36話 かんわ ケイの休暇前編
ケイはアキの専属メイドである。というか、ついこの間まではケイしか屋敷にはいなかった。ほんの1年くらい前の話だ。寂れた漁師町にある古い屋敷。騎士だってもう少しマシな屋敷に住んでいるだろうボロいところだった。
「ケイ〜、今日のお茶は用意できたかしら?」
「は~い、えっとトレイにはスコーンとジャム、お茶は最上級のお茶っと。たぶん準備できたよ、ママ、あだっ」
ゴチンと拳骨が落とされた。相手はママだ。
「ママじゃなくて、侍女頭と呼びなさいといつも言ってるでしょ。それとスプーンが足りないわよ。お嬢様は落とす可能性があるから予備も用意しておきなさいって伝えたでしょ」
「は~い」
そういえばそうだったやと、ケイはワゴンにちゃちゃっと銀製のスプーンを並べる。お嬢様は落ち着きがなく、蝶を見つければふらふらと席を立つし、猫を見れば一緒に木に登ろうとするし、マーモットがいれば、巣穴に入ろうとする幼女なのだ。なので、お茶の時間にスプーンを落とす可能性高し。ただお客様がいらした時は良い子なので、頭の良い子なのだろう。
頭の良い子なのは今のうちで、もう少ししたらそんなレベルでは済まなくなる予感がするけどと、ケイは苦笑する。
「良し、今度こそ大丈夫! バッチシだよ!」
キチンと並べ終えて、ふ〜と息を吐き、かいてもいない汗を拭う。母親のエルはその様子を見て苦笑しつつ今度は問題ないとお墨付きをくれるのだった。
「それじゃレッツゴー!」
「こら、勢いよくワゴンを押すんじゃありません。はしたないでしょ、ケイ! もうメイドではないんですからね!」
ワゴンを押して、ケイが勢いよく走り出そうとして、再びゴチンと痛そうな音がするのであった。
そう、ケイはもはやメイドではなくなった。侍女になったのだ。侍女は主人の身の回りのお世話をする仕事だ。朝は髪を梳いて、服を着させて、食事の時には給仕をし、時には簡単な事務仕事も手伝う。本来のケイの家門の仕事だ。初めて知ったけど、ケイは法衣男爵家らしい。てっきり元騎士だとばかり思っていたから驚きだった。アスクレピオス侯爵家が復活しなければ意味がないから教えなかったらしい。冷たい両親である。
メイドの時のように掃除や洗濯などの雑用はしなくなったから楽だと喜んでいたら、侍女は礼儀作法もできなければならないし、主人を世話するにも色々と考えて、今日の服装から食べ物の種類、スケジュールの把握とか、たくさん仕事をしないといけないから、メイドよりも大変だった…………。
その分、お給料は信じられないほど増えたから、別にいいんだけどね!
◇
「明日から大変なんだから、今日はもうお休みで良いわ、ケイ」
「やったぁ〜、ありがとうございます、イダッ」
「ご主人様の前ではしたないわよ」
屋敷の庭にある東屋でゆったりと優雅にフユがお茶を飲みながらケイへと優しい笑みを浮かべて休暇をあげると言う。なので喜んで万歳と手をあげると、再びゴチンと頭を殴られる。どうも母親は殴らないとケイが分からないと思っているらしい。失礼なことだ。私はいつもは礼儀作法はバッチリだよと、1日に3回は怒られているのに、自覚のないケイはプンスコ怒る。
「それでは奥様、お嬢様、休暇に入りまーす!」
でも、急のお休みだ。やったねと、ケイは走り出すのであった。貴重な休暇だ。1秒たりとも無駄にはできない! あ、こら待ちなさいと、ママがなにかを言っていたが気づかないふりをするのであった。
━━━とはいえ、何をしようかなぁ。急な休みですることを思いつかないと、ケイは後ろ手にてくてくと庭を歩く。途中で庭師さんや、洗濯をしているメイドさんたちがあいさつをしてくるので、少しお喋りをしつつ挨拶を返す。
つい昨年までは自分一人だったのに、今のお屋敷には数十人の召使いがいるのが不思議だ。それを言うとお屋敷もお城に変わったのだが、環境が変わりすぎて、いまいちピンとこない。夢の中にいるかのようだ。
まず、ケイ自身が偉くなったというのが実感できない。侍女はメイドたちとは格が違うと、他の侍女たちの中ではメイドたちに上位者としての態度をとる人もいるが、今まで一人でアキお坊ちゃんの世話をしてきたので、どうにもそんな態度をとることはできなかった。なので、皆に普通に接している。
その気さくな態度が召使いたちの間で人気になっているのだが、ケイ自身は能天気な上に鈍感なので、まったく気づいていなかった。
そうしてぷらぷらと歩いていると、いつの間にか訓練場に辿り着く。そして、きゃあきゃあと女性たちのはしゃぐ黄色い声が聞こえてきて、ムフフと口元を猫にする。どうやら、休暇を楽しめることができそう。
てこてこと訓練場に入ると、そこには予想通り、百花騎士団の面々が訓練をしており、その様子を遠巻きにして眺めている女性たちの姿があった。
「きゃー、タニ様〜。タオルをどうぞ!」
「センイチ様、よく冷えた果物水がありますの」
「本日は良いお肉が手に入ったとかで、我が家にぜひいらしていただけませんか?」
百花騎士団はだいぶ騎士たちが増えたが、その中でも女性たちに人気なのは、元からいたヒャッハーたちだ。それぞれ強面から優男までタイプは様々だが、全員二枚目だ。しかも各地の魔物や山賊を討伐し、その英雄譚も広まっている。そして領地持ちで婚約者もいない独り身ときた。女性たちがそんな優良物件を逃すはずもなく、砂糖に群がるアリのように常に集まっていた。
「皆婚活大変だよね~。私もあそこに混じって、お菓子とか貰おうかな」
ウヒヒと悪い笑みで集まりに混じろうとするケイ。彼女らはお菓子とかサンドイッチを持ち歩いているので、さりげなく混じると分けてくれるのだ。セコい少女ケイである。
「そういうことをずっとしてると嫌われるから、なんかお前も食べ物を持っていった方が良いぜ?」
「うひゃあっ、な、なんだタイチさんか。驚かせないでくださいよ。私だってたまに持ってってますよ?」
「お嬢の残り物のスコーンとかだろ? そういうのって後々バレるとケチなやつと思われるから新品持ってけ」
急に後ろから声がかけられたので、驚いて振り向くと、ガタイの良い爽やかな顔立ちの青年が立っていた。ヒゲモジャの時は分からなかったが、とんでもないハンサムだ。詐欺みたいな男はジト目を向けてきたので、明後日を向いて口笛で誤魔化す。だって、いつもあ~ちゃんのオヤツは余るのだ。もったいないからもらっても良いと思う。
いかにお給料が上がっても、節約するところは節約する。今まで苦しい生活をしてきた記憶が残っているケイなのだ。と、なんで、タイチさんはここにいるんだろ?
