37話 かんわ ケイの休暇後編
大猪亭は大盛況だった。満席状態で、外でお酒を飲んでいる人もいる。理由は分かっているので、ケイとタイチは人波を割って、無理やり中に入ると、予想通りの人が座っていた。
「そうですか、雪かきで骨を折ってしまったと、少し調べさせていただきます」
柔らかな春の日差しのような声で、優しい微笑みで対面の男性の脚を調べている女性。高貴なる法衣を着っぱなしで酒場にいる女性は百花騎士団の神官シィだ。清純そうなおしとやかな顔立ちで、誰もが振り返る美女だった。
「ふむふむ、これは骨が折れています。ここはアルコール消毒をして、治癒魔法を使いますね」
そう言うとジョッキを掴み、並々と注がれたエールをごくごくと一気飲みする。口元に泡を付けて、空になった。
「ぷはぁ、くー、よく冷えてて美味しいです。ウイに氷を売るようにお願いして良かった。あ、回復ですね」
『ヒール』
絶対にアルコール消毒ではないと思われるが、ほろ酔い気分で軽く手をかざすと、純白の優しい光が腫れて真っ赤っ赤だった足を癒し、腫れは引き、もとに戻るのであった。適当な様子でも魔法を発動させることのできる清純詐欺なシスターだ。
「ありがとうございます、酒聖女様! えっと代金はおいくらでしょう?」
「そこのお椀に適当に気持ちいれといてください。マスター、エールおかわり! アルコール消毒したらなくなりました! あと、おつまみ追加でお願いいたします」
それでも癒しの魔法は癒しの魔法だ。しかもシィは銅貨が山と積み重なっているお椀を指すと、また酒を飲み始める。癒しの魔法は本来は高いので、銅貨などではとても払えない。が、シィが気にしないので、治った男は崇めるように手を合わせて感謝すると、銅貨をジャラジャラとお椀に入れて立ち去るのであった。
「ったく、適当すぎじゃねーか? せめて酔わないでやってやれよ」
シィを見つけて呆れた表情のタイチが対面に座り、ケイもキラリと肉食獣の目つきで一緒に座る。
「ん? これはタイチさんではないですか。ケイもご一緒でしたか。こんにちは、休暇中ですか?」
「こんにちは、シィさん。このステーキ肉冷めそうですよ?」
「ふふ、食べていただいて大丈夫です。今日は私は無料らしいので」
ありがとうとケイがステーキをパクパク食べるのを横目に、シィは店員が持ってきたエールを再び呷る。
「えっと、お酒を飲むのには理由があるのです。ほら、酒飲んで適当そうだなぁと患者は思って、それなら治療代は安くても良いだろうと安心してくれるという理屈です」
「もぐもぐ、この間は、酒を神に奉納して力を得るためとか言ってませんでした?」
「きっと色々とあるんですよ、色々と」
お酒が好きなシィはケイのツッコミにヘラリと笑って受け流し、次の患者を治す。これがシィの休暇時の日課である。酒場はシィが訪れたらタダにする。そしてシィはやってきた患者を治すという仕組みだ。シィが訪れると、感謝している人々が訪れて満席になるので、ウワバミみたいに飲まれてもタダなのであった。そして、めでたくシィは酒聖女という、お酒を司る神の使徒みたいな渾名をつけられていた。実際はただの飲んべえなだけだが。
「シィ様のお陰で助かった人々は大勢いますしね。こんなに癒しの魔法を平民に使ってくれる人なんかおりやせんよ。はいよ、エール追加と猪のステーキにじゃがいも炒め!」
マスターが笑いながら、エールや料理を置いてくれる。その笑顔は本当にシィを尊敬している顔だった。
まぁ、貴族一人を癒せば、こんな金額は比べ物にならないお金が手に入る。たしかに聖女と呼んでも良い人だ。とても優しい人だ。ケイもその優しさには尊敬の念を………。
「くぅ~、美味しいです。今度はワインにしますかね。でも、この世界のワインは水で薄めるからイマイチ。うーん、薄めないとダメなんでしょうか」
本当に優しいのかは不明だが、それでも尊敬を一応する。単なる酒好きな可能性が高いけど。
「あ~! 12剣のタイチさんだぁ〜! 魔物を退治したお話して〜」
「あの、お花いりませんか? 1束銅貨1枚です」
「あそこの屋台は串焼きが安かったよ」
今度は酒場の外からタイチを見つけて子供たちが駆け寄ってくる。12剣とは、ヒャッハー騎士団のことだ。アスクレピオス侯爵家を助けるため、星の下に集まった義侠の勇士と、詩人が歌っているほどに有名になっていた。ケイとしては、なんだかいきなり現れた感じがして、幼女が怪しいとは思っていたが空気を読んだ。
「魔物の話は、そこの詩人に歌ってもらえ、花は全部くれ、酒場に飾ってやりな。串焼きを買い占めてお前らで分けろ。ほら、銀貨をやるから」
「ありがとう、タイチのお兄ちゃん!」
ワッと、子供たちは嬉しそうに歓声をあげて、待ってましたと詩人が百花騎士団の英雄譚を歌い始めて、花売りの少女は周りの子供たちとせっせと花を飾り始める。外に飛んで行った子たちは串焼きをたくさん抱えて戻ってくると、皆で分けて笑顔で頬張るのであった。
この子たちの大変な様子をケイはほとんど知らない。ここに来たときは、ルプス子爵たちを断罪するときだったからだ。その後のアスクレピオス侯爵様の様々な改革により、生活は大幅に変わった、らしい。でも、訪れた時の、皆の絶望の視線は感じていた。だからこそ、子供たちの笑顔はとても輝いている。そして大人たちの騒ぐ光景も。
