6章 天才VS不才
薄暗い通路の中、運動服の上に着たレザーアーマーの着心地を確認し、肩を回す
「帰りてぇなぁ…」
午後の授業見学も終わり、いよいよ約束の時間がやってきた。師匠の決闘が後に控えているため研究会の見学の時間も与えられなかった
「はぁ…」
本日何度目か分からないため息。目の前には闘技場へと繋がる門がある。周囲には俺と運営の生徒が一人、お互い言葉を発しないが門の向こうから聞こえる観客の歓声が耳に届く。俺と対の場所にいるローラはどんな思い出なのだろうか
「あいつのことなら殺気立っているだろうな。」
午前のローラの血走った目を思い出して再びため息を漏らす。
「時間です。入場してください。」
ずっと沈黙していた生徒が門を開き入場を促す。行きたくねぇなぁ…
門が開かれ歓声をその身に浴びながら入場する。観客席は生徒で溢れかえり、講師の姿も見える。この学園にとって決闘とはちょっとしたイベントのようだ。反対側からは同じ様にローラが入場してきた
『お待たせしました皆さま!入学初日から一年生同士の決闘だぁ!仕掛けましたは一年生Aクラス、名家ギネス家令嬢、『錬金術師』ローラ・ギネス!受けますは一年生Cクラス…ちょっと、役職表記間違ってんよー。え?間違ってない?嘘でしょ?』
観客席の方で短い筒のような魔道具を使う女子生徒、入学試験の日に見たものとは形が違うが音を大きくする魔道具のようだ
『えー失礼しました。受けますは一年生Cクラス、『戦士』ジーン!」
改めて俺の紹介がされると観客席がざわめき始める。そりゃそうか、王国一の学園に最弱職の『戦士』がいるんだもんな
「おいおい、何かの冗談だろ?」
「役職補正が最も低く、技能適性が極端に低い『戦士』がこの学園の入学試験をパス出来るわけねぇ…」
「運が良くてもEクラスのはず…何者かしらあの一年生…」
「落ち着いて、似たような例外を私達は知ってるでしょ。」
観客席のざわめきは収まらず、ローラも顔に驚きが出ている
「あなた『戦士』だったの?」
「『錬金術師』のくせに槍を使うお前も対して変わらないだろ。」
「あなたはもっと異端よ。剣術も魔道も本来使えないはず、凡才の私の槍と違ってあなたには才が全くないはずよ。」
「さぁな。…悔しいが師匠が優秀なんだろ。それよりも、そろそろ始まりそうだな。お手柔らかに頼むぜ。」
「冗談はよしなさい。今回は殺す気でいかせてもらうわ。」
地面に手を当て槍を錬成するローラ。俺も鞘から剣を抜き構える。入学試験の時は違い俺の剣は刃を潰していない、父の剣だ
『さぁさぁ両者出揃いました!申し遅れました、実況はこの私キャロット、解説はハーロム生徒会長です!』
『僕は結界の展開をしてるだけです。』
ハーロムが『魔力糸』で魔法陣を描き、魔術を発動させる。闘技場を囲い、観客席を守る透明な結界が貼られる
『準備はOK!それでは始めてください!』
開幕と同時に手をこちらに向けるローラ、魔法を放つかと思ったが何もせずそのまま地面に手を当てる。あれは錬金術の構えだが槍は既に錬成されている。何を錬成するつもりか知らないが絶好のチャンスだ
「『火球』。」
『火球』を放ち、同時に地面を踏み込み距離を詰めていく。ローラに動きはない。『火球』が迫り、ローラに炸裂する──寸前で地面からせり出した壁に阻まれる
「なっ───」
驚愕したのもつかの間、踏み込んだ地面が一気にせり上がり宙に放り出される。最高点に達し、放物線を描きながら落下していく。落下地点にはローラ、体勢が完全に崩れ、宙にいる状態はかなりまずい
「『雷電砲』!」
まずいこれは防げない。『稲妻』より遥かに多い魔力が込められ、雷の光線が放たれる
「『防壁』!」
俺は『防壁』を『雷電砲』に向けてではなく足元に展開、踏み台にし、横に飛び射線から外れる。
こいつ…『稲妻』じゃなくて中級魔法の『雷電砲』を打ってきやがった。『防壁』しか使えない俺にあれを防ぐ方法はないし、今だって食らっていればそれだけでおしまいだ。それに、その前の地面をせり上げたやつは魔法じゃないな?
