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十六話

 何故こうなった。勇者の脳内にはその言葉で敷き詰められている。

 目の前では、まるで犬が尻尾を振って命令を待っているかの様な……男魔族が居る。


「兄貴! 俺は何を刷れば良いですかね!! モンスターの討伐ですか? 其れとも、魔族の領で何か買出しでもしてきましょうか!!」

「あー……とりあえずあれだ、薬草でも毟って来てくれ」

「了解しやした!! 行って来ます!」


 ピューと、風が吹き抜けるかのような音すら聞こえる速さで、魔族の男は走り去って言った。

 間違いなく、勇者の出した〝草むしり〟を真面目にやりに行くつもりだ。


「なぁ……どうしてこうなったと思う?」

「色々と重なったとしか良い用が無いんじゃないかな?」

「だよなぁ。というか、お前の親はどんな教育をしてたんだ? あんなに〝素直〟じゃないか」

「素直って……あれは調教とも言えるわよ」


 調教という言葉に、多大なショックを受ける勇者。ただ、傍から見れば、勇者のやった行動は獣の躾や調教と言える物だった。……勇者がどれだけ教育だ! と言った所でだ。

 そして、勇者はそんなに言うほど調教だったか? と思い返してみる。






 

 時は少し遡り、女魔族が調教だったと言う戦闘。

 リミッターを解除した男魔族。彼はもはやただ目の前に居る者を破壊する。それだけの思考や衝動に呑まれていた。

 片や勇者。彼は黄金に輝く勇者としての証しである魔力を聖剣に纏わせて、ただ静かに男魔族を見つめている。


「ガアアアァァァァァァァァァァァァ!!」

「……最早ただの獣だな。全く、リミッター解除と言うのは理性や思考も解除するって事なのか?」

「えっと、そうなるから未熟な内は解除しない様にって言われてたんだけど……」

「キュァァァァァァアアアアアアアァァァァァ!!」


 叫ぶと同時に、男魔族が漆黒の魔力を纏わせながら勇者に対して、正面から攻撃を仕掛けてきた。

 その速度は、先ほどと比べるとウサギと亀ぐらいの違いがあると言って良い。そして、その様な速さで攻撃を仕掛けたのならば、普通であれば粉砕どころか塵一つ残らないレベルで消し飛んでしまうだろう。


 だが、相手は普通ではない勇者だ。


「なるほどな。多少は強くなるか……だが、理性も思考も無ければ、直進して来るだけの獣が少し強いだけと変わらないな」


 ガシッ! と、男魔族の莫大な魔力を纏わせ放たれた拳撃。その攻撃を、片手で何事も無く掴み取った。

 掴んだ場所は男魔族の手首。必死にもがき、拘束を解こうとする男魔族だが、一向に振りほどかれる気配も無く、ただただ、駄々っ子が暴れ其れを押さえている。その様にしか見えない状況。


「ウガアアアアアアアア!!」


 拘束されて居る片手は最早使い物にならないと思ったのか、もう片方の腕で殴りかかる男魔族。

 だが、その様な事を予測できない勇者では無い。黄金の魔力で輝いている剣を盾に、男の拳撃を難なく受け止めた。


「……解っていたけど、此処までレベルが違う物なのかしら? これじゃ、まるで……お父様を相手にして居るみたいじゃない」


 勇者と男魔族の戦いを見て女魔族が呟く。

 彼女は勇者の強さを何と無く感じ取り、薄々ではあるが手を出してはいけない物と理解はしていた。だが、正直此処までの差があるなどと予想すらして居なかった。

 これまで共同で生活をして来た普段の勇者の雰囲気からしても、彼が此処まで力と言う物を見せて来なかった事もその要因となっている。

 しかし、ここで勇者が……本気かどうかは別として……力を見せた事で、改めて自分の判断は間違っていなかったのだと、そう実感した。

 そして、そう実感すると共に、勇者の力を一身に浴びている兄弟の不幸を、何とも言えない気分になりつつも、見守るしかない状況。もどかしい気分になる女魔族だが、勇者の目が「任せておけ」と、力強く送られてきたのを感じ、本来は敵同士のはずなのに、信じて全てを任せる事にした。


「さてさて、教訓その一だ。どんな時でも理性を失うな!」


 ドン!! と言う音と共に、勇者が男魔族の腹にグーでパンチを入れた。勇者としてはかなり手加減をしたつもりの一撃。だが、その一撃は思いのほか突き刺さったのか、男魔族は一瞬の内に膝を地面に着き、嗚咽を洩らした。


