15章 最後の炎舞の幕開け
『神亀の甲羅』が解除され、周囲を覆う半透明の膜が消失する。
両足を開き、左手に持った弓を構え、右手を左手に添えるように合わせる。その手には矢は握られていない。
矢を持たずに弓を構える姿にカーラが眉間にシワを寄せる。だが、そんな疑問を両手の中に生じた魔力が吹き飛ばした。
弦を引くのにあわせて、魔力が細く、長く変形していく。弦を限界まで絞ればそこに出来たものはまさしく矢であった。弦を離してやれば、魔力で出来た矢が勢いよく空へと飛び出していく。
弓を構え、矢を放つ。一連の動作はこれ以上ない程に洗練されており、カーラの目にはその一挙手一投足が酷くゆっくりに見えた。だが、実際経過した時間は瞬き程の一瞬だけである。
放たれた矢は空を舞う悪魔の体の中心へと吸い込まれていき、核を破壊。最後まで何も気付かず塵へと還る。
第二射、三射がその両隣の悪魔の核を穿ち、同じく塵となる。悪魔たちの核は体の中心の近くにある。だが、全く同じ場所にある訳ではない。それにもかかわらず、『狩人』の矢は寸分違わずそれらを穿つ。
一射一殺。空を覆っていた悪魔の群れは全滅し、静寂が訪れる。
気が付けば『狩人』は集落まで下りて来ており、紺色の瞳が真っ直ぐカーラを睨みつけている
「…あんた、何者だ?」
「名乗る気はないね。今なら心臓一つで許してあげるから、大人しく降参して。」
「ハッ!腕が立つようだが山を下りて来ても良かったのか?『狩人』らしく遠くから攻撃していれば良かったのに…よ!」
カーラの目の前に岩壁がせり出し、射線を切る。その間に鯉が攻撃を仕掛けようと、魔力を集める。だが、それを放つ前に矢に貫かれていた
「早撃ち勝負かな?」
「いーや、接近戦だぜ。」
『狩人』の立つ地面からカーラが現れ、杖を振る。岩壁で姿を隠し、茶鯉の力で穴を掘ったのだ。杖が頭蓋を砕かんと迫る。
しかし、『狩人』が右手を添えればカーラの攻撃は大きく逸れ、空を切る
「なっ──!?」
「アタシがライザに最初に教えてもらったのは体術だったよ!」
『狩人』が身をひねり、後ろ蹴りをカーラの腹に叩き込む。衝撃が突き抜け、後ろに大きく飛ばされる。体格はさほど変わらないというのに、その蹴りの重さはティーゴに迫る。
追い討ちの矢を茶鯉に防がせる。反撃をしようと足に力を入れようとするが、ダメージの深さからか、膝をついてしまう
「どうやら……最後の最後にババ引いたようだな……族長以外にこんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ…」
血反吐を吐く。震える膝を押さえつけ、立ち上がる。
先の戦いでティーゴから何発か攻撃を貰ったカーラであるが、彼女にはそれでも動きに支障をきたすほどのダメージには達していない。
ティーゴ並の『狩人』の蹴りを食らっても、同じくまだまだ動けるはずなのだ。
だが実際、彼女は今の一撃で酷く消耗した。原因は至って簡単だ。
『狩人』はティーゴが胴蹴りをいれた場所と全く同じ所にに蹴りをいれたからだ。その結果、ダメージは体により重く、より深くしみ渡った。
ティーゴに蹴られていたとはいえ、殆ど見た目では分からない。偶然ではなく故意に攻撃する場所を合わせたとすれば目が利くどころの話ではない。思えば悪魔の核を正確に撃ち抜いたのもおかしい。
顔を上げればこちらにゆっくりと歩み寄る『狩人』と目が合う。その紺に輝く目を見て、疑惑が一つの答えへと結びつく
「あんた、まさか…その眼は……!?」
「お察しの通り。魔眼だよ。『看破の魔眼』、簡単に言えば、相手の弱点が見えるようになるの。」
「通りで悪魔の核を一撃で射ることが出来るのか……さっきの後ろ蹴りもか……」
矢を放つ。茶鯉が射抜かれる。本来であれば何事も無かったかのように宙を泳ぎ、再生するはずだが、茶鯉は地に落ち、苦しそうにジタバタしている。
見渡せば先に射抜かれる六匹も同じように地面の上でジタバタしている
「急所を射抜いたはずだけど死なないんだね。」
「竜が…これしきで死ぬわけないだろ…ガハッ…!」
「竜……?でもこれであなたを守るものは無くなったよね。苦しめてから殺したいけど、『油断せずにすぐに殺せ。』ってアタシの師匠の教えなの。トドメ、刺すね。」
『狩人』が弓を構える。弓としては近過ぎる距離、しかし、カーラの杖の間合いのずっと外だ。飛びかかろうにも先に射たれる。避けようにもこの距離での回避は絶望的、残された手段は防御魔法。それも僅かな延命処置に過ぎない。
効果が切れるか、破られれば再詠唱の前に射抜かれて終わりだ。
絶対絶命。避けられぬ死を前にした時、人は何を考えるのか。
自分を殺す相手への怒り?