『ローラ嬢の『雷電砲』を『防壁』を足場にした空中ジャンプで避けるジーンくん!最初から熱い展開ですね!ハーロム会長!』
『できればこちらに振らないで欲しいのですが…今のジーンくんの判断は素晴らしいですね。彼は相当戦いに慣れていると思えます。』
「今のを躱すなんてやるじゃない。でも次は外さないわ。」
再び地面に手を当てるローラ、やはりアレは地属性の魔法じゃないな。魔法であれば手を当てる必要は無いはずだ。魔法陣を描いてるのかと思ったがそんな様子でもない。となると残された可能性は───
足元の地面がせり上がる。すぐに離脱し、軌道を読まれないように細かくステップを刻みながら様子を窺う、次々と地面がせり上がり、壁が現れ、逃げ道が限定されていく
「『稲妻』。」
「『防壁』。」
せり上がる地面に苦闘しているところに紫電が放たれ、間一髪で防ぐ。そしてこれで確信する。このせり上がる地面は
『錬金術ですね。』
『錬金術ぅ?』
『はい。今ローラさんは『稲妻』を使いましたよね?魔法を同時に二つ使うことは不可能です。恐らく地面に錬金術を使い、柱や壁を錬成しているのでしょう。』
『はぇー、そんなことできるんですねー。』
『もちろん簡単な事じゃないですよ。錬成をする度に魔力を消費しますからね。彼女の魔力の保有量だからこそ可能な戦略です。』
そういうことだ。ネタは割れたがこれはどうしようもない
「とんでもないことしてくれるな。」
「えぇ、演習場では狭くて見せられなかったけどこれが私のやり方よ。」
せり上がった地面──柱の一部を削り、ローラに向けて投擲するが『火球』と同じく壁で防がれてしまう
「ずるいな、それ。汚いぞ。」
「勝負に汚いもクソもないのでしょう?」
「その通りだ。『旋風』!」
魔力を多めに込めた『旋風』を地面に放ち、目隠しの砂煙を巻き起こす。これでこっちの場所は分からないはずだ。
周りの地面がどんどんせり上がるが狙いは雑だ。この隙に距離を詰める
「『旋風』。」
ローラが唱えた『旋風』が土煙を払う、だが判断が遅れたな。既に十分距離を詰めた。
地面から手を離して突きを放つローラ。だがしゃがみながら放つ一撃、そして入学試験で嫌というほど見てきた。
繰り出される槍の穂先に剣の腹を当て、半月を描きながら狙いを逸らし、勢いを加えて空振りさせる。
ウンドラ流 水の型『渦潮』
『渦潮』によって加えられた勢いのせいで前に崩れるローラ。この態勢では槍で防ぐことは出来ない。魔法も間に合わない。俺の勝ちだ
「『燕返し』。」
勝利を確信した俺が放つ『燕返し』、レザーアーマーごとローラを斬り、戦闘不能に持ち込めるはずだ
「なっ───」
しかし突如現れた盾に一撃目を防がれてしまう。
ローラの左手が地面に触れている──
すぐさま二撃目を繰り出すが、俺とローラの足元からそれぞれ逆方向に勢いよくせり出した地面によって胴体ではなく左腕に狙いがズレてしまった
『なんと!間合いを詰められ、絶体絶命の危機に陥るが見事脱出したぞ!』
『左腕をやられてしまったようですがローラさんには錬金術と魔法があります、勝負はまだ分かりませんよ。』
ローラの錬金術によって間合いを空けられてから後悔する。一撃目、盾に防がれたとき『世界観測』を発動させていればそこで勝っていた可能性が高かった。ローラの判断の早さもあるが俺の判断ミスによって結果的に決着をつけられなかった。その事実に歯噛みする。
