10章 新たな味方(仮)
学園に復帰して早くも四日目。俺は授業後の教室に残り、思い悩んでいた。
というのも、ハーロムの依頼────ローラとレイナが率いる研究会の対策が一向に進んでいないからだ。
情報収集をしようにも、奴らはどういう訳か俺を待ち伏せしている。下手に近付けない。人伝に集めようにも現在俺の評判は地に落ちている。前に授業で手合わせをしてからそれなりに仲良くなったヴァルコくらいしか話せる相手がいない。
そしてこの前、一縷の希望に賭けてヴァルコに聞いてみたところ
『先輩が近付くなって言ってたからボクはよく知らないかな。ごめんね。』
とのことだ。完全に捜査が停滞した。組んでいた腕を解き、ため息を漏らす。こんなことをしていても意味が無い。何かしら打開策を練らなければ。
なんて考えるが、現状取れる方法なんて危険を承知でローラたちに捕まることくらいしか思い浮かばない。これだけは何としてでも避けたいところではあるが、あまり悠長にしててはあっという間に期日が過ぎてしまうだろう。
決断は早めに下さなければ。いやしかし、悩ましい。なんとか安全に奴らに接触する方法はないものか。
そう唸っていると不意にパシャリと聞きなれない音が耳に入る。研究会の刺客の可能性を考えて、魔力を練りながら立ち上がり臨戦態勢をとる。
音のした方向に目を向ければ見覚えのない女子生徒が一人、教室の扉から半身だけ出しながら俺のことを見ていた。その手には何か箱のような形をした道具を持っている。
魔道具か何かだろうか、再びそれからパシャリと音がなる
「そんなに身構えて怖いですねぇ。何かやましい事でもしていたのですか?」
あまり上品とは言えないニヤケ顔を浮かべ、その女子生徒は教室内へと入ってくる。武器となりそうなものは今手にしている箱のような何か以外見当たらない。魔法か魔術で不意打ちを喰らわないようにその一挙手一投足に意識を集中させる
「…えと。そんなに殺気立たれたらちょっと怖いのですよ。一回落ち着きましょ?ね?」
睨み続けていれば困った顔をしてたじろぐ。
確かに一般的に考えれば初対面で取る行動ではないな。マトモな人間が少ないせいか俺まで毒されつつあったのか。気をつけなければ。
脳裏にそうなった元凶どもを思い浮かぶがすぐに振り払い。構えを解く
「悪い、さすがに失礼だったな。それで、あんたは何者だ。」
「人に尋ねる時は自分から…などとありますけどこちらから会いに来たのが事実。先に名乗るのが礼儀と諦めるのです。あなたのように不躾な人間ではないですから。」
何やら早口で言い出したが要するに自己紹介してやるってことだな。めんどくさい
「姓はエスパーダ、名はゼシカ。イーロタニア勇者学園一学年ゼシカ・エスパーダです。」
姓があるってことは貴族か。エスパーダ…どっかで聞いたことがあるな。癖のあるブロンドの髪色もつい最近、見た記憶があるが…ここ数日、あれやこれよと考えて奔走していたせいかよく思い出せない
「好きな食べ物はアップルパイで特に好きなものは王都一の菓子店『魔女の家』の魔女の特製アップルパイです。誕生日は毎年注文してます。ちなみに嫌いな食べ物はピーマンです。ですが例え嫌いなものでも残したりはしません。命に感謝を。それが私のモットーですから。それから趣味は─────」
早口のまま、一切止まることなく次々と情報が溢れてくる。この女、このまま自分を全て語り尽くそうとでも言うのだろうか。正直あまりにも興味が無さすぎるので聞き流しているが『勇者学園広報会』という研究会に所属してるらしい。が、俺にとって必要な情報が出たのはそれくらいで、どんどん話が脱線していく。
幼い頃の思い出を語り始めようとしたのでさすがにやめてもらおう
「俺はジーン、以上だ。」
「あなたが質問したから私はこうやって身の上をありありと語ったというのにそんな無愛想に済ませるのですか。はーそうですかそうですか。噂通りあまり良い人柄とは言えませんねぇ!」
「それで、何の用だ。」
つい雑な対応で自己紹介を遮ればそのことに対して文句を言い出してきたが無視して話をぶった切る
「…どこまでも失礼な人ですね。まぁいいでしょう。寛大な心で許しましょう。えぇ。えぇ。許しましょうとも。」
腕を組みながら何度も頷いて言葉を反芻している。ゼシカの口は止まらないのに話は一切進まない
「何の用かと聞いているんだ。」
「えっと、あぁ、そうでした。私は『勇者学園広報会』の一員としてあなたを密!着!取材をすることにしたのですよ!」
「…訳が分からんな。」
あぁ…案の定厄介事の臭いがしてきたぞ
「変なことに巻き込むのは勘弁してくれ。俺は今、手一杯なんだ。」