置き去りにする人達への懺悔?
この状況を導いたことに対する悔恨?
否。彼女の胸にあるのはどれでもない。カーラが抱くのは───
「あんた、名前は?」
「名乗る気はないって言ったでしょ。」
矢が放たれる。同時に、カーラの足元がせり上がり、間一髪、矢を防ぐ。すぐさま二射目を打つが新たにせり上がってきた地面──否、脚に防がれる。ソレが完全に地面から這い出し、その全貌が露となる。
猛々しい獅子の頭、山羊の胴体に、大蛇の尻尾。獅子、山羊、大蛇の六つの眼が『狩人』を捉える。一体にして三体。三体にして一体の魔物
「『幻獣』キマイラ。後はこいつに任せてオレは逃げさせてもらうぜ。」
現れた怪鳥がキマイラの背中に立つカーラを掴み、飛び立つ。
怪鳥を狙い何発も矢を放つが全てキマイラに防がれる
「オレは『召喚士』のカーラだ!次は負けないぜ兎人族の『狩人』!」
怪鳥が加速し、どんどん距離を離す。
射程外に逃げられる前に仕留めようと魔法を放とうとするが、己の主を守らんとキマイラが阻む
「『獄炎』!」
キマイラ諸共焼き尽くさんと魔法を放つ。顕現した地獄の業火がキマイラと衝突する。だが、その巨体のせいでカーラへの炎の通り道が完全に塞がれる。
跳ね返った業火が燃え広がり、猪人族の集落が更に明るくなる。
カーラが射程外に逃れ、『獄炎』を止める
「…帝国人どころかキマイラも倒せてないし……最悪だね。」
至近距離で地獄の業火を食らったというのにキマイラは健在だった。体の一部が焦げ、口から煙を吐いているが、それ以上目立った外傷はない。
踏み潰さんと、前脚を振り下ろす。後ろに飛び退き躱せば、振り下ろしの威力に地面がひび割れ、衝撃が走る。
その衝撃に身を任せ、大きく距離を離して弓を打つ。が、キマイラの体を貫通させることができない。体の奥にある急所まで届かせることができない
「ちょっと相性が悪いなー。足止めぐらいしか出来ないや。味方もいないし、困ったね。」
さてさてどうするかと策を練ろうとした直後、後方で何かが弾ける音がした。一瞬だけ視線を送り、すぐにキマイラに向き直る。
見えたのは血潮が天高く舞っている様子。その量の多さに何が起きているのかは理解できなかった
「三つ数えるうちに返事しなければ射つよ。一、二──」
「そんな警戒しなくてもええよ。味方やから。」
安心して、とそんな言葉と共に、風の刃がキマイラを襲う
「いやぁ死ぬかと思たわ。」
「…実際死んでてもおかしくない見た目してるよ。」
『狩人』の隣に経つのは虎人族族長、ティーゴだ。全身傷だらけで、いたる場所の肉が噛みちぎられ欠損し、右肋骨が浮き彫りになっている
「状況は?」
「帝国人は逃げた。で、あのキマイラは置き土産。この集落に向かっていた他の魔物と悪魔は全滅。」
「そうかそうか。ほな、あの化物をはよ倒してしまおか、クロリー嬢ちゃん。」
全身の傷をものともしないせず、軽々しく言ってのけるティーゴ。そんな彼に『狩人』──クロリーは呆れた顔を向ける
「弱点はただ一つ心臓。獅子、山羊、蛇にそれぞれ一つ。全部潰したら死ぬよ。」
「一つなのに三つってか。」
「はいはい。蛇はアタシがやるから獅子と山羊の方お願い。フォローする。」
「分かった。」
クロリーが弓を構えればティーゴが駆け出す。それを向かい討とうと獅子が口を開き、火炎を吐く。
猪人族集落最後の戦いが始まった。




