9章 謎と謎
多腕族の集落を訪れてからさらに五日後。
日が経つごとに調子が戻り、治療時間も短くなったため、さらに山を下り、いくつかの集落を訪れた。
今日は虎人族の集落を訪れている。
虎人族は名前の通り、虎の獣人だ。黄金色の毛が全身に生えており、琥珀色の眼に白い髭、そして頭の耳に尻尾が特徴的だ。
虎人族は歳を経るごとに全身を覆う毛の量が増えていく。産まれたての赤ん坊は虎の耳と尻尾以外は人間の赤ん坊と殆ど変わらない。しかし、壮年期あたりともなれば、顔にも毛が生え、虎が二足歩行しているようにしか見えなくなる。
そして、虎に近付けば近付くほど力を増していくそうだ。生まれついての武闘派集団、それが虎人族だ。
そんな彼らの役職はほぼ全員が剣を扱う役職で、『騎士』が多い。『戦士』も数人いたが、種族としての身体能力が高く、限界を超えた存在進化をしていないようだがそれなりの実力者だった。
同じ役職として、彼らの戦闘スタイルが気になるところだが、それよりも興味深い人物から目を話すことができない。
それこそ今、目の前で刀を振るう『サムライ』。族長の息子、シャモだ
「一本!シャモの勝ちだ。」
相手の防御を突破し、唐竹割りを寸止めするシャモ。顔にはまだあまり毛が生えておらず、それなりに若いのだろう。
相手も同じぐらいの歳のようだが、まるで歯が立っていなかった。
シャモの剣筋は見ていて飽きない。というのも、刀を使う人物は王都の学園にも居らず、必然的にその技も初めて見るものだからだ。
簡単な感想としては美しい。そんな言葉が浮かんできた。
シャモの剣には無駄がない。力強く、繊細だ。
多腕族のトッポとの試合でも、圧倒的な手数のトッポの鉈を刀一本で防ぎきっている。無駄のない動きはまさに美しいという言葉が当てはまる。
その中でも『居合』という技が一番興味深い。
『居合』はただの技ではなく、シャモのスキルに関係がある。刀を鞘に仕舞う動作を行うと身体能力に補正がかかり、凄まじい速さと威力の一撃を放つことができる。
だが、今日一日シャモを観察していたが、『居合』を使う機会はなかった。俺が見た『居合』はトッポの鉈を全て破壊したあの一回だけだ。
じゃあどうしてここまで知っているかというと
「おぉーいいぞシャモ!さすがは俺の息子や!」
隣で茶を啜りながら見ている族長に教えてもらったからだ。
この男───虎人族族長の『騎士』ティーゴは俺がシャモを見ていると急に隣に現れ、シャモのことを自慢げに語ってくれた。
トサカを生やした奇抜な髪型。そして藍色の浴衣の前を緩め、だらしなく着込む姿は族長の威厳を一切感じさせない。
シャモについて語るときの緩みきった表情を見れば尚更そう思ってしまう。
その後もひたすらティーゴの息子自慢を聞かされ続けたが、シャモが休憩に入り居なくなるとティーゴも姿を消した。
そんなティーゴの親バカ加減に呆れつつ、次は『戦士』である虎人族の動きを見る。
獲物は戦斧や大槌といった、まさしく力でごり押すような武器ばかりだ。およそ技術と呼べるものはないも無く、虎人族として恵まれた力だけで戦っている。
無論、そんな力任せな動きには隙も大きく、他の役職の者には受け流され、隙を狩られてしまっている。
『戦士』同士、何か有益な話が出来ると思ったが彼らとは何もかもが違う。シャモも戻ってくる気配が無かったので、少し早いが集落を立ち去ろうと思う。
集落の入口に戻り、番兵に挨拶をすまして山を登り始める。族長であるティーゴにも挨拶をすべきかもしれないが、まぁいいだろう。そもそも向こうはあまり俺に気が無かったしな。
まだ傾き始めたばかりの日の光を浴びながら山を登っていく。標高が高く、冷えるが全身に浴びる日光は暖かく、気持ちが良かった。
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山頂へと近付き、まだ姿は見えないがオセロ宅まであと少しというところ。俺は足を完全に止めていた。
ここに来て体力が尽きたから、という訳では無い。体調が完璧で無いとはいえ、さすがに山を少し昇り降りしたところで歩けなくなるほど弱ってなどいない。