私はほとんど役に立っていないが、それでも少しは皆と共にこの領地を良くしようと頑張れたのではないかと思う。浜辺の町に住んでいるときは感じなかったことだ。自然と自分も口元が綻んで楽しげに緩む。そしてこの光景を作り出せるヒャッハー騎士団の人たちは皆好きだ。
━━━でも、少しだけ気づいていることがある。誰も気づいていないことだ。それは彼らは優しさから善行を行っているだけではないと言うことだ。もちろん、子供たちの笑顔をみたいという言葉は本当だろう。でも、もう一つ理由がある。
彼らは物欲がない。傭兵団は明日をも知れぬ命だから宵越しの金は持たないというレベルではない。単にお金にこだわりがないのだ。それどころか、自分たちの命さえも。
アキがヒャッハー騎士団を集めたとき、実は薄っすらと覚えている。アキが手をかざしたら、この人たちが突然現れたのだ。魔法みたいに。
もしかしたら、彼らは人ではないのだろうかという疑いが、心の片隅にある。
でも━━━。
「ありがとう、お兄ちゃん! 花を全部飾ったよ? きれー?」
「おぉ、センスあるじゃねーか。こんなに綺麗な花を見たら、皆買いたがるぜ」
「えへへ、この形に置くととっても綺麗に見えるんだよ」
花を飾り終えた子供たちが、褒められて、えへへと微笑みタイチに撫でられている。子供たちは花を売るだけあって暮らしがとても厳しい。だからこそ、全部買ってもらえて褒められるのはとても嬉しいのだ。
「ずっと、手が痺れてまともに動かなかったのに、今は普通に動くんですよ、シィ様」
「ん〜、それは病気だったからですよ。だから病気が癒えれば動くんです。私にとっては簡単なことだったので、そこまで感謝しなくて良いですよ」
「ふふ、そういうわけにはいきません。これ、シィ様に渡そうと刺繍を入れたハンカチです。よろしかったらお使いください」
「おねーちゃん、私も手伝ったんだよ。この葉っぱのところ!」
中年の女性が花の刺繍の入ったハンカチをシィに渡す。その顔は幸せそうで、隣に裾をつかんだ子供もキラキラとした目でシィを見つめていた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
使いますねと答えないのは、もうシィの部屋にはハンカチや人形、洋服など大量のプレゼントが置かれているので、多すぎてとてもではないが使い切れないからだ。物欲のない人だが、一つ一つに付箋を付けて、誰からもらったか名前を書いて大切にしまっていることを知っていた。
同じように、タイチも子供たちになにか困っていないかを尋ねており、困ったことがあったら解決している。二人ともとても優しいのだ。
その優しさの根源が物欲が無いことと関係するのかもしれないが………そのことを調べるつもりはない。人には色々と秘密があるものである。ヒャッハー騎士団の人たち全員の魔力パターンが同じことも関係するかもしれないが、そこは絶対に尋ねるつもりはない。魔眼を持つ私以外には分からないだろうし。
ケイは優しい目で人々に囲まれている二人を眺めて、フォークをステーキ肉に突き刺すのだった。
そして、大変なことに気づく。もしかしてと、冷や汗をかく。
「あの〜………タイチさん、シィさん。私たちが明日から王都に向かうことって、皆に伝えました?」
顔を引き攣らせてケイは二人を見ると、予想通りキョトンとした顔で返してきた。
「ん? 特には言ってないな」
「なにか言う必要があるのでしょうか?」
予想通りの答えだった。他人に無頓着な人たちらしい。そして、ケイのセリフを聞いた人々は、そのセリフの内容を頭で咀嚼して………。
「え、えぇぇぇぇ! 王都に行っちまうのかい?」
「ちょ、ちょっと、いつ帰ってくるの?」
「おにーちゃん、どっかに行っちゃうの?」
大騒ぎとなった。皆がタイチたちに詰め寄って、どういうことかと尋ねる。子供たちは涙目だ。
「アキ・アスクレピオス様の護衛として、俺とシィ、そして、ケイに、あと何人かの近衛と一緒だ。騎士団団長はタニに譲っておく」
「本当は全員で行きたかったのですが、領地はまだまだ落ち着いておりませんからね、治安維持も文官も」
ヒャッハー騎士団は外での活躍の他に、文官としても活躍している。特に魔女たちは文官として忙しい。お淑やかにふふふと微笑みながら、シィは文官としての仕事から逃れられることも密かに喜んでいたりした。
「ぬぅぁぉあ、なんで言ってくれねぇーんだ! 今日は見送りの宴会だぁぁ!」
「そうだ! 二人を見送らないと!」
「こうしちゃいられない。街の皆に伝えないと!」
「お友だちを集めてくるね!」
大騒ぎになって、慌ただしく皆が走り回る。料理を用意しないとと、お酒を大量に持ってこないとと、子供たちはお歌を歌おうよと、皆が忙しい。
━━━そうして、酒場に入り切らないほどに人が集まって、大宴会を始めるのだった。その人数はタイチたちが助けただけの数だ。
感謝の念を籠めて、皆が騒ぐ。その様子はキラキラとした星空のように、仄かな光のように輝いているのだった。
「うん………私も王都に行くんだけど」
クスンと少しだけ泣いちゃうメイドがいたりしたとかいないとか。