「まぁまぁそう言わないで。これはあなたにとっても悪くない話ですよ。」
帰ってくれと手を振り伝えるが逆に俺の方へと歩み寄ってきた。先程と同じニヤケ顔。身近に似たような表情を浮かべる人間を知っているが、そいつがこの顔を浮かべた時は決まってロクなことが無かった。既に俺の中の警鐘が鳴りまくっている
「事の発端は広報会の代表がした提案なのですが…『君たち一年生もそろそろ学園生活に慣れてきた頃合。ここで一つ、単独で記事を書いてみてはどうだろうか。』とのことです。」
「もしかして俺のことを書くつもりか?」
「その通りです!何を題材にするか悩んでいたところに、丁度!丁度あなたが復学をしたではないですか!まさに天啓!この波に乗らずしてどうしましょうか!」
やけに興奮した口調で論説するゼシカ。確かに俺はある意味話題の人間だ。入学してから停学するまでのネタだけでも記事が容易に書けるだろうよ
「だがそれに付き合う義理はない。諦めて他のネタを取材するといい。」
「…人の話は最後まで聞くようにって習わなかったんですか?」
「お前の話は終わりがないだろ。」
「何のことだか分かりませんがあなたに拒否権はありません!残念!ブブーッ!」
両腕をクロスし、バツ印を作りながら煽ってくる。あぁどうしよう、今ので無性に殴りたいほどイラついた。落ち着かなければ
「俺よりも『レイナたんを崇める会』の方がネタになると思うぜ?そっちなんてどうよ。」
「そちらは代表から接触を控えるように言われてるのですよねー。何でも、恐ろしい集団のようでして。」
「そうなのか。」
ヴァルコも先輩に止められていると言っていたな。学園側としての対策の一種というわけか。しかし困ったな。そうなると誰かと協力ということがいよいよ難しくなる。もっとも、元々協力してくれそうな人間が殆ど居ないのだが。
いや、ゼシカを上手く利用すれば仲間としてこき使えるかもしれない。ここは大人しく取材を受けるのも手か?拒否権はないようだし。誘導すればレイナの悪評を記事に出来るかもしれない
発生するであろう面倒と、使える手札が増える利点を天秤にかけ、悩む。まだゼシカの能力も分からない。こいつがポンコツで、何の役にも立たず時間だけが浪費される可能性だってある
「…一応どういった取材をするか聞いてもいいか?」
「ほうほう諦めて応じてくれるということですか。ありがとうございます。」
「まだ決めた訳じゃない。いいから早く教えろ。」
「全く堅いですねぇ。それは勿論、あなたがどうしてローラ・ギネス及びにレイナに対してわいせつ行為を迫ったのか─────」
よし断ろう
「ではなく!あなたの本当の人となりを記事にします。」
「……ほう。」
「私は今日、こうして会いに来るまでに自分なりに情報を集めることにしました。約一月前の地下ダンジョンでの演習授業での事件は勿論、それよりも前のことまで学園中を走り回って調べましたよ。」
まさか俺が復学した初日ではなく、今日接触をしてきたのは俺について探っていたからということか?
なるほど、これは丁度いい。たった一人でどこまで調べられたか、実力を教えてもらおう
「あなたは入学初日、ローラさんと決闘をしました。この際、仕掛けたのはローラさんからです。決闘を挑んだ理由は入学試験であなたにいっぱい食わされたから。違いますか?」
正解だ。入学試験で俺に辛酸を嘗めさせられたあの貴族サマは俺に対しリベンジマッチを挑んできた。決闘も申し込んだ現場を見ていた生徒は多かったが、入学試験でのことを知っている人間はごく僅かに限られる
「続けろ。」
「その後、色々悪評が立ったようですが前記のことからどれもが虚実。噂が一人歩きした結果のようですね。そして、実演授業の班に誘ったのもローラさんとレイナさんからだというのも確認が取れています。」
それの目撃者もかなり限られる。情報収集能力は十分だな
「授業態度は良く、また勉強熱心なようですね。座学では教室から高い評価を受けています。これらのことを踏まえると、ローラさん、レイナさんに比べあなたはかなり常識ある人です。演習授業での事件も誤解があるのではないですか?」
「本当に一人でそこまで?」
「言ったでしょう?学園中を走り回ったと。」
たった三日で全て調べ上げたということか。こいつは使える
「疑問を抱いた私は、これから暫くあなたに付き纏いありのままのあなたを書こうと思います。ご協力、お願いできますか?」
「…いいぜ。ただし、俺には今やらなきゃいけないことがある。その邪魔だけはするなよ。」
そう返事してやれば嬉しそうな表情を浮かべる。この短時間だがゼシカの性格が分かってきた。
