30話 漫画でも良いから戦史を読みなさい
「うわぁ〜、街が見えてきましたよ、アキ様。王都よりは小さいけど、おっきーい!」
「そんなに馬車から身を乗り出すと危ないよ。落ちちゃうかもでしゅ」
カタコトと進む馬車の窓から身を乗り出して、ケイが見えてきた領都を前にはしゃぐので、アキは馬車の車体にヤモリのようにしがみついて注意する。カタコト揺れて、もう少しで手が外れそう。
真っ先に窓から身を乗り出して、落ちる寸前の幼女である。説得力がありすぎる忠告だと言えよう。身をもって注意する偉い幼女だ。そろそろあたちが落ちちゃうので、助けてください。
「ほらほらアキ、気をつけないと駄目ですよ。私の膝に乗りなさい」
「あ~い、あ~ちゃんおひざにだっこしましゅ」
今日はアキと一緒に馬車に乗っている母親のフユがクスクス笑いながら優しく引き上げてくれて、助けられて安心する。焦っていないのは、この世界の特有のルールがあるからだ。即ち、魔力により身体強化を行える騎士級以上なら、身体が頑強となってたいした怪我は負わないと知っているからである。そして、アキは先日身体強化が行えることを両親に見せたので、あまり心配されないのであった。ちなみに両親も騎士級以上の魔力を持つため強い。
この世界、ゲームの時とは違って、戦闘系のスキルレベル3相当以上は『騎士級』と言われているらしい。たしかに3からは特殊スキルを使えるから、強さの次元が変わるんだけど、現実となるとそのような縛りができていた。魔力が無いとレベル3以上になれないみたいなんだ。魔力の無い人間にとっては可哀想な話であるが、アキは魔力があるのでどうでも良い。悪役令息ルックスYはそんな事を気にしないのだ。
◇
━━━王都を出発してから一ヶ月が経過していた。アスクレピオス侯爵家一行はその間、村々を周り、小麦を配給し、時には資金援助も行い、近隣の魔物の討伐や病人を癒しながら旅してきた。
その評判は広まっていき、そうしてアスクレピオス侯爵家を先々の村々が歓迎するようになって、ようやく領都に到着したのである。
馬車の乗り心地最悪だし、疲れていたので、領都についてはしゃぎすぎて、窓から落ちそうになったのは仕方ないといえよう。仕方ないよね?
「どうやら、街門で待っている者たちもいるようだ。ホッとしたよ、もしも誰もいなかったらどうしようかと恐れていたんだ」
同じく一緒に座っているナツが窓から領都を覗き、顔を安堵で緩める。アキはその言葉に意外に思い、もう一度よじよじ登り、窓から外を見ると、堅固そうな街門の前に20人ほどが待っているのが見えた。
驚きである。誰も待っていないか、待ってても一人二人ぐらいだと思ってたのだ。しかも嫌々というわけではなさそうで、緊張しているが、その顔は喜んでいた。
「ケーン・べナティ男爵だ。彼とその一派は以前から唯一私を主君と仰ぐものでね。何回か領地返還をすると言ってきたけど、借金返済もしていないのに、返してもらうわけにはいかないと断ってたんだ。忠義に篤い人だよ。先代男爵とは大違いだ」
懐かしむようにしみじみとした口調でいうナツ。まじか、そんな人いたのか、というか断ったら駄目じゃん………と言いたいところだけど断っていて良かったかも。領地を取り戻すならいっぺんに回収しないと、残りの領地が警戒してなんらかの対抗策を練っていただろうしな。グッジョブ、おとーさま。
「でも、アスクレピオス領都には文官武官合わせて200人はいるはずなのに20人か………」
ナツの悲しむ様子に、あたちは誰もいるとは思ってなかったよとは言い難いので、アキはお口チャック。空気を読む良い子の幼女なんです。
トコトコと馬車が進み、街門の前に停車すると、なんか暑っ苦しそうなガタイの良いおっさんが興奮した馬みたいにドドドと駆け寄ってきた。
「栄えあるアスクレピオス侯爵様にご挨拶を申し上げます。ケーン・べナティでございます、アスクレピオス侯爵様。う、うぉぉぉん、良かった、良かったですぞ、さすがはアスクレピオス侯爵様。いつか領地を取り戻せると信じておりました。このケーン・べナティ、命をかけて今後お仕えしたい所存!」
大声で挨拶をして男泣きをすると、頭を下げるケーン・べナティ男爵。なるほど、演技ではなさそうで、脳筋っぽい。たしかに忠義溢れるおっさんに見える。アキの策を見破ったわけではなさそうだ。
「エキトラ・スーです。騎士としてお仕えいたします!」
「クラ・チェリーでございます、お待ちしておりました、領主様」
「ロボー・ストーンと申します。ご帰還おめでとうございます!」
他の者たちも挨拶を返してきて、ナツは馬車から降りると、それぞれの手を取り挨拶を返していく。
「皆、よく集まってくれました。これからは私がこの領地を再び管理するので、力を貸してほしい」
「ハハッ! 粉骨砕身の思いで仕えさせていただきます!」
上の者のとる態度を理解しているナツだ。一人一人と握手を交わすと、配下は意外とそれだけで感動する。自分のようなものまで気をかけてくれるなんて、実に立派な人だと第一印象は良くなるわけだ。若い時は帝王学を学んでいたナツはどう振る舞うかを知っていた。