「ぐ……ぐえぇ……がぁ……」

「おや? 其処までの一撃では無かったんだが……まさかこのリミッターは、防御を完全に捨ててるのか?」

「えっと……ごめんなさい。強化されるとだけしか聞いて無くて」

「ふむ……理性のリミッターを外してしまったから、防御の為に回す魔力を全て攻撃に使っているのかもしれないな。……お前は使うなよ?」

「と、当然じゃない! まだ未熟なのは解ってるから! こんな危険なモノ使えないわよ!」

「まぁ、バーサーカーとしてなら使っても良いかもしれんが……相手を選ぶべきだろうな」

「バーサーカーなんてなりたくないわよ」


 男魔族が腹へのダメージで崩れている間に、勇者は女魔族に話を振る。彼としては、こんな自爆技を使うなどもっての外と考えているからだ。

 戦うのであれば、勝ち筋を立て、負けるとしても撤退する為の余裕を持たせる。生きなければ意味が無い。そういう考えが勇者の根源にあるから。

 なので、女魔族に対してもそう説明し、その為には理性を失う行動はタブーだと話を続けていく。


 そう、この教育。男魔族にやっているようで、実は女魔族がメインだったりする。

 勇者にとって、この男は二の次以下だ。このような暴走するような輩など、殺してしまっても良いとさえ考えている。この男魔族は、この場で殺されない事を女魔族に感謝するべきだろう。彼女のお陰で命を刈り取られる事が無いのだから。


「さて、教育そのニ。切り札は用意しておけ! もしカードを切るなら他の手も用意するか、カードが其れしか無い状況になってからにしろ!!」


 これは、いきなりリミッター解除などと言う暴走技を使った事に対して言っている。

 こんな技を使えば、カードが残っていたとして、それは全て捨てる行為だ。ならば、このリミッター解除と言うカードは、最後に切るべきカードで、奥の手と言うべきものだろう。

 格上の相手とやりあうとは言え、戦い方は色々とあったはずだ。何せ人間と魔族にはそれだけの違いがある。

 戦いというフィールドとなれば、それだけ魔族には使える手札が多い。だと言うのにそれを全て捨て去るとは何事だ! と、勇者は激怒している。


「ぐ……あぁ……」

「坊やは理解したか? まだまだ有るぞ? それとも此処でおねむの時間か?」


 リミッターを解除したのに、一撃で沈められる力の差。

 自分の全くしらない知識……と言うよりも、誰にも、それこそ彼等の親すら教えて来なかった事。

 そして、命が奪える状況だというのに、話をしつつ待つ姿勢を崩さない相手。


 リミッター解除をした事により外れた理性が、腹による一撃で多少復活し、男を見つめながら言葉を投げ掛ける。そのような不思議な状況に男魔族はなにか言い様のない感情に包まれだしていた。


(ナンダコレハ……)


 その言葉が今の彼における全てだろう。

 殴られた事によって、リミッターが復活したと共に頭に上った血が下がり、色々と思考する余裕が生まれ始めたと言っても良い。

 男魔族は何故? と必死に考える。


 何故、自分は此処で膝を着いている? 何故、この男は俺に言葉を投げ掛ける? 何故、姉はこの男と共に居る?


 そう言った思考が脳内を周り、一つの答えに達した。


(解らん!! だが、解らないのならば見れば良い!! 聞けば良い!! この人間は其れに答えてくれる! いや、教えてもらうのであれば師では無いだろうか! いや、若いから兄だな!)


 殴られた事による後遺症だろうか? 彼の思考はぶっ飛んだ方向へと飛んでしまった。


「……姉さん、俺は……俺は……」

「ん? どうしたの?」

「間違ってたんじゃないだろうか! 姉さんは何かを見出したんだろう? それを俺にも色々と教えてくれ!! 兄貴も頼む!」

「…………は? 兄?」


 空気が急転した。余りにも急すぎる男の対応に、勇者は脱力してしまい黄金に纏った魔力が霧散してしまった。

 こうして、犬……もとい、男魔族が教えて! 指導して! と、犬のように付き纏う事となった。

 平穏な日常が、騒音の日常と化してしまったのだが、これは本当に良いのだろうか? 勇者と魔族は敵対しているよな? と勇者は想いつつも、なんだか憎めない奴等だなぁ。と、謎の空気に染まりつつある。




 しかしそれは、人間にとっては望まぬ事。魔族にとってはどうか解らないが……。

 もし、この状況を知り笑えるものが居るとすれば、それは、現在の世界情勢における常識を捨て去った異端児のみだろう。

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