だが腕の傷は浅くない。血は止まらず、ローラの顔が青くなっている。しかし、一切叫び声は上げず、目には凛々しさが残っている。『回復』を使わせる暇を与えなければ俺の勝ちは揺るがない
「なぁ、もういいだろ。降参しろ。」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。」
「早く止血したほうがいいぞ。俺が『回復』させる時間を与えると思うか?」
「…そうね、時間は無さそうね……『火球』。」
自分の腕に『火球』をうち、傷を焼くローラ。肉が焼ける嫌な臭いに思わず顔をしかめてしまう
「ぐううぅぅぅぅ!…まだ戦いは終わってないわ…」
「…お前のその勝利への執着、認めるぜ。」
「執着…?当たり前じゃない…私は負けるわけにはいかないのよ…」
「だがどっちにしろお前の負けだ。その腕では槍は振れないだろ?頼みの錬金術と魔法もいつまでもつ?いくらお前と言えど魔力に限りはある。俺は地道にお前の魔力が枯渇するのを待つだけだ。」
相手が師匠ならともかくローラの魔力はまだまだ未熟だ。俺の体力より間違いなく向こうの魔力が先に尽きる。俺は慎重に戦えばいい。
しかしローラの目はまだ折れていない。何をしてくるか分からない以上、変なことをされる前に接近戦に持ち込みトドメを刺そう。
警戒をしながらジリジリと、ローラが動いた瞬間一気に距離を詰めて『世界観測』を発動させて決める
「…私はっ!勝たなくてはいけないのよ!」
叫び声と共に手を地面に当てようとするローラ。
ここだ───────
最初のように飛ばされないようにひとっ飛びで間合いを詰めようと全力で地面を蹴ろうと力を込める。だが俺が蹴ろうとした地面は消滅した。正確には地面が十センチばかり無くなった。だがそれだけでは終わらない。何が起きたか理解する前に四方からせり上がった岩塊が迫る。咄嗟に『防壁』を足場にジャンプをするが逃げきれず下半身を岩塊に挟まれる
「がはっ!」
岩塊に押しつぶされ骨の軋む音が聞こえる。決定打こそなりはしないが下半身の自由が一切ない。地面が無くなるなんてどんなカラクリだ!?
『な、何が起きたんでしょうか!?突如ジーンくんの足場、いえ、闘技場全体の地面が下がったように見えましたが…』
『ローラさんがやってのけたのは分解です。戦闘中に、ジーンくんにバレないように少しずつ、闘技場全体の地面を錬金術でせり上げてたのですよ…そしてそれを今、分解し、隙を作り、ジーンくんの自由を奪った…』
『闘技場全体って…とんでもない魔力を消費したんじゃないですか!?』
『その通りです。今、ローラさんの魔力はほとんど残っていないはず。その証拠に先程から攻撃の手が止まっています。』
『あ、確かに。しかしジーンくん絶体絶命のピンチ!どう脱出する!?』
解説ご苦労さま。そういうことか…全く気付かなかったぞ。だが大丈夫だ、ローラは魔力が枯渇した。顔をより一層青くし、口に手を当てている。魔力枯渇による吐き気を堪えているのだ。魔力が残っていれば錬金術でこのまま俺を岩塊で覆うか『雷電砲』でもブッパなせばあいつの勝ちだ。
震える腕で槍を掴み、それを支えに何とか立ち上がるローラ。弱々しいその姿は普段の勝気な姿とは正反対だ。それでもなお、目は真っ直ぐだ
「もうやめてーー!」
「十分頑張ったよ!」
「降参してくれー!」
そんな彼女を可哀想に思った観客から声がかけられる。しかし、ローラは止まらない。少しずつ、少しずつ進む。俺とローラの距離はそこまで離れていない。目算で十五メートルほど、走れば一瞬だが今のローラにとっては途方もなく遠いだろう