握手をした相手は、侯爵家という本来は雲の上の人から親しげにされて、このお人こそは忠義を尽くす相手だと感服し、皆は尊敬の念を持ち、声を上げて感激を言葉で表し、和気藹々と楽しそうな空気となる。
「あくしゅかい、あたちもしたいでしゅ、みんなとあくしゅするの」
そんな楽しそうな空気では黙っていられないと、幼女は面白そうだと馬車を降りて邪魔をしようとしていたので、おかーさまに抱きしめられていた。面白そうな場合、あ~ちゃんの意思が強くなるのである。
ジタバタと暴れる駄々っ子幼女は置いておいて、状況は進む。
「しかるにアスクレピオス侯爵様、いただきました手紙にあるように我らはこの街門の前でお待ちしておりましたが、先代侯爵様を嵌めた不忠の者たちは謁見の間にて待機しております。いかがいたしましょうか?」
「そうか………予想通りだから問題はない。ここはゆっくりと謁見の間に向かおう」
ケーンが深刻そうに顰め面で報告してくるが、その内容はナツとしては驚くことではなかった。全てアキが予想していたとおりの行動を相手がしていたからだ。
なので、平然とした態度で指示を出すと、その余裕ある泰然とした態度を見て、ケーンは改めて、ナツの評価を見直す。有能ではあるが、それは平時のことであり、軟弱なところがあるのではと思っていたのだ。それは自身が領地を返却すると伝えた時に断られたからである。だが、この街門の前にはほとんどの部下は待っておらず、謁見の間にて、確実に自身を罠に掛けようと待ち受けている者たちが大勢いる中で、平然としている姿から、大器であろうと判断した。
元々ケーン・べナティという人間は実直で騎士道精神に溢れている脳筋である。先代侯爵を罠にはめて領地を奪い取った父親を軽蔑していた。結局大金が手に入り、贅沢を覚えて酒色に溺れ体調を崩してあっさりと病気で亡くなった父親がいなくなったあとは、騎士としての行動を進んで取っていた。
ナツ・アスクレピオス侯爵が大器であり、自身が仕えるにふさわしい偉大な男だとあっさりと信じ込むと、心が高揚し気合が入る。
「では、アスクレピオス侯爵様。私が先導いたします。私が万難を排し、アスクレピオス侯爵様を必ずお守りいたします!」
見たところ、アスクレピオス侯爵の部下は金で雇ったと思しき、毛皮を着込んだ荒くれ者たちだけであった。それならば騎士級たる自身が先導し、アスクレピオス侯爵様の臣下として守らなければなるまいと、英雄譚に出てくる王に最後まで仕える忠実なる騎士のようだと、馬に乗り槍を翳しながら興奮しながら意気揚々と先頭に立ち歩き出す。ケーン・べナティ男爵一世一代の舞台であった。
「それではよろしくお願いいたします、ケーン男爵」
自身に忠実なる男爵は貴重だ。なので、ナツは苦笑交じりにお願いをしながら、馬車に乗り後に続く。
ぞろぞろと練り歩くアスクレピオス侯爵家一行を街の住民たちは遠巻きに見ていた。既にアスクレピオス侯爵の村々での活躍は届いており、今の税率は下げられて暮らしやすくなるとの噂を聞いているので、その視線は希望に満ちてはいるが、長らく支配していたルプス子爵が黙っているわけはないと不安も入り混じっていた。
その視線の意味を正確に理解しながら、ナツは緊張で顔を引き締める。ここから先がアスクレピオス侯爵家の命運を決めるだろうと考えていた。幼女が窓から手を振ろうとしていたが、幸い妻が押さえてくれていたので、緊張感は霧散することはなかった。
やがて城に到着するが、やはり歓迎する者はおらず、物陰から覗く者たちの目があった。
日和見の者たちだ。自身の立場は弱く、誰がトップにつくか様子を見ている。その数は50人から100人といったところだろうか。
(思ったより日和見の人数が多そうだ………。ルプスたちは親族たちだけを大事にしていて、他の者たちは不遇な立場なんだな。これは幸運だった)
これからやることを考えると、正直助かったとナツは思いながら城内を進む。懐かしくもあり、悔しさもある城。奪われた後も、稀に嫌がらせとして城内でのパーティーに招待されていたのだ。自分の住んでいた城を好き勝手するルプスに対して怒りをも覚えて耐えるのは大変であった。相手もナツが怒りを耐えていることを知りながら笑ってきていたのだ。
(だが、それも今日で終止符をうつ………)
謁見の間に到着し、扉が開く中で、ルプスたちがニヤニヤと笑いながら待ち受けているのを見て、ナツは目を細め心は凍るように冷たくなる。
ルプスたちは100人近い人数が集まっていた。その中で騎士たちは70人ほど。見知った顔もあった。
━━━だが、ナツは容赦をするつもりは欠片もなかった。
そして、幼女はぶかぶかローブで姿を隠し、ケイにおんぶされていた。
「しゅけさん、かくしゃん、やってしまいなさい、ですよ、おとーさま」
そして、むふふと楽しそうな顔もしていた。




