28話 ファストトラベルを使うと見過ごすものって多い
夏が近づいてくるのだろう。陽射しが強くなり、風が暖かくなり、草木は溢れんばかりの生命力を表すかのように緑鮮やかだ。時折、ウサギや狐がひょっこりと頭を覗かせる平穏な草原の街道を馬車が連なって移動していた。
「なんだ、あの馬車の列は?」
「先頭は貴族様の馬車だな。だが、後続のは………どこかの商会が仲の良い貴族様の旅に便乗してるんだろ」
対面からやってきた馬車がすれ違う馬車の列を見て、その数に驚きを見せる。馬車は先頭と2台目は新品で旅用に作られており、頑丈で意匠が細かく豪奢だ。紋章が彫られており、貴族のものとわかる。だが、首を傾げる理由は後続にあった。十台ほどが続くが、それは明らかに貴族の馬車には不似合いであったからだった。
◇
「おとーさまたち、ラブラブでたびをたのしんでるかなぁ。ねーねー、ケイはどう思う?」
「うーん、そうですね………。私、王都を全く見て回れませんでした! アダッ」
「お腹いっぱいご飯食べてたでしょー。特に甘いもの!」
先頭の馬車に乗って、ソワソワと後ろの馬車を気にして、短い脚をプラプラさせていた可愛らしい幼女は、対面に座るメイドをポカリと叩く。
たしかにここまでの間、王都を全く観光しなかった。まるで攻略サイトを見て行動するように無駄な寄り道をせずに進んだから、リアルとなった王都を見なかったんだ。ゲームとかでそういうことをすると、街並みも風景も記憶することなく数字と目的地しか頭に入れないから、ゲーム自体にまったく印象を残さないので、お勧めしない方法である。せっかちすぎる幼女であった。
「でも、なんでアキ様は後ろの馬車にお乗りにならなかったんですか? たくさん甘えたらいいじゃないですか」
「これからたくさん甘える機会はあるから、しばらくは二人で疲れをとってほしいんだ。この先の領地経営は少なく見積もっても茨の道だからさ」
頭をさすりながら、ケイが瞳をはてなまーくにするが、たしかにあ~ちゃんならそうするだろう。でも、俺は少しやることがあったから、別れて座ったのだ。おかーさまがなんで一緒に乗らないのと、涙目で見てきたけど、ぐっと心をおっさんにして耐えたのだ。違った鬼だった。おっさんだと簡単に落ち込むからやめておいたほうがいい。
まぁ、さっさと用を片すか。『ガチャ』という用をな!
ムフフと口元をちっこいお手々で押さえて含み笑いをする幼女。またなにかろくでもないことを考えているのかしらと、胡乱げなメイドの視線を無視して、すっくと立ち上がるとアキは天へと拝礼する。ガチャの前に拝礼をするのは当然であろう。
「無心、むーしーん。とりあえずなにかちょっとしたものが出れば良いかな〜、ノーマルのお米が欲しいな〜、全然レアとか欲しくないよ、隙ありっ! とやっ」
無心となった幼女は下手くそな口笛を吹きつつ、隙ありとガチャコマンドを押下する。なにが隙ありかは本人もわからないが、ガチャをする人間はなにかとオカルト攻略法を身に着けているのだ。そして他人からは奇行に見えるので、ケイの視線はますます胡乱げとなった。
そして幼女にしか見えない光が降り注ぎ色が変わっていく。その光の中で幼女は少しでもランクアップするようにと祈りを捧げ踊り狂う。その姿はとても無心には見えなかったが無心である。
『GR:仲間スロットカード』
「き、きたー! キタキタキター! まじか、スロット増やすのはゴッドレアだったのか! 流れはきた。この流れを手放すなかれ!」
うぉぉぉと、ガッツポーズをとって、フハハハと高笑いをしちゃう幼女アキ。調子に乗ってポチポチ神拳を繰り出しちゃう。
━━━━そして━━━━
『N:米:使い切り』✕4
『N:醤油:使い切り』✕2
『N:味醂:使い切り』✕2
『N:味噌:使い切り』✕4
『N:ケチャップ:使い切り』✕2
『N:飴玉一袋:使い切り』✕2
『N:タワシ:使い切り』✕2
『N:小枝:使い切り』✕4
『C:万能薬:使い切り』✕2
『C:エリアヒールのスクロール:使い切り』✕1
『N:ポータルテレポートのスクロール:使い切り』✕8
『N:小石』✕3
『N:箒』✕1
『N:雨合羽』✕2