「あ、なんで訓練に参加してないんですか? サボり?」
「チゲーよ。明日からはお嬢付きで忙しくなるからな。この一週間は休みをもらってる」
「ガーン! 私は今から半日だけなのにズルい! ズルい! ご飯奢って!」
差別、差別だよ! ママは厳しすぎるとケイは憤慨するが、それまではタイチたちが領地を駆け回っていたので当然と言えよう。そして、どさくさに紛れて奢ってくれと頼む少女である。
「まぁ、俺もこれから飯を食べに行くつもりだったから良いけどな。それじゃ街に行くか」
「やたっ! バンザーイ、さすがはタイチさん! それじゃ、大猪亭で!」
「ボリュームが売りの店じゃねぇか。もう少しおしとやかさとかないわけ?」
「いいじゃないですか、たっぷりのお肉は正義です! さ、レッツゴー!」
お昼ご飯ゲットだぜと、ケイはタイチに腕を絡めて、街へと繰り出すのだった。
◇
アスクレピオス領都は、最初に来たときとだいぶ印象が変わった。皆は重税に苦しみ、外を歩く人はほとんどおらず、貴族どころか、メイド服を着ているだけでも恐れられて遠巻きにされていたものだ。
━━━だが、今は活気があった。街のあちこちには雪が残り、まだまだ風も冷たいのに、多くの店が開き、大勢の人が買い物に来ている。食べ物の屋台も開いているし、ゴザを敷いて様々な品物を売っている者たちもいた。
「らっしゃい、らっしゃい、雪白菜が今は旬だよ〜。野いちごもあるよ、採れたてだよ!」
「木綿1メートルで銅貨五十枚安いよ安いよ〜」
「春に備えて、しっかりと準備しましょう。新しい鍬はいかが?」
「もう少し安くならない? この小さいのは値引きできるかしら?」
「うーん、木綿二メートルちょうだい。春に向けてタオルが欲しいのよ」
「錆の取り方を教えてくれ。え、新しいのを買え?」
お店とお客のやり取りや、行き来する人々の熱気が冬の終わりを感じさせてくれる。たった1年足らずでこんな活気のある街になって、ケイもなんだか嬉しい。
「皆、元気ですよね。お金も持ってるし」
「あぁ、侯爵様が大量の薪を高く買い取って、領民に無料で配布したからな。それに城の召使いや自分の服を何着もフユ様が買っているから、薪代が浮いて、冬の手仕事で布作りが盛んだったから金があるんだよ」
「そのお陰で、フユ様は浪費癖のある夫人だって噂されてますよ? 宝物庫の金貨がすごい速さで減ってるって、この前おじいちゃんが困ってました。フユ様は装飾品もたくさん買いますし、少しお金使いすぎるのかも」
「あれ、商人を呼び込むためにわざとだぞ。これまではルプス子爵の御用商人しかいなかったからな。他の商人を呼び寄せるためだ。金がどんどん流れれば、経済ってのは活発になるのさ。売れると分かれば、新たな野菜を作ろうとか、新しいデザインの服を作ろうとか考える。野菜なら作る人、運ぶ人、売る人と必要だ。服ならお針子や針だって作るのに鍛冶屋が必要。雇用が増えていくんだ」
「よくわからないですけど、なんだかすごいというのはわかりました。とにかくお金を使えばいいんですね? なら、タイチさんのお財布を空にするためにも、たくさん食べます!」
「自分の金を使え、自分の金を。個人ではそういうことをしなくて良い。普通に使ってれば良いんだよ。そういうのは為政者の仕事だ」
ペチと頭を軽く叩かれるが、正直よく分からなかった。分かったことはフユ様すご~いということだ。
「で、到着したが………いらんやつがいるようだぜ」
お店に到着したが、タイチさんが顔をしかめる。視線の先にあるお店はいつになく盛況で満員っぽい。その理由はケイも知っている。
「あはは〜、酒持ってきてください、おーさーけー」
「へい、聖女様!」
どうやらシスターのシィさんがいるようだった。




