取しようと駆け出すのだ。
「ねー、アキ。私たちはどうしよっか? 杖は持ってきたから、魔物に出会ってもアキを守ってあげられるよ?」
スピカがむふんむふんと鼻息荒く杖を持ってサムズアップするけど、コブターンは守られることが前提なのかな?
「そうだね、僕達なら魔法を使えるから、よほどの敵がいないなら安全」
なぜかカストールはふらついて話す。人形でも体調が悪くなるということはあるのかな?
「ふふ、アキちゃんの指示通りに動きますから、先導をお願いできますか?」
そんなスピカたちをアキの力を知っているマノミはおかしそうに笑うと顔を向けてくる。どちらにしてもリーダーになったらしい。おかしいな、こういうのは「あんたはこの中で誰よりも強いからリーダーよ」とか言われるのがテンプレじゃない? まぁ、か弱い幼女だから、特に気にしなくてもいいか。
「それなら━━━」
「おい、アキ・アスクレピオス侯爵子息!」
口を開こうとすると、男子の声が口を挟む。なんだ? 振り向くと三人の男子生徒と二人の女子生徒が立っていた。アキを憎々しげに睨み、指を突きつけてくる。
「私の名前はギャーフ・シャウト。シャウト伯爵令息だ。貴様、その薄汚い手をピスケス公爵令嬢から離せ!」
なんとアキは生徒たちに絡まれた。とっても悪役令息っぽい絡まれ方だな。