爆死した。ち~ん。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ、仲間スロット増えたのに仲間カードでないじゃん! なんでガチャはいつもこうなの! 課金してもますます課金したくなる法則! ちくしょー、ぬぬぬ、も、もう一回!」
歯軋りをして悔しがるアキ、ガチャ沼に嵌まるセリフを吐くと、またポチる。ガチャをする人間にありがちな行動である。
『N:ポータルテレポートのスクロール:使い切り』
「次こそ出そうな予感!」
『R:魔法騎士団の装備一式:仲間カードに使うと魔法騎士団の装備がされて強化できる。他の装備強化カードと重複不可:攻撃力100、防御力100:使い切り』
光が変わり、遂にレアが出現。剣や鎧、魔法の杖やローブが一式描かれているカードだ
「やったー! これで仲間が増え………んん? 仲間カードに使う? ガーン、これ、仲間カードじゃない。うぅ、二万一千点も使っちゃった……今日はもうやめとこ」
最後の理性が働いて、涙目となったアキは椅子に寝そべると、いじけて寝ちゃうのであった。
◇
「アキ様、アキ様、村に到着しましたよ」
「むにゃ? おあよ〜。ようやく到着したんだ」
ユサユサと揺さぶられる感触に、アキはゆっくりとまぶたを開く。そうか夢だったんだ。装備スロットカードの後は全部夢、きっと夢だったに違いない。
都合の良い部分だけ現実だと思い込みたい幼女は残り経験点を見ないふりをして椅子から起きる。幼女の体はぷにぷにで若さがあふれて、おっさんと違って、硬い椅子に寝ていても、身体が強張って固くなりギシギシ鳴ったりしない。素晴らしきかな、幼女の身体。
若さってすごいなぁと、アキはルンルン気分で馬車から降りて━━━その表情が厳しくなる。
「これは…………酷いな。アスクレピオス領は全てこんななのかな?」
「残念ながら、ほとんどの村や町は同じような光景です、お嬢様」
馬から降りながら、沈痛な表情でジェイが声をかけてくるのをチラリと見てから、すぐに村へと視線を戻す。そこには貴族を出迎える村人たちが大勢立っていた。
有り体に言って━━━。
「地獄だな、こんな光景が延々と続いてるのか」
低い声で言葉を発しようとして、ぴよぴよとひよこの鳴き声のような可愛らしい声で言うとアキは心の底から怒りを覚えるのであった。
なぜならば、村人のほとんどは痩せ衰えて、今にも死にそうな人たちばかりだったからだ。それなのに多くの人々が集まっているのは、きっとそろって歓迎しないと貴族からひどい目にあうと経験しているからだと、その恐怖した顔からわかる。
「本当にそのとおりだね。アスクレピオス領地を守る者として、慚愧の念を覚えるよ。書類で知るのと現地で見るのでは大違いだ。アキの言う通り、準備をしてきて良かった」
馬車から降りてきたナツが哀しげに言う通り、ひどい村だ。これは8公2民というたわけた税率からだった。そのせいで村は困窮し、女衒に娘を売り、鉱山開発に商人に息子を売る。この世界に奴隷はいない。だが、その契約条件はほとんど奴隷のようなものだ。身請けされるか、借金を返済するまでに女は病気などで死ぬし、鉱山開発をする者たちも坑道の落盤で死ぬか、粉塵が舞い散る過酷な環境に耐えられなくなって死ぬ。
子供たちを売った者たちも、僅かな金では生きることは難しく、また子供たちを売ることになる。ここに来る前にアキはナツから聞いて、ここの状況を知っていたが、痩せ衰えた子供たち、咳をして立つのも難しそうな病人、今にも倒れそうな幽鬼と見間違えるような者たち。それでもここまでとは思わなかった。
(他人の領地だからってここまで無茶苦茶しやがって。この借りは必ず返すから覚えてろよ)
ムッとして、小さな拳を握りしめて復讐に燃えるアキ。この幼女は危険なり。やると言ったらやる幼女なのだ。爆弾のような幼女を後ろに、ナツは村人たちの前に立つ。
「皆さん、私はナツ・アスクレピオス侯爵です。これよりこの村はアスクレピオス侯爵家管理に戻ります。皆さんへの多大なる迷惑をかけたことに謝罪を。そして、困窮している貴方がたに、食糧を持ってきました。3ヶ月分はあると思う。ぜひ活用してほしい。それと今年女衒もしくは鉱山開発に売る予定の者たちは私が雇おうと思う。名を挙げるようにお願いする」
