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竜の番 -リュウノツガイ-  作者: 月乃詩
第五章 路地裏の盗賊編
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第46話 兎の巣穴の主


 カウンターの向こうで、影が弾けた。

 ヴァンが次の一歩を踏み込むのとほぼ同時に、カウンターの陰から人影が飛び出してきたのだ。


「誰だてめえ!」

「どういうつもりだコラァ!」


 むっとする強いお酒の匂いとともに現れたのは、二人の男だ。片方は骨の浮いた痩せ男、もう片方はだらしなく腹の出た大男で、こちらは胸毛と腹毛がむさくるしい。何故か二人とも腰布に上裸という出で立ちだ。


『つい先ほどまで酒盛りでもしていたようだな』


 レックスの推測に、ヴァンは心の内で同意した。つまり盗賊たちは、残念ながらこの時間でもまだ寝静まっていないらしい。


「こりゃ、お忍びは無理だな」


 レオの呟きは自分の思考の声とほぼ同時だったので、ヴァンは笑ってしまった。


「そんなの俺たち、成功したことないだろ」


 そう、森狼の時も、エリアスを飛ばそうとした時もすぐにバレたっけ。

 ヴァンはレオと目くばせしてニヤッと笑った。


「よそ見してんじゃねえぞ!」


 太い男は、物騒な大きさの手斧を振り上げて襲い掛かってきた。


 不意打ちだったはずだが、レオは男に視線を戻す前に斧の柄を蹴り上げて防いだ。 その蹴りの速さと重さといったら、レオの軸足が傷んだ床板にめりこんだほどだ。低く呻いた盗賊は斧を落としこそしなかったが、負傷したのか片方の手首を振りながら三歩ほど退いた。


 その最中にヴァンも杖を取り出そうとしたが、遅かった。もう一人の細い男が、口元に当てた指の輪っかから炎魔法を撃ち出してきていたのだ。 人の顔ほどの火球が、熱を伴ってヴァンに迫る。


 しかし、ヴァンはその火球が瞳に映った瞬間、勝利を確信していた。


 おそらくこれは、男の指輪に仕込まれた初級の炎魔法――しかし、そんなもの。


 当たる前から、結果は決まっている。


「相手が悪いな!」


 ヴァンはそう煽りながら、ローデンからもらった炎の指輪に魔力をこめて飛んでくる炎の球を『殴った』。拳が火球に触れた瞬間、火は軋み、そのまま反転する。火球は弾力のある壁にでもぶつかったかのように、勢いを増して主のもとへと飛んでいった。

 自らの魔法から巻き起こった熱風が頬を叩いて心地いい。ヴァンの拳に熱さはない――指輪から放出された炎魔法に、拳は完璧に護られていた。


「は!?なにそれ!?」


 相手の攻撃を宙返りで避けながら、レオが素っ頓狂な声をあげる。

 殴り返された火球をくらった細い男は、哀れにも後ろの酒棚に後頭部を打ちつけて気絶した。ヴァンはその敵に近づき、瞳孔を確認しながらレオに言った。


「同じ属性の魔法がぶつかったときはより高位の魔法が勝つって、習ったろ?」

「そもそも、お前、詠唱、してないよなあ!?」


 レオは言葉の間に素早く敵の急所を攻撃しながら叫んだ。攻撃が太った男に当たるたび、そのだらしない脂肪に衝撃の波ができる。最後の男の顎に命中すると、鈍い音が鳴った。


 刹那、敵はぐるりと白目をむき、操り人形の糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちてしまった。