おちゃらけたような振りをして、真っ直ぐな意思を持っている。「噂通り」なんて言葉を使っていたが噂なんて信じちゃいない。物事を疑い、流されずに自分の意思を貫いている
「それでは…よろしくお願いします。」
「こっちこそよろしくな。」
差し出された手を握り、固い握手をする。
ゼシカの真っ直ぐな性格は利用するのは難しいかもしれない。だが、誘導さえ出来れば彼女は俺にとって有益な存在となるだろう。
それこそ、この停滞した状況を打ち破ってくれるかもしれない
「そういえばその箱のようなのは何かの魔道具か?武器のようには見えないが…」
「おや、中々見る目がありますねぇ。その通り、これは世界を記録する魔道具ですよ。」
「世界を記録?」
「実際に見せた方が早いですね。」
またパシャリという音がなる。それから、一枚の小さな羊皮紙を取り出し、その上に箱状の魔道具を乗せ魔力を込める。すると、魔道具が置いてあった下には何やら絵のようなものが描かれていた。
そこに描かれていたのは制服を着た一人の黒髪の少年だった。というか見覚えがある。俺自身だ。
細部まで鮮やかに描かれたそれは鏡と錯覚するほどだった
「これであらゆる証拠場面を記録するって寸法ですよ。凄いでしょう?」
「初めて見る魔道具だ。やっぱり王都には不思議なものばかりだな。」
「そうでしょうそうでしょう。この魔道具は大変珍しいものでして─────」
「おっとそういえばいつまで取材するつもりなんだ?」
魔道具について何やら熱く語りだしそうだったので話に割り込んで遮る。不服だったのか、頬を膨らませ無言の抗議をしてきたがそっちは無視することとする
「そうですね広報会全体でも記事を出す予定なのでそちらの製作開始に合わせて休みも合わせて25日ってところにしましょうかね。」
これまた微妙な日数だ。ハーロムの依頼の期限と近いし、そこまで長くなるのなら依頼の遂行に多少なりとも影響が出るかもしれない。そこのところは上手く立ち回る必要が出てくるだろう
「興味本位で聞くが広報会全体での記事ってのは何を書くつもりなんだ?」
「そうですね…確か20日後から開催される『祭り』について書くみたいですよ。というかイベントは大体全部記事を出すみたいです。」
「『祭り』…?」
聞き覚えのない単語に眉を寄せる。俺が知らない素振りを見せると何やら納得したような表情を見せる
「そういえばあなたは研究会に所属してませんでしたね。『祭り』というのは毎年恒例のイベントでして、研究会同士が様々な種目で競うものですよ。五日に分けられて開催されるので王都では観客も来て有名なのですが…確かあなたは他所の村から来たのですよね。」
「あぁド田舎出身だ。そうか、そんなイベントがあるのか。」
「研究会に所属してない生徒は見てるだけですけどね。なんなら広報会に入会しますか?」
軽い調子でさりげなく言ってきたが本気で誘っているようだ。だが、今のところ研究会はどこにも入るつもりはない
「遠慮しておく。さすがに『祭り』とやらに参加したいってだけで研究会に所属する馬鹿はいないだろ。」
「確かにそうですね。」
それにしても研究会対抗か。現状、構成人数が一番多いのは悲しいことに『レイナたんを崇める会』だ。俺が何も出来ないままだと今年の『祭り』は荒れるだろうな
「おや、もうこんな時間ですか。今日はここで私は消えますが明日からはよろしくお願いします。それではさようなら。」
「ん?おう。じゃあな。」
何か用事があるのか、ゼシカは教室から出ていった。結構話し込んでいたようだ、俺も帰ろう。
…明日?明日明後日は学園は休みのハズだが…勘違いか言い間違いだろうな。
続いて俺も教室を出ることにした。
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正門に差し掛かった時、そういえば研究会に乗り込むかどうか決断をしようとしていたことを思い出した。が、ゼシカと知り合い、状況は何かしら変わるはずだ。なんて言い訳をして帰ることにする。
決して逃げているわけではない。
そこで考えを振り切る。と、同時に正面から慌ただしい足音が近付いてきてることに気が付いた。
長く伸ばした翠色の髪。小さな花飾りのついた可愛らしいカチューシャ。整った可憐な顔いっぱいに笑顔を浮かべるその人物の正体に一瞬で気付く。
どうしてここに、などと考えるよりも早く、彼女は俺の元にまで辿り着き、そのまま飛び込んでくる。
混乱しながらも慌ててそれを抱いてキャッチし、勢いのまま数回回る
「来ちゃった、ジーン!」
抱きかかえられた状態で元気に俺の名前を呼ぶのは、ベア村で別れた俺の幼馴染。
リノに間違いなかった。