その宣言通り、後続にいた馬車から荷が下ろされる。全て王都で買い込んできた小麦だ。
「おぉ………アスクレピオス侯爵様でいらっしゃいましたか。よくぞよくぞ戻っていらっしゃった」
最初は静寂であった。皆は貴族様がこの村に泊まるので歓迎せよ、しなかったらとんでもない罰がくだると聞いて集まったのだ。罰うんぬんは村長が付け加えたのだが、これまでここに貴族様が来る場合、いつも村人たちはひどい目に遭ってきた。少しでも可愛らしい娘は家の奥に隠すし、食べ物を奪われないように、畑の中に隠すなどをしてきた。
だが、目の前に積み重ねられる小麦の袋を見て、この貴族様は今までの貴族様と違うことを知り、じわじわと喜びが広がっていく。
村長がヨロヨロと前に出ると深々と頭を下げる。そして、小麦が配給されると知って、村人たちの顔も歓喜に変わると並び始める。
「アスクレピオス侯爵家が戻ってきたんだってよ! 借金返済が終わったんだ!」
「この村は本当にアスクレピオス侯爵家の領地だったんだな」
「これで冬が越せる……うぅ、良かった良かった」
「私、売られないですむのね!」
喜びの声で溢れて、村人たちは小麦を貰っていく。たいして大きくない村だ。ほんの少しの小麦があれば冬は越せるだろう。願わくば子供を売らないでほしい。
「あ~、神官もいますよ〜、今ならタダだから、病気や怪我の人は受けに来てください」
シィが眠そうな顔でパンパンと手を打てば
「おら、お前ら肉を食え、肉を食え。全部タダだからよ!」
レイたちが狩ってきた猪や鹿を放り投げる。
村人たちは、本当に神官なのかとボサボサ頭の毛皮を着込むシィたちの前に立ち、病気を癒してもらうと、本当に神官だったのかと驚き、狩ってきた猪たちを食べて、ひさしぶりの肉に喜び、アスクレピオス侯爵家への感謝の声をあげるのだった。
「咳が止まった。身体が軽い!」
「おかーさんのお熱引いたの?」
「えぇ、神官様の御蔭で治ったのよ」
「ひさしぶりの肉だ! たくさん食べるぞ」
もちろん、アキは痩せ衰えた子供たちに飴玉を配って大人気だった。子供たちは初めて味わう飴玉に、顔をとろけさせて大喜びだ。
「甘い! これうんめー!」
「これなんていうの? 飴玉っていうんだ」
「飴玉ありがと〜!」
(子供たちは笑顔じゃないとな)
ノーマルでも、この飴玉はレアだぜと、ポテポテ走り回り、その後にカルガモよろしく子供たちも続き、ほのぼのする光景となるのであった。
◇
その宴会の様子をナツは見ながら、安堵からため息を吐く。
「村人たちに仮初でも笑顔が戻ってよかったよ」
「そうね、あなた。アキの言う通り、小麦を買い込んできて良かったわ」
「あぁ、アスクレピオスの短剣、いや御先祖様の知恵は素晴らしいね」
フユが微笑むのを見ながら、ナツはここに来る前にアキの提案を思い出す。
『恐らくはこの先の村は困窮しているはじゅです。ならばただこれからは税率を下げるなどと伝えるだけではなく、小麦を買い込んで、村々に配りながら領都にゆっくりと向かいましょう。小麦を配給し、神官による癒やしをセットにすれば、後々アスクレピオス侯爵家の良い評判が広がり、これからの領地経営に大いに役に立つはずです』
『そうなると領都に到着するのがだいぶ遅くなるよ? 早く領地経営をしたほうがいいんじゃないかな?』
『いえ、ここはゆっくりと領都に向かい、敵に準備期間を与えましょう。アスクレピオス侯爵家の評判を上げつつ、領都では━━━』
アキの計画は恐ろしく狡猾で容赦のないものであった。幼女が思いつく内容では決してない。
だが、これからの領地経営を思うと効果覿面であろうことは理解できた。
(私の評判がどのようなものになるか恐ろしいものがあるけど……娘にそのような評判は負わせたくないし、そもそもアスクレピオス侯爵家の当主は私だ。この計略は全て私が責任を受け持とう。次代の当主には背負わせたくはない)
領都で待ち受けることを思い、ナツは固く決意をして、空を仰ぐのだった。