「指輪があれば詠唱破棄できるんだぞ。ていうか叫ぶなよ」

「ああいや、さっき睡眠の魔法玉を階段下に投げといたから大丈夫」

「ああ、そう……」


 この筋肉王子は不意打ちを防いでから宙返りで敵の攻撃を避け、その後はヴァンと喋りながら攻撃をしていたはずだが――まだまだ余裕、ということらしい。


 今日は警邏隊を壊滅させたばかりなのに――盗賊団まで殲滅することになるんだろうか。


 余裕綽々で要らぬ心配をしながら、ヴァンは階段を覗き込んだ。


 階段は薄暗いが、いくつかのランタンが粗雑に置かれていてる。今いるフロアよりは動きやすそうだ。奥からは特に音がしない――睡眠玉が効いているのかもしれない。


「とりあえず、人気ひとけはないぞ」

「静かすぎないか?」

「待ち伏せの可能性ってあるかな」

「おいおい、あの睡眠玉は超強力だぞ。意識があるやつがいるわけない」

「……なんにせよ、下りるぞ」


 ヴァンが木製の古びた階段に足を下ろすと、ギィと不穏な音が鳴った。音を立てずに下りるのは無理そうだ――なら、さっさと下りるに限る。


 二人は素早く、なるべく姿勢を低くして階段を下りた。その先に開けた場所を視認すると、黙って目で合図して左右の壁に分かれた。


 初めに見えたのは、複数人の腕や足だ。続いて、乱雑におかれたランプの光。

 恐る恐る踏み入れた階下の部屋では、6,7人ほどの盗賊が折り重なって倒れていた。上階よりも地下の部屋がメインで使われていると見えて、酒場の面積よりも随分広い部屋だった。部屋の空気は先日の雨のせいか湿気て重たく、酒と汗の不快な匂いが充満している。呼吸するたびに喉に絡みつく感覚に、ヴァンはローブで鼻先を抑えながら呻いた。


 二人は入念に周囲を確認したが、倒れている者たち以外に人の気配はないようだった。


「こいつら、死んでないよな」

「大丈夫だろ。酒飲んでたみたいだし、効きがよかったんじゃないかな」


 レオはしゃがみこんで、倒れている最も体の大きな男の瞳孔を確認している。ヴァンもそれに参加しようと、同じ場所にしゃがみこんだ。


 ――妙に、静かだ。

 そうして、意識がその男に逸れた瞬間のことだった。


 ヴァンの側頭部に鋭い衝撃が走り、視界が回った。自らの身体に何が起こったのかも理解できないまま耳鳴りがして、ヴァンの意識は一瞬途切れる。


 再びヴァンが意識を取り戻すまで、実際のところさほど時間は経っていなかった。


 しかし彼が気付いた時には既に、ヴァンの身体は見えない何かによって拘束されていた。


 そして、目の前にはレオが膝立ちの状態で組み伏せられていた。


「まったくもって、どいつもこいつも愚かだ。バカばっかりだ」


 そう言い捨ててレオを組み伏せているのは――どうやら、女だ。

 かすむ視界に、初夏の花のように淡い紫色の長髪が見えた。


 ――まずい。非常にまずい。なんとかしなければ――


 混濁した脳内を、ヴァンは必死でフル回転させた。

 何度も瞬きをして、ぼやけた視界の焦点を合わせる。


 女はレオの鍛え抜かれた体の関節の要所を身体ごと抑え、完全に動けない状態にしていた。それでなくともレオが項垂れて動かないままなのは、俺と同じように不意打ちを食らって脳震盪を起こしているのかもしれない。


 そもそも、なぜ女の向かいにいる自分まで動けないのか――


 もっともな疑問が浮かんだところで、女はレオの顔を覗き込み、大きなため息をついた。


「――この筋肉は飾りかァ?これしきで意識を失うとは、タマなしが」


 信じられないほど下品な罵倒が女の口から出たことに驚いて、ヴァンは反射的に女の顔を見た。


「おや……おやおや?」


 女はヴァンの顔を見るなり、興味深そうに眉を吊り上げた。


「なんだ久しいなァ、ヴァン・アドベント。そんなところにうずくまって……また下乳でも拝みに来たか」


 そう言って、女は身に着けた布をたくし上げて見せた。


 その女の下乳に――

 ヴァンは、確かに見覚えがあった。


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