では何故止まっているかというと、視界の先に立ち、俺のことを見つめ続ける少女が原因だ。
お世辞にも綺麗とは言えないボロ衣を羽織り、雪のように白い肌に髪、そして瞳は少し心配になるほど儚げである。幼い顔つきに身長からして十歳かそこらと見た。亜人に人間の年齢感が合うかは分からないが。一昨日立ち寄った森人の集落では幼女の見た目をして三十歳なんてのもいたことだし。
そもそも少女の種族が分からない。獣耳や尻尾があるわけでも無ければ、腕が四本だったり耳が長かったり角が生えている訳でもない。
外見的特徴は完全に人間と一致している。だが、確証は無いが人間では無いことは直感的に分かってしまった。
ここは亜人の国、俺の知らない種族がいたとしても何ら不思議ではない。一方で魔物という可能性も無い訳では無い。
そんな訳で動けずにいる。『業火槍』をぶっぱなしてしまいたいが普通に亜人の少女の場合そうもいかない。せめて何か喋ってくれればいいのだがな。
そんな俺の願いを聞き届けたかのように、少女がゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ
「可哀想、な、お兄ちゃん。折角、助かった、のに、死んじゃう。死んじゃう。可哀想、な、お兄ちゃん。」
「…誰が死ぬって?」
「顔、に。べったり、死相。浮かん、でる、お兄ちゃん。可哀想。」
上手に舌が回らないのか、たどたどしい口調だ。
しかし、その内容は恐ろしいことを言っている。子どもの戯言、と切り捨てることは簡単だ。だが、相手の正体が分からない以上、判断に困る。
なによりこの少女は今『助かった』と言った。俺が命に関わる重体だったことはオセロとクロリーしか知らないことのはずだ。
『人間作家』は国家機密。頼み込む立場上オセロに教えてはいるが、それを彼女が他人に漏らすとは考えられない。彼女の世話役であるクロリーにも言いつけてあるはずだ。
「いくつか聞きたいことがある。嬢ちゃんの正体やら俺が死ぬことやら。」
「それ、は、出来ない。教え、られる、のは、これ、だけ。『透明化』」
「なっ、待ってくれ!どうして教えられないんだ!?」
聞き慣れない魔法を唱えたかと思うと少女の体が透けだした。慌てて重い体に鞭を打ち、駆け出すがもう間に合わない。俺が到達するよりも先に向こうの姿が消失してしまうだろう
「私はみんなとは違うから…」
少女が完全に姿を消す直前、そんな言葉が吐き出される。直前までの口調とは違い、何度も言い慣れているかのようなその言葉は俺の質問に対する答えなのだろうか。
少女が立っていた場所に伸ばした手は何もない空間を彷徨う。
『透明化』ということは姿が見えないだけ。オセロやユニコーンのように高速で駆け抜けでもしない限りまだ近くにいるはずだ
「………はぁー…」
呼びかけようと思ったが、恐らく返事は来ないだろう。吸い込んだ息を吐き出す。謎の少女、オセロに聞きたいところだが何やらワケありのようだ。
オセロに聞いても満足のいく答えが得られるかどうか。下手に触らない方がいいかもしれない
「だが、こっちはオセロに報告させてもらうぞ。『稲妻』」
振り向きざまにかざした手から紫電が放たれ、木の枝にいたソレを包み込む。ショックで気絶し、煙を上げながら落下してきたソレは中々に醜悪な見た目をしていた。
拳ほどの大きさの眼球に、直接蝙蝠の羽と虫の脚のようなものが四本生えている。それ以外の器官はなく、生物として欠陥のあるその姿は本でも見たことがない
「よく分からないがとりあえず連れて帰るか。」
羽の先っちょを摘むようにして持つ。なんというかこいつの見た目はダメだ、受け入れたくない。
謎の生物?を片手にあと少しの山道を進み始める。
謎の少女といいコイツといい、面倒なことにならないといいのだが…
37話でのベルの描写を少し改稿しました。
改稿前
「その肌、髪、瞳はどれもが色素の抜け落ちたかのような真っ白である。」
改稿後
「見ただけで分かる赤子のような柔肌、肩まで伸びる髪、穢れを知らぬ純粋な瞳。
そのどれもが色素の抜け落ちたかのような真っ白である。」
キャラの描写は大事だと聞いたので一応ここに書いておきます。
あとベルの口調を変えました。