「『火球』。」
威力を出来る限り抑えた『火球』を放つ。普段より遅いそれすら回避出来ず、炸裂し、後ろに倒れるローラ
「降参しろ。」
「……………ぃ……や……」
「……そうか。」
魔力を引き出し、次の『火球』の準備をする。気が引けるが本人が降参しない以上気絶させるしかない
『あぁローラ嬢……』
『終わりですね。』
ローラは今回の決闘で十分すぎるほどその力を示した。Cランクで『戦士』の俺に負けたとしても誰も彼女を笑わないだろう。最悪の場合、俺が降参しようと思ったがその必要はないし、この状況ではローラに失礼だ。だからこそ、俺の手で終わらせる
「お疲れさん、ローラ・ギネス。『火球』。」
『火球』がローラへ迫り──『防壁』に防がれた
「は?」
『え?』
『なんと。』
詠唱は聞こえなかった、まさか『防壁』を無詠唱で発動させたのか?いや、そうじゃない。既に魔力は枯渇したはずだ!そのローラが何故魔法を使えるのだ?
上体を起こしたローラがこちらに右手を向けている。その掌に次々と魔力が集まり、光を放つ。
存在進化───────
目の前の現象の答えに気付き、急いで魔力を練る
「『雷電砲』!!!」
「『業火槍』!!!」
雷の光線と紅の槍が激突する。一瞬の均衡の後、紅の槍が飲み込まれる。残った雷の奔流が岩塊ごと俺を飲み込む。体の芯が痺れる感覚と焼かれる激痛に襲われる中、『世界観測』を発動させ祈る。そしてすぐに思考すらも激痛に飲まれ───
───────────────────────
『ど、どうなったのでしょうか…』
『医療班!すぐに救助を!僕はジーンくんを回復させます!』
観客席からハーロムが飛び出し、続いて他の生徒が飛び出す。
闘技場に倒れているのは二人の生徒、腕に強引に止血した傷を持つ女子生徒、そして黒焦げになり煙を上げている男子生徒らしきもの
「ローラ・ギネス!腕に切り傷及び激しい火傷、細かい擦り傷、そして魔力枯渇!気絶しています!『回復』!」
報告を聞き安心するハーロム。男子生徒のもとへ到着し、その凄惨さを目の当たりにする
「これは酷い、早く回復させないと。『高回復』!」
「おっと、待ちたまえ。」
死にかけの男子生徒に治療魔法を唱えるが乱入してきた赤髪の少女に妨害されてしまう
「ライザさん!邪魔しないでください!このままでは彼は!」
「まぁ落ち着きたまえ、それよりも大事なことがあるのさ。」
少女の言ってることが理解出来ず、邪魔する彼女を排除しようと攻撃魔法を発動させようとし、それに気付いた。
黒焦げの少年が、ゆっくりと片腕を手を上げたのだ
「ぉ…れの……かち……ぁ…」
言葉を絞り出し、気絶する少年
「これは…」
「そういうことさ。『高回復』。キャロット!」
『え!?あ、はい!』
急に呼びかけられ驚くも状況を理解し、魔道具を強く握る大きく息を吸い込む
『勝者、ジーーーーーーーーーーーン!!!!』
決着を表すコール、観客席から大きな歓声と拍手が沸き起こる。
長く続くイーロタニア勇者学園でも例が少ない入学初日の一年生同士の決闘。
『天才』錬金術師を下したのは『不才』の戦士の少年だった
大晦日に更新でございます。勢いで始めてはや二ヶ月。一年間というのは少し違うと思いますがありがとうございました。新年でも何卒応援よろしくお願いしますm(*_ _)